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人みな噴火獣を負えり(後)
荒い息を繰り返す、額を伝った汗を拭っている余裕がない。
ウチがいた座席の前で吊革を掴んでたおっさんが、怪訝そうにこっちを見る。
どうでもええわ。ただ、『あれ』の笑い声が耳について離れんかった。
さすがにもう終わりやと思った。――…何やこの不条理、っていうかどこから何処までが?
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「ほんま、すっきりしたわー!」
両腕を空に伸ばして思わず声を上げる。爽快、爽快。
擬似品とはいえ、最近気に入らんこの街だったから――物ぶっ壊すのがこんなに気分いいとは知らなかった。
あの精巧に作られたジオラマは、気が付くと足元できれいに粉々やってん。壊すとこももーない。リアルな出来やったのに勿体無い事やる会社もあるもんやなあ、ま、作ったんが会社かどうかは知らへんけど。
それなのに急に、視界が暗くなった。
そして、明るくなった。同時に轟音と共に地面がゆらいだ――地震?
「何や、人が気分良く…」
帰ろうとしてるところに、とは、言葉が続かなかった。
――突風。
そんな生やさしくない。立ってられんほど風が急に殴りかかってきたイメージ、そこらへんのタテカンやらゴミ箱やら自転車やらを薙ぎ倒して、通行人も一緒に。
悲鳴。悲鳴。
ウチもどうしようもなくてアスファルトに片膝をついて、そこが軽くすりむけた。
――またしても地震。
とんでもない規模の竜巻でもあったみたいに、地平の方に街の残骸が吹き飛ばされるのが見えた。何や、あれ。一度やない。違う方向でまた。地面に亀裂が入る音、よくある映画の『この世の終わり』みたいな。
「!?――…」
視線を上げてから、原因が分かった。…とんでもなく巨大ななんかがいる。
手らしい影が伸びて、1ブロック先の商店街を叩き潰した。ついでみたいに電線を絡め取ってねじ切ると火花を撒き散らすそれを平気で通行人が逃げ惑うそこへ放り投げる。
あいつが、街を壊してる。
あんなんからどうやって逃げやー、言うん?!
悲鳴と轟音が響く市街、どこからか知らんけど戦車隊が現れたもんで歓声が上がる。そりゃ上がるわ、あれを倒してくれって思う。あの大暴れしとる巨人。――…巨人?
何かを思いつきかけた頭も、鼓膜を劈くような轟音で真っ白に戻された。
逃げなあかん。だけど何処に?だしぬけに降ってきた窓ガラスから逃げながら考える、焦りで呼吸がおかしくなる。
轟音と、また、波打つような歪むアスファルト。地面のうねり。
ウチがしゃがみ込んだ横をまったく無力やった戦車が循環バスを巻き込んで中身ごと真横に滑っていった。悲鳴なんかかき消されて聞えたものじゃない、風に煽られて飛んで来た迷惑な新聞紙を腕で払いのけて立ち上がる。アスファルトに引きずられたひび割れに混じってるどす黒い痕跡――血だったかも知れん。
…考えてる余裕、ないわ。
何か、即発動できる呪符!
使い慣れた符のいくつかを思い出して、手近な符を取り出す。唱える呪言も手短に、呪力を起動させて――放つ! 呪符は巨大な火炎球となって巨大な影に襲いかかる。燃えてしまえ、と祈るもほんの一瞬巨人が怯んだような素振があっただけで、恐ろしい報復が始まった。
急にあたりが暗くなる。見上げると、視界を覆う黒い足。
周囲の音さえかき消えた、風圧の凄まじさ。嘘や。どうしたもんか、かろうじて直撃を避けたものの――衝撃で跳ね上がった地面と一緒に宙に吹き飛ばされた。高い。
巨人も、眼鏡かけてるんやなあ、と静止したような空中で考える。
――その、巨人の笑い声。
ウチの声やった。
そいつの顔、ウチの顔やった。
……あの炎が足元で上がった時、ウチはどうしたっけ?
ああ、そうやったな。―――…
コンマ1秒の瞬間に感情が駆け巡る。気が狂いそう。恐怖?いや、どうにかせな。後悔?知らん。ウチの所為や無い。あの男がやれって言ったんやからな、模型やったもん、あそこにあった街全部!
「違う」
違うって何が。誰も聞いていない、言い訳がましく繰り返す。もう上下も判断できん。
結局そういう事やった、と真っ暗になった意識が納得したように呟いたけれども――なんのことかはもうわからんようになっ……
**************
『――次の駅は――、…です。線路とホームの間に隙間がありますので、お降りの際は足元にお気をつけ下さい。――…』
がたたん。
聞き覚えがありすぎる単調なリズムの、雑音。機械の軋み。人々のざわめき。
「……は?」
唐突に電車のシートの上に置き去りにされた錯覚、まぬけな呟きさえ掻き消える。
こめかみに指を伸ばせば、あの時に吹っ飛ばされたはずの眼鏡のフレームに触れる。
いかん、次の駅、降りて学校行くんやった気がする――そうや。いつのまにか、うとうとしてもうたのか。そうやったっけ…。
夢やった。
私、あんなんやってん?
嫌な汗かいた。ほんまに夢……やろな。
下校途中。ドップラー効果で聞える踏み切りの警告音。視界にある人影。
…そいつはあさっての方角を眺めたまま突っ立っていて、こっちには来ない。当たり前や。
どこにでもある服の、どこにでもいるような男や。他人、他人。
妙な夢を見たってだけのことで。
自嘲みたいな吐息は、安堵。
だけど、これは、虚無?…なんや夢かぁもう一回、とか考えた?
「………。」
もう一度、ビルの隙間のあのジオラマがあった方を見る。
ふいに佇んでいた男はこちらを向き、にこやかに手を振った。
■■■□ライターより■
まずは、遅れまして大変申し訳ありません…!!
松山さんがなんだか悪い人のようになってしまいましたが、はたしてこんなお話は如何でしたでしょうか。
前編ともどもお気に召して頂ければ嬉しいです。
ご依頼ありがとうございました!
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