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<東京怪談・PCゲームノベル>


記憶連鎖



 過去は消えないもので、想うもの。
 でももし、もし違う形があるとしたらそれは、幸せなほうが、いい。




 いつもなら穏やかな声が聞こえるのに、今日はしんと、重たい空気がそこにはあった。
 和室で倒れこむのは藍ノ介。その傍らでは項がぱらぱらとゆっくりめくれてゆく本。そしてそれを囲む奈津ノ介、要、そして猫姿の千両と小判。
「どのぐらいまで、進んでますか?」
 奈津ノ介が千両に問うと、彼はその姿を人身に変えた。そして本を見て苦々しい顔をする。
「もうすぐ、ヒサヤが……」
「そう、ですか……要さんも小判君も、本に触っちゃ駄目ですよ。皆さんに……お願いします」
「力になれなくて、すまないな」
 いいえ、と奈津ノ介は力なく笑って、そして表情を緊張させて店の方を見る。
 何があったのかと、そこには心配する面々。和室に上がりたくても、ちゃんと様子を知りたくてもなんだか踏み込んではいけないような気がして店で様子をみていた。
「何か、あったのですね。お力になれるようでしたら」
 最初に声を、穏やかな声を発したのは久住・沖那だった。その表情も穏やかで、彼と視線をかわした千両は沖那さんと、名を呼ぶ。それにふと瞳を細めて沖那は答える。
「そう、深刻そうな顔をしているだけでは駄目ですよ、千両さん。皆さんも、私と一緒の心積もりみたいですし」
「そうそう、何事も困ったら協力しないとね!」
 沖那の言葉に桐生・暁がにこっと笑って言う。その隣で月宮・奏もうん、と静かに頷いていた。そしてその後ろで学校帰りなのだろう、制服姿で私も協力する、という表情の少女と、やれやれしょうがないという表情の少年と青年の間くらいの二人もいる。
「……危険も伴うと思うんですけど、いいですか?」
 奈津ノ介の言葉にこくりと皆頷き返す。
「ええと……すみません、お二人のお名前を教えていただけますか?」
 奈津ノ介は初めて会う二人に視線を向けて問う。少女がにこりと笑った。
「私は芳賀・百合子で後ろは……」
「朝深・拓斗だ」
「百合子さんと拓斗さんですね。では、沖那さん、暁さん、奏さんもよろしくお願いします」
 一人ずつしっかりと見て発する言葉はしんみりと、響く。
「藍ノ介さん、助けるよ、必ず。それで……どうすれば、いいの?」
「はい、親父殿は、白紙の魔本に取り込まれてしまったようで、本の中に入って、というかこれは精神だけなんですけれど、これが記憶の中だということを思い出させるしかないと……僕たちはもう親父殿の記憶の中にずっといるので、取り込まれてしまうんです。きっと、母上が亡くなる前……殺される少し前あたりで入っていただくことになります」
「早い話、その時点で部外者である私たちが藍ノ介さんの記憶の中に入って、記憶の中だということを認識させて、目覚めさせれば良いと……ゆうことですかね?」
「はい質問! 何か持っていけるのかな、その記憶の中って。できるなら写真とか……」
「そうですね……何かその、お母上の形見などありましたら……」
「あと最も大切にしているものや言葉があったら」
 暁の言葉に沖那、百合子ものりどうなんだ、と奈津ノ介を見る。
「身につけていたなら……やってみますか。それらの物持ってきます。千両さんは、皆さんにそのあたりのことを……僕はよく、知りませんから……」
「ああ、伝えておく」
 ふいっと視線をさまよわせてから奈津ノ介は立ち上がり店の二階へと消える。そして千両は要と小判に、奈津ノ介を手伝えと二人を見た。何かあるんだな、と感じ取って要は小判を抱き上げて奈津ノ介を追う。後姿が見えなくなるのを確認して、そして千両は皆を見る。
「先に言っておくが……奈津は、知らないのだが、言う必要があると思うから言う。奈津にも、ちゃんと後で、言う……」
 一呼吸置いて、千両は言葉を選ぶ。
「俺はヒサヤ達が死ぬ前に藍ノ介を助け出してほしいと思ってる。死んだのは、ヒサヤ……奈津の母だけではない。奈津には妹がいたんだ。もし、それまでに助け出せないなら、できれば、二人とも……こいつの記憶の中だとわかってるんだが助けてやってほしくて……」
 ふと藍ノ介を見て千両は苦笑する。もう一度同じ想いをさせたくないと思っているのが、伝わってくる。
「記憶の進み具合はかなりゆっくりだ。ヒサヤは奈津たちを連れて一人のときに襲われている。散歩にでた……時だ。そこまではいたって何もない、普通の日々だ。それに俺も、南々夜も遙貴もいる、話せば多分、協力してくれるだろう。今よりとっつきにくいかもしれんが……あー何を話せばいいか、わからんな。聞いてくれ」
 聞いてくれと言われても何を知っておけば良いのかイマイチわからないのは皆同じ。
 わかっているのは藍ノ介の記憶の中で奈津ノ介の母と妹が亡くなる。それまでに藍ノ介を助けてほしいと思っている。そしてもし、もしその亡くなるあたりになるのであれば、記憶を違えてほしいとゆうこと。
「その、亡くなるっていうのは……さっき殺されるって……」
 聞いていいのかどうか躊躇しながら、言葉をどう切り出すのか、百合子が静静と問う。原因を知っておくのは、踏み込むことになるだろうが必要だと思ったのだ。
「三つ首の蛇に、殺される……喰われたと言った方が良いのかもしれない。人の姿をとると赤髪の男だ。赤髪など他にいないからすぐわかる。俺たちとは仲が悪いからな……あいつは悪いと思ってないかもしれないが」
 蛇と、百合子が呟くのが聞こえた。その表情は何か考えているようで。
 百合子と居るとろくなことがない、蛇が嫌いなのに。
 なんだか百合子が暴走しかねない展開運びに最大限注意しておかないとな、と心に思う。
「そうだ、どんな生活をしているんだ、その時期の藍ノ介は」
 どことなく重い雰囲気に拓斗は声を上げる。どことなく重かった雰囲気が少しましになる。
「どんな生活、と言ってもな……野山で遊び倒していた。疲れれば昼寝をしたりとかな」
「いい生活ですね、ある意味」
 そうだな、と千両は苦笑する。と、上から階段を降りてくる音。振り向くと奈津ノ介達が数枚の写真と、小刀を持っている。
「時間がかかってすみません。親父殿、押入れの奥にしまいこんでて……」
 暁に写真を、沖那に小刀を渡す。写真にはお馴染の面々が馬鹿騒ぎしている様子。
「その小刀は母上の物です。きっと、記憶の中にもあるので同じ物二つあれば信じてもらえるかもしれません。あと言葉は……オツムが弱いくせにって言ってやってください。そう言うのは千両さんと遙姉さん、遙貴さんだけなのでもしかしたら」
「そうだな、お前のオツムの弱さの所為で巻き込まれたんだぞとか言ってやれ」
 そう千両は言い、本を見る。どこまで進んでいるのかわかるのは彼しかいない。
「それじゃあ、行こう」
 一呼吸、奏は気持ちを整えて落ち着いた声で言う。それに各々頷く。
「がんばろうね、拓斗」
「ん、ああ……」
 やる気いっぱいの百合子を少々不安そうに見守りながら拓斗は溜息をついた。
「そういえば、なんで本……開いたんだろうね。偶然? 故意?」
「そんなこと本人しかわからないだろ」
 その言葉にそうだね、と百合子は頷く。
 何を心に決め、しようとしているのか。しかし一人で危ないことをさせるわけにもいかない。
 さっさと現実に引き戻してやろう。
 拓斗はピンと、一本の張り詰めた糸のように自分の気を持たせた。
 五人、藍ノ介と本の周りに集まり、一度視線を会わせる。
 そして本へ手を伸ばす。指先が本に触れたその瞬間。
 意識が引き込まれる感覚。
 世界が一回転して視界は真っ白になる。
 その眩しさに瞳を、閉じた。





 心地良い風が頬を撫でた。さわさわと風の音。
 瞳を開くとそこは秋の装いの山の中。
「綺麗……」
 最初に声を出したのは奏だった。
 はらはらと紅色に染まった葉がさわさわと音を立てる。
「記憶の中、だな」
「うん、とりあえずさ、藍ノ介さん探さなくちゃ」
 ぱぱっと自分たちを見回す。しっかりと先ほど奈津ノ介から借りた物も記憶の中へと入り込んでおり小刀も写真も存在していた。そしてどちらの方向へ行こうか、とまず五人で相談。ぱっと見る限り中々広そうな山だ。むやみやたらに動くと迷いそうで。
「……何か聞こえない?」
 ふと、奏が瞳を閉じ、耳を澄ます。
 その言葉、動作につられて皆同じようにしてみると遠くで固い音が響いている。
「刀を交わす音に、似てるな……」
 その音のする方向を拓斗は見詰める。そう遠くはない場所だ。
「行ってみようよ」
「そうですね、ここにいてもしょうがない……」
 生い茂る木々を分け入って進む。一歩一歩進むたびに音の響きははっきりと聞こえ、そして何か声も、聞こえてくる。
 それは楽しげな声色。
 木々から視界が開けるとそこでは刀を片手で振り下ろす男と、それを自分の爪で受け止める男と。爪で受け止めている男の方は先ほどあっていた千両に違いないのだが、耳としっぽがちょろーんとでている。刀を持つ方は角が二本、頭にあるようで。
「あ、千両さんと南々夜さんだ……」
 暁が呟く。と、同時にがさがさと奏は茂みから出て二人の方へと歩む。
「か、奏さん!?」
「大丈夫、話せばわかってくれるよ」
 肩越しにふ、と笑んで奏は進む。一人で行かせる訳にもいかないな、と思って彼女の後を追おうとした。
 だけれども。
「人間がどうしてここにいる……」
 静かにひやりと、響く声。
 後ろを振り向くとそこに眉を顰めて、難しい顔を浮かべた女が腕組みして立っている。両鬢だけ長くそこだけ金糸が朱に染まっている。
「そーだね、こーんな山奥に人なんて来ないのにめずらしー」
「……何用だ……」
 そして後ろに気を取られているうちに、先ほどまで離れたところで遊んでいた二人にも距離を詰められて、ちょっとばかり焦る。
 送られる視線はとても痛い。
 知らないものに対して露にする敵意や不信感といったものを隠そうとしていない。
「俺たちあやしいものじゃなくてー」
「うん、怪しくないよ!」
「でも刀持ってるよねーそれって一応武器だし」
 すっと南々夜は手に持つ刀を拓斗の鼻先へと向ける。
 それに動じず、拓斗は視線を刀の持ち主へとまっすぐに返した。
「あはっ、すっごくいい目するね、すっごく」
 視線を受けて軽く笑うと南々夜は切っ先を下ろしその刀を鞘へと収め背負う。
 南々夜は敵ではないと判断したらしく人懐こい笑みを浮かべる。
「名前はー? 敵意無いならおーしえて」
「おい南々夜……」
「よーきちゃん、悪い感じはしないし大丈夫だってー」
 チッと舌打して、だけれども南々夜が、仲間が一人戦闘態勢を解いたことから緊張感は薄らぐ。
 千両もまぁいいか、と瞳を伏せて笑う。
「僕は南々夜、で千ちゃんとよーきちゃん」
 指を刺しながら南々夜は言い、そしてもう一度キミたちは、と促す。最初に目が合ったのは奏で。
「千両さんと遙貴さんだよね、知ってる。私は月宮奏」
「俺はねー桐生暁」
「私は芳賀百合子」
「久住沖那です」
「……朝深拓斗」
 名前を一通り伝えたところで、南々夜は完全に警戒を解いているが遙貴と千両はまだ少し不審に思っているらしい。特に遙貴はそうだ。
「貴様ら何をしに来た、人間がこんなところまで来るなんてないだろ」
「や、俺たちは……藍ノ介さんの記憶に入って、ここは記憶で……」
「そう! 早く連れ戻してあげないと大変なことになっちゃうから!」
「……何を言っているんだ……?」
 言っていることがわからないと遙貴は不思議そうな顔をする。千両も同じようだが南々夜は気にしないというようだ。
「藍ノ介さんとヒサヤさんにお会いしたいのですけども」
 と、沖那が穏やかに言葉を発する。
「何故だ?」
 その言葉に冷たく千両は返し、沖那を睨んだ。それを沖那はゆるりと返して微笑む。
 今のところ危険は無さそうだと感じる。けれども、何時何がどう転ぶかはわからない。百合子の行動を気にしながら拓斗はこの記憶の中へと持ちこめた御神刀を持つ手の力を強める。
「いーじゃん、会いたいなら会えば」
 少し、緊張した空気を破ったのは南々夜で、ついておいでと踵を返し歩き始める。
 それを咎めるかのように、一番離れていたところにいたはずの遙貴は一足で、皆の上を通り越し南々夜の前に立ちふさがる。
「南々夜、我は反対だ。藍ノ介はともかくヒサヤたちには会わせたくない」
「なんで?」
「悪いが……俺もそう思うぞ、南々夜」
「大丈夫だってー。どうみても人間さんだよ、悪いことしそうにないしさー」
 けど、と遙貴が言おうとした言葉を遮って南々夜は続ける。
「もしなんかあるなら、一番可能性高いのはあの蛇さんだよ」
「そうだが……けど……」
 ふと遙貴は視線を彷徨わせ、そしてはたと百合子と視線が会う。
 このタイミングを逃しちゃいけないと思ったのか、百合子は口を開く。
「ねぇ、私はその蛇さんに会いたいんだけど、な?」
「百合子……」
「あ、俺もー」
 百合子の言葉に拓斗は溜息をつき、暁は手を上げて自分もと言う。
「……偽皇と会いたいとか言っているが?」
「えー別に仲間ってことじゃないでしょー。じゃあさ、ボクが蛇さんとこに行ってー千ちゃんとよーきちゃんが藍ちゃんたちのとこにつれてってあげてよ」
 決定、と南々夜は言って百合子と暁を見る。
「えっと、ゆりちゃんと」
「あっきーだよー」
「あは、そう言おうと思ってた! あとはー、たっ君も一緒?」
「拓斗だ……俺も行く」
「たっ君だって」
 面白そうに百合子に言われ拓斗はそっぽを向く。
「えーたっ君でいいじゃーん」
 ね、と百合子と暁に南々夜は同意を求める。
 そして千両と遙貴に大丈夫だと笑いかける。そう言われてしまうと二人は何も言えないらしく。
「わかった、行ってこい。気をつけろよ」
「あはっ、千ちゃんありがとー」
 そう言って南々夜は歩き出し、それに三人ついていく。
 南々夜の後ろを百合子、拓斗、そして暁という順番だ。
「あ、ボクのことは好きに呼んでいーからね」
「じゃあなやって呼ぶ!」
「あはは、呼んで呼んでー」
 てくてくと歩いている間、百合子と暁と南々夜は色々と話をする。それを拓斗は静観しているのが常で、言葉をかけても頷くか短い言葉で答えるかなどだった。
 そして話は、ここが藍ノ介の記憶の中だということになる。
「それじゃここは藍ちゃんの記憶の中でー、今外でぶっ倒れてるんだ」
「うん、倒れてたよ。なんで、本開いちゃったのかな……」
「きっとなーんにも考えずに触っちゃったんじゃないかなー? 藍ちゃんちょっとなんていうか……」
「オツムが弱い?」
 百合子が首をかしげて言った言葉に南々夜はそうそれ、と笑う。
「ん、もしかしたら本当に記憶の中なのかも、でもボクはボクで生きてるって感じてるし……うーん、よくわかんないね」
「生きてるんなら、それでいいだろ」
「あはっ、たっ君の言うとおりだね」
 たっ君はやめろと拓斗は呟くがそれが聞き届けられることは無さそうだ。
 と、ふと南々夜は歩みを止める。
 どうしたのか、と三人も歩みを止めた。
「もうすぐ蛇さんのいるはずのところだからね」
 今まで話す時は肩越しにでも視線を送ってくれていたのにそうしない。
 なんとなく、何かあるのだと感じてしまう。
「大丈夫! 攻撃は最大の防御だし!」
「もしもの時はそれなりに、戦える」
「え、戦うこと前提なの? 私は……お話したいだけなんだけど」
「ん、ボクも皆のこと守るようにするよ、何かあったらね。皆好きになっちゃったから」
 声色明るく言って、そしてまた歩を進める。
 そして耳に、川のせせらぐ音が、聞こえてくる。





 視界が開ける。紅葉は相変わらずだが、そこは河原。
 大きな、大きな石がすぐ目に入り、そしてその上に一人。
 赤い髪は一人しかいないと聞いていたから、それが現実では奈津ノ介の母と妹を殺めた蛇の妖怪だとわかる。
 石の上に座り込んで、そしてぼーっと空を見上げている背中が見える。
「あの人の名前は、なんて言うの?」
「ん、蛇さんはねー、偽皇っていうんだ」
 百合子に問われて、南々夜は答える。
 そして先に進み出て、彼を見上げる。
「ぎおー」
「あ? ……あー、鬼か……他のは知らね」
 名を呼ばれて一瞬視線を石の下にいる四人へと向ける。
 興味無さそうな、気だるそうな声。
 一歩前へ出て、百合子が唇を開く。
「あなたと、お話がしたいんだけどな?」
「話? どんな?」
「あなたのこととか……色々、かな? 話せば怒りや鬱屈した気持が和らぐ事もあるし」
「俺もおにーさんのこと知りたいなー。そんなトコにいないでさ、降りてこようよ」
 にこっと暁は笑いかける。それを受けて彼は薄く笑った。
「嫌だね。降りた途端に四肢切断とかされたらたまらないからな」
「なやはそんなことしないよ、ね?」
 暁に問われて曖昧に南々夜は笑う。それに暁はちょっと屈んで上目遣い、じーっと南々夜を見上げる。
「なやー?」
「あはっ、ちょっとした迫力あるね。わかったー、ぎおーが何もしないなら何もしないよ」
 苦笑して、そして二歩下がる。これでいいだろ、と視線だけ偽皇に送って。
「……鬼に命令できるのか……」
 少し興味がでた、というのか今まで視線だけ送っていたが顔を、身体の向きを変えた。まっすぐに、三人を見る目は金。片膝を抱えて見下ろされる。
「名は?」
「俺は暁」
「百合子。こっちは拓斗」
 始めてみる三人を一人ずつ、ゆっくり見る。
「あなた、藍ノ介さんとヒサヤさんのこと、どう思っているの?」
「……狐? 別に……どうでもいいような、よくないような」
「二人は幸せなんだよ。邪魔しちゃだめだよね」
「あー……そういうもの、か?」
 そうなの、と百合子は強く言い切り頷く。
「俺も百合子ちゃんの言うとおりだと思うなー。てかさ、ホント、降りてこようよ」
「うん、見下ろされてるのちょっとやだな」
 じっと暁と百合子に見詰められ、偽皇は笑う。どうしようか、と。
 見上げるのは首も疲れるんだ、と暁は言う。
「…………しょうが、ないな……」
 そう言ってすとん、と音も立てずに彼は地に、百合子たちと同じ地に立つ。
「……なんだ、近づくと百合子は……俺と近い感じがするな」
 しゃがみ込み、そして頬杖をついて偽皇は百合子を見上げた。百合子に近づいたときに拓斗は一瞬構えたが、何事もなさそうだ。
 百合子はまっすぐ、偽皇の視線を受け止める。
「私は蛇と切り離せない関係、なのかな? だからきっとその所為」
 にこ、と笑って言われた言葉にふぅん、と偽皇は言ってそして今度は暁を見上げる。
 暁はそれに負けるものか、とじーっと顔の距離を縮めて視線を返す。そしていきなり顔を掴んで固定。それに一瞬、どうするのかと空気が固まる。
「なんだ?」
「やー、デコにちゅーでもしてみよーかと思ったけど、やめとく」
「暁はいい度胸だな……」
「そーかな?」
 目を細めて笑い、そして偽皇は立ち上がって今度は拓斗へと近づく。
 二人の視線は一度合うと、それがずれることはない。
「……お前はなんかヤダ」
「拓斗、嫌われちゃったね」
「俺は蛇が嫌いだからそれでいい」 
 ふいっと視線をはずし、溜息をつきながら拓斗は言う。百合子はそんな姿に苦笑していた。
「……お前たちは、嫌いじゃない……が、好きでもない……どうでもよく……は、ないな……」
 ゆっくりとした言葉で言って偽皇は目を細める。一人、じっと見て、そして口の端を吊り上げて笑う。
 なんとなく、誰もが嫌な雰囲気を感じ取った。
 瞬間的に、身体が動く。
 拓斗は百合子を引き寄せ、後ろへ下がらせて自分は前へとでる。御神刀である刀を抜いてその偽皇の爪を受け止めた。そして倒れこみそうになる百合子を暁がうまく支えていた。
 響いた音は二つ、南々夜の刀と偽皇の右手の爪が交わった音と拓斗の刀と偽皇の左手の爪が交わった音で。離れた場所にいたはずなのに何時の間に距離を縮めたのか、と思ってしまう。
 そしてがっと刀と爪と、はじき合い、距離を双方とったとる。
「鬼は……怖いな、やっぱり……」
「ボク、鬼だからね」
 もう興味がそれた、と伸縮自在らしい爪を偽皇はしまうと背を向ける。
 南々夜も刀を背にある鞘に戻して戦闘態勢を解いた。そして振り向いて笑う。
「だいじょーぶ? もう、興味なくなったからどっか行っちゃうみたい……」
「俺はだいじょーぶ」
「私も。拓斗ありがとう」
「いや……」
 守ってくれたことに百合子は言葉を送る。そっけなくそれは受け取られる。
「……真剣な顔は似合わないよ」
「えー、そんな顔してた?」
 ふっと目に入った表情が今まで見たこともない真剣なもので、暁は南々夜の服の裾をひっぱって振り向かせる。
「あんまり話、できなかったねー。ま、しょうがないかー」
「うん……でも……うーん、また機会あると思うしね」
「……百合子……」
 先ほど危ない目にあったのに懲りないのか、と拓斗は小さく呟いて溜息を漏らす。
「あはっ、百合ちゃんツワモノだねー。さって、藍ちゃんたちのとこに行こうかー」
「行く行くー」
「そうだね、オツムが弱いって言ってあげないと!」
 そして河原から離れ、また来た道を四人は歩む。
 じん、とまだ爪を受けたときの衝撃が手に残っている。とにもかくにも百合子を守ることが出来た。油断は何事も出来ない、と思い知らされる。
 未だ自分がこの記憶の世界にいるということは、まだ藍ノ介は自分の記憶だと認識していないのだろう。早く、それをどうにかしてやらないと。





「たっだいまー、皆こっちこっち」
 最初に家の中に入ってきたのは南々夜。そしてその後ろには暁、百合子、拓斗と。
 手招きに応じて三人は進むとそこには先に来ていた奏と沖那がいる。
 そして、幾分か若い藍ノ介と、寄り添うのはきっとヒサヤだとわかる。ふわふわの銀髪と優しそうな表情、奈津ノ介は母似なのだとわかる。そんな二人には狐の耳と尻尾があって、さわり心地が良さそう、と思ってしまう。
「藍ノ介さんだー! 尻尾ある!」
「本当、尻尾!」
「……尻尾があると駄目なのか?」
 暁と百合子が尻尾とはしゃぐのに何を言っているのだ、という面持ちで藍ノ介は答える。三人も居間にあがれと促されてそこへ。
「まだ、思い出してないようだな……」
 拓斗は藍ノ介を見、そして沖那と奏に確認を取る。二人は頷いて、記憶の中であると言うのは理解したようだと告げた。
「私たちは藍ノ介さんのオツムの弱さの所為でここに来ることになったんだよ」
「なっ……オツムが弱いなどと……ん?」
「あ、最近流すのに久し振りにムキになったな」
 百合子にオツムがと言われ、藍ノ介は立ち上がりそうな勢いで言葉を発する。けれども途中で何か引っかかったのか、言葉を止めてしまう。
 遙貴のからかうような言葉にも反応が薄い。
「あ、俺写真預かってるんだ!」
「しゃしん……?」
 初めて聞く言葉だ、というように藍ノ介は首を捻る。暁はヒサヤと藍ノ介の近くによって預かってきた写真を差し出す。
「……わしみたいだな」
「やだ、藍ノ介さんですよ。あらら、これもしかしてなっちゃんかしら……」
 受け取ったそれを興味深そうに二人はじっと見る。
「あ、いや……あれ?」
「どうしました?」
「いや、何か、変な感じがするんだがよくわからなくて、気持ち悪い……というか、痛い……?」
 藍ノ介の様子がおかしい、と誰もが感じる。あからさまに挙動不審。
 困っているのか耳がぺそっと下に向いている。
 写真が切欠になったのだろうか。今まで藍ノ介が持っていた雰囲気が不安定なものとなる。これは、記憶の中だと思い出し始めている兆で、もしかしたらもうあと一押しなのかもしれないと拓斗は思う。
「藍ノ介さん、あ、どうしましょう」
「や、大丈夫……だから……うあ、何故涙まで出る……」
 ぼろっと大粒の涙まで流れ始め、もう自分でもどうしていいのかわからない様子に誰もが戸惑ってしまう。
「泣いた……」
「藍ちゃんが泣いた……」
「初めて見たぞ……」
 千両たちでさえ、初めて見たと固まっている。よっぽどありえないことらしい。
「ちょっと、一人、になってくる……すまん」
 そう言って藍ノ介が立ち上がって向けた背。その左肩。
 着物が朱色に染まっているのが、目に付く。
「あ、だめ、藍ノ介さんだめ、怪我……」
「え、怪我など……」
 びっくりしたヒサヤが引き止めて、左肩がと告げると藍ノ介はそれを確認する。左肩に触れた手、そこに血の色。
「どうなっているのだ……傷などないのに」
 現実に起こったことと、記憶が違ってしまったのではないか。
 その、埋め合わせがこうして出てきているのでは。
 そんな考えがよぎる。
「藍ノ介さん、きっとそれは……俺たちが記憶の中で、現実に起こったことを違えたから、起こってるんじゃない、かな? きっとさ、過去で怪我したんだ、けどここで俺たちといて話をしてたからそれだ起こらなくて……みたいな?」
「そう、だね……きっと、変わってしまったから、記憶の持ち主の藍ノ介さんにしわ寄せがきてるんだよ」
 暁の言葉に奏が頷く。
 藍ノ介はどうしたらいいものか、ともう一度、座りなおす。
「っ……左肩……痛くなってきたな……涙も止まらん」
 と、今まで静かに見ていた拓斗は立ち上がり、藍ノ介に近づく。何だと見上げた藍ノ介の視線を倍にして返すほどの強い視線。
「……奈津ノ介があれほど心配しているんだ、さっさと現実を見ろ。ここにいたら駄目だろうが」
「拓斗! そんな、ずばっと……」
 百合子が後ろから宥めるような言葉をかけても、もうその言葉は藍ノ介に届いた後で。じっと二人の視線は外れない。
「藍ノ介さんは覚えてるはずなんだよ、皆……待ってる」
「現実……待って、る?」
「藍ノ介さん……私よくあなたのこと知らないけど、皆必死だったよ」
「そうです、きっと思い出すなら今しか、ないと思います」
 何を言われているのかわかっているようで、でもわかっていないようで。
 藍ノ介は暁、拓斗、百合子、奏、沖那と皆の顔をみて、そしてヒサヤ、その腕の子と視線を巡らす。
「藍ノ介、ここがお前の記憶っていうなら、もしそうならお前は現実に戻れ」
「そうだねー、藍ちゃんを助けに来たってゆー皆のためにもねー」
「だがな、遙貴、南々夜……よく、わからんのだ……」
「それは貴様が何かから逃げてるからだろ」
 きっぱりと、千両は言った。
「逃げている……わしが?」
 千両は頷いて、そして考えてみろという。
 冷たく突き放すような言葉なのだが、どこか温かい。
 深く深く瞳を閉じる。何か考えて、思い出そうとしているような。
 今手助けできることは無く、見守ることしか出来ないのが歯痒い。
 ふと、藍ノ介の表情が変わる。
 考え事をするような表情から少し苦しげな柔らかい表情。
「ヒサヤ、すまんな……奈津も……千両たちも……それに……」
 言葉は最期まで聞き取れない。
 けれどもありがとうと言っているのがなんとなくわかる。
 またあの意識が引き込まれる感覚。
 世界が一回転して視界は真っ白だ。
 思い出したんだ、と理解する。
 瞳を開けると、きっともとの世界だ。





 ぱたりと本が閉じるような音が聞こえた。
 瞳を開けるとそこはあの店。
「よ……かった……おかえりなさい……」
 奈津ノ介が心底安心したような表情を浮かべている。
 起き上がると、そこには今の藍ノ介もいて、申し訳ないような、そんな表情だった。
「世話を、かけたな……ありがとう」
「あなたは皆さんにそれだけしか言えないんですかっ!」
「や、奈津よ、何を怒っておる! 無事皆戻ってこれたから良かったではないか!」
「そうですけど……こんの馬鹿親父!」
 珍しく声を荒立てる奈津ノ介に困惑しつつ、藍ノ介は一人ずつしっかりと見る。
「汝らのおかげで戻ってこれのだな、本当に……感謝している」
「次からは気をつけてね。でも、なんでそんな本、開いちゃったの?」
 百合子の問いにどうしてだったかと、藍ノ介は思い出す。
「……昼寝の枕に丁度良さそうな高さだったからつい……」
 その言葉に、一同絶句。
 偶然触ってしまったならまだしも、そんな理由はちょっとというか、かなり微妙だ。
「貴様本当にオツムがアレだな……」
「うん」
「……」
「そうだな……」
「そうですね……」
「ごめん、藍ノ介さん! 今回ばかりは俺も味方できない!」
 千両の言葉に乗っかっての巻き込まれた五人の反応は冷たい。
「いや、だって…………あー、まぁ、それは、今日はいい……」
 今日は、今日だけは自分のオツムが弱いと何度言われても流そうと藍ノ介は思う。
 過去起こったのとは違う過去を体験した。
 でもそれはやはり偽りで、本当ではなく、こちらが本物の世界だ。
「何か、汝らに礼をせんとな……考えておけ」
 藍ノ介は苦笑しながらそう言うと奈津ノ介を見る。
 さきほどより落ち着いて、というよりも取り乱しかけたことをちょっと恥ずかしがっているようだ。
「奈津、すまんな……」
「何がですか」
「全部だ」
 親子の会話は静かだ。
「とりあえず、いいですよ……皆さんにお茶淹れてきます」
 奈津ノ介は立ち上がり店の奥へ向かう。
 拗ねているようだな、と藍ノ介が苦笑した。そして拓斗と百合子を見る。
「汝は拓斗か、記憶の中で名を呼ばれていた。汝は?」
「百合子です」
「そうか……百合子と、拓斗だな。二人も、見ず知らずで付き合ってくれてありがとう」
 百合子は気にしないで、と笑い拓斗はそっけなく頷く。
 そして藍ノ介は暁と奏を見る。
「二人も、ありがとうな」
 ぽん、と二人の頭を撫で藍ノ介は笑む。
「汝は……沖那か。話には聞いている。汝も、感謝している」
「いいえ、何もしていないですよ……ああ、これを……」
 沖那は持っていた小刀を藍ノ介へと返した。受け取って懐かしそうにそれを眺める表情は優しい。
「……あのまま記憶の中にいたら、どうなっていたんだろうな」
「馬鹿が、そんなことを考えるな」
 千両に言われ、そうだなと藍ノ介は返す。
 そのタイミングで奈津ノ介が戻ってきて、笑う。
「お疲れ様でした、お茶……飲んでいってください」
 そう言って渡された湯飲みは暖かい。



 書き換えてしまった過去が、やさしいものか辛いものか、それはわからないけれども。
 過去があるからこそ今があるから。
 きっと今が最善だとそう思いたい。



<END>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【4767/月宮・奏/女性/14歳/中学生:退魔師】
【4782/桐生・暁/男性/17歳/学生アルバイト/トランスメンバー/劇団員】
【5976/芳賀・百合子/女性/15歳/中学生兼神事の巫女】
【5977/朝深・拓斗/男性/15歳/中学3年兼神楽舞師】
【6081/久住・沖那/男性/21歳/能面師】
(整理番号順)


【NPC/奈津ノ介/男性/332歳/雑貨屋店主】
【NPC/藍ノ介/男性/897歳/雑貨屋居候】
【NPC/千両/無性別/789歳/流れ猫】
【NPC/小判/男性/10歳/猫】
【NPC/音原要/女性/15歳/学生アルバイト】
【NPC/遙貴/両性/888歳/観察者】
【NPC/南々夜/男性/799歳/なんでも屋】
【NPC/ヒサヤ/女性/223歳/良妻】
【NPC/偽皇/男性/813歳/享楽者】

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■         ライター通信          ■
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 ライターの志摩です。今回もありがとうございました!
 途中で自分がどこを書いているのかわからなくなりそうでした…(ぉぃ)現実では辛くてあまり語りたくないような過去でしたが、この魔本の中ではそれは変わりました。皆様のおかげで無事にオツムがアレな人も戻ってこれて…ありがとうございます。奈津も安心しております。きっとこの後すさまじい親子喧嘩が…(なんで)や、そんな裏話はさておき、今回も私、とても楽しく書かせていただきました。ありがとうございます!

 朝深・拓斗さま

 はじめまして、今回はお預けくださりありがとうございましたー!百合子さまとの繋がり、そして御神刀もちなら絶対一度は鞘から抜いてもらわないと!とライターの趣味から蛇さんと絡んでいただきました。拓斗さまらしさを引き出せていれば…と思っております。
 それではまたご縁がありましたなら!