|
Sweet or Spicy St. Valentine's Day ?
◇ 始まり ◇
町中、いたるところに貼られた張り紙を見詰めながら、月宮 奏は襲い来る疲労感と戦っていた。
「今日、うちでチョコ作るんだけど、奏・・・来るか?」
そんな梶原 冬弥からの連絡を受けて、すぐに身支度をして家を発ったのはほんの1時間ほど前。
材料はこっちで調達して来れるけどの言葉に、奏は良い返事をしなかった。
家から夢幻館に行く間にはスーパーがある。そこでチョコを買ってくれば良い。わざわざ夢幻館にいる冬弥が往復をしてまで買わなくても、こちらは行くついでに買えるからと奏は言った。勿論、冬弥がどうしてそのような事を言っているのか、奏にもきちんと分かっていた。
バレンタイン間近のこの時期、チョコ売り場は人でごった返している。
戦場・・・勿論、関ヶ原の戦いや、桶狭間の戦いほどではないが・・・と言うか、そんな命がけのものではないながらも、奏にとってはある意味命がけの戦いだ。
だからこその優しい言葉だったのだが・・・その言葉に、甘える気にはなれなかった。
このまま冬弥の優しさに甘えてしまえば、ずるずると行ってしまいそうな・・・そんな予感がしたからだった。
ズシリと重いスーパーの袋をぶら提げて、ふらふらと夢幻館への道を歩く。
夢と現実、現実と夢、そして・・・現実と現実が交錯する館。
対の概念が対立する事無く混在する館からは、決して不快な雰囲気はない。
それどころか、ほっと安心してしまうほどに淡く穏やかな雰囲気が支配している。
巨大な門から中へと続く真っ白な道。
その脇で狂い咲く花々は、今日も皆一様に季節を違えている。
少し早い桜の花が舞い踊る。淡いピンク色のシャワーに、奏の疲労がほんの少しだけ、ふわりと軽くなる。
ひらひらと舞い落ちる桜の花弁をそっと手に取り、どこから落ちてきているのだろうかと上を探すが、青く高く澄んだ空が見えるだけで、桜の木なんて何処にも見えない。
それなのに、空からははらはらと桜の花弁が雨のように降り注いで、真っ白な道に薄い絨毯を敷く。
―――夢幻館だし、こう言うのもありかも・・・。
奏はそう思うと、真っ白な―――いや、薄いピンク色の道を進んだ。
百合の花がふわりと香り、湿った土の匂いが全身に絡みつく。
風は冷たいのに、太陽の光は温かい。
ぽかぽかと、ほっと息をつきたくなるほどに柔らかな陽光に、奏はそっと瞳を閉じた。
道は、一直線に続いているから目を瞑っていても歩いて行ける・・・トンと、奏は何かに当たって足を止めた。
夢幻館の両開きの扉を、そっと押し開ける。
甲高い蝶番の音は、か細くて儚げで・・・扉を開けて1番最初に見えるのは階上へと続く階段。
右を見ればホールへと続く扉があり、左を見れば奥へと続く廊下がある。
廊下には、まったく同じ扉がズラリとならんでおり・・・それは、何度見ても一種の恐怖を心に焼き付ける。
足元を見れば真っ赤な絨毯が敷かれており、その深紅さはまるで血を吸ったかのようだ。
「あっ!!奏ちゃんだぁぁっ!!」
ホールに続く扉が開け放たれ、中から小さな少女が脱兎の如く飛び出してきて奏に抱きついた。
身長は140cmちょっとくらい。
茶色と言うよりはピンク色に近い髪を、頭の高い位置で淡いピンク色のリボンでキュっと結んでいる。
洋服は、肩の部分が少し膨らんでいるドレスワンピース。膝上のフリフリのスカートが、大きく弧を描いて揺れる。
「奏ちゃんは、あたしの張り紙見て来てくれたのぉ〜??」
「そうじゃなくて・・・」
「俺が呼んだんだ。」
そんな声とともに、冬弥がホールから姿を現した。相変わらずの美麗な顔立ちに、奏は思わずじっと見詰めた。
そもそも夢幻館の住人達は皆一様に美形だ。整った顔立ち、洗練されたオーラさえ発している。それなのに、それなのに・・・!皆一様に中身が伴っていないのだ。
惜しいとしか言いようの無い事だけれども・・・・・・。
「冬弥さん、これ・・・買って来たチョコ。」
ズシリと重い袋を持ち上げると、冬弥が柔らかく奏の頭を撫ぜた。
「さんきゅ。大変だったろ?別に俺が行っても良かったのに・・・。」
「通り道だから。」
そう言って困ったような小さな笑みを浮かべる。
「それでぇ、奏ちゃんは誰と一緒に作るのぉ〜??」
「そうだなぁ・・・」
視線を左右に揺らし、刹那の間の後で冬弥を見上げた。
「今度は“冬弥”さんと一緒に・・・。」
その言葉に、もながキョトンと小首を傾げて奏と冬弥を交互に見比べる。
冬弥にいたっては、その言葉の真意が直ぐに分かったらしく「なんだこれは、イジメか?すぅげーイジメられてんのか?」と言って、盛大な溜息と共に天井を仰ぎ見る。
「イジメてなんてないよ。」
「あー、ハイハイ、そーですかぁ。」
まったくやる気の見られない声でそう言って、冬弥がポンと奏の頭を撫ぜた。
「んじゃ、作るか。もなはホールで大人しく待ってろよ。」
「はぁーいっ!!」
シュピッ!と右手を高く上げてもながそう言い、ソファーにポンと飛び乗った。
◆ チョコ作り ◆
「作んのは、チョコプリン。」
「チョコプリン?」
「あぁ、簡単だからすぐ出来る。」
冬弥がそう言って、奏に淡い藍色のエプロンを差し出した。それを受け取り、腰紐を結びながら・・・ふと、顔を上げた。
「やっぱり、好みに合わせて作った方が良いよね?」
「もなか?あいつなら、どんなに甘いのでも大丈夫だぞ?」
「でも、魅琴さんはそうはいかないでしょう?」
奏の言葉に、冬弥が数度瞬きをする。
・・・そんなにジーっと見られると、例え冬弥に恋心を抱いていなくても、ふいと視線をそらしてしまいたくなる。
「お前、魅琴が好きなのか?」
凄く意外だとでも言いたい口ぶりでそう言って、冬弥が小首を傾げる。
赤茶色の髪がサラサラと揺れ、少し長めの前髪が目にかかる。
「そうじゃないけど・・・・・。」
皆来る度に良くしてくれる。奏に構ってくれるし、なんだかんだ言っても皆優しい。
けれど・・・何気に一番構ってくれるのは神崎 魅琴な気がする。
住人達はセクハラだなんだと言うが、そうやって触れられるのが、実はいつも少し怖くて・・・勿論、魅琴が怖いわけではない。自分の不安定な力の影響を受けてしまわないかと、酷く不安なのだ。けれど、同時に酷く安心が出来て・・・くすぐったいような、切ないような・・・。
本当は自分はどこにも・・・誰にも関わってはいけないのかも知れないと思いながら、それでもここにやって来るのは・・・・・・。
「・・・寂しいのかなぁ・・・。」
「や、急に呟かれても・・・。」
思いがけずふと漏れた言葉に、冬弥が困惑の色を滲ませる。
魅琴の話から、どうしてその台詞が零れたのか・・・冬弥なりに考えを巡らせていたようだが、すぐに壁にぶち当たったらしく小さく溜息をついただけだった。
奏が何を思い、何を考えそう言ったのか、冬弥では到底分かりそうに無い。
勿論、その逆も然りなのだろう。
冬弥が何を思い、何を考えているのか、奏には知り得る事が出来ない。
しばらくそんな奏の横顔を見詰めた後で、そっと頭を撫ぜた。
「ここの連中は騒がしいから、寂しいとか・・・言ってらんねーだろ?それに、今は我が儘なチビのために甘いものを作って・・・そうだな、魅琴のは甘さ控えめっぽいのにするか。別にあいつ、甘いの食えるけど、まぁ・・・控えめで。な?」
そう言って奏の頭から手をどけると、包丁とまな板を取り出して奏に渡した。
買って来た板チョコを刻み、湯煎で溶かしその中にグラニュー糖を入れる。少し冷ましてから卵を1つずつ割り入れてよく混ぜ、牛乳を少しずつ入れて行き、最後にバニラエッセンスを加えて混ぜる。
バニラエッセンスの甘い香りがチョコの香りと混じり、胸焼けしそうなほどに甘ったるい空気を作り出す。
ふわふわとした、実体の無い甘い雰囲気・・・・・。
出来上がったものをこして型に入れ、湯煎した後でオーブンの中に入れて蒸し焼きにする。
140〜150度のオーブンで30〜40分程度。
それまでは2人は何もする事がない。
とりあえずと言って、冬弥が奏に椅子を勧め、棚の上から丸い缶を取り出してパカリと開ける。
真っ白なポットと真っ白なティーカップを用意して、熱々の紅茶を淹れ、コトンと奏の前に差し出した。
キッチンの中央にデンと置かれているテーブルの上は、先ほど使った道具でごった返していたが、それを脇にどけてスペースを作ると、クッキーを缶のままそこに置いた。
バタークッキーの良い香りが漂い、紅茶とチョコ、そしてバニラエッセンスの香りと混じり合う。
「なんだか凄いね・・・」
「なにがだ?」
「お菓子の家みたい。」
「・・・あぁ、匂いがか。」
やや詰まりながらも冬弥がそう言ってコクリと頷き、もなと一緒に生活しているとこんな匂いは日常茶飯事になるのだと、小さく付け加える。それもそうかも知れない。甘いもの大好きなもなは、いつだって甘い香りがする・・・。
「でもさ、俺・・・奏が魅琴の名前を出すとは思わなかった。」
「何が・・・?」
「さっき、チョコをあげる相手で、魅琴の名前が出て来るとは思わなかった。」
「そう・・・?」
「や、なんか、毎回魅琴、お前に抱きついたりなんだりしててさ、正直魅琴の事、嫌ってんじゃないかと・・・」
「そんな風に見えた!?」
らしくもない、少々声を荒げてしまう。
「別にそう見えたってわけじゃなくて・・・内心は嫌ってんじゃねぇかなぁと・・・」
「全然、そんなんじゃないよ。」
奏はそう言うと、そっとカップの中の紅茶を見詰めた。
日頃姉のように奏に良くしてくれるもなには、感謝と・・・愛を込めて。可愛い娘に、精一杯の愛を・・・。
けれど、魅琴には何を込めているのだろうか。
それは奏にも分からなかった。色々と交じり合った何か。自分でも良く分からない・・・何か・・・。
オーブンがか細い声を上げ、冬弥が立ち上がる。
生クリームとグラニュー糖を混ぜてホイップクリームを作り、チョコプリンの上に絞る。
少し待っていろと言い残してどこかへと行ってしまい―――帰って来た時には小さな箱とリボンを持っていた。
淡い水色のリボンとピンク色のリボン。
そっと、優しくリボンに触れると・・・奏はチョコプリンを冷ましてから箱に入れた・・・。
◇ Sweet or Spicy ◇
箱を持ってキッチンからホールへと向かう。
ホールではソファーの上にぐったりともなが座っており、奏が入って来るとパァっと顔を輝かせた。
「奏ちゃん、出来たのぉ〜??」
「うん、上手く出来てれば良いんだけど・・・。」
「きっと美味しいよっ!」
満面の笑みでそう言って「奏ちゃん、ありがとぉ〜!!だぁぁぁ〜〜〜い好きっ☆」の言葉と一緒に抱きつく。
柔らかい髪を撫ぜ、どういたしましてと言い―――愛しいと、心の底から思う。
それは、決して親子になったと言う過去があるからではない。もなの無邪気さが、純粋さが、人にそんな感情を与えるのだろう。
しばらく抱きついていたもなだったが、玄関の方から冬弥と魅琴が姿を現すとそっと奏を放した。
「はれぇ〜??どうして魅琴ちゃん??」
「奏がご指名なんだよ。」
冬弥がもなの問いにそう答えると、魅琴の肩をポンと押した。
目の前で止まった魅琴を見上げる。身長が185以上ある魅琴は、奏にとっては相当大きく感じる。
少々疲れたような色を滲ませながら、奏の顔を見下ろし―――なにかに気がついたように「あぁ」と小さく呟くと、1歩下がってからしゃがみ込んだ。そうする事で、視線が奏よりも若干低くなる。まるで子供と話すかのようなその態度に、少し違和感を感じるが・・・これも、魅琴の優しさなのだろうと、奏は解釈した。
「どうした?」
ふわりと向けられる笑顔は柔らかい。
いつもチャラけた態度を取る魅琴だが・・・その瞳の奥に潜む感情は、どこか奏と似通っているモノのような気がする。最も、それは奏が思っているだけで・・・実際には違うのかもしれないけれど、それでも・・・どこか、魅琴は暗い影を背負っているような気がする。
それを周りに感づかれないように、顔に出さないように、頑張っている姿は、どこか健気だ。
「魅琴さん、これ・・・良かったらどうぞ。」
そう言って、奏はズイっと魅琴に箱を差し出した。
魅琴が驚いたような表情でしばし箱と奏を交互に見詰め、にっこりと、優しい笑顔を浮かべる。
「俺にくれるのか?」
「そう。」
「味は保証できるぜ?」
冬弥の言葉に魅琴が一瞬振り返り「だったら安心だな」と言って奏の手から箱を受け取った。
「さんきゅ、奏。んで、コレ・・・中身なんだ?」
「チョコプリン。」
「チョコプリン?また、甘そうなヤツ作ったんだな・・・」
別に甘い物が嫌いなわけじゃねぇから別にいーけどと呟く魅琴に、甘さ控えめのを作ったのだと付け加える。
「甘さ控えめって、もなのは?」
「もなさんのは、ちゃんと甘いやつ。」
「分けて作ってくれたのか?」
コクリと頷くと、視線をそらした。
なんとなく・・・魅琴を真っ直ぐ見られなくて・・・。もなとは違った喜びの表情をする魅琴。
「さんきゅ、奏。」
「どうしたしまして・・・」
ふわり、小さく微笑む。それは、意識して微笑もうとしたわけではなく、魅琴の表情を見て、なんとなく・・・そう、なんとなく、自然に出た表情だった。
「〜〜〜〜〜っ!!!!お前、可愛いなぁぁぁっ!!!」
魅琴がそう叫び、奏の華奢な身体をグイっと引き寄せ―――
もなと冬弥に鉄拳制裁を受ける?
可愛らしく微笑んだ奏に免じて今回は許してあげる?
― ‐ ― ‐ ― Sweet or Spicy St. Valentine's Day ? ― ‐ ― ‐ ―
≪END≫
◇★◇★◇★ 登場人物 ★◇★◇★◇
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
4767/月宮 奏/女性/14歳/中学生:退魔師
NPC/梶原 冬弥/男性/19歳/夢の世界の案内人兼ボディーガード
NPC/神崎 魅琴/男性/19歳/夢幻館の雇われボディーガード
NPC/片桐 もな/女性/16歳/現実世界の案内人兼ガンナー
◆☆◆☆◆☆ ライター通信 ☆◆☆◆☆◆
この度は『Sweet or Spicy St. Valentine's Day ?』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
最後は選択性です。Sweetなバレンタインならば後者を、Spicyなバレンタインなら前者を(苦笑)
今回は“冬弥”と一緒のチョコ作りでしたが、如何でしたでしょうか?
バレンタインからかなり経ってしまいましたが・・・。
もなとは柔らかい雰囲気で、魅琴とは・・・微妙な距離感を出しながら、奏様の雰囲気を壊さずに執筆できていればと思います。
3人の今後の関係がどう変わって行くのか・・・楽しみですv
それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
|
|
|