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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ただいま作戦会議中


 とんとん、と小さなノック音が藍原・和馬(あいはら かずま)の部屋中に響いた。一応、和馬のアパートにはインタフォンもついているのだが、客人はそのインタフォンに手が届かなかったらしい。
 和馬は「来たな」と呟き、ドアへと向かった。まだ寒い季節だ。そんな中、長時間外で待たしておくような事はしたくない。
 勢い良くドアを開けると、下の方にちょこんと藤井・蘭(ふじい らん)がいた。和馬を見てにこーっと満面の笑みを浮かべた。
「こんにちはー、なの」
「おう、良く来たな」
 和馬はそう言い、蘭を招き入れる。蘭は「お邪魔しますなのー」と言って、靴を脱ぐ。
「お、なかなか礼儀正しいな」
「そういう風にしようって言われたの」
「うむ、中々躾が行き届いているようだ」
「しつけって、何?」
 蘭に問われ、和馬はふと考える。一言で説明できるような、蘭に分かりやすい簡単な言葉が出てこない。暫く考えた後、和馬は「そうだな」と呟く。
「出来たら凄い!っていう行動を教える事かな」
「凄いのー?」
「凄いとも!」
 和馬はそう言い、小首を傾げていた蘭の頭をがしがしと撫でる。蘭は嬉しそうに「わーいなのー」とはしゃぐ。
「外は寒かっただろう?」
「寒いの」
 和馬は蘭に手招きし、炬燵に入るよう促す。蘭はぱたぱたと小走りで炬燵の中へと足を突っ込んだ。小さな声で「あったかいの」とホッとしたように呟く。
「何か飲み物でもいるか?」
「いるのー」
「何がいい?珈琲か紅茶か牛乳か……」
 和馬は冷蔵庫を開け、自分が提供できる飲み物を挙げていく。そして突如「おっ」といい、にやりと笑う。
「なんと、ココアまでできるぞ!」
「ココアがいいのー」
 ほぼ条件反射のように蘭は答える。和馬はにかっと笑って「よしきた」と答え、ココア作りに取り掛かった。蘭が好きな、ちょっと甘めのココアを。
「それで、蘭は何か候補とか考えてきたか?」
 鍋に牛乳を注ぎながら和馬は尋ねる。蘭は炬燵の中でぎゅっと体を縮めながら首を横に振った。
「まだなのー」
「俺もまだいいアイディアが浮かばないんだよな」
 和馬はそう言いながら、鍋の中の牛乳を混ぜる。白い液体の端が、ぷつぷつと気泡を生じている。それがかき混ぜると、ぷちんと消えていく。
 出ては消える、気泡たち。
「蘭はどういうのがいいと思うんだ?」
「どういうのって?」
「イメージっつーか、こういう感じにしたい!とか」
 和馬の問いに、蘭は「うーん」と小さく唸りながら考える。ちょっとしてから、顔をぱあっと明るくしながら「あ」と声を上げた。
「びっくりさせたいの!」
「び、びっくり?」
 思いもよらない答えに和馬は驚いたが、蘭はにっこりと笑ったままこっくりと頷く。
「僕、チョコを貰って凄く嬉しくてびっくりしたのー。だから、同じようにびっくりさせたいのー」
「それは、びっくり箱!とかじゃないびっくりだよな?」
「ある意味びっくり箱なの」
「いやいや、そうじゃなくってな」
 和馬はそう言い、鍋の火を切る。鍋の牛乳を一先ずそのままに、蘭の元に小走りで近付き、炬燵に入っている蘭の体をばっと取り出した。突然の出来事に、蘭は驚きながら「何なのー?」ときゃっきゃっとはしゃぐ。
「こーんな感じじゃないよな?って事!」
「びっくりしたのー」
「だろう?」
 和馬は悪戯っぽくにっと笑い、また元のように蘭を炬燵の中に戻す。
「でも、楽しかったの!あんな感じなのー」
 嬉しそうな蘭に、和馬は苦笑しながら「失敗か」と呟く。どうやら、蘭に驚かせるだけ、という説明が上手く出来なかったようだ。
 再び台所に戻り、ココアと砂糖を良く混ぜておいたマグカップに、お湯を少しだけ注ぐ。スプーンでよく練り、粉を完全に溶かしておく。こうする事によって、後でマグカップに粉が残ったりしないのだ。
 粉が完全になくなったことを確認してから、ゆっくりと温かな牛乳を注ぐ。それをしっかりと混ぜれば、ココアの出来上がりだ。
「よし、出来たぞ」
「わーい。いい匂いなのー」
 蘭はぱちぱちと手を叩いてココアを歓迎した。温かく、甘い匂いをさせるココアの湯気が、妙に嬉しい。蘭は両手でマグカップを持ち、和馬から受け取った。
「熱いから、気をつけろよ」
「はいなの」
 蘭は頷きながら答え、ふうふうと何度も冷ましながら口へと運ぶ。熱いが、ほろりとするようなココアの甘さが自然と顔をほころばせる。
「それで、びっくりさせるって言ってもなぁ……」
 和馬も自分のマグカップをふうふうと冷ましてから、ココアを飲む。蘭はことん、とマグカップをいったん机の上に置いてから、にこっと笑う。
「チョコ、美味しかったの」
「ああ、旨かったな」
「だから、同じような気持ちになってもらいたいの」
「食べ物って事か?」
 和馬の問いかけに、蘭はこっくりと頷く。
 確か、チョコをくれた相手は甘いものも好きだったはずだ。前に蘭と二人でケーキを食べた、とか言う話も聞いている。
「いいかもしれないな、食べ物」
「はい、なのー」
 蘭はにっこりと笑う。
「じゃあ、思い切ってケーキとか作っちゃうか?豪快に作っちゃうぜ」
「ごーかい?」
「そうだ。男の料理っていうのは、いつでもどこでも豪快だって相場が決まってるんだぜ!」
 多分、と小声で和馬は付け加える。だが、蘭はそんな和馬の付け加えに気付かないまま、感心しながら手を叩く。
「凄いのー。ごーかいなケーキなのー」
「ああ、驚く事間違い無しだ!」
 豪快なケーキと言うのはどういったケーキなのだろうか、という冷静な突っ込みができる人間がこの場にはいない。和馬はノリノリで豪快さを求め、そんな和馬に蘭は素直に感心している。そんな二人を、どうして止められようか。
 冷静に考えればそれがおかしいと言う事はすぐに分かるというのに、その場のノリで和馬と蘭はぱちんと手まで合わせている。もの凄い達成感だ。
「ケーキの上に、何を乗せるかな?」
「プリンー」
 蘭は即答する。思わずノリノリだった和馬でさえも「プリン?」と尋ね返す。すると、蘭はにっこりと笑ったまま頷く。
「美味しいのー」
「そりゃ、旨いが……プリン?」
「それにねー、生クリームとかさくらんぼとかみかんとか乗せるのー」
 嬉しそうにいう蘭に、思わず和馬は「ちょっと待て」と言う。
「俺は、その食べ物を知っているぞ?」
「ほえ?」
「プリンの上に生クリームが乗っていて、さらにさくらんぼとかみかんとか乗せるんだろう?」
「そうなのー」
「それは、プリン・ア・ラ・モードっていう食べ物だ!」
 びしっ!綺麗に突っ込みが入った。蘭は一瞬きょとんとしてから、あははーと笑った。
「確かに、そういうのもあるのー」
「あるっていうか、主に知られている食べ物はそっちだな」
「じゃあ、プリンは駄目なのー?」
 ちょっとだけ寂しそうな蘭に、和馬はゆっくりと首を横に振る。
「いや、プリンとか果物はいいかもしれないぞ。プリンケーキっていうのも、豪快っぽくていいかもしれない」
「ごーかい?」
「豪快」
 きっぱりと言い切った和馬に、蘭は嬉しそうに「わあい」と笑った。
「更にバナナとかメロンとか、どーんと乗せちゃおうぜ」
「ごーかいごーかい!」
 ノリがどんどん強大化していく。蘭はきゃっきゃっと嬉しそうに頷き、和馬はそんな蘭を見て更にどんどん果物が乗せられていく。本当に乗せたら、スポンジ部分がぺちゃんこになってしまいそうな勢いである。
「そうそう。折角だから、ケーキと共に何かあげたいよな」
「何か?」
「ああ。ほら、ケーキだったら後々残らないだろう?それより、後でそれを見たら思い出すものいうか……思い出のものというか」
 和馬がいうと、蘭も「うーん」と悩む。二人して、腕を組んで同じような格好をして悩んでいる。
「メッセージカードとか、作ってみるか?」
 ぽつり、と和馬が呟く。
「ほら、いつも有難うとかさ……好き、だとかさ……」
 和馬は言いよどむ。語尾が弱くなっていくが、蘭は気にする様子もなく「なるほどなの」と頷く。
「僕ね、いぬさんの絵が上手いって言われたから、それを書くのー」
 蘭に言われ、和馬は思い出す。自分も貰った、蘭の書いた犬の絵が書かれた年賀状を。確かに蘭らしい絵だった。
「じゃあ、それぞれでメッセージを書こうな。お互い、こっそりひっそりだ」
「こっそり、ひっそり?」
「ああ。中身は、もらった人だけが分かるっていうびっくりだ」
「びっくりー」
 蘭はにこっと笑う。和馬もつられてにっと笑った。そうして、同時にココアをぐいっと飲んだ。程よい温度になったココアは、ふうふうと冷まさなくても美味しく飲むことが出来た。
「それじゃあ、今度ケーキを作って、メッセージカードを書くか」
「はい、なのー」
「色んな果物を乗せるから、何を乗せるかをしっかり考えておくんだぞ」
「全部は駄目なのー?」
「スポンジ部分がなくなるからな」
 それだけではないのだが。いや、だがその言葉が出て来た事だけでも充分だ。
「何がいいのー?」
「そうだなぁ……あ、蘭。それはお前の役目だ!」
「僕の?」
 きょとんとする蘭の肩をぽんと叩きながら、和馬は「そうだ」といいながら真剣な顔になる。
「お前がターゲットが好きだと思われる果物を、リサーチするんだ。蘭調査員!」
 和馬はそう言い、真剣な顔のまま敬礼をする。すると、蘭もきっと真面目な顔をし、敬礼の真似をする。
「分かったのー」
 蘭はこっくりと頷く。和馬は真剣な顔のまま、そっと手を後ろに伸ばす。
「よし、それじゃあ最初の調査に入ろう」
 和馬はそういうと、そっとトランプを取り出す。そしてぐるりと円を描くように配置する。
「何なのー?」
「最初は、ブタの尻尾ゲームによる幸運調査だ!」
 要はトランプゲームだ。蘭はそれに気付いて満面の笑みを浮かべ、さっそくじゃんけんをするように手を上下に動かす。
「負けないのー」
「おう、俺だって負けないぜ!」
 蘭と和馬はにっと笑い合い、じゃんけんをした。結果は、蘭の勝ち。
「僕からなのー」
 蘭は嬉しそうにトランプを選び、真ん中に置いた。ハートのクイーン。
(調査の事、忘れないといんだけどな)
 和馬はトランプを選びながら、心の片隅でふと思う。そして、自分も忘れないようにしなければ、と苦笑交じりに思うのだった。

<スペードのキングを選び・了>