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<東京怪談・PCゲームノベル>


ワンダフル・ライフ〜無口な彼のアフター・サービス










「あらっ、何でスイッチ入れてるのにランプが点かないのかしら。あらっ、あら?」
 片手に昨夜の残りのハンバーグが乗った皿を掲げ、もう片手は人差し指を立てて”電源”と書かれたボタンを連打している私。
今日は珍しく他の皆が出かけているから、一人昼食に残り物の片付けでもしようかと思ったのがほんの数分前。
この”電子レンジ”とやらは1,2分で冷め切った残り物も暖かくしてくれると聞いて、つい最近購入したばかりなのに、
店員のお兄さんは、この”電源”を押せば自動的にスタンバイとか何とかいう状態になるっていってたのに、
こうして私が何度も”電源”と書かれているボタンを押しているのに、
液晶画面はうんともすんともいわなくって、何よもう全然話と違うじゃないの! これじゃあお鍋に戻してもう一度火にかけたほうが早いわよ。
 私は憤慨して、ハンバーグが乗った皿を手に掲げたまま、空いた手で”電子レンジ”の側面を叩こうと腕を振り上げた。
すると次の瞬間、店の玄関のほうから聞こえる”カランカラン”という音。
私は腕を振り上げたままの状態で店のほうを見て、目をぱちくりさせた。








「あら、いっらっしゃい」
 ぱたぱた、とサンダルを鳴らしながらカーテンを捲って店の方に出ると、見覚えのある男性が一人、カウンターの前にいた。
「雅彦さん、お久しぶり」
「返事が無かったので、勝手に邪魔した。…昼食中だったか?」
「あら」
 私は彼の言葉に、自分の片手に乗ったままの皿に気づいた。
なので、オホホと笑ってごまかしながら、ラップがかかったままのその皿をそっとカウンターの上に置く。
「ええ、まあ、そんなところ。でも大丈夫よ、ご心配なく。雅彦さんは、今日は如何して? またプレゼントかしら」
 私は思わずにやり、と笑って彼を見た。
彼、兵頭雅彦は憮然とした面持ちのまま、不機嫌そうに首を横に振る。
「そうじゃない。冬は電化製品が悪くなる時期だから、調子を見に寄っただけだ。出張点検をするという約束だったしな」
「出張点検」
 私は目をぱちくりさせて、彼の言葉をオウム返しに繰り返した。
そしてそのままジッと彼を見つめたあと、ぽん、と手を叩いた。
「じゃあ、点検に来てくれたの!?」
「…そう言ったつもりなんだが?」
 雅彦は怪訝そうに眉をしかめて私を見返す。
だけど私は、彼のそんな仏頂面にも、つっけんどんな物言いにも、前回の来店で慣れてしまっていたので。
「そう! ちょうど良かったわ。買ったばかりの電子レンジが動かなくって―…」
 私はそう言って、身振り手振りを交えながら彼に説明する。
雅彦は私の話を一通り聞いたあと、普段どおりの仏頂面のままで、顎を撫でた。
「…配線がおかしいのかもしれないな…。少し見てみるか」
 とぼそっと呟き、カウンターの後ろ、つまり私がいるところを指差した。
「そのレンジは向こうだろう。入るぞ」
 私はその言葉を聞いて、飛び上がって手を叩いた。
「ええ、ええ! 勿論よ、お願いできる?」
 彼はカウンターの横に回りこみ、滑るように私の隣にきて、ちら、と私に視線を向けた。
そして短くこう答える。
「…そう言ったつもりなんだが」
 ええ、ええ、そうでした。











「…どこの電気屋だ? 無茶苦茶だぞ」
 雅彦はそうぶつぶつ呟きながら、それでもレンジを置いている台の裏に回り、何やら作業をしてくれた。
私は彼のために淹れたお茶をリビングのテーブルに置き、お盆を胸のあたりで抱えてその様子を眺めていた。
「うーん、店名は覚えてないの。偶然通りかかったらお店の人に声をかけられて」
「そのまま買わされたってことか。世間知らずも程ほどにしないと、そのうち痛い目会うぞ」
 雅彦はそうぼやくように呟いたあと、身を起こして手をはたいた。
それから改めて彼が電源スイッチをぽちっと押すと、ぶぅんという音がしてレンジの中に明かりが灯る。
「終わりだ。これで使えるだろう」
「わっ、ありがとう! さすが家電のプロさんね」
 私が手を叩いて笑顔でそういうと、彼はぼそっと呟く。
「…家電じゃなくて、機械工なんだけどな」
「あら、私から見るとどちらも同じよ。でも本当、助かったわ。こういうのにはとんと弱くって」
 私がそう肩をすくめて言うと、雅彦はさも当然というように返す。
「当たり前だろう、魔女なんだから」
 私はくす、と笑い、「ええ、そのとおり」と手の平を返す。
機械オンチの魔女なんて珍しくもないけれど、機械のプロが友人にいる魔女はとても希少価値が高いと思うわ。
だから彼が今日来てくれて、本当に助かったの。
何せうちには、彼の助けを必要としている家電製品が山のようにあるんだから―…。
 私がその話をすると、無表情な彼の顔に陰りが見えた。
そしてぼそっと呟く。
「…音痴と分かりきってるのに、なんでそこまで買うんだ…?」
「……」
 私は何も反論できなくて、ただ苦笑を浮かべるしかなかった。
ええもう、本当に何故かしらね。音痴のくせに、これでもかってほど性能を強調されると、ついつい財布に手が伸びるのよ…。
「…まあ、良い。元々一通りの点検はする予定だった」
「本当?」
 私はぱぁっと顔を輝かせる。ほんと、渡りに船ってこのことよ。
「じゃあね、まず冷蔵庫。この前から何故かしら氷が作りにくくなっちゃって、冷凍食品が溶けちゃうのよ。
あと掃除機も吸いにくくなってるし、テレビも砂嵐が映るようになっちゃって。
それから夏に買ったクーラーも、電気屋さんにフィルターの掃除してくださいねっていわれたんだけど、
どうやってすればいいかも分からないのよね。下手に蓋を開けたら、元に戻せなくなりそうで。
あれも高かったのに、一夏で壊したら銀埜になんていわれるか―…」
「…ちょっと待て」
 私が調子に乗ってぺらぺらしゃべっているうちに、彼は自分の額を押さえて私に待ったをかけていた。
私がきょとん、とした顔で彼を見つめ返すと、雅彦は片手の手の平をこちらに見せながら、すごい目つきで言ってくる。
「……何で魔女が、そこまで家電を揃えてるんだ…?」
「……」
 雅彦が眉間に皺を寄せ、押し殺したような声で言うので、
私はにっこり笑って人差し指を立てて見せた。
「だって、魔女なんだもの」
 だから家電には詳しくないの。したり顔でぺらぺら高性能を謳われたら、ついつい惑わされちゃうのよね。





 そして雅彦は、眉間に皺を寄せながらも、それでも律儀に家中の家電を見て回ってくれた。
一般家庭並みに揃っているそれらを一気に点検するのは、如何に仕事が速い雅彦でなかなか骨が折れる仕事だったようで、
時折後ろに流している黒髪をかき上げながら、そしてため息を零しながら、黙々と点検に励んでいる姿を観察できた。
「…冷蔵庫は、こうぴったり壁や棚にくっつけたら駄目なんだ。
側面から熱を放射してるんだから、熱の逃げ場が無くなっちまう」
「あら、そうなの。へぇ、知らなかった」
「あと掃除機な。如何に大型といっても、ちゃんと中のフィルターは換えろ。
ゴミが詰まって吸えなくなるのも当たり前だ」
「はぁい、分かりました。…へぇ、そうやって掃除機の蓋って開けるのね」
「……今まで知らなかったのか…?」
 そんな間抜けな会話を交わしながら、雅彦はどんどんチェックを入れていく。
そしてその合間に、私に箒やらはたきを要求した。
「…そんなもの、どうするの?」
 私は雅彦の言うとおりのものを持ってきて、きょとん、と首を傾げる。
脚立にのぼり、クーラーの蓋を開けて、掃除機を使って中の埃を吸い取っていた雅彦は、
掃除機のスイッチを一旦切って私を見下ろした。
「埃が貯まるとな、火花が散ったときに危ないんだ。火事になる」
「…!」
 私は彼の短い言葉に目を丸くする。
雅彦はそれだけ言うと十分だ、と思ったのか、またクーラーのほうに体を向けて、
大きな音を立てて吸い始める。
「雅彦さん! それって…掃除もしてくれるってこと!?」
 私は掃除機の排気音に負けないように、声を張り上げた。
すると雅彦は再度掃除機のスイッチを止めて、先ほどのように私を見下ろす。
「だから、そうだと言ってるだろう?」
「!」
 一言だけそう告げると、雅彦はまた掃除機のスイッチを入れた。
排気音に遮られて、声が満足に届かないと知りつつも、私は声を張り上げる。
「……ありがとう!」
 すると今度は掃除機のスイッチは切られずそのまま、彼は背中を向けたまま、
片手を挙げて私に振って見せた。











 仕事が速い機械工さんは、どうやら全ての物事においてもさっさと済ませてしまうお人だったようで。
私が手を出す暇も無いほど、さっさっさ、と手際よく棚の間の埃を払っていく。
「……いいお嫁さんになれるわぁ」
「……」
 私がぼそっとそう洩らした声を耳ざとく聞きつけたのか、雅彦はぎしっと体を硬直させる。
だがそれも一瞬のことで、全く聞かなかったことにしたのか、すぐにはたきを振る手を動かし始める。
「ごめんなさい、私無駄口ばっかりで」
「…いや」
 私が苦笑を浮かべながら呟いた言葉に、雅彦は背中を見せたままかぶりを振る。
「俺も慣れる必要があるからな、無駄口とやらに」
「へ?」
 雅彦はそう呟くように言って、尚変わらずはたきを振り続ける。
どれだけ埃が貯まっているのか、時折手で口をふさぐ仕草をしながら。
「どういうこと?」
「……あんたはあいつと何処となく似てる。性格はまるっきり違うが、無駄口の種類がな」
「……ああ」
 私は彼の言葉に、おそばせながら、うんうん、と頷いた。
「雅彦さんも色々と大変なのね」
 彼の言葉の端々に、どことなく疲れたものを感じた私は、苦笑を浮かべて彼の背中に向けてそう言った。
「大変じゃない。困ってるだけだ」
 その棚をはたき終わったのか、雅彦はくるりとこちらに顔を向けた。
その表情はやはり憮然としたものだったけれど、決して悪いものじゃないことを私は知っている。
「ええそうね、お困りなのよね」
「ああ」
「うちはお困りの人のための店だから、何ならまた新しい道具でも作るわよ?
そうねえ、おてんばなお調子者さんを暫く黙らせる道具…とか」
 私は彼からはたきを受け取りながら、くすくすと笑ってそう言った。
すると雅彦は、憮然とした眉を更にしかめさせて、押し殺したように言う。
「………有難い申し出だが、遠慮しておく」
「あら、何故? 少しの間だけでも気が休まるわよ。あ、椅子どうぞ。お疲れ様、ありがとう」
 私はくすくす笑いを浮かべたまま、目の前の椅子を彼に勧める。
雅彦はむすっとしたまま椅子に腰掛け、テーブルの上で手を組んだ。
「……暫くの間でもあいつが黙っててみろ、あいつの調子が復活したあとが大変だ」
「……」
 私はテーブルを挟んで雅彦と向かいあい、少しばかり硬直した。
雅彦の言葉はしみじみとしていて、なおかつ哀愁が漂ったものであり、
日頃の彼の心労を察して尚余るものだった。
…ほんっとーに苦労してんのねえ…。
「抑圧されていたものが溢れ出したとき、抑える労力を考えれば、平均的騒音に悩まされるほうがまだましだ」
「……それは、1が突然10になるよりも、ずっと5が続くほうがましってことかしら」
「そうともいうな」
 雅彦は私の例えを聞いて、短く頷く。
私は引きつり笑いを浮かべながら、人差し指を立てた。
「あ、でも。普段やかましいのが急に黙ると、何か淋しいものがあるから―…とかも、あるんじゃない?」
 そうであってくれ、との私の祈りを込めた問いは、当の雅彦の即答によってすぐさま打ち消されてしまう。
「ないな。あいつの騒音を期待したことなんて一度もない」
 雅彦がそうあっけらかんと言ってくるので、私は思わずがっくりと肩を落とした。
…どうやら、彼とラブ話をするのは、なかなか困難な道のようだ…。
「ああ、そうだ」
 と、そこで雅彦が何か思い出したように顔をあげた。
そしてすっと席を立ち、隅のほうに置いてあった彼のカバンのほうに行く。
私が訝しく思っていると、彼は何やら片手にセロファンで包まれた袋をいくつか抱えて戻ってきた。
そしてそれをテーブルの上に並べる。
見ると、単なる袋かと思われたそれは、包み口が各々色とりどりのリボンでラッピングされた、
小ぶりのプレゼントのように見えた。
「…私に?」
 私はきょとん、と首をかしげてそう問い返してしまう。
だが雅彦は、ほんの微かに苦笑を浮かべて首を横に振る。
…まあ、そりゃあそうよねえ。ひのふの…みっつもあるんだし。
じゃあ誰にだろう? 私がそう不思議に思っていると、雅彦はプレゼントと思わしき包みを一つずつ指しながら言う。
「これがリックとかいうコウモリへ。ミルクたっぷりの甘い奴だそうだ」
「…へ?」
 私は目を点にして、雅彦とその紫色のリボンがかかった小さな包みを交互に見る。
次に雅彦が指したのは、青いリボンがかかった包み。
「これは…でかい犬に、だと。大人な雰囲気だったから、甘さひかえめのビターなやつを選んでみたらしい」
「…はぁ」
 最後に雅彦が指したのは、淡いピンク色のリボンがかかったもの。
「これは特別に、リネアとかいう女の子に、だそうだ。
女の子にチョコをあげるのも何だから、可愛らしい文具を選んでみたとかいってたな」
「…ええ」
 一通り説明し終わると、雅彦は三つの包みを私のほうに押すように差し出す。
「というわけで、あんたも知ってるあいつから、少し遅めのバレンタインプレゼントだ。
バレンタインを知ったばかりで、あげること自体が楽しくてたまらないらしい。
迷惑かもしれんが、もらってやってくれ」
「…!」
 私は再度目を見開いて、その三つの包みを見下ろした。
そして丁寧にそれを受け取り、微笑で返す。
「…こんなことなら、無理を言ってでも店にいてもらっておくべきだったわね。
本人たちは今ここにいないんだけど、帰ってきたら必ず渡すわ。
だから、どうもありがとう、きっと喜ぶわって伝えて頂戴な」
 私がそういうと、雅彦は微かに頷いて返す。
「了解した。あいつもきっと喜ぶだろう」
「ええ、そのときの彼女の顔が見てみたいわ」
 私はそういいながら、ふと思いついて、にやっと笑って見せた。
「…そして、そのときの彼女を見る、あなたの顔もね」
「……」
 雅彦は思わず眉をしかめて、嘆息した。
だがかぶりを振って、私の言葉へのお返しとばかりに呟く。
「…先ほどのは前言撤回だ。…あんたはあいつよりも少々意地が悪いらしい」
 私はそんな彼の言葉に、くすくす笑って返す。
「魔女だもの。…でもあなたの彼女も、きっと大きくなったらこうなるわよ」
「…そうか…」
「ええ」
 そして、にっこり。

 …頑張ってね、苦労人さん。








                          End.



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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【4960|兵頭・雅彦|男性|24歳|機械工】



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▼ ライター通信
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 こんにちは、このたびはまたのお越しをありがとうございました!
クールでかっこいい苦労人、と3k揃っている雅彦さんを描写できて、とても楽しかったです。(笑
どうぞ末永くお幸せにv

 頂いた贈り物は、作中では直接渡すことは出来ませんでしたが、
各店員それぞれ有難く頂いたようです。
またノベル中で何かしらのネタにできたらな、と企んでおります^^

 それでは、またお会いできることを祈って。