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<東京怪談・PCゲームノベル>


秋篠神社奇譚 〜参拝日誌〜

芳賀・百合子編

●夕暮れ
 夕暮れも迫った、いわゆる逢魔が刻と云われる時間。
 秋篠神社の拝殿の前で一人の細身の少女が一人佇んでいた。
 少女は特に何するでもなく、ただ一人その場に学校帰りの制服のまま佇んでいた。
 しばらくただ無言だけが周囲を支配する時間が過ぎていった。
 肩までの綺麗な黒髪を持った少しどこか神秘的な雰囲気を持った少女の名前は芳賀・百合子(ほうが・ゆりこ)といった。
 そんな中、拝殿の奥から一人の百合子と同じ位のだが少しばかり大人びた感じの銀髪の巫女装束に身を包んだ少女が姿を見せる。
「どうしたんですか?」
 そう問いかけた銀髪の少女、秋篠宮・静奈(あきしのみや・しずな)の言葉に百合子はうつむいていた顔をゆっくりとあげる。
 そして手に持ったお茶の缶を見せてポツリと呟く様に静奈に話しかけた。
「あの……、拝殿に向かってお茶を飲んでいたのはやはり不謹慎……だったでしょうか?」
 静奈に話しかけたものの、その言葉は誰に向かったという感じでもなく百合子自分に向けられているものの様にも感じられた。
「あの……、ボクは全然かまわないと思うよ?でもそれよりももっと何か言いたい事があるように感じられたんだけど……、違うかな?」
「あ、そ、それは……」
 静奈の言葉に思わず俯く百合子。
 その百合子の様子を見て静奈はやんわりと微笑む。
「あのさ、もしボクでよかったら話を聞こうか?」
 静奈のその言葉に百合子は少し考え込む。
 しばらく俯いていた、百合子だったが静奈に向かっておずおずと話しかける。
「あの……。いいんですか?」
「ボクは全然かまわないよ。こんな可愛い子が困ってるのは見逃せないしね」
 静奈はそう言いながら百合子の頭をやんわり撫でる。
「それじゃここで話しているのも冷えてきちゃうし、中に行こうか?お茶くらいなら出して上げられるし」
「ありがとう……ございます」
 ようやく少し安心したのか百合子は微笑をその顔に浮かべた。

●迷い
 応接間へと通された百合子は出されたお茶を一口すすりながらゆっくりと話を始める。
「私は今日正常な空気に触れたくてここにやってきたんです……。でもそこで少し嫌な事を思い出してしまって……」
 百合子は口にこそしなかったが先日実家であった事を思い出していた。
 百合子にとって最初はそれはなにげのない失敗だったようにも思えたのだが『蛇巫ともあろう御方が!』と激しく叱責された事があったのだ。
「それで今日ずっと巫女ってなんなんだろう?って自問自答していたんですよ」
 そして百合子は自らも古くから『山神』を奉じる村に生まれ育ち、小さい頃から神事に関わる事を余儀なくされて育った事を静奈に話す。
 それを聞いて静奈は自らの持っていた湯飲みをゆっくりとテーブルに戻すと思わず苦笑してしまう。
「それじゃ、ボクと一緒だね。僕もこの秋篠神社に生まれて小さい頃から巫女として生きる事をその役目としてきたから……」
「静奈さんはその役目が重いと感じた事はないんですか?」
「……重いと思った事?」
「はい……。その自らの生まれを重いと思った事はないんですか?」
 百合子のその言葉に静奈は顎に手を当てしばらく考え込む。
 そしてゆっくりと話し始める。
「百合子さんの言いたい事はなんとなくわかる気はするわ。ボクもたまになんだろう?って思うことはあるよ」
「静奈さんもですか?私は……最近特にそう感じる様になったんです。時々ふっと頭に浮かぶんです。なんで私は皆と同じように好きに生きられないんだろう?って……。友達と学校で普通にお喋りして帰りに皆でお店に寄ったり、好きな人に普通に好きって言ったり……」
 話す内にだんだん百合子の声に涙が混じり始める。
 静奈は小さく息を吐くと百合子の事をゆっくりと抱きしめる。
「ボクもね、似たような事を考える事はあるよ。なんでこんな風に生きてるんだろう、とか……」
「静奈さんも?」
 静奈に抱かれながら聞き返す百合子。
「うん、ボクだってもっとやってみたい事は色々あるんだよ、中々うまくは出来ないけどね」
「そう……ですか……」
 しばらく静奈に抱かれる形で百合子は黙り込む。
 そして再び周囲を静寂が支配する。
「私は……前は何の疑いもなく自分の役目を受け入れる事が出来たんです……。でも本当に今になって急になぜかそれに対して疑問が浮かんでしまったんです。もうどこか遠くへ逃げてしまいたいって……。そんな事出来るはずもないのに……」
 百合子の独白をただ黙って聞く静奈。
「ごめんなさい……。静奈さんにこんな事を言ってもどうしようもないですよね」
「ううん、そんな事ないよ。もしボクでよかったらいつでも話を聞いてあげるよ。それで百合子さんが少しでも楽になるんだったら……」
 静奈は話を聞きながら百合子の髪を撫で手ですいてあげながら、すっと百合子の瞳にたまった涙をぬぐう。
 しばらくそうしていた二人であったが、百合子は自ら静奈から身を離す。
「ありがとうございます。静奈さんって優しいんですね……」
「そんな事無いってボクなんて普通普通」
 そんな風に話していると二人の視線に窓から一人の百合子の幼馴染の少年がゆっくりと境内へと続く階段を上ってくるのが目に入ってきた。
「あ、どうやらお迎えが来たみたいです。静奈さん今日は本当にありがとうございました、おかげで少し落ち着きました」
「ううん、ボクは何もして無いよ」
 そして遠くから百合子の事を呼ぶ幼馴染の声が聞こえてくる。
 その声に応え出て行こうとする百合子だったが、一旦歩を止め静奈の方へと振り返る。
「あの良かったらまた今度ここに来てもいいですか?」
「ボクはかまわないよ。むしろ大歓迎かな?今度は百合子さんの泣き顔じゃなく笑顔が見てみたいよ」
 笑顔で静奈はそう応え、そして自らの髪を結わいていた白いリボンをそっと解く。
 そしてそのリボンをそっと百合子の髪に静奈は結わく。
「これ、お守りだと思って、ね?」
 静奈のその答えと言葉に満足そうな笑みを浮かべ、百合子は幼馴染の元へと走って行った。
 走りながら小さな声で百合子は呟く。
「静奈さん、ありがとうございました……」


Fin

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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≪PC≫
■芳賀・百合子
整理番号:5976 性別:女 年齢:15
職業:中学生兼神事の巫女

≪NPC≫
■秋篠宮・静奈
職業:高校生兼巫女

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■         ライター通信          ■
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 どうもはじめまして、藤杜錬です。
 この度はゲームノベル『秋篠神社奇譚 〜参拝日誌〜』へのご参加ありがとうございました。
 百合子さんのはじめてのノベルとなりましたが、いかがだったでしょうか?
 楽しんでいただければ幸いです。

2006.02.20.
Written by Ren Fujimori