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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


草間即席無料相談会

「俺は久し振りに暇だ。よって、何でも相談を聞いてやろうと思う」

 久しく訪れた平穏な日、或いは仕事がなく手持ち無沙汰な日、或いは気紛れ。そう遜色しても全く違わない日。草間武彦の言葉に零は手にしていた年代物のルービックキューブを弄るのを止め、
「特に相談したいこともないです」
 再び手元の遊戯に夢中になる。
 これも一種の暇潰しなんだろうな、と思ってはいるものの、武彦の気紛れによって腹の内を曝すのも笑顔一つの拒否で済むなら安いものだ。悩みはある。だからと言って、暇潰しの材料にされるのも困り者だ。
 最近の不可解且つ厄介な依頼と事件に比べれば、それは大したことでもないのは事実。でも暇過ぎる、というのも問題だ。
「なら折角ですし、今日は無料相談会にしたらどうです? そうすれば、少しは人も来ますし、暇も潰せると思いますし」
「名案だ。よし、零。宣伝してこい」
 ……前言撤回。暇に越したことはない。
 零は渋々と初期状態になりかけの遊具をソファの端に置き、近くにあったチラシの裏にマジックで<本日無料相談会〜お気軽にどうぞ〜>と書く。興信所の入り口にテープで貼り、良しと小さく頷く。
 この程度なら暇さ加減が変わることも然してないだろう。
 知り合いでも構わないが、このノリに付き合ってくれるオトナが来ればいいな、と。零は自分のお人好しさを少しだけ呪って、部屋の中に戻っていった。
 それから暫くもしない内に興信所を開く音が響く。
「生暖かい目来襲」
 零は愉しそうに言って、
「続いて<一番つまらないのはお前だ>視線強襲」
 そう言って手にしたお盆の上に載せてある菓子や飲み物類を、机の上に置いていく。武彦が疲れた視線をやるも、
「発端はあなたの方ですよ」
と暖かい眼差しを向けた。
 結局のところ、<暇潰し大会>訪れた人間は二人。
「問題があるとすれば、性格か」
 開口一番唐島灰師曰く。手の煙草を灰皿に押し付けて、にかっと笑っている。
「でも性格は直しようもないんじゃない?」
 シュライン・エマ曰く。長い足を綺麗に組んで、腕を組んで微笑んでいる。
「性格を直せば、武彦さんじゃなくなると思いますけど。ああでも、昔こんな話があったわね」

 昔昔、池に暴れん坊の少年が落ちました。
 心配した村人が慌てて池に行くと、美しい女神が池の上に立っていました。
「貴方方が落としたのは、こちらの優しい少年ですか? それとも、暴れん坊の少年ですか?」
 村人はすかさず言いました。
「暴れん坊の少年です」
「貴方方は正直です。褒美に、優しい少年をあげましょう」
 こうして、少年は優しい少年になりましたとさ。

「めでたし、めでたし」
「つまり、武彦を池に落とせという教訓だな」
「池は最近ないかもしれないから、代用として海でもいいかもしれないわね」
「コンクリ詰めで。零ちゃん、コンクリート有りっ丈買ってきてくれ」
「あ、でもお金ないです」
「俺が出す。カードでいいか?」
「分かりました。買ってきます」
「……お前ら、何愉しそうに殺人計画を練ってやがる。零、お前も本気でコンクリートを買ってこようとするな」
 所長席に深く腰を掛け、武彦は置かれたコーヒーをぐいと飲み干した。熱かったのか、むせている。その光景ですら愉しむかのように、シュラインは口端を上げた。
「あら、でもこれは寓話よ。さて、教訓はなんでしょう?」
 灰師がぴっと清々しいまでに真っ直ぐに手をあげる。
「莫迦は死ななきゃ直らない」
「だーかーらー、どうにかして俺を殺そうとするな、灰師」
「それは自分が莫迦と自覚しての発言だよな。そうでなければ、前述のような言葉は出るはずもなし。故に、おまえは莫迦だ……」
 ふいに痛み出した頬に触れてみると、微かではあるが血が滲んでいる。微量ではあるが火薬の匂いがすると同時に、背に立つ壁に何かがめり込んでいる跡がある。
 ……銃弾?
「てめぇ、室内で撃ちやがったな!」
「うるせえ。人様を莫迦莫迦連呼しやがった報いだ」
 武彦の構える銃は、ご丁寧にサイレンサーまでついてある。音によってやってくる目撃者をなくすためでは当然なく、気付かれずに本気で殺そうとしていたのであろう。
「俺が死んだら、おまえ犯罪者だぞ? そしたら、零ちゃん泣くなあ」
「泣きます、私」
 上手い具合に零が便乗し、灰師が意地悪そうに笑う。ソファの後ろに両手を回し、豪快に足を組んでみせた。撃てるものなら撃ってみろ、という意思表示に近い。銃身があからさまに振るえ、下手をしたらそのまま脳天をぶち抜きます、という殺意まで感じられる。けど、犯罪者になったら零が泣く。故に撃てない。
 そんな葛藤の中、シュラインは一人静かにお茶をすすっていた。
「でもそんな妹思いのところは評価してもいいんじゃない?」
「妹思い? こういうのは自分の負の面を見せたくないって、己の欲望ってんじゃね?」
「それは……言い過ぎよ」
 拳銃をしかと握り締めたまま、武彦は所長席に前のめりに倒れる。倒れるときは前のめりというのは良い傾向だね、と灰師は嘲笑混じりに笑って、目の前に置かれている、既に冷め切ったお茶に手を伸ばした。味に満足風に頷き、一気に飲み干す。
「まあ別に、自分のためであろうと他人のためであろうと、良くみせるってのは大事だな。そんな必要がないくらいに元からヨイニンゲンってのもいるけどな」
 語尾を荒げる灰師に、シュラインは文字通り懐から紙を取り出して、武彦の前に置いた。
「そうね。それでも努力は必要だけれども」
「で、これは何だ?」
 紙を摘んで、頬を机に付けたまま武彦は目をやる。
「仕事関係から頂いたんだけど、私これでも忙しくて行く暇ないのよ。だから零ちゃんと行ってらっしゃいな」
 スニーカーにジーンズでは行けないレストランの招待券だ。故にランク的には高い。
「はい、質問。最近零ちゃんとどれくらい一緒に買い物行った?」
「……一月は行ってない」
 最低だ、との灰師の声にむっとしつつ、言い返せないのもまた事実。
「行ってくればいいんだろ? はいはい、行きますって。零、時間作っておけよ」
「はい。こんなことする時間がある程ですから、暇です」
 笑顔にも棘がある。武彦は苦しそうに呻いて、動かなくなった。
「本当、こんなことする暇があったら、零ちゃんとどこか行けばいいって話なのにね」
「そんな莫迦具合が武彦の魅力だろう?」
 言って、笑う。
 結局相談会はどうなったんだろう、と両腕にお盆を抱えたままに零は思う。結果としては彼女自身には良い結果となったのだから言うことはないし、これで充分暇は潰せたのであろうとも思う。
「今日の夕食のメニュー、考えないで済んだから良かったかな」
 ただ武彦が目覚めるかどうかが不安だ、と思い突っ突いてみたら僅かに動きを返し、零は軽く安堵して自分に入れたお茶に口を付けたのだった。





【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4697/唐島灰師/男性/29歳/暇人】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、或いはお久し振りです、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

結局<無料相談会>でも何でもない、興信所の一風景となりましたが、いかがでしたでしょうか。
何か特別な事件が起こる訳でもなく暇な一日の予定でしたが、この面子ではやはりそれが期待出来るはずもなく。
一人やり込められた結果となった武彦が、この後レストランでどのような失態を犯してしまうのかも想像するだけに止まりますが、愉しみなところです。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝