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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


魔を取り払え!

 葛織紫鶴(くずおり・しづる)。名門退魔一族の、次代当主と目されている少女である。
 そんな彼女は、生まれながらに力を持ちすぎた。葛織の力とは、単純に言って「魔寄せ」だ。
 剣舞を舞い、魔を寄せ、そして退魔の力を持つ他の者たちが滅する。それが葛織のやり方。
 ――紫鶴は、「魔寄せ」の力が強すぎた。
 そのために、生まれてすぐに薄く結界の張られた別荘地に閉じ込められ――
 今はひとりの世話役と、数人のメイドと暮らしている。
 文字通り、閉じ込められて……。

 そんな葛織家の別荘の近所に、美しい薔薇庭園があった。
 そこの主は紫音(しおん)・ラルハイネ。そしてロザ・ノワールという不思議な少女が住んでいる。
 紫音は紫鶴に好意的だった。別荘から出られない紫鶴のために、たびたび薔薇を持って別荘に現れる。
 紫鶴はそれを心待ちにしていた。

「こんにちは」
 今日も今日とて、近所の薔薇庭園の主たちが特攻姫の別荘へやってくる。
「今日はお約束通り、珍しい薔薇をたくさんお持ちしましたわ」
 紫音・ラルハイネはそう言って、青い色や紫の色の薔薇を、紫鶴とその世話役・如月竜矢(きさらぎ・りゅうし)に見せた。
「うわあ……こういう色だと一段と不思議な華に見えるな、竜矢」
 紫鶴は感嘆の声をあげる。
 紫音は紫鶴の言葉にわずかに笑みを浮かべているノワールに満足そうな顔をしながら、
「さあ、お約束ですわ。今日は紫鶴さんの剣舞を見せてくださいね」
「――わ、分かった」
 緊張した面持ちで紫鶴はうなずいた。世話役に向かって、「もしものときはお前が何とかするんだぞ!」とぎくしゃくしながら言いつける。
「分かっていますから。今は昼ですし、大丈夫ですよ」
 世話役たる竜矢は苦笑して、彼の主たる姫に舞うように促した。
 紫鶴は両手に剣を生み出す。

 しゃらん……

 そして昼の陽光の下で、彼女は舞い始めた――
 と。
「……あら」
 紫音は緊張感のない声でつぶやいた。「薔薇が……」
「え?」
 紫鶴が舞いをやめる。
 紫音の手の中で、一本の紫の薔薇がどんどんとそのとげを蔓のように伸ばし巨大化していく。紫音は驚いて薔薇を取り落とした。
 ロザ・ノワールがさっと厳しい顔つきになった。
「……紫音。異変」
「まさか――『魔』が悪影響を及ぼしたか!?」
 紫鶴が剣を構えた。ノワールが身構える。
「待った! あそこに――」
 竜矢が指を指した。
 巨大薔薇の花びらの一枚に――気味の悪い皮だけの猿のような動物が一匹。
「あれが『魔』か! 取り憑いたのだな――」
 紫鶴は紫音を見た。
「……この花は、珍しい薔薇なのだな?」
「ええ……」
「では、傷つけては駄目だな。何とかあの猿のようなものだけを――」
 巨大薔薇はそのとげをそのまましゅるっと伸ばして紫音に襲いかかった。
「あ……」
「……まあこんなこともあろうかと」
 竜矢が『鎖縛』のための針で巨大薔薇の枝を紫音の前で食い止めながら、つぶやいた。
「呼んではおきました。助っ人を」

     **********

 伊吹夜闇(いぶき・よやみ)は竜矢に呼ばれて、この別荘へやってきていた。
 以前一度この屋敷に招かれて以来、紫鶴の気配に惹かれてはこの別荘にたどりついてしまうので、竜矢に呼び止められることが多くなったのだ。
 ……別に「助っ人として」呼ばれていたわけではないのだけれど。
 紫音たちがこの別荘へやってきたときは、人見知りをして完全にダンボール箱に入り込んでしまっていた。顔も見ずにいた。
 しかし、紫鶴が舞うと聞こえてきて、ようやくそろそろとダンボール箱のふたを開けた。
 美しい舞だった。両手に生み出した剣が空気を薙いでいく。紫鶴の赤と白のまじった風変わりな長い髪が、ふわりと広がりさらりと揺れる。
 昼がどうこう言っていたから、本来は夜に舞う剣舞なのだろう。現に宵闇から生まれた夜闇はこんなにも心惹かれる。
 夜に相応しい舞だと思った。
 ダンボール箱のふたを開けて、紫鶴の剣舞に見とれていた夜闇は、しかししばらくして異変に敏感に気がついた。
「………っ!」
 その異変の元は紫の薔薇を抱く女性に。しかし夜闇はなかなか声を出すことができず。
 紫の薔薇が――巨大化した。
 夜闇は、とげが何本も伸びていくさまを見て、ぎゅっと拳を握りしめた。

     **********

 阿佐人悠輔(あざと・ゆうすけ)、伊吹夜闇、黒榊魅月姫(くろさかき・みづき)の三人は、竜矢の視線を受けて軽くうなずいた。
 「ひろわないでください」と書かれた黒いダンボール箱にこもっていた夜闇が、よいしょとダンボールから出ると、ぽわんとサイズを変化させる。小さな人形形態に。
 このサイズならば、何本も発生したおかしな蔓をすべてよけて薔薇に近づくことが可能だった。

 何本ものとげが――蔓が紫音とノワールのみを襲う。
 竜矢が生み出した針を、紫音とノワールの周囲にツトトトッと突き立て、『鎖縛結界』を生み出した。
 しかし結界を生み出してなお、なぜか蔓は紫音とノワールを狙って結界に向かい続ける。ばしん、ばしんと何度も結界が殴られ続け、結界が崩壊しそうなほどの衝撃が中にいる紫音とノワールに伝わった。
「………っ!」
 びりびりと、結界を作っている当人――竜矢にも響いてくる。
 竜矢は衝撃で倒れそうになるのを必死でとどまった。
 けけけけ、と巨大薔薇の上にいる、猿のような『魔』が長い舌を出して笑う。
 薔薇は美しかった。巨大化してなお美しかった。
 美しく――そしてとげがあった。今は大部分が蔓のように伸びてしまっているが、それでも残っている……とても鋭いとげ。
「とげも……取らずに済ますには……っ! 蔓を切らずに済ますには……っ」
 とげがなければよじのぼることもできるだろうに、と紫鶴は唇を噛む。
「し、紫鶴……!」
 ばしん、ばしんと殴られるような衝撃に耐えながら、結界の中の紫音が声をしぼり出す。
「そんなに、気を、遣わなくても、いいのよ……」
「だめだ……!」
 紫鶴は首を振った。「珍しいものを簡単に失わせてはいけない……!」
「………」
 ノワールがそんな紫鶴をじっと見つめている。
 彼女も、身構えた以上戦う力を持っているのだろうが、今は竜矢の結界の中にいるため力を出せないようだった。否――出さないようにしているようだった。
 ただひたすら、結界を叩きつけている蔓の攻撃に、耐えるのみ。

「蔓は……」
 なぜ、紫音とノワールのみを狙っている?
 悠輔は考えた。あの二人だけが、この場で違っている部分と言えば――
「……っ、薔薇……!」
 悠輔は自分の服を、薔薇の成分を持つものに変えた。彼は自分が触れた布をすべて、自由自在に操れる。
 薔薇の持つ香りか何かに、惹かれてあの二人だけを狙うのかもしれない――
 案の定だった。とげたる蔓は、急に紫音とノワールのいる結界からそれて悠輔に向かってきた。
 悠輔はすばやく動き、蔓同士が絡み合うように蔓の間をかいくぐった。
 しゅっ
 蔓の先が悠輔の服を裂く。
 元がとげなだけに、先が鋭い。
(この程度……!)
 悠輔は動きを止めなかった。
 しゅっ しゅっ しゅっ
 すべてを完全によけきるのは無理で、悠輔はその服を、肌を幾度も傷つけられた。
 さらには蔓は複数が一本のようにからまって、太くなり悠輔を襲う。
「―――!」
 悠輔の頬が切り裂かれる。
 血が流れた。鋭いような鈍いような、感触の悪い痛みがする。
 しかし――気にしている場合ではない!
「蔓は任せてくれ……!」
 他の面々に叫びながら、悠輔は動き続けた。
 蔓を結ぶように絡め、その動きを封じるために――

 夜闇は猫娘忍者の姿で人形形態になっていた。できる限り俊敏に動きたかったのだ。
 残念ながら身体機能は変わらないので、気持ちだけの問題だったのだが。
 彼女は人形形態のまま紫音が取り落としてしまった薔薇の元まで行くと――
 そこから薔薇に、憑依した。
「うぅ……中は狭いのです……でも、がんばるですぅ……」
 薔薇に憑依し、中から『魔』を追い出そうという試みだった。薔薇自身も、こんなに動き回っていては傷ついてしまう。
「魔さんが自分から引いてくれるととても嬉しいのです……」
 しかし、そんな様子は猿にはなかった。
「……無理なら頑張ってしまいます……」
 魔の憑依と夜闇の憑依のぶつかり合い。薔薇が混乱したように、動きをとめたり再び動き出したりする。
「……薔薇さん、大変そうです……だから……」
 夜闇は最大限の力を振り絞った。
 魔から薔薇を完全に奪い返すには、かなりの時間が要った。しかし、その間蔓の動きは悠輔がどうにかしてくれた。
「夜闇殿……!」
 姿の見えなくなった夜闇を心配してか、紫鶴の呼ぶ声がする。
「……大丈夫、ですっ!」
 一瞬の爆発的な気合い。
 そして夜闇は、猿を薔薇から追い落とした。
 薔薇が急激にしぼんでゆく。
 蔓がしゅるしゅると短くなってゆき、とげへと戻る。
 やがて、紫の薔薇は普通のサイズとなって、ころりと地面に転がった。

 魔たる猿がキエーッっと奇声をあげ、やはり紫音とノワールを狙った。
 結界に阻まれ、その結界にかみつくようにしがみつく。
「な、なんだこの魔は!?」
 紫鶴がひるんだように叫んだ。
 彼女の剣で思い切り裂いたつもりでも――斬れない。
 一瞬二つに裂かれた、かのように思えても、すぐに元に戻ってしまうのだ。
「斬れない……!?」
 猿は続いて、すでにかなり傷ついている悠輔に躍りかかってきた。
「!」
 悠輔は常に手にしているバンダナを剣状に硬くしたもので受け止める。
 ガリガリガリガリ
 猿の、硬いバンダナをかじる音は異様だった。
 すでに疲れきっていた悠輔は、押され気味だった。
「く……っ」
 紫鶴が剣を手に、斬れない相手に口惜しそうに唇を噛む。
 竜矢は先ほどの鎖縛結界の衝撃の後遺症で、しばらく動けそうになかった。
「竜矢! この役立たずが!」
「放っておいてくださいよ。そのための助っ人なんですから――」
 竜矢は他の面々を見る。
「実体はなくとも――」
 魅月姫がそっとつぶやいた。「影はある……それで充分です」
 おいたが過ぎる子には、きついお仕置きが必要ですね――と、今まで静観に徹していた彼女が静かに囁いた。
「私も……薔薇は、気に入っています」
 静かなる怒気。あふれだすそれは、抑えこんでも隠し切れない――
 魅月姫は、自分の影をゲートに――ふっと姿を消した。
 そして、次の瞬間には『魔』の影へと移動していた。
 闇が、生まれる。彼女の手の中に。
 生まれた闇はするりと猿に絡みつき――捕らえこみ。
「足下には気をつけることです。影に何が潜んでいるか判りませんよ」
 優しげにも聞こえる声で囁いて――

 魅月姫は魔を転移させた。

 悠輔の腕にかかっていた重みがふっと消える――バンダナをかじっていた異様な猿が消えて。
 そのままどさりと、悠輔は地面に倒れこんだ。
「悠輔殿――!」
 紫鶴が悲鳴をあげる。
 悠輔が腕をあげてみせ、「大丈夫だ」と疲れきった声で言った。
「だ、大丈夫、ですかあ……?」
 元の大きさに戻った夜闇が、初対面の悠輔にびくびくしながらも悠輔を一生懸命起こそうとする。
「どうする……どうすればその魔を滅することができる……!」
 紫鶴の苦悩の声が空気を震わせる。
「……実体がないのなら」
 静かに、囁く声が聞こえた。「実体も幻影も関係のない力で……滅すればいい」
 偶然だったのか――魅月姫の故意だったのか、魔が転移させられた場所は……黒薔薇の少女の前で。
 金髪の少女がすっと猿に向き直った。
 ロザ・ノワール。黒薔薇の力を持つ少女――
「黒薔薇、我が力。解放したるは、」

 ――終焉――

 猿が断末魔の悲鳴をあげた。
 世界がうずまいてゆく。混沌と闇にのまれて沈んでゆく。
 魔が、奇声をあげたままその姿をぐにゃりとゆがませ――
 そして――
 戦いは終焉を迎えた。

「薔薇は大切に扱わなければなりませんね」
 地面に転がったままだった紫の薔薇を拾い上げ、魅月姫がそっとその花びらの形を整える。
「そちらの青い薔薇も美しいですね。もっと鑑賞してもよろしいですか?」
 お茶会を開きましょう――と魅月姫は紫鶴に向かって言う。
「あ、ああ……」
 呆然としていた紫鶴は、はっと我に返ってうなずいた。
 魅月姫は紫の薔薇を紫音に返しながら、ノワールの傍で囁いた。
「……あなたに最後を任せて、正解でした」
「………」
 ノワールがさっと目を伏せる。魅月姫と目を合わせないように。
 魅月姫は、かすかに口元に笑みを浮かべた。
 悠輔の手当てをするために、竜矢は少年を連れて別荘の中へ入っていった。
 代わりに出てきたメイドたちが、茶器を持ってくる。
「みんな、あずまやへどうぞ――」
 夜闇はダンボールを頭からかぶりながら移動する。
 魅月姫は堂々と紫鶴の後に続く。
「なんだかお茶をごちそうしていただいてばかりで……恐縮だわ」
 紫音がくすっと微笑んだ。
 ノワールだけが、ほんの少しだけ苦々しそうな顔をして――

 悠輔が全身の傷の手当てを終え、シャツを着替えて竜矢とともに改めて出てきた頃には、あずまやでお茶会は始まっていた。
「悠輔殿! 傷は大丈夫か――!」
 駆けてくるのは別荘の主たる少女。
 テーブルを囲んでいるのは不思議な女性ばかり。夜闇にいたってはダンボール箱にまた引っ込んでしまっていて。
 悠輔と竜矢は、顔を見合わせて苦笑した。
 テーブルの中央には花瓶。
 青と紫の薔薇がふんわりと香りをただよわせて、そこにおさまっていた。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4682/黒榊・魅月姫/女性/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【5655/伊吹・夜闇/女性/467歳/闇の子】
【5973/阿佐人・悠輔/男性/17歳/高校生】

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■         ライター通信          ■
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伊吹夜闇様
こんにちは、依頼では初めまして。笠城夢斗です。
今回もご参加ありがとうございました!
ゲームノベルとの時間差の問題で、「すでに会っている」という状況に書き換えてみましたが、いかがでしたでしょうか。猫娘忍者、かわいすぎです。見てみたかったですv
ではまた、次もお世話になります……!