コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


草間即席無料相談会

「俺は久し振りに暇だ。よって、何でも相談を聞いてやろうと思う」

 久しく訪れた平穏な日、或いは仕事がなく手持ち無沙汰な日、或いは気紛れ。そう遜色しても全く違わない日。草間武彦の言葉に零は手にしていた年代物のルービックキューブを弄るのを止め、
「特に相談したいこともないです」
 再び手元の遊戯に夢中になる。
 これも一種の暇潰しなんだろうな、と思ってはいるものの、武彦の気紛れによって腹の内を曝すのも笑顔一つの拒否で済むなら安いものだ。悩みはある。だからと言って、暇潰しの材料にされるのも困り者だ。
 最近の不可解且つ厄介な依頼と事件に比べれば、それは大したことでもないのは事実。でも暇過ぎる、というのも問題だ。
「なら折角ですし、今日は無料相談会にしたらどうです? そうすれば、少しは人も来ますし、暇も潰せると思いますし」
「名案だ。よし、零。宣伝してこい」
 ……前言撤回。暇に越したことはない。
 零は渋々と初期状態になりかけの遊具をソファの端に置き、近くにあったチラシの裏にマジックで<本日無料相談会〜お気軽にどうぞ〜>と書く。興信所の入り口にテープで貼り、良しと小さく頷く。
 この程度なら暇さ加減が変わることも然してないだろう。
 知り合いでも構わないが、このノリに付き合ってくれるオトナが来ればいいな、と。零は自分のお人好しさを少しだけ呪って、部屋の中に戻っていった。

 そして間もなくして訪れたのが、五代真だった。
 相談があるが故の訪問というよりは、暇が故の訪問に、それは近かった。

「バイト、紹介してくれよ」
 真の<相談>に、武彦は遠くを見るような目になる。
「バイトか……俺の方が紹介してもらいたいくらいだぜ。いや、マジで」
 最近仕事なかったですからね、と零が愉しそうに相槌を打つが、彼女が仕事だと認識しているのはあくまでも正規のもので、決して普段日常茶飯事として受けている怪奇の類を指すものではない。事実、ここ数ヶ月の忙しさは尋常ではなかったが、あまり金になったものではなかった。
 ネットでもちょいちょいと弄って登録し、派遣でもすれば今よりは比較的楽な生活が望めそうなものだが、それはハードボイルドだか何だかに反する。どこかで誰かが零を小間使いと称していようと、この生活を崩すつもりは更々ないらしい。
「で、仕事ない?」
「俺の方が訊いてるんだけど、ないのか?」
「ないない。あるなら俺の方がとっくにやってるって」
 ひらひらと手を振る投げやりな仕草に、真は歯を出して笑う。
「無料相談会、じゃないのかよ。きちんと仕事果たせって」
「探偵の情報網、つっても、怪奇の類なら幾らでもあるぜ。それで良ければ」
「……金になるんなら」
「だーかーらー、金になるんなら俺がとっくにやってるって」
 全く、この展開はどういうことだろう。相談は無料で行う。それ故に、仕事の斡旋に関するものも行ったって、そうでなくても情報を提供するくらいは問題ないだろう。ひょっとして元から人の相談などというものは聞く気はなく、単なる暇潰しの要員召集の手段でしかなかったのかもしれない、と。ふいに真に厭な予感がよぎる。聞けばほぼ100%の確率で<イエス>との答えが予想されるので、敢えて墓穴を掘るような真似はしない。
 仕事斡旋が無理なら何かご馳走しろよ、との真の声に、零が少しだけ困惑したような顔を見せた。外見から大食いとでも思われたのだろうか。興信所の経済状況もあまり芳しくはないのは前後の会話から類推することが可能だったが、客人に茶菓子の一つでも出さない程に切迫しているのだろうか。
 真の問いに、
「最近お茶をする暇がなかったので、買う必要もないなって思っていたんです。一人でのお茶って、つまらないですしね」
「そんなんなら、俺呼べば良かったのにな」
「実は私もそう思ってたんですけど、お兄さんが駄目だって」
「何で? 別に知らない仲じゃないのに」
「さあ? そこは訊かないと分からないですけどね。あ、でも。今日は一応準備してたんですよ。……さっきまで暇だったので、食べちゃったんですけど」
「いいよ、あんまり気にしなくて」
「そう言っていただけると、助かります」
 にこりと微笑む零の頭を可愛さ故に撫でてやろうとするが、横から飛んできた書類の束にそれも叶わない。方向と角度から類推するまでもなく、投げたのは武彦だろう。というか、武彦しかいない。
「……俺に何の怨みがあるんだ?」
 睨む訳でもなく視線をやると、眼鏡の奥の瞳はちっとも笑っていなかった。
「怨みはないが、何となしにムカついたものでね」
「何となく、って人一人殺しそうな勢いだよな、お前」
「余計なお世話だ」
 唐突に理解したのは、武彦は零が他の男と仲良くするのを嫌い始めているお年頃だということ。どこぞの父親じゃあるまいし、と思いながらも、真は延ばした手をあっさりと引っ込めた。
「それじゃあ、俺もそろそろ行きますか」
「行くって、どこに?」
「バイト」
 そうとだけ言って、真は立ち上がる。扉に手を掛け、振り返りざまに言う。
「他の奴にはマトモに答えてやれよ」
 大きなお世話との声を背に受けて、真は興信所を後にした。





【END】

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1335/五代真/男性/20歳/バックパッカー】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

結局、全く相談会ではなくなってしまいました。
元より怪奇の類以外において、<相談>出来る内容が存在するのかと思ってしまいますが。
何の代わり映えの筈の日常の一片として、書かせていただきました。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝