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<東京怪談ノベル(シングル)>


人みな噴火獣を負えり(前)



下校途中。点滅信号の踏み切りで、後ろから走ってきた女とぶつかった――落ちかけた眼鏡を慌てて治しているうちに、遮断機が目の前を閉ざして渡り損ねた。

……ここ、ひっかかると長いから嫌になんやけど。誰やねん今の。

耳障りな警告音が過ぎ、踏み切りを渡るとすぐ、人影が近づいてきて取ってつけたような笑みを浮かべ、大分ストレスが溜まっているようですねえ、なんて言う。当っているだけに失礼なやつ。さっきの今の話じゃなしに、最近はえらい疲れてる。
あわてて近づく様な気配がしなかったんやから、元々その辺に居たんだろうと思う。
「貴女のような方を探していたのですよ、ちょっと発散していきませんか?」
「発散?」
街を、壊して欲しいだと言う。自由に気が済むまで。――…ストレスの発散としてはなんややり方珍しいと思う。そうやなくて真面目に言うあたり正気じゃないやろ。

…何を言うとんの、こいつ。

男が手招きをする。道路脇のビルの隙間を指差しとるが、何があるかはよう見えん。
松山・華蓮 (まつやま・かれん)、高校2年生。とはいえ職業、学業はそれとして陰陽師――なんぞやってるもんやから、普通の女子高生らしい警戒は沸いてくるもんやない。数歩近寄ってようやく気付いた。体育館みたいな建物の中、びっしり広がるえらい精巧なミニチュアの街。

こいつ。街を壊してほしい、言うとったな。これのことか!

映画かなんか、番組のセット?……しかも見慣れとるこの街やわ。
高さを競うような高層ビル群、お行儀よく並ぶ住宅街、血管みたいに縦横に伸びる道路と立体交差は渋滞しかけ、公園の林まで再現しとる。鉄道の模型も知っとる色やわ。生々しすぎて不気味なくらいやけど。
ああそうや――これ、後片付けのバイトとちゃうの?面倒だからその辺の高校生にでも、やらせよかーって?
子供とかおっさんみたいにこまい作りのジオラマに趣味は無いけど、――これだけの模型を壊してええ、ゆうのに妙に惹かれてしまった。
完璧に現実に似通った箱庭。

「なんや面白そう。」
思わず口をついて出たウチの言葉に、男が笑って一礼する。


********


『3000/1』ってジオラマの端の台に書きなぐった文字を見た。

指先だけで高層ビルをつまみ出せる比率。ためしに革靴で一歩踏み出す、乾いた音と足裏に無数の軋みを伝えてくる。プラスチックにしちゃ脆い。やっぱりなんかのテレビ番組で、ちゃっちゃと撮影するだけで壊すの前提に作ったのかも。やけにデキがええけど。
――…呪符使ったら一気に焼け野原やなぁ、と笑ってみるけどそれじゃあ面白ない。
体で壊してやらんと、折角やし。
も一度持ち上げた靴の下、狙いを定めてるところで、渋滞してたはずの車の群れがざわざわと隣道へと逃げる。事故ってるのもおるし。見てると救急車も走ってきた、笑える演出。

「へえ。動くんやな、これ!」

鉄道のレールを引き剥がし、膝下の高さのビルをひっ掴んで壊す。やりたい放題。指の間から落っこちるその瓦礫から逃げようとする――車、なんや、こまいけど人やな?よく見れば大慌てで足元で逃げようとしてるのも。
ぐしゃり、と渋滞の上に足先を踏み出せば大混乱。車も人間も別の方向へ逃げる。ぐしゃり。ぐしゃり。ぐしゃり。減らされながら諦めもせずに逃げ惑う。どうやってるんやろ、これ。どうでもええけど。
ゾクゾクする。これ、楽しいかもしれんわ。ほんまに。



――ばちん、とふいに膝の辺りで音がした。
傷もつかんかったけど、痛い。熱かった。なんやの、漏電かなんか?
めきめきと音を立てて体勢を戻し、見下ろす足元で光るものが見えた。火?電気?小さいけど燃えてるものがある。――なんやろ、火事とか面倒やし。
「消えや」
火花を上げる『それ』を踏み潰した。ニ三度踏みつけるとすっかり瓦礫に消えて、煙も上がらん状態になった。その頃に駆けつけたこまい消防車の慌て方がおかしくて、そのまますぐ忘れた。



特撮番組でこうゆうのあったと思うけど、今、正義の味方ってゆうのが出てきたら、うちが退治されないとあかんの?…あはは!そうやなあ、100万人位殺してるんかな――数えられるもんやないけど。

「――これって、正義の味方役はおらんの」
ウチは寺の池を踏んづけた時に跳ねた泥水が靴にかかったのが気に入らなくて、隣の小さい山を無理矢理かかとで崩して埋める。あっという間に起伏を失って、水場も消え失せて平地に変わる。
「怪獣の気持ちが分かる気がするわ」
誰かの生活の息づく場を、一瞬で破壊する。誰も抵抗は出来ない。
背徳的な快感に思わず笑みが浮かぶ。変なの、人間て人助けしても悪い事しても気分ええ時がある。…あー、人助けって気分良かったっけ?
けど、その時にいつ寄っても店員が無愛想な近所のコンビニが再現されてるのに気が付いてそれはないやろ、と突っ込むのを忘れた。
あれは、どんなふうに壊してやろか。




今やもう見る影も無いけど、そこには精密にここらの街を再現したジオラマ模型があった。密集する高層ビル、張り巡らされた道路、歩道、線路、ろくにない舗装をまぬがれた地面にしがみつくような緑の木々。
もう無い。っていうかもう嬉々として?――粉々に、踏み潰した。
ウチの手が指が足が突き崩して放り投げて踏んだ。
跡形も無い状態になるまで、たいした時間はかからんかったと思う。

「充分や、結構疲れた。……で、これを掃除しろとか言わんな?」

そこまでは要求されなかった。やる気も名かったけど。置きっぱなしの鞄を拾って、革靴の紐のところにひっついてた信号機を払い落とした。




■■■□ライターより■

はじめまして、ご依頼有難うございました。
多少なりともご期待に添えたら良いのですが…
後半も楽しんで頂けましたら幸いです。