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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「腕・うで」



 瞼を開けて透子は起き上がる。
 じっとりとかいた額の汗を拭った。
 障子越しに朝日が入ってくる。
「……ゆめ……」
 真っ暗な中で、透子は誰かの名前を必死に呼んでいた。だがよく思い出せない。
 あんなに声が嗄れるまで……誰を呼んでいたんだろう、私は。
(…………逢いたい)
 透子は俯き、シーツを強く握る。
(欠月さんに……逢いたい…………)
 なんだか涙がこぼれそうだった。



 欠月に会うには夜しかない。
 こっそりと家を抜け出た透子は万全の準備をしていた。
 まだ夜は寒いので防寒用にダッフルコートを着込み、ペンライトもポケットに入れている。
「欠月さんがどこに居るのかわからないけど、これなら暗闇もバッチリだわ」
 邪魔、と言われるのを想像して透子は「う」と小さくうめく。
 今ではこんなに容易く彼の反応が想像できた。
 苦笑して空を見上げると、そこには透子を見守るように月がぽっかりと浮かんでいる。
 なんだか会えそうな予感がした。
 そう思って歩き出す透子。
 欠月が現れる時は必ず鈴の音がする。とりあえずそれを探すのが目的だ。
(痴漢や変態が出ても、諦めるもんですか。欠月さんに会うって決めたもの)
 変態といえば、想像するのはトレンチコートのオジさんである。
 自分で考えておきながら透子は青くなった。
 年頃の女の子なのだから、その反応は当たり前である。
 軽く頭を振って想像を追い払う透子。
(そ、そんなこと、実際あるわけないわよ……。今時そんな……)
 そんな人、と続けようとした透子は歩くのをやめて立ち止まる。
 トレンチコートだ。
 コートを着た中年男性が夜道に立っている。
(う、うそ……)
 透子は思わず身構えてしまった。
 夜中ということもあり、周囲には誰も居ない。
(へ、変態が……変態が出た……っ!)
 中年はコートに手をかけて開こうとする。
 透子は固まって動けない。見たくない。ぜったいいやだ。
(うう……!)
 男がコートの前を開く。
 透子は仰天した。
 コートの下の男の身体は、普通とは違っていたのだ。
 至る所に「顔」がある。人面疽だ。上半身を占めるそれに透子は小さな悲鳴を洩らした。
「とって……とってくれぇ……」
 見れば男は涙と鼻水を流している。その様子を人面疽たちはゲラゲラ笑った。
 男はとても苦しそうだ。
(で、でも……取り方なんて私、知らないわ……)
 どうしよう。
 困っていると男はゆっくりと透子のほうへ近づいて来る。
「お願いだぁ……だ、誰か、取ってくれ……」
「え、あの、じゃ、じゃあ救急車を呼びますから!」
 携帯電話は持ってきていたはずだ。コートのポケットから取り出して透子は発信ボタンを押す。
 ぶつん、と音がした。
(ぶつん?)
 不審そうにしながら、電話に声をかける。
「もしもし? あの、すみません、救急車を……」
<あれ? 透子さん?>
 聞き覚えのある声に透子は思わず携帯電話を落としそうになった。
「か、欠月さん!?」
<ああ、やっぱり。どうしたの? 公衆電話にかけてくるなんて、器用なことするね>
「え? 公衆電話? 違うわ。救急車を呼ぼう……と……」
 気づけば男がすぐ目の前に迫っている。
 びくっとして透子は一歩後退した。
 よっぽど苦しいのか男はふらつく足取りでさらに近づいてきている。
「あ、ま、待ってください、救急車を呼んでますからっ」
<? どうかしたの、透子さん?>
「あ、うん。身体中に顔みたいなのが浮いている人がいて……」
<顔? …………とりあえずそいつに近づいちゃダメ>
「え? どうして?」
<『移す』から>
 うつす?
 異様な響きを感じて透子は中年男性を見据える。
 目は透子を映していない。痛みで朦朧としているのか、視線はあちこちをさ迷っていた。
<生気を吸い取ってるはずだから。新しい獲物が欲しいはずだよ。離れて>
「ええっ!? で、でもこの人苦しそうで……」
<中には激痛や、快楽を与えるやつもある。いいから距離をとって。近づかれると厄介だ>
「そんな……」
 じりじりと後ろにさがる透子は、ふっ、と小さく息を吐き出す。
 とりあえず痺れさせてしまおう。
 だが男は構わず透子に近づく。どうやら人面疽のせいで透子の能力が効かないらしい。
 幸いなのは男が一気に寄って来ないことだ。ふらつく足取りで助かった。
「ど、どうすればいいの!? このままじゃ……」
<………………わかった>
 唐突に欠月からの会話が途切れる。ツー、と音がした。
「か、欠月さん!?」
 こんな時に!
 透子は携帯電話を持つ手を降ろし、男の様子をうかがいながら一定の距離を保つ。
(走って逃げるわけにもいかないわ…………この人、こんなに苦しそうだもの)
 だからといって自分に何ができるわけでもない。
「だ、大丈夫ですよ。えっと……知り合いが、すぐに来てくれますから」
「し、知り合い……?」
「はい。退魔士をしてるので、きっと助けてくれます」
 男の意識が途切れてしまう。途端、駆け寄って透子の肩を掴んだ。
 いきなりだったために透子は何もできずにいた。
(どうして……意識がないはず……)
 ゲラゲラと笑う声が響く。
 ……もしや、この意識のない体を操っているのは人面疽?
「は、はなして……!」
 男の肩を押す透子は、自分の左手の甲に妙な腫れ物があるのに気づいた。
 一気に血の気が引く。
 移すから、という欠月の声が頭の中で再生された。
「やめて……! お願い、はなして……っ」
 力一杯押すが、男の掴む力のほうが何倍も強い。なんという力だ!
「嫌がる女の子に詰め寄るのって、男としてどうかと思うけど」
 ちりーん、と鈴の音がした。
 透子を掴んでいた男の横に欠月が立っている。
「欠月さん!」
 涙目で欠月の名を呼ぶ。彼は男を横目で見た。
「ちょっと痛いよ」
 誰に対して言っているのか、欠月は無表情で男の耳に指先を当てる。
 小さく呟いた欠月は、一旦は腕を引き、そして剣指で男の耳に触れた。
 男の頭部が強い衝撃を与えられたようにがくんと激しく揺れる。それは全身にも及んだようだ。
 欠月が軽く男の腕を下から持ち上げると透子の肩から離れてくれた。
 そのまま男は道に転倒してしまう。
「…………」
 強く握られた肩が痛い。
 痛みに少し顔をしかめながら、倒れた男をうかがう透子。
「大丈夫なの? この人……」
「衰弱状態ではあるけどね。寄生されやすいのかもねぇ、こんなに大量に憑けてるのってすごいよ」
 欠月は男の上半身に浮かぶ人面疽を見て軽く笑った。人面疽は先ほどの欠月の衝撃で完全に沈黙している。
 くるっと欠月は透子のほうを見た。
 どきっとする透子。
「こんな夜中に出歩くと危ないでしょ」
「……う……は、はい」
「…………」
 黙り込む欠月は無表情で透子を見つめていた。
(……お、怒ってる……?)
 透子はしょんぼりと肩を落とす。欠月に会いたくて。ただ、それだけだったのに。
(ああそうか……私……)
 こんなに。
(…………欠月さんのことが、好きなんだわ…………)
「ほら、手、みせて」
 欠月の声に透子は不思議そうにする。欠月はぐっと透子の左手を掴んだ。
「ほらみなよ。移ってるじゃない」
「あ……う、うん……」
「うんじゃないよ」
 嘆息する欠月は小さくまた何か呟くと、透子の手を持ち上げる。そしてその手に浮かぶ人面疽に指を当てた。小さく痛みが走る。
「ほかは大丈夫? 痛いとこない?」
「え……う、うん」
「とりあえずコート脱いで。探すから」
「ええーっ!?」
 真っ赤になって思わず自身の身体を抱きしめる透子であった。
 きょとんとする欠月は呆れたように目を細める。
「あとで見つかっても知らないからね、ボクは」
「あ、そ、それは困るわ!」
 透子は慌ててコートを脱いだ。寒い。
 震える透子にセーターも脱ぐように指示する欠月。
「こ、これも!?」
「…………」
「わ、わかった。脱ぐ」
 じっと見られて透子は渋々セーターも脱いだ。
 シャツ一枚というのはかなり寒い。だが我慢だ。
「触るけど……大丈夫かな」
「さわる……?」
「腫れ物になってないか、確かめる。触られたくないなら、全部脱いでもらうけど」
「…………」
 下着姿になるなど、冗談ではない。
 ぐっと唇を噛む透子に、了承したと取った欠月は透子の肩や腕を触っていく。服越しとはいえ、かなり恥ずかしい。
(お……お医者さまに触られる感じなのよ。そ、そうよ……)
 必死に自分に言い聞かせる透子の内心など知らず、欠月は黙々と腫れ物がないか調べている。
 真剣な表情の欠月を見て、透子はちょっと気が抜けた。
(そうよね……欠月さんは、別にいやらしい目で見てるわけじゃないもの)
 それはそれでちょっと悔しくはある。異性として見られていない、ということだ。
「こっちはこれで終了。次は背中。ほら、後ろ向いて」
 指示されるままに透子は欠月に背中を向ける。丹念に調べていく欠月はホッとしたように息を吐いた。
「足もなさそうだね。肩に一つだけか」
「! 肩!?」
「右肩」
 さっき掴まれた箇所だ。
「そこだけでいいからちょっとシャツ脱いで、ボクにみせて」
 こくこくと頷いて透子はボタンを外し、肩だけみせる。言われてみれば赤くなっており、妙な腫れ物があった。
 欠月はぶつぶつと呟き、そっと指先を腫れ物に触れさせる。またピリっ、と痛みが走った。
「これで完了だね。お疲れ様。寒かったでしょ」
「うん」
 素直に頷く透子に欠月は苦笑する。
 セーターとコートを着込む透子は今のを思い出して赤くなった。
(な、なんとも思われてないのかしら……)
 そうだとすれば、悲しい。
「ああそうだ」
「?」
「あちこち、触ってごめんね」
 笑顔で平然と言われてしまい、透子は妙なショックを受ける。
「でも、退治した代価ってことで許して欲しいな。だめ?」
「…………」
「女の子って柔らかいから、ちょっと困っちゃったけどね」
「っ!」
 真っ赤になる透子がわなわなと震えた。必死に言葉を吐き出す。
「ほ、ほんとは、ゆ、許せないところだけど……! かっ、欠月さんだから、今回だけ大目にみる……!」
「え? どして? 殴ってもいいよ?」
「……………………欠月さんが好きだから」
 俯いて恥ずかしそうに小さく言った。
 その呟きは欠月の耳に届いたのか、彼は目を見開く。そして、ふいに視線を逸らして不快そうな表情を浮かべた。
「…………そう、ボクを、ね」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5778/守永・透子(もりなが・とおこ)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、守永様。ライターのともやいずみです。
 恋愛に完全突入、です! 欠月を想う心の強さを現して、守永様の口調を変えてみました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!