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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ 合わせ鏡の迷宮楼3 +



■■■■



 夢を見続けること。
 夢を想い続けること。
 そこに宿る意識に、惹かれるその理由。


 さあ、沈め。
 意識の深い奥底へ。



■■■■



 俺は潜っていく。
 自分の奥底へ。


 内側に潜るという行為は当たり前のことだけれど、心理学には絶対に必要。
 一般的に知られているものならば催眠療法とかが其れだ。だが、外側から見たらやはりいい印象は無いらしく、いざ行なおうとすると意識が邪魔をして潜れないことも多い。しかし自己受容測定尺度など筆記で解かせる事に対してはクライエントはあまり抵抗は無いらしい。そこら辺の矛盾が人間らしくて、俺はちょっと面白いと思う。


 潜った先にあるのは『無』。同時に『有』。
 両極端のその空間に住んでいるのは、少年二人。


「三回目だね」
「三回目だな」
「慣れてきてしまったの?」
「慣れてきたのかよ」
「じゃあ、仕方ないね」
「じゃあ、仕方ねーな」


「「三回目の『ようこそ』をあげるよ、<迷い人>」」


 彼らはスガタとカガミ。
 同じ顔に黒髪短髪、左右違った瞳を持つ子供達。最初俺は彼らを双子かと思ったが本人達に否定されてしまった。子供達は属性がないのだという。兄弟だとか家族だとかそういう概念がないのだと。
 そんな彼らに逢いに来るのも今日で三回目。
 俺は手を持ち上げ、にっと笑った。


「また逢えて嬉しいよ」


 それから前回、目が覚める前に彼らと約束した言葉を思い出す。
 彼らから進言された文章はとても簡易で当たり前の事柄。口に出せばほんの少しだけ心が温かくなった気がした。


「さあ、名前を教えるっていう約束を果たしにきたぜ。俺の名前は『門屋将太郎』。かーどーやーしょーたーろーうだ。覚えたか?」
「大丈夫ですよ」
「大丈夫だな」
「本当はね」
「本当はさ」


「「最初から<迷い人>の名前くらい把握してるから」」


 揃った声。揃った口調。
 ああ、本当にこいつらだなーと俺は思う。二回出逢ってどちらも同じように話し掛けてきた彼ら。そんな彼らにどうしてか俺は逢いたいと思ってしまう。どうしたら逢いたいか考えてしまう。その思いの努力実ってか、今回で三回目の訪問となる。


 辺りを見渡せば相変わらずその場所には何も無い。
 それでも何となく落ち着くのは何故だろうか。


「じゃあ、どうして前回俺にあんなことを言ったんだ?」
「何故? それを問うの?」
「何故? それを問うのかよ」
「普通疑問は問うために浮かぶもんだろうが」
「貴方は臨床心理士なのに分からない?」
「あんたは心の医者のくせに分かんねーの?」


「「自己紹介こそが最初のラポールだということを」」


 くすくすくす。
 彼らは笑う。俺はあー、と頭をぽりぽりかいた。相手の外見が子供だから俺はどうしても油断しちまうが、こいつらは『子供』じゃなかった。むしろ大人と対等に立てるようなそんな印象が俺に沸き起こる。
 ラポールとは『相手に対する信頼感』のこと。
 俺はやられたと、笑い返した。


 少年二人の前にしっかり立つ。
 当然、俺と彼らの視線はまっすぐ交わる。


「なあ、前に俺が言ったこと…覚えているか?」
「全て」
「全て」
「俺はあの時言った。『今度は俺がお前等の迷いを聞く番』だってな」
「言われましたね」
「言われたな」
「あの言葉は本心だ。お前等が心を開くまで何度でも来るってこともな。俺は、お前等と仲良くなりたいんだ。下心とかそういうんじゃなくて、……本当に、だ」


 ぐっと息を飲む。
 痛いほど純粋に見つめてくる瞳は決して揺れない。駄目かと唇を噛む。手を無意識に握り締めて、爪を手の平に食い込ませた。
 だが、彼らはそっと手を伸ばし、強く握りこまれた俺の手に手を重ねて持ち上げた。


 指先がゆっくりと開かれていく。
 力が彼らの手先によって抜けていく。
 二人をじっと見遣れば、そっと顔を持ち上げてきて彼らは言った。


「僕達は貴方に名前を教えました」
「俺達はあんたに名前を教えたんだよ」
「僕達は本当はね、名無しでもいい」
「名無しでも困るようなことは何も無いんだ」
「だけどそれでも貴方に名前を教えた」
「だけどそれでもあんたに俺達は名乗った」


「「それは名前を呼んでもらうためにだよ、門屋将太郎」」


 表情が初めて逢った頃より随分豊かになった気がする。
 本当初めてこの場所に来た時は無表情ばりっばりで『こいつら本当になんだよ』てな意識が大きかったが今は大分落ち着いてきた雰囲気が強い。
 彼らの目を見ればそれはすぐに分かる。普通のやつらみたいに『読み取る』ことは出来ないが、それでも医者の目から見れば安定方向だと言えた。


「お前ら……」


 言葉を続けようとして止まる。
 何を言おうとしたのだろうか、それすらももう分からなくなってしまった。飲み込んでしまった言葉は消化不良を起こしそうだが、あいにくその感覚はない。つまり言わなくて良かったのだろう。
 俺はふぅー……と長い息を吐く。
 『スガタ』はくすくす笑い、『カガミ』はくっくっと笑う。その表情一つに子供達が二分化されていく印象が湧く。俺は静かに彼らの特徴が目の前で特化されていく様子を眺めた。


「そろそろだね」
「そろそろだな」


 二人の声を合図に目の前の視界が薄くなっていく。
 段々と情景が淡いものに変わっていく状態にそろそろ馴染みそうな俺は、目を瞑る。今日は此処までなのかと彼らの手を一度ぎゅっと握り締めた。
 本当はまだ離したくない。もう少し彼らと話していたい気持ちがある。だからこそきっと何度も俺は此処に来てしまうのだろう。


 離したくなくても手を離さなければいけない。
 酷く名残惜しい気持ちが心の中を占める。そっと緩めた手先。だが、自身の骨ばった手を包み込んだ手があった。


「最後にいいことを教えてあげる」
「最後にいいことを教えてやるよ」
「僕達は門屋さん、貴方の鏡」
「俺達は将太郎、あんたの姿」
「だから僕達が笑うのは」
「だから俺達が笑うのは」


「「この心が嬉しくて笑いたいと思ってくれているから」」


 彼らは空いた方の手でとんっと俺の胸を突く。
 そしてほぼ同時に離れていく手先と身体。


「ちょ……待て、スガタ、カガミっ!!」


 俺は消える瞬間に声を張り上げる。手を前に突き出して、それでも触れられない虚像を掴んで叫んだ。
 この声は届くだろうか。
 この心は伝わるだろうか。


「俺はお前等が心を開くまで何度でも来るからっ……来てやるんだからなっ! そのことを、心の片隅でもいいから覚えていてくれ! 覚えててくれよっ!?」


 スガタに。
 カガミに。
 そして彼らに映し出された『俺自身』に。


 逢いに来るよ。
 何度でもきっとこの場所に来るよ。此処は開かれている。閉じられてなどいない。柔らかな空気は彼らの安定場所、そして住居。だが、変わっていくのは何だ。変えられていくのは何だ。
 胸が高鳴る。
 苦しくて、でも嬉しいと心臓が鳴る。


 彼らは言った。
 彼らが笑うのは俺が嬉しいからなのだと……。


「何度でも……行ってやるんだからな、二人とも」


 目覚めた俺は天井に向かって手を伸ばしていた。
 その手先には当然何も無い。だが、ゆっくりと握りこむように指を折り曲げれば、子供達の手の感触がまだ其処にある気がした。



……Fin





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1522 / 門屋・将太郎 (かどや・しょうたろう) / 男 / 28歳 / 臨床心理士】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、蒼木裕です。
 三度目の発注を真に有難う御座いましたv段々とNPCと仲良くなって頂けてこちらも嬉しく思いますっ。臨床心理士という設定を活かしたくて心理系の単語を交えるように気をつけていますので、そこら辺も楽しんでいただけたらなと思いますっ。