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黒い羽ペン
ここ数日、編集部の中で不思議な事が起きている。しかし、それは迷惑なものではなかった。むしろ、助かっていると言える。
「どうかしましたか?問題があるのなら、すぐに書き直します。」
「あー、いや……いいわ。じゃあ、次は取材へ行ってもらおうかしら?」
「はい。それでは行ってきます。」
そう言って原稿を提出し終えた三下忠雄は、意気揚々と荷物を纏めて編集部を出て行った。そんな三下の後姿を見て月刊アトラス編集長――碇麗香は思わず「おかしいわ。」と言葉を漏らした。
「絶対、おかしいわ。いえ、おかしすぎる。この世の終わりを告げてるんじゃないでしょうね……」
あまりの事なのか、碇編集長の口から冗談がこぼれる。
ここ数日の事だ。三下の手際が良過ぎるのだ。今まで目を通した原稿が一発で通る事もなく、取材を頼んでも決していい顔をしなかった。しかし、今は違う。それらをすべてひっくり返したように、三下にしては――いや、普通に使える人間と比べても手際がよすぎた。今だって、本来なら泣き叫ぶ三下の姿を目の前にしているはずなのだが、そんな事も最近はまったくと言っていいほどない。ここ数日は静か過ぎると言っていいほど、三下は碇編集長に怒られていなかった。
「憑き物でもいるのか……それとも、何か別の理由……どちらにしろ、これはネタになるかもしれないわね……あぁ、けど、また三下が使えなくなるものも考えようねぇ……でも、ストレス発散できないのもつまらないわ……とりあえず、原因を探るのが一番かしら。」
そう独り言を言い終えると、碇編集長は立ち上がり編集部内を見渡した。そして「ふむ。」と一言頷いてからとある机の前に立ち、そこから黒い羽ペンを手に取った。
「――これね。」
確信を得たように碇編集長はその羽ペンを見つめた。
その机は三下のものであって、この羽ペンも当然彼のものである。数日前を思い出せばこの羽ペンを使うようになってから三下の行動は変わっていった。この羽ペンを購入してきた三下に、碇編集長は「道具で仕事の効率が変わる事はないわよ。」と言ったのだ。だが、その羽ペンを握っている間の三下の顔つきが変わり、そして日を重ねていく毎に今の三下へとなっていった。
ならば、この黒い羽ペンを調べる必要はある。そして三下の動向も調べなければと思い、碇編集長は編集部に声を鳴り響かせた。
「誰か2人ほど、手を空けてはいないかしら?」
■
それよりも少し前の事。アトラス編集部のビルの手前で、先ほど碇編集長に取材を命じられた三下・忠雄は、自分の担当するオカルト作家――雪ノ下・正風とばったり会っていた。
「おはようございます、雪ノ下さん。」
「おはようございます、三下さん。なんかやけご機嫌じゃないですか。」
「えぇ、これから取材なんですよ。」
「へ?」
嬉々しながら喋る三下に、正風は思わず素っ頓狂な声を上げた。三下さんが?こうも喜んで取材に出て行く?ここ最近、どうもおかしいと思ったけど、これは更におかしい――そんな事を考えていると、三下が正風が持つ封筒に気づいたのか、そちらに視線を移す。
「それは、"都内怪談"の原稿ですか?」
「あぁ、はい。」
「そうですか。では、帰ってきたら目を通しておくので、私の机の上に置いといてください。取材で折角の原稿がダメになってしまっては困りますから。」
「は、はぁ……。」
「では、私はこれで。」
呆気に取られてばかりの正風に一礼をすると、三下は意気揚々と去っていった。
その後姿を見送った正風は、不思議な気持ちを抑えたままアトラス編集部の中へ入っていった。すると、碇・麗香編集長がハンドバックを片手に、ちょうど編集部から出ようとしているとこだった。
「あら、雪ノ下くん。おはよう。」
「あ、おはようございます、碇編集長。」
「原稿の事からしら?」
「はい……えっと、これからどこかお出かけですか?」
「えぇ。」
「もしかして、三下さんの事ですか?」
「あら……察しがいいわね。なんかあったか、聞かせてくれないかしら?」
そして二人は、一度応接間の方へと移動し早速、正風は先ほどビルの前で三下とすれ違った時の事を麗香に話した。そして、麗香もここ数日の三下について、そして黒い羽ペンの事を正風に話す。
「そう言われてみると、取材の事に限らず……まるで別人のように変わりましたね。」
「えぇ。とりあえず、手の空いているものもいらいから、草間の所で調べてもらおうと思ってたのよ。」
「じゃあ、それなら俺が調べて見ますよ。」
「あら、本当?」
「まあ、作家として編集さんが使えるのはありがたいんですがねえ。やっぱそれよりも気になるというか。」
「そうよねぇ。じゃあ、お願いするわ。」
「はい、分かりました。で、早速なんですけど……」
「えぇ、その黒い羽ペンね。」
そう言っ麗香はハンドバックの中から、布に包んだ黒い羽ペンを取り出した。正風はそれを手にとって、まじまじと見つめる。
「どう?なんか分かるかしら?」
「パッと見じゃ、どうとも言えませんね……これから霊視してみます。」
「えぇ、お願いするわ。」
正風は一度深呼吸をして息を整えると、目を閉じて黒い羽ペンの霊視を始めた。
まず目……いや、頭の中へ直接飛び込んできたのは黒い鳥――多分"カラス"の類か。そして続くように"人の腕"……だが、その腕の先端に"手"らしいものはない。そして、何かが聞こえる――"歌"?いや、"念仏"と言えるようなものを誰かが唱えている。だが、それも周波数の合わないラジオのように、雑音が混じりかすかにしか聞こえない。
(もっと何か……この音もはっきりと……!)
正風は焦るが、羽ペンからはこれ以上の"情報"が出てこない。いや、確かにこれ以上の"情報"はこの中にあった。これらの読み取れる"情報"はまるで月日が経ってぼかされた写真のように頭の中に入る。
(じゃあ、以前あった情報は……消えた?いや、三下さんの中か!?)
そしてプツンとTVを消したように、飛び込んできた情報はそれ以上何かを示す事はなかった。
霊視を終えた正風は目を開いて「ふぅ。」と息を吐いた。
「どう?何か分かったかしら?」
その様子で霊視が終わったと判断した麗香は、早速正風に聞いてくる。そして、正風は霊視で確認した事、そして情報から判断した事をメモ用紙に書き留めながら麗香に話した。
「なるほどね……"カラス"と"手の無い腕"と"念仏"ねぇ……。」
「どう思いますか?」
「そうね。"手のない腕"も気になるけど、"念仏"がやっぱ気になるわ。」
「そうですね……"念仏"なんか常日頃聞くもんじゃないですし。」
「寺や仏教関係?」
「もしくは、霊能力者か?」
互いに推測を述べ、そして沈黙が流れる。そして、麗香が何かを思いつき、正風に話し始めた。
「なるほど……それはいけるかもしれませんね。」
「えぇ。それじゃ、雪ノ下くん、頼んでいいわね?」
「はい、任せてください。」
■
次の日。相変わらず、アトラス編集部は喧騒に満ちている。そんな中、応接間で三下と正風は小さな机を挟んで話していた。机の上には正風が書いた"都内怪談"の原稿が置かれていた。
「――っていう部分なんだけど、もうちょっと内容を膨らませないかな?もちろん、嘘はつかないで。」
「はい、分かりました。そうですね、そのほうが終わりがしっくりきそうだ。」
「うん。じゃあ、それでいきましょう。締め切りは明後日までで。」
「はい。いやぁ、三下さん、激変しましたね。最近ミスもないらしいですし。」
「そ、そうですか?」
「えぇ、そう思いますよ。あぁ、そうそう、昨日碇編集長から取材を頼まれていて、三下さんと一緒に行くようにと言われているんですよ。」
「僕とですか?」
「えぇ、それでですね――」
そうして正風は三下に取材先の事を説明し始めた。正風は説明をしながら、昨日麗香から言われた"作戦"を頭の中で思い出した。
「さんしたくんと一緒に取材へ行ってくれないかしら?」
「取材ですか?」
「えぇ。今の彼なら、まず拒否する事はないでしょ。拒否しても編集長権限で行かせるわ。」
「ふむ……じゃあ、適当に選んで行ってみますけど……」
「いえ、行ってほしい所があるのよ。"カラスのマンション"と呼ばれる工事現場は知っているかしら?」
「"カラスのマンション"?」
「えぇ。隣町にあるここ1年近くも、工事が進められずに途中で止まっている工事現場があるわ。なんでも、鉄骨を組んでからそれ以上に工事が進められていないのよ。」
「ふむ……まさか、怨霊かなんかの類が?」
「察しがいいわね。その可能性が濃厚よ。しかも結構なやり手に、皆お手上げ状態だわ。そして、そうこうしている内に気づけば多数の群のカラスが住み着くようになって……」
「カラスのマンションってわけですか?」
「えぇ。怨霊関係ならその"念仏"とやらも関わりそうだし、"カラス"の群も何かありそうだわ。この二つの餌で、三下の様子を見てほしいのよ。」
「なるほど……それはいけるかもしれませんね。」
「えぇ。それじゃ、雪ノ下くん、頼んでいいわね?」
「はい、任せてください。」
「――という場所なんですけど、早速今日行きませんか?」
正風は一通り説明を終えて、対面に座る三下の顔を見た。すると、三下は悲しそうな顔を伏せていた。
「あの……三下さん?」
「………」
「み・の・し・た・さん!?」
「あ、あぁ、はい!す、すいません!」
正風の大声にようやく気づいたのか、三下は慌てて顔を上げた。そしてハンカチで汗を拭きながら「ふぅ。」と息を整えると、正風へ向きなおした。
「そ、そうですね……今日行きますか。」
「えぇ、それじゃ……」
「あぁ、すいません。ちょっと仕事も残ってますし、準備したい事もあるので、16時に隣町っていうのはどうでしょうか?」
「えぇ、それは構いませんけど……」
「じゃ、じゃあ、それで。」
そう言ってさっさと三下は自分の机まで戻っていった。
(早速、なんか怪しいなぁ。)
と思いながら正風は立ち上がると、編集長席からこちらを見る麗香に気づいた。正風は麗香の元へ行くと、早速麗香は質問をしてくる。
「で、どうだったかしら?」
「三下さんですか?早速反応しめしてくれましたよ。」
「それもあるけど、連載のほう。なんか言われなかった?」
「あー……ダメだしされちゃいましたよ。まぁ、確かにその方がいいの書けそうですけど。」
「そう。それも頑張ってちょうだいね。」
「はい、わかりました。それじゃ、行ってきます。」
「えぇ、気をつけて。」
麗香に見送られ、正風はアトラス編集部を後にした。
■
時刻は16時過ぎ。日がもう落ちるか落ちないかという頃、その工事現場の中はビニールシートで周りを囲まれているせいか、真上から差し込む赤い光だけがその中を照らしている。途中まで組まれた鉄骨の影は、地面に升目をつけるように影をつけ、その影から影へ幾つもの影が行きかっている。見上げれば、無数のカラスが声を上げて飛び回っている。
そんな工事現場の中から上を見上げる二人――三下と正風がいた。
「さすがにこれは……」
「"カラスのマンション"とは言ったもんすね。」
「さて、どうしましょうか?」
「とりあえず、挑発でもしてみますか。」
「いえ……きます!」
刹那、ひとつの黒い影が二人を目掛け急降下してきた。三下の咄嗟の叫びで、互いにその場から軽く跳躍して黒い影から避けた。そして黒い影が地面すれすれで再び上昇とするとこへ、正風が飛び込んだ。
「せい!!」
声を上げ、その黒い影へ掌底を叩き込む。黒い影はそれに吹き飛ばされ、黒い羽らしきものをばら撒きながら鉄骨へ叩きつけられた。
「――カラスか?」
「そのようですね。」
「いきなりとは随分じゃ――!?」
正風が言葉をつなげようとした時、途端に周りのカラスたちが騒ぎ始めた。そしてうるさ過ぎるほどカラスの鳴き声が辺りに響き渡る。
「これは――!?」
三下が見上げると、そこに工事現場に差し込んでいた赤い光を遮断するほどの、カラス達が工事現場に埋め尽くしていた。正風はさすがにやばいと考え、黄龍の篭手を取り出し装備をする。そして、カラスの声がだんだんと小さくなると、次にまた別の声が工事現場の中へ鳴り響いた。
『これはこれは……久々に意気のいい獲物がやってきたか?』
「!?」
「だ、だれだ!」
正風のその問いかけに、一匹の赤い目をしたカラスが目の前に降り立った。そして二人を見てから口を開き、言葉を続けた。
『私に特別な名前はない。だが、今はそれは関係ないな……邪魔をするな人間。ここは私の居場所だ。』
「へぇ……勝手にやってきて、それはねぇんじゃないか?あんたの都合にあわせらちゃ、こちとら迷惑だぜ。」
『ふん、愚かな。私を倒せると思うなよ、人間!』
「さぁ、それはどうかな!」
言い終わるや否や、正風はカラスの背後に回る。
『何!?』
「そら!!」
驚くそのカラスに、正風は掌底を叩き込んだ。カラスはぐったりするものの、今度は数匹のカラスが群となり正風へ突っ込んでくる。
「ちっ!」
バク転をして距離を離すと、その数匹のカラス達は再び上のカラスの群まで戻っていった。そして、再びあの声が鳴り響く。
『はは、スピードは中々。だが、覚えておけ。このカラスの群全体こそ私だ。一匹如き倒した所で、私は倒せんぞ!』
「ふざけやがって……」
ふと正風は三下が気になって、目だけで見回した。しかし、三下の姿がどこにも見当たらない。しかし、それを考えるのを遮る様に、再びカラスの群が正風へめがけ突っ込んでくる。
『ほれ、余所見をする暇はないぞ!』
「くそ!」
正風は鉄筋につかまり、逆上がりの要領で鉄筋の上に乗る。だが、上空からまたカラスの群が突っ込んでくる。正風は跳躍し、群を踏み台のように利用して、更に上に登った。どんどん続くカラスの猛攻を避け、そして利用し工事現場を縦横無尽に駆けめぐるが、段々と逃げ場をなくしていった。
『ハハハハハ、いい加減諦めたらどうだ、人間!』
「くそ、冗談じゃ――」
正風の篭手が黄金の光を帯びだす。そして、光を握り締め正風は宙を舞った。
「ねぇ!!」
そして、上空から一気に下へ、光の一閃がカラスの群を散らした。そして、激しい衝撃音と舞い上がる煙、そして地面にひびを走らせて正風は着地した。
「はぁはぁ……へへ、どうだい!」
『く!!だが、この程度で、私は倒せぬぞ!』
そしてまだ残るカラスが群となり、再び正風目掛けて突っ込んできた。だが、途端にカラス達の動きが、ピタリと止まる。それは鉄筋にいるカラスはもちろん飛んでいるカラス、そして突っ込んできたカラスも全てが止まった。
『な、なんだ、これは!?』
「ふぅ……間に合いましたね。」
「三下さん!?」
ふと工事現場の外から、いつの間にか消えていた三下が入ってきた。三下は胸元で左手の掌を上に向け親指と中指をあわせ円を作り、その円の中は微かに青く光っている。
『貴様!一体、何を!?』
「鳥だけに効く結界ですよ。鳥を媒体とするあなたとしては、体の動きを制限されたものでしょう。」
「三下さん……なんで、そんな事を。」
「"九字"の応用ですよ。これくらいなら知っていますよね?」
"九字"とは、普通の辞書にも乗っているほど有名な護身の法だった。当然、正風もそれを知っているのだが、退魔の力などあるはずのない三下が使うとなれば流石に驚きを隠せなかった。だが、この状況ではこれ以上の好都合はない。
『なめるな!カラスなど、一時的な体に過ぎぬ!』
先ほどまで冷静だった声も、さすがに張り上げて工事現場に響いた。そして、カラスから淡い紫色をした光が浮き出てひとつにまとっていく。
「雪ノ下さん! 私にはあれを抑える程度までです。」
「了解……フルパワーで叩き込みますよ!」
「お願いします!」
淡い紫の光はひとつにまとまると、まるで龍のようになり、その口を大きく開いて二人へ突っ込んできた。その姿に怯む事なく、正風は姿勢を低くし拳を合わせ力を溜める。三下は左の掌に右人差し指と中指を立てて重ねると、指に青い光が宿りそれを持って光の線を空に描いた。
「臨!兵!闘!者!皆!陣!列!在!前!!」
そう叫びながら縦に4本、横に5本の線を描く。そして、その描かれた線たちは紫の龍を捕らえて、空中で一塊にした。
「いくぜ!一点突破ぁ!!」
正風はそう叫ぶと、そのまとまった光へ向かって跳躍した。そしてその塊に近づくや否や、拳をそれへ突き立てた。
『くそおおおおおおおおおおおおお!!』
「黄龍の力をなめんじゃねぇぞ……派手に散りやがれ!!」
『ふざけおって!ふざけおって!!この場所はぁ!この場所はぁぁぁぁ!!』
「破っ!!!」
正風の叫び声と共に、今まで工事現場へ響いていた声は消えていった。そして、その淡い紫色の光も散り、落ちるも地面につく前に消滅していった。
しばらくして工事現場を覆いつくすほどいたカラスの群は、いつの間にかどこかへ飛び立っていった。そして、まだ数匹のカラスが残るものの、工事現場には月の光が優しく照らされていた。
■
翌日、昼も過ぎた頃アトラス編集部にて、麗香は机を挟んで三下と正風から"カラスのマンション"で起った事について、報告を受けていた。
「ふむ……それじゃぁ、その"根源"は何者だったのかしら?」
「あぁ、それについては雪ノ下さんが、その土地の霊視を行いました。」
「どうやらその土地に長く住むものがいたそうで、その仕業かと。」
「ふむ?誰なのかわかっているのかしら?」
その麗香の問いに、三下は素早く胸ポケットから一枚の用紙を取り出して麗香に差し出した。
「建物の記録です。今日の朝、役所からもらってきました。」
「ソバ屋?」
「えぇ、どうも経営が芳しくなく、2年前半ば無理矢理撤去されたそうです。」
「霊視した時に見えたんですけど、カラスと仲良くする一人の青年がいました。多分、それが今回の原因ではないかと。」
「なるほどね。まぁ、同情はしてしまうけど、よくある話だわ。」
そう言いながら、麗香はコーヒーに口をつけた。そして土地の記録に一通り目を通した後、その用紙を三下に突き出した。
「じゃあ、この件を今度のアトラスに載せるわよ。締め切りは明後日まで。いいわね?」
「はい。では、早速取り掛からせてもらいます。」
三下はその用紙を受け取ると、自身の机へ戻っていった。それを確認した後、麗香は正風に話しかける。
「で、報告を聞く限り大活躍だったらしいけど……何か分かったかしら?」
「えぇ、しっかり。その退治が終わった後の話ですが――」
「はぁはぁ……終わったぁ。」
「えぇ、お疲れ様です。」
地面に腰をついた正風に印を解いた三下が歩み寄ってきた。そして、正風は呼吸を整えて立ち上がると篭手をつけたまま、三下の顔に突き出した。そうされても三下は驚く事なく、冷静に正風を見た。
「やっぱおかしいな。悪いけど三下さんはそんな術式どころか、九字を結ぶ事すらできないはずだ。」
「そう……やっぱ気づいてましたか。」
「単刀直入に聞く!あんたは一体何者だ?」
正風がそう睨み付けながら聞くと、三下は――いや、三下の体を持ったものは、その拳に背を向け月を見上げて語り始めた。
「私の名前は孫苑。そうだな、今から200年近くも前になるのか。その時に法師をやってきたのさ。」
「法師……だから、九字も結べたのか。」
その問いに孫苑はコクリと頷いた。正風は拳を下ろし、語り続けるその話を聞き続けた。
「そしてね、私は文を書くのが好きだった。和歌、物語、随筆、旅行記……だが、本として周りに読ませるほどの金もなくてな。いつかは本を出してみたかった……しかし、その夢を叶わないものになってしまってね。」
「何かあったのか?」
正風がそう聞くと、孫苑は自身の手を見つめた。そして、振り返った時、その目は悲しみに満ちている。
「手をね……魑魅魍魎の類に持ってかれてしまったのだよ。」
「――!?」
ふと正風は羽ペンを霊視した時の事を思い出した。手がない腕……それはこれを表していたのか、と。そして、孫苑は話を続けていく。
「あれは悔やんでも悔やみきれなかった。もう二度と文を書けない悲しみ。夢は叶わないまま潰えてしまう悔しさ。だから、私は当時南蛮より伝わった"羽ペン"というものを作り、それに私の魂を封じ誰かの体を借りて、再び文に携わろうとしたのさ。動物を操る九字の応用は得意でね。鷹の羽根から簡単に作らせてもらったよ。」
「そうだったのか。月日がたったから、あんなに黒くなったんだな……じゃあ、三下さんは今は一体?」
「あぁ、本当の彼は私と意識を共にしているよ。納得させるまで二日もかかってしまったがね。今となっては、あやかし荘という彼の住処以外では、この体を貸してもらっているよ。なんでも、編集長に怒られないのは彼も好都合そうだ。」
「は、はぁ。まぁ、そうだろうな……って、今の三下さんは?」
「あぁ、それなのだが……ずっと気絶をしたままだよ。彼はこの手が苦手らしいな。」
「はははは、そ、うですねぇ……」
苦笑いをする正風に微笑みかけた後、再び孫苑は空を見上げた。そして月を見ながら、語りを続ける。
「しかし、今思えば、さっきの怨霊と同じ事を私はしているのだな……」
「けど!俺はその……助けられたわけだし。」
「それは当然だよ。殺してしまうわけにはいかないさ。」
「そ、それはそうだが……本来、退魔の力を持たない三下さんの体を使っているんだ。あなた自身の負担はでかいはずだぞ。」
「あぁ……おかげで、あと一ヶ月の予定が短くなってしまったよ。」
「え?」
不可解な孫苑の発言に、正風は思わず聞き返した。それを察してか、孫苑は正風の方へ振り向いて説明をし始めた。
「安心してくれたまえ。あと一ヶ月もすれば、私が羽ペンに託した魂の力はなくなり、自然と成仏する予定だったのさ。」
「いや、それはそうでも短くなったって……文を書きたいだけで、ここまで来たのに……」
「だからこそさ。ここまで罪を犯して、私は自分の夢を叶える事ができたのだ。」
「でも、一ヶ月ももたないって……次のアトラスが発行されるまでは残れるのか?」
「いや、無理だよ。私があと残れる日にちは――」
「――という事です。」
「そう。じゃあ、今仕事してるのは……」
「えぇ、孫苑さんですね。」
報告を終えた正風は麗香と一緒に、必死に原稿用紙に書く三下を見つめた。その顔はどこか嬉しそうで、それでいて熱意を感じられる。だが、その姿に思わず二人は悲しい目をしてしまうのだ。
「あと三日ね。」
「えぇ、三日だそうです。」
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後日、出版された月刊アトラスの特集記事は「カラスのマンション −とある青年の悲劇−」というタイトルで大きく持ち上げられていた。そして、その記事には取材協力"雪ノ下正風、三下忠雄"と書かれると共に、文"孫苑"と記されていた。
そしてその一冊は、碇編集長の怒鳴り声と三下の泣き声響くアトラス編集部の神棚に、黒い羽ペンと共に供えられている。
fin
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【0391/雪ノ下・正風/男性/22歳/オカルト作家】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、喜一と書いて"きひと"と申します。
ご利用ありがとうございました。
お話の方はいかがでしたでしょうか?
楽しめましたら幸いです。
雪ノ下・正風様
プレイングから調査半分、戦闘半分のような形をとらせていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
結構熱いキャラだけにこれじゃ不完全燃焼?みたいな感じもしていますが、霊視シーンと戦闘シーンは力を入れて書かせてもらいました。
最後はちょっと悲しめなEDとなりましたが、この一件を正風様自身の中に残せたら幸いです。
ご意見等ありましたら何なりとご指摘ください。
それでは、またの機会ありましたら、よろしくお願いします。
喜一でした。
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