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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Cameo di Maledizione


∇竜族の憂鬱

 永い時を生きるとは何と退屈なことだろう。
 シリューナ・リュクテイアは魔法薬屋の最奥にある私室で、お気に入りのラタンカウチにしなりと寄り添うように腰掛けながら思った。
 シリューナは若くて美しい女性の姿をしているが本性は竜族。ヒトとは違い、永き時を生きる民だ。シリューナ自身も既に200年を越える年月を生きてきた。しかし、だからこそ。だからこそ、時の経過は緩やかで冗長に感じる。
 この東京にきて、どれくらい経つだろう。
 彼女の半分に開かれた瞳は己の「仮の姿」をじとりと湿った目つきで見下す。この姿はこの東京で平穏に生きる為の、いわば人間共を安心させるための「まやかし」に過ぎない。だがその「まやかし」としての役割がある以上、そうちょくちょく外見を変えるわけにもいかない。
 そのことはシリューナをひどく退屈させた。またも突き当たってしまった退屈に、うんざりする。
 よくこの世界の者共はたった一つの姿で満足できるものだな、と嘆息して、だが、はたと気づいた。そういえばヒトはその外観を変えられない代わりに「服」というものを着る。本来は体温調節などの役割をもっていたはずだが、今は「自己表現」をするためにも利用されると聞く。
 シリューナは自分の着ている紫紺のドレスを見つめる。殆ど一張羅だが、魔力によって常に清潔に保たれているし、同じ理由で暑さや寒さに対する防御も完璧。あまり「着替える」ということに頓着してこなかったのも頷けるのだが。
(…他の服に着替えてみる…か?)
 そう考えて、紫紺のドレスの裾をつまみ上げる。形の良い足がその下から露わになるが、それも気にせずにシリューナはその服を熱心に見入る。だがその時、ぱたぱたという軽い足音がして、部屋に一人の少女が乱入した。
「こんにちは、お姉さま!」
 明るく挨拶をした少女の名はファルス・ティレイラ。シリューナが魔法などを教えている、言わば弟子だ。同じ竜族だが未だ限りなく若いこの少女を、シリューナはティレ、と呼んで可愛がっている。…色々な意味で。
「お店のほう、空っぽだったけどいいんですかぁ?」
 伺うように小首を傾げるティレイラ。シリューナはああ、と呟いてつまみ上げていたドレスを元に戻す。
「そうね、そろそろ客も来る時間だし、ティレ、店番に入っ…」
「…お姉さま?」
 不自然な位置で言葉を切ったシリューナに、ティレイラは不思議そうな声をあげた。だが、シリューナはその声には応えず、ティレイラを上から下まで眺める。そして、にこりと微笑った。
「…ひぅっ!?」
 ティレイラはその笑顔を見るなり、変な声をあげて石のように固まった。
 普通に見ればシリューナのその微笑みは華が咲いたように艶やかで、そこに悪意など感じることはないだろう。だがティレイラは今まで、数々のシリューナの退屈凌ぎの「遊び」に付き合わされている。ティレイラには、シリューナのその笑顔の裏に、何か黒いものが渦巻いているように感じられた。
「ティレ、明日、ちょっと買い物に付き合いなさい…」
 ティレイラには拒否権など存在しなかった。


∇翌日

「はぅぅ、どーしてこーなるんですか…」
 滑稽なマネキン人形のようなポーズを取りながら、ティレイラは小さな声で呟いた。
 翌日、店に臨時休業の札を下げたシリューナは、足取り重いティレイラを半分引きずるようにしてこの店にやってきた。この店はまあいわゆる洋品店なのだが、その趣向は変わったものだった。こういうのをロリータファッション、というのだろうか?やけにふわふわした色使いで、花柄やらハートやらリボンやらレースやらで目がちかちかするような服が沢山置かれているのだ。
 シリューナは店につくやいなや楽しそうに片っ端から服を持ってきてティレイラに押しつける。呆然とその服を受け取るティレイラ。断る暇もあらばこそ、シリューナはティレイラを等身大の着せ替え人形にしはじめたのだ。
 ティレイラだって、女の子だ。可愛い服は嫌いじゃない。けどここにある服は、何だかうかつに手を出せないものを感じるのだ。しかもシリューナは「服を買ってあげるから、今度店番をする時に着て見せてね」と宣う。彼女なりの厚意なのかも知れないが、それは気が重くなろうというもの。
「じゃあ次はこれを着て…ティレ?」
 シリューナがティレイラの様子に気づいたのは、もう十着ほど着替えた頃だろうか。心なしかティレイラの顔色が青い。息も浅く、苦しそうだ。
「どうした、気分でも悪いの?」
「…あ、あの…はい、ちょっとだけ…」
 慣れない服を取っ替え引っ替えされて疲れたのだろうか。悪心をもよおしたようだった。力無く笑うティレイラに、シリューナは少しだけバツの悪そうな顔をした。それを見て、ティレイラはあれ、と思う。いつもはいくら嫌がっても人を彫像にするのを止めようとしないのに、今日に限ってこれだけのことで「悪いことをした」ような顔をする。どうしたんだろう。
 だが、その疑問が解ける前に、シリューナは行動を起こしていた。
「…それはいけないわ。少し店を出て休みましょうか」
「え、でも…」
「いいのいいの。…店員さん、申し訳ないけどこの子の気分が優れないみたいだから、買うのは今度にするわ」
 店員にそう断ると、シリューナはさっさとティレイラを連れて店を出る。そのままシリューナは風通しのいい表通りに出て手頃そうなオープンカフェを見つけると、ウェイトレスに暖かい紅茶を頼みティレイラを椅子に座らせた。
「ここで少し休みましょう。…悪かったね、無理矢理付き合わせてしまって」
 運ばれてきた暖かい紅茶を飲みながら涼しい風にあたって暫く休み、だいぶ気分も良くなってきた頃だった。シリューナはそう言ってティレイラの頭を優しく撫でた。それから、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始める。
「少し退屈に感じてたの。だから今日は貴女に色んな服を着てみせてほしいと思って。ああいう服も貴女なら似合うだろうと思ったんだけれど。気分を悪くさせてしまったみたいね…」
「お姉さま…」
 珍しく沈み込んだ様子で呟くシリューナに、ティレイラは目を伏せがちにする。
(お姉さまは悪気なんてなかったんだわ。確かに彫像にされるのは困るけど…もう少し我慢して服を着るくらいしてあげればよかったかな…)
 ティレイラの心を少しの後悔が占めた。そうすれば正直なティレイラのこと、表情にもそれはまざまざと表れてしまう。シリューナはそのティレイラの顔を見ると、くすりと微笑った。
「貴女がそんな顔することないわ。…そうだ、服のかわりにこれだけでも受け取ってもらえるかしら」
 思い出したようにシリューナは持っていた小さなバッグの中から小さな箱を取り出す。ティレイラが不思議そうにのぞき込むと、シリューナはゆっくりとその箱を開けた。その中には…。
「これは…カメオ…ですか?」
 箱には赤い天鵞絨のリボンで飾られたカメオのブローチが入っていた。髪の長い女性の横顔が彫り込まれていて、小振りな物だがとても可愛らしい雰囲気を醸し出している。
「ああいう服に似合うと思って昨日行きつけの小物屋で買ったのだけど、これだけでも店番中につけてくれる?」
 シリューナはそう言いながら、ティレイラの服の襟元にブローチを付けてやる。ティレイラはじっとそれを見ていたが、シリューナの手が離れると、少し照れたように微笑んだ。
「…に、似合います?」
「ええ、とても可愛いわ」
 シリューナの言葉に、ティレイラは満面の微笑みを浮かべた。
 そのティレイラを周りの人間が驚いたような顔でちらちらと見ていたが、ティレイラはそれに気づくことはなかった。師匠からの贈り物は純粋に嬉しくて、気を緩めていたのだ。
 そんなティレイラを見て、シリューナは口元だけで不敵に微笑んでいた。


∇Cameo di Maledizione

「上手くいったわ。今も店番しながら付けてくれてる」
 魔法薬屋の最奥にある私室で、シリューナはお気に入りのラタンカウチにもたれ掛かりながら電話をしていた。相手は彼女の行きつけの「魔法」小物屋の店主。世界中から魔法のかかった小物を集めてきては売るのを趣味としている魔女だ。
 シリューナは満足そうな微笑みを浮かべて、伸ばした手の艶やかな爪先を見つめながら店主との会話に興じていた。
「あのカメオ、いい品ね。まだ魔法が未熟なあの子なら、気づくのにはもう少しかかりそう」
 クスクスと微笑うシリューナ。電話の向こうからもころころという笑い声が聞こえる。どうやら二人で企てた悪巧みが成功したようだった。
「ええ、そうね。また何かあった時は利用させてもらう。その時はまたよろしく頼むわ…ええ、それじゃあ…」
 短くいとまの言葉を述べて、チン、と音をたてる今時珍しいフック式の受話器を置く。一息つこうと、用意してあったポットに小さなケトルから湯を注いだ、その時。ぱたぱたと軽い足音が聞こえて、部屋にティレイラが入ってきた。
「お姉さま、そろそろ閉店の時間になりました〜」
 ティレイラの襟元にはあのカメオ。そしてその服は、どピンクでフリルいっぱいのロリータファッション。ご丁寧にヘッドドレスまでつけたその格好は、とても愛らしいが異彩を放っている。
「ああ、もうそんな時間か。じゃあ店を閉めてきてくれる?そうしたら二人でお茶にしましょう」
「はーい」
 やはりぱたぱたと音をたてて閉店の準備をするために店に戻るティレイラを見て、シリューナは思わず微笑ってしまう。
 あのカメオにかかっている魔法はこうだ。あのカメオを付けた者は、本人以外にはカメオの贈り主の望む姿に変化して見えるようになる。つまり、あのカメオを付けている以上、ティレイラの服装はシリューナの思うがまま、ということだ。今のところシリューナはロリータファッションにご執心だが、そのうち色々な服に変化させて楽しもうと画策している。
「ふふ、いつになったら気づくかしらね…」
 ティレイラが気づいたなら気づいたで、その時の反応も楽しみにできる。この状態が続くにしろ、ティレイラが気づくにしろ、シリューナは楽しめるというわけだ。
 しばらくはこの「遊び」で退屈は紛れそうだった。

<了>