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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「腕・うで」



 雨だ。
 雨が降っている。
 傘を差して歩く橘穂乃香は曇り空をそっと見遣った。
 なんという暗さ。穂乃香の晴れない心のようだ。
 今が夕方とは思えない。この空では。
 そういえば、雨の日に会ったのだ。あの……遠逆の退魔士に。
 そのことを思い出して穂乃香は首を緩く左右に振った。
 暗いことを考えれば、そういう運命を引き寄せてしまうかもしれない。
 あの時のような……。
(雨だからでしょうか……なんだか気が滅入ってしまいます)
 日無子と会ったのは雨の日じゃない。そうだ。考え過ぎだ。
 けれども心配なのだ。
 記憶を失っているせいか、日無子の空虚なところを穂乃香は感じていた。
 いや……記憶は関係ないのかもしれない。
 怖い、と思ってしまったのだ。
 底知れない部分がある日無子を。
(ひなちゃんは……本当は失った記憶を埋めようとしているのかもしれません……)
 無意識に。
 屋敷に向けて帰る穂乃香は雨の中に佇む日無子を見つけて硬直してしまう。
 後ろ姿しか見えないが、あの袴姿は日無子に間違いない。
 道の真ん中に突っ立っている日無子はずぶ濡れだ。
 髪からは雨が滴り落ち、衣服は水を吸って重そうである。
 なにをしているのかわからないが、穂乃香は日無子の邪魔をしないようにと電柱の陰にこそこそ隠れた。
 日無子はぶんっ、と漆黒の刀を振った。降っていた雨を切り裂くように。
 そのまま彼女は構えた。
 雨がゆらり、と揺れる。
 姿の見えない相手のようだ。だが雨が微妙に遮られて、ぼんやりと輪郭がわかる。
 日無子の敵はコイツらしい。
(大きい感じがします……! ひなちゃんは大丈夫なんでしょうか……?)
 不安でドキドキする穂乃香はうかがう。
 日無子は刀を握り、相手が近づくのを待っている。
 唐突に日無子が後方に軽く跳躍した。今まで立っていた箇所の道路が抉れる。
 青ざめる穂乃香。
(あんな……! ひなちゃんに当たったら……)
 だが日無子はまったく恐れる様子はない。
 ブン! と刀を振った。がきっ、と鈍い音がして日無子の腕が弾かれる。
「!」
 驚いたように日無子が自分の腕を見遣った。妙な方向に曲がっている。
 穂乃香は叫びそうになって慌てて両手で口を塞いだ。
 痛みの声をあげもしない日無子はそれをぼんやりと眺め、次第に怒りに眉を吊り上げる。
 日無子が怒るのを見るのは、初めてだ。
「腕……あたしの腕が……」
 ぶつぶつと呟く日無子が敵をぎろっと見遣った。
 憤怒に染まった瞳は残忍だ。
 左手を前に出し、彼女は素早く印を組んでいき、なにかを唱える。
「破邪!」
 日無子の吐き出した声が衝撃そのもののように、憑物に強い力がぶつかる。それが雨を吹き飛ばした。
 相手はどうやら今の衝撃で吹っ飛び、転倒したらしい。
 右腕は次第に元に戻りつつあったが、日無子はさらに左手で空中に紋様を描く。
「――――散れ」
 冷たく言い放った彼女の言葉の直後、転倒した憑物が内部から爆発した。
 透明なので見えなかった敵は、爆発した直後に姿が見えるようになる。
 転がったものは何かの生物のようだ。
 返り血を受けて立つ日無子は右腕を見遣った。腕はもう元通りだ。
「…………」
 無言でそれを眺め、ちゃんと動くかどうか確かめるように手を開いたり閉じたりする。
 穂乃香は今の様子に完全に真っ青になり、小さく震えていた。
 あの、いつも笑顔の日無子が……そう思って。
 誰だって痛い思いをすれば怒るのは当然だろう。だが、度を超したような怒りようだった。
「ったく〜、めちゃくちゃ痛かったっつーの」
 いつもの明るい口調でぶつぶつ文句を言い、日無子は巻物を空中から取り出している。
 その様子に穂乃香は安堵した。
(良かった……いつものひなちゃんです……)
 見間違いだと思いたい。今のは。
 巻物を閉じた日無子は右腕をぐるぐると回す。
「もー。か弱い女の子になにすんだっての〜」
 どこがか弱いのかわからないが、その言葉に穂乃香が小さく吹き出す。あ、と思って口を塞いだ。
 ひょい、と電柱の向こうから日無子が覗いてきた。
「かくれんぼ?」
「…………」
 穂乃香は照れ臭そうに笑う。



「ひなちゃん、腕、大丈夫ですか?」
「超痛かった!」
 キッパリ言って「ぷんぷん」と怒る様子は、どう見てもわざとやっている。今時「ぷんぷん」と口で言う者はいないだろう。
「でも……あの、腕を折られてすごく……怒って……」
「だってスゲー痛かったんだもん。カーっときちゃってさあ」
 ヘラヘラ笑う日無子が後頭部をかく。
(ひなちゃんでも頭に血がのぼることがあるんですねぇ……)
 へえ、と思う穂乃香であった。
「まあ千切れなかったのは幸いだったかなー。回復も早かったし。おー、いたかった」
「本当に痛いの嫌いなんですね」
「そうだね」
 にこっと笑う日無子は黒い傘を差して穂乃香の横を歩いている。傘は彼女の「影」でできているのだ。
 だがまだ髪と衣服は水を滴らせていた。
 ふ、と目を細めて前を見る日無子のその姿に穂乃香は頬を赤く染める。
 本当に彼女はかっこいい人だと思う。
 見惚れていると、日無子が「ん?」とこちらを見た。
「どうかした? あたしの顔、なんかついてる?」
「え! あ、いえ……」
 慌ててしまう穂乃香は自分の長い髪を指先でくるくるといじる。
「ひ、ひなちゃん……かっこいいなと思って……」
「…………」
 ぽかーんとする日無子に穂乃香はさらに焦ってしまう。
「あの、強いところも、優しいところも……あの、大好きですよ!?」
 唖然としていた日無子の表情が曇った。不快そうに彼女は目を細める。
 その様子に穂乃香がずき、と胸を痛めた。
「……あたしは、優しい、って言われるようなヤツじゃないと思うなあ」
 すぐに元の表情に戻って日無子は肩をすくめながら言う。
(い、今の……は……? なにか、気に障ることでも言ってしまったんでしょうか……)
 少し青ざめている穂乃香は日無子がいつも通りなのを見て混乱した。
「ひなちゃんは、とってもお優しいですけど……」
「……変なの」
 ぼそっと呟いて日無子は嘆息する。
「でもま、かっこいいってのは女の子に使うもんじゃないと思うけど〜?」
 にま〜っと笑う日無子に穂乃香は顔を赤らめた。
「え、だ、だってそう思ってますから……」
「ふっ。でもまあ、そんじょそこらの男どもより、イケてるとは思う」
 自信満々に胸を張る日無子に、穂乃香はほっとする。
 どうやら彼女は不機嫌になったのではないらしい。
(優しいって言われるの……お嫌いだったんでしょうか)
 そう思うが、もう口にするのはやめておく。
「ええ。とってもかっこいいと思います」
「やっだー。褒めてもなんにも出ないってー」
 にこにことしている日無子を穂乃香は心配そうに見上げた。
「あの、ひなちゃん……濡れたままで大丈夫ですか……?」
「ん? あー。大丈夫。あたし、病気とかにかかりにくいからね」
「そういう問題では……。体を冷やしてしまいますよ?」
「元々体温低いから問題ないよ」
「……いえ、そういうことでもないような……」
 つまりだ。
 日無子はメンドクサイのだろう、たぶん。
「帰ったらすぐにお風呂入るって。心配しないで」
「ほ、ほんとですか? 約束してくれます?」
「しますします」
 軽い返事をする日無子。なんだか信用ならないが、ここはそれを信じるしかない。
 穂乃香は黙って歩いた。
 雨が傘を叩く。その小気味いいリズムに穂乃香は小さな幸福さえ感じていた。
 横を歩く日無子は穂乃香に歩調を合わせ、かなりゆっくり歩いてくれている。これを優しい、と言うのではないか? ふつうは。
「あの……」
「んんー? どした?」
「手を、繋いでいいですか?」
 日無子はこうして自分の目の前にいるのに、どうして。
 そう自分でも思う。
 居なくなって欲しくなかった。
「いいけど……あたしって手が冷たいからおすすめできないなぁ」
「わたくしが体温高いのでちょうどいいです。半分こ、ですよ」
「あ、そっか。橘ちゃんて子供だから体温高いのか」
 す、と手を差し出す日無子。
 日無子の手にはマメの潰れたあとがある。
「……ひなちゃん、この手……」
「鍛錬の時にできたんだよね。ほら、武器を扱うためには修行しなきゃいけないでしょ」
「…………」
 女の子なのに。
 そう思いつつ穂乃香は握る。
 日無子の手はかなり冷たい。
 だが、とてもかたい。
「おお。ほんとだ。橘ちゃんの手はあったかい」
「……ひなちゃん、カイロくらいは持ち歩いてもいいと思いますけど」
「うーん。実はそうしようかなってちょっと思ったことあるんだよねー。でもさあ、戦ってる最中に落とすともったいないし〜」
「あ。そう言われればそうですね」
「そうそう。最近のモノってさ、なーんかやたらと全部小型化してるでしょ? すぐ落とすんだよね〜」
 はあ、と日無子が大仰に嘆息する。
 確かに妖魔退治をしていれば落としても仕方ない。
 空は暗くなっていく。夜になるのだ。
 穂乃香はその様子を眺め、日無子に言う。
「……ひなちゃん、穂乃香になにかお手伝いできることありますか?」
「はあ!?」
 仰天したように日無子が穂乃香を見遣った。
「と言われてもなぁ」
 日無子は後頭部を掻く。
「記憶がなくてもさして困ってないし……憑物封印は順調だし…………」
「お仕事……順調なんですね」
「まあね」
「…………ひなちゃん」
 ぎゅ、と日無子の手を握る。
「お願いですから…………穂乃香に何も言わずにいなくならないでください……!」
「はあ?」
 きょとんとする日無子は、穂乃香が涙を浮かべているのを見てぎょっとした。
「置いていかないで……」
「ええー!? ちょ、なんで泣いてんのー?」
 驚きながら日無子はそんなことを言っていたが、足を止める。
 穂乃香の前に屈み、片膝をついた。
「ごめんね。約束はできない」
「ど、どうしてですか……?」
「急な仕事が入ることもあるから。でも、気持ちは嬉しいよ?」
「…………」
 涙を拭う穂乃香に、日無子は呟く。
「でも…………あたしにそんな価値があるとは思えないけど」
「え……?」
「穂乃香ちゃんにそんなに心配してもらえるような人間じゃないって思うよ? 優しくないし、適当だし」
「そんなことないです!」
「ふふっ。ありがと」
「ひなちゃん……」
「そんなめそめそされると困るなー。もっと元気ハツラツでいこうよ」
 ね? と日無子が微笑んだ。
 穂乃香はそれにつられるように、頷く――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0405/橘・穂乃香(たちばな・ほのか)/女/10/「常花の館」の主】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、橘様。ライターのともやいずみです。
 二度目の呼び方チェンジです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!