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<東京怪談・PCゲームノベル>


Sweet or Spicy St. Valentine's Day ?



◇ 始まり ◇


 夢幻館へと急ぐ道すがら、貼られた張り紙の多さに火宮 翔子は開いた口が塞がらなかった。
 よくもまぁ、これだけの数を貼ったと、ある意味尊敬の念を抱かざるを得ない。
 あんなに小さく華奢な身体のどこにそんなパワーがあるのだろうか。
 ・・・きっと、甘いものが食べたいと言う、それだけの感情で動いているのだろう。
 自動車にはガソリンを。片桐 もなには甘いものを。
 翔子はそう思うと、小さく苦笑した。
 もなから携帯に電話がかかって来た時は、一瞬厄介事が舞い込んできたのだろうかと思ったのだが・・・すぐに“アノ”もなの事だ。どうせそんな緊迫した状況ではなく・・・そう、それこそ、甘い物が食べたいとか、そう言う用件なのだろうと踏んでいたところ、大当たりだったと言うわけだ。
 「翔子ちゃん!翔子ちゃんっ!!大変っ!!チョコ作ろうっ!」
 それのどこが大変なのだか、翔子にはちょっと理解しかねる内容ではあるが・・・彼女にしてみたら、チョコを作ると言う事は凄く大変な事なのだろう。
 とは言え、もな自身がチョコを作るのかと言えば―――答えはノーだ。
 彼女は料理が作れないと言うか、作らせてはいけない。
 去年の苦い記憶が思い出される・・・・・・・。
 湯せんを温かい水の事だと解釈し、テンパリングをパーマと一緒だと言い張った。
 ・・・彼女に料理は出来ない・・・!!
 夢幻館独特の雰囲気が肌で感じられるようになった時、視界の先に大きな館が姿を現した。
 夢と現実、現実と夢、そして・・・現実と現実が交錯する館。
 対の概念が対立する事無く混在するこの空間は、ほっとしてしまいたくなるほどに懐かしい雰囲気を発している。
 柔らかくも優しい、穏やかな雰囲気にしばし瞳を閉じる。
 巨大な門から中を見れば、両開きの扉へと1直線に真っ白な道が伸びており、道の脇には花々が狂い咲いている。
 どれもこれも、季節を違えて咲く花ばかり。
 ヒマワリなんて、この寒い中に咲くのね。
 そう思い・・・すぐにココが夢幻館である事を思い出す。夢幻館では、季節なんて関係ないのかも知れない。ここはいつだって、柔らかい雰囲気が支配しているから・・・そう、それこそ、夏も冬も春も秋も。
 寒い中で見る黄色い大輪の花は、凛とした強さと、どうしてだろう・・・儚い淡さを含んでいた。
 見た目には豪華なのに、儚いと思ってしまうのはきっと・・・この花は、季節を違えて咲いているから。
 翔子は真っ白な道を進んだ。
 鼻につく、百合の香りと湿った土の匂い。
 両開きの扉を押し開けると聞こえてくる、か細くも甲高い蝶番の悲鳴。
 それをどこか遠くで聞きながら、翔子は中へと入った。
 真っ先に飛び込んでくるのは階上へと続く階段。右手を見ればホールへと続く扉が1つ。左手は奥へと伸びる廊下・・・。廊下にズラリと並んだ扉は皆一様に同じモノで、微塵も違わないそれは一種の恐怖を心に刻み付ける。
 下を向けば真っ赤な絨毯が敷かれており、まるで血を吸ったかのような深紅さは、何故か妙に惹かれるものがある。
 「あ!?翔子ちゃんだぁ〜〜っ!!」
 右手の扉が開き、中から小さな少女が走って来て翔子に抱きついた。
 茶色と言うよりはピンク色に近い色をした長い髪の毛を頭の高い位置で結んでおり、髪に絡みつく淡い桃色のリボンは可愛らしい。肩の部分が少し膨らんでいるドレスワンピースは膝上のひらひらのスカートで・・・薄いピンク色のその洋服は、もなに良く似合っていた。
 「今日もまた、お姫様みたいな格好ね。」
 「うん!翔子ちゃんも着るぅ〜??」
 小首を可愛らしく傾げてそう言うもな。
 ・・・それはちょっと勘弁願いたい。
 外見年齢小学生程度で、身長は140cmちょっとくらい。酷く可愛らしいその容姿は、見る人が見たならば天使だ妖精だと言うだろう。別に、翔子もそれは否定しない。もなに限らず、ここの住人は恐ろしいほどに顔立ちが整っているから・・・。でも、天使や妖精がロケランを持って走り回るかと言ったら、これは翔子でなくても首を傾げる場面だろう。そんな攻撃的な天使や妖精は、素敵な煌きの世界にあまり必要ない気がする。
 「それでねぇ、チョコ・・・誰と一緒に作るのぉ〜??」
 「そうね・・・。」
 もなと一緒にホールへと続く扉を抜け、翔子はハタと足を止めた。
 考え込みながら視線を揺らし―――
 「リディアさんと一緒に作りたいわね。」
 「リデアちゃん?」
 どうして?と言うような表情に、翔子は苦笑した。
 「やっぱり、一番安心できるし、それに・・・バレンタインなのに男の人と一緒に作るのはちょっと抵抗があるし・・・ね。」
 目の前にいる“女の子”のもなに協力を頼まないのは、もなが殺人的に料理が下手だからだ。
 もなと一緒にチョコなんて作ろうものならば、通常の作業に加えてもなの監視と言う、酷く体力と精神力を消耗する仕事が加わる。折角のバレンタインなのに、精も根も尽き果てた状態でチョコ作りを終えるのだけは避けたい。
 「冬弥ちゃんとか、お菓子作り上手いよぉ〜?」
 にっこりと無邪気な笑顔を浮かべながらの言葉に、翔子が過剰反応をする。
 「な・・・な・・・んで、冬弥さん!?」
 その反応に、もながニヤリと微笑み「なぁんでもなぁ〜い☆リデアちゃん呼んでくるねぇ〜♪」と言って走って行ってしまった。
 ・・・どうして梶原 冬弥の名前が出てきたのだろうか?彼はただの“知り合い”で“友人”で・・・。
 カァっと、頬が赤くなったのは、夢幻館の空調設備がちゃんとなっていないせいだと言う事にする。
 暑過ぎるのよっ!と、誰もいないホールに呟き・・・夢幻館の温度は一定しているので、夏だろうが冬だろうが快適なんですよ〜と、沖坂 奏都が以前言っていた言葉を、思い出のメモリーから消去した。


◆ チョコ作り ◆


 「それじゃぁ、作るのはガトー・ショコラで良いですね?」
 相変わらず表情の変化に乏しいリディア カラスがそう言って、チョコとバターを刻んで耐熱ボウルに入れて電子レンジで加熱する。それを見ながら、翔子がオーブンに火をつけて温めておき・・・。
 さくさくとまるで機械のように作業を続けるリディアを横目で見た後で、翔子は何か話題になりそうなネタはないかと宙を見詰めた。別に、お菓子作りにおしゃべりは必要ないが、それにしたってこれだけ無言でチョコを作るのもなんだか哀しい気がする。別に、わいわいやりたいわけではないけれど・・・少しくらい話が咲いていないとなんだか寂しい。
 レンジからボウルを取り出してリディアが混ぜ、冷ますために脇に置いておく。
 しばらくしてから砂糖と卵黄を加えて混ぜ・・・翔子が別のボウルに卵白と粉砂糖を入れて湯煎にかけながら泡立てる。
 「・・・リディアさんは、誰かチョコをあげる予定の人っているのかしら?」
 ポツリと零れた言葉に、リディアが一瞬だけ止まると、不思議そうな瞳を翔子に向けた。
 「え?」
 ボウルを湯煎から下ろし、粉砂糖を加えて一気に泡立てる。
 「ちょっと気になっただけで、そんなに深い意味は無いんだけど・・・。」
 小麦粉とココアを混ぜてふるいにかけながら入れ、ゴムべらでさっくりと混ぜる。そこに、砂糖と卵黄を混ぜたものを入れる。
 更に混ぜ、型に流し込む。表面を平らにして、先ほど温めておいたオーブンの中で30分間焼く。
 翔子は全ての作業を終えると、リディアの顔をチラリと見た。
 先ほどから押し黙ったままだが・・・気に障ってしまったのだろうか?
 見詰める先、赤い顔をしたまま俯くリディアの横顔に、翔子は驚きの色を隠せなかった。
 「リディアさん・・・?」
 「えっ・・・あっ・・・。や、別に好きな人が居るわけではないし、誰かにチョコをあげる予定も無いけれど・・・。」
 そんな可愛らしい表情で言われたって、全然説得力が無い。
 はやる気持ちを抑え、翔子はこう訊いた。
 「夢幻館の人にはあげないの?」
 「冗談言わないでください。誰にあげろって言うんです。」
 「そうね・・・魅琴さんとか・・・」
 「止めてください。あんな変態。」
 随分な言われようの神埼 魅琴に、翔子は心の中で同情の念を送った。
 彼も夢幻館の他の住人と同じように、顔だけはやたら整っている。女性めいた色香もあいまって、相当女の子にモテるのだろうと最初は思ったのだが・・・如何せんあの性格だ。モテるはずもなく、夢幻館1の変態と言うレッテルまで貼られてしまっている次第だ。
 「奏都さんとか・・・」
 今度は夢幻館の支配人である奏都の名前を口に出す・・・と、途端にリディアの表情が曇って行き、最後は苦々しい表情で固まってしまった。眉をひそめたその様子は、美少女のするべき表情ではないような気もするが・・・。
 「あの人にはコンビニの板チョコで良いんです。」
 「そうなの?」
 「・・・わざわざ作ってあげるほどの感情もないですし。」
 結構あっさりとした性格なのねと、翔子は声に出さないまでも思った。
 そもそも、元からクールな印象は持っていたけれど・・・だからこそ、先ほどの表情は非常に貴重だった。
 「あとは・・・」
 夢幻館にいる男性と言ったら、残りは夢宮 麗夜と京谷 律、そして冬弥だが・・・。
 「麗夜は美麗が怖いのでイヤですし、律はなよっちいんで私はあんまり・・・」
 翔子が言おうとする事が分かったのか、リディアが先回りしてそう答えた。
 「麗夜君にあげようとすると、美麗さんが怖いの?」
 翔子の脳裏に、麗夜の双子の姉である夢宮 美麗の姿が浮かぶ。真っ白な肌と長い漆黒の髪、妖艶な雰囲気の彼女は、夢の世界の司なだけありかなりミステリアスな女性だ。可愛いと言うより美人に近い顔立ちは、弟の麗夜とそっくりで・・・一説によれば、麗夜の方が綺麗だと言うが、翔子はどちらも綺麗だと思っている。
 「同じ年頃なので・・・。」
 勿論、リディアと麗夜が・・・と来るのだろう。
 「私があげても大丈夫かしら・・・」
 「大丈夫だと思いますよ。翔子さんは・・・そう言えば、冬弥にもあげるんですか?」
 逆にそう問い返され、翔子はわたわたと奇妙な動きをした。
 「な・・・なんで冬弥さん・・・!?別に、皆さんに配ろうと・・・」
 「それじゃぁ、冬弥にもあげるんですか?」
 「えぇ。皆さんにあげようと思っているから・・・皆さんに。」
 “皆さん”と言う言葉を強調し、冬弥が特別な存在ではないと言葉に出さないまでも釘を刺す。
 ・・・若干その釘は曲がって打ち込まれているような気がしないでもないが・・・。
 「別に、そんなに強調しなくても・・・。冬弥は“夢幻館の1人”って事なんでしょう?」
 「そ、そうよ。」
 翔子がそう言った時、オーブンがチンと軽い音を上げた。
 それ以上その話をしたくなかった翔子が、慌ててオーブンの中から型を取り出し、竹串を刺して中まで焼けているかを確認する。
 確認をし終えると、型から取り出して冷まし―――粉砂糖を振りかけて完成だ。
 「それじゃぁ、切り分けましょうか。いくつに切ります?」
 「そうね・・・リディアさんは、誰かにあげないの?」
 「・・・あげませんよ。」
 しばらく間の後に、照れたようにそう言って・・・リディアが切り始めた。
 夢幻館の男性の数+もなの分を切り分け、リディアが持って来てくれた箱の中に綺麗に入れて行く。淡いピンク色のリボンがかかった箱を見詰めながら、翔子は目の前に浮かんでくる“ある人”の影を一生懸命意識の外へと弾き出していた。


◇ Sweet or Spicy ◇


 キッチンからホールを覗き込むと、そこにはダレた様子のもなと、リディアが呼んで来てくれた男性陣がソファーに座って待機していた。ソファーにドロリと横になりながらもなが「お腹空いたぁ〜」と力なく言葉を紡ぐ。
 その様子を見ながら、翔子はホールへと姿を現した。
 「あ!翔子ちゃん!出来たのぉ〜??」
 先ほどまでのダレた態度はどこへやら。もなが元気良く走って来て、翔子の前でピタリと止まった。
 もしももなに尻尾があったならば、きっとブンブンと勢い良く振られていただろう。キラキラと期待の色を宿す瞳を見つめ、苦笑しながら翔子は箱をもなに差し出した。
 「わぁいっ!ありがとぉ〜〜〜っ!!!」
 箱を受け取り、嬉しそうな笑顔を見せるもな。
 これだけ喜んでくれるのだったなら、作った甲斐がある・・・。そう思った時、翔子の心にふと、先ほどと同じ疑問がわきあがった。リディアに訊いたのと同じ・・・まぁ、もなちゃんだし、答えに期待はしてないけどね。
 「もなちゃんは誰かにチョコをあげる予定はないのかしら?」
 「ふぇ?あたしぃ〜??」
 もなが自分を指差しながら小首を傾げ、キョトンとした丸い瞳を明後日の方向に飛ばす。
 「あたしのが貰いたいよぉ〜!」
 ブーっと唇を尖らせながらそう言って、もながツインテールを振り回す。
 あぁ、やっぱり・・・と思うような答えに、思わず苦笑して―――翔子は、一番手前にいる奏都からチョコを配って行くことにした。
 いつも皆にお世話になっているから・・・勿論、全部義理チョコだ。
 義理はあれど、愛情はない。
 笑顔で受け取ってくれる面々に、翔子は心の底から作って良かったと思った。
 これだけ嬉しそうな笑顔、向けられた方が嬉しくなる・・・。
 奏都、麗夜、律、魅琴・・・そして最後に冬弥が残った。
 ―――どうしてだろう。義理チョコをあげるだけなのに、酷く身体が強張る。
 勿論、翔子はこの妙な感覚が緊張だとは思っていなかった・・・と言うか、思いたくなかった。
 先ほどまでは皆に気軽に渡せていたチョコなのに、どうして冬弥の番になってこんなに緊張するのだろうか・・・。
 これではまるで本命の彼に渡すみたいではないか・・・!
 けれど、このチョコはれっきとした義理であって、決して本命ではない。
 「ぎ・・・義理だから・・・」
 「あんなぁ、そんなんワザワザ言わなくても分かってるっつーの。」
 全員に配布してたの、しっかり見てたっつーのと冬弥が呟き、ぶっきらぼうに差し出された箱を受け取る。
 「みんなと同じやつ・・・だし・・・。」
 「知ってるっつーの。ってか、なんだ?イヤガラセか?そんな何度も俺だけ・・・」
 “俺だけ”のフレーズに、何故か過剰反応してしまう。
 「別に、冬弥さんが特別ってわけじゃ・・・」
 「や、ダレもそんな事言ってないんだけど。」
 さらりとそう言われ、何も答えられなくなってしまう。
 どうしようか・・・そう思いながら顔を上げた先、住人達がわけ知り顔でニヤニヤとしており・・・・・・・
 「・・・なんだ、アイツラ。妙な顔しやがって。」
 冬弥が不思議そうな顔で翔子の方に視線を向け、翔子は何か知ってるか?と小首を傾げる。
 「し・・・知らないわっ・・・!」
 そう言ってプイっと顔を背け―――――



  折角のバレンタイン、グっと我慢する?


  いつもと同じように、住人達を叱り飛ばす?




― ‐ ― ‐ ― Sweet or Spicy St. Valentine's Day ? ― ‐ ― ‐ ―



             ≪END≫



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  3974/火宮 翔子/女性/23歳/ハンター


  NPC/リディア カラス/女性/17歳/高校生
  NPC/片桐 もな/女性/16歳/現実世界の案内人兼ガンナー
  NPC/梶原 冬弥/男性/19歳/夢の世界の案内人兼ボディーガード

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『Sweet or Spicy St. Valentine's Day ?』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 最後は選択性です。Sweetなバレンタインならば前者を、Spicyなバレンタインなら後者を(苦笑)
 リディアとのお菓子作り・・リディアの意外な1面が垣間見えた瞬間でした。
 ・・・リディアの想い人は誰なのでしょうか・・・。
 バレンタインからかなり経ってしまいましたが・・・。
 微妙な関係の翔子様と冬弥を、上手く描けていればと思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。