コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


魂籠〜月戯〜

●序

 光はやがて、体に入る。

 携帯電話には、様々なメールがやってくる。アドレスを教えた友人から、登録をしたメールマガジンから。そして、忘れてはならないのが迷惑メールである。
 何処で知ったのか、どうして分かったのか。殆どがエッチなサイトを宣伝するものなのだが、中にはお金持ちになれる方法、などといったものまで存在する。
 そんな迷惑メールの中に、最近噂になっている「おみくじメール」があった。
 突如やってくるそのメールには、アドレスが載っている。送り主は、株式会社LIGHTとある。
「突然のメール、失礼致します。試験的にサイトを運営するにあたり、ランダムでメールを送らせて貰っております。近く、おみくじメールというものを行う予定であり、そのチェックを行っております。宜しければ、ご協力ください」
 そう書いてあるメールには、最後に「料金はかかりません」と記述がある。
 アドレスをクリックすると、出てきた画面に「おみくじを引きますか?」と書いてある。「あなたの守護神がお知らせします」とも。
 そこをクリックすると、最初に知らせてあった通りに守護神が画面に現れる。そして本日の運勢を五段階で評価してくれるのである。
 運勢が悪くても「私がついているので大丈夫です」と、守護神が微笑んで言ってくれる。ただそれだけだ。
 しかし、そこにアクセスした者の中で、異変を感じている者がいた。
 夜道を歩いていると何かがついている気がするだとか、何となく何かがいるような気がするだとか。ただそれだけならば、気のせいと割り切ってもいいかもしれない。だが、同時に彼らは訴えるのだ。
 色々な事を、忘れているのだと。
 単にちょっとだけ忘れた訳ではない。頭の中からすっぽりと、少しずつ忘れていっているのだと。
 そうして、登録した覚えも無いのに気付けば守護神の画像がデータボックスにあるのだという。それでも、削除をする者は誰もいなかった。
 削除しようとする、その思いが一番に消えていってしまったからであった。


●始

 それが希望だというのならば。


 セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ かーにんがむ)は、草間興信所で資料に手で触れながらじっと見つめていた。弱視であるセレスティは、手をかざす事によって無機物の情報を得る事ができるのだ。
「どうだ?」
 草間は両手に珈琲の入ったマグカップをもち、セレスティに声をかけた。
「不思議な依頼ですね」
「ああ。何せ、当の本人が一番わかっていないんだからな」
 草間はそう言い、資料をぱらぱらと捲る。
 依頼人は、神田・真澄(かんだ ますみ)という21歳の女性だ。何気なく過ごしていたのだが、スケジュール帳を見ると書いた覚えのない予定が書かれていた。友人と遊ぶ、という他愛の無いものだ。神田は不思議に思い、友人に確認してみた。すると、その友人と遊ぶという予定は神田自身が誘ったもので、友人の目の前でスケジュール帳に書き込んだのだという。
 だが、さっぱり思い出せないのだ。
 一年前、いや一ヶ月前というのならばまだ分かる。しかしそれはたかだか三日前の出来事だったのである。
 これはおかしい、と神田は気付く。そうして気付けば自分が覚えていない出来事が増えていると言う事が、周りの証言などからわかってきたのだ。
「……ただこれだけの事例ならば、病院が一番いいですが」
「だな、問題はその次だ」
 その現象が起こったのは「おみくじメール」というものにアクセスした時期からなのだ。突如やってきて、アクセスしたら御神籤を引ける。ただ、それだけだ。
「おみくじメールについても、あまり覚えていないようですね」
 レポートを確認しつつ、セレスティは呟く。草間は溜息をつきながら珈琲を啜る。
「だな。ただ違うのは、他の例がすっかり忘れるのに対して、曖昧に覚えているって事だな」
「まるで、疑ってくださいと言わんばかりのメールですね」
 セレスティも苦笑し、珈琲を手に取る。ふわ、と立ち昇ってくる珈琲の匂いが香ばしい。
「守護神とかいうのも、限りなく胡散臭いしな」
 おみくじメールで占った後に出てくるという、守護神。その画像がデータボックスの中に入っているのだという。
「神様というからには、既存の神を真似ているのでしょうね」
「そうだなぁ。俺が見せて貰ったのは、仁王像みたいだったぞ」
「仁王像、というと……日本的なものですね」
「一体どれだけの種類がいるかは分からんがな」
「歴史的な人物に似せている、という事も考えたんですが……仁王像……」
 セレスティがそうやって考えていると、草間は「まあまあ」と言って笑う。
「俺が見せて貰ったのがたまたまそうだっただけで、実際にはもっとたくさんの種類がいるだろうぜ」
「そうですね。……日本的な神様を似せているのであれば、たくさんの種類がありますしね」
「だな。日本は神様ってもんが多いからなぁ」
 唯一神という概念が多い中、大きいものから小さなものまで多種多様の神が存在する日本。太陽の神が居れば、トイレの神も居る。どれもがいたって人間的であるというのも特徴の一つだ。
「神話も多いですからね」
 セレスティはそう言い、くすりと笑う。草間も「そうだな」と言いながら、苦笑交じりに珈琲を啜る。全ての神話を把握しきれないほど、日本には神と話が溢れているのだ。そしてまた、地方に伝わる逸話や民話まであわせていくと、無限に広がっていく。
 今回の「守護神」が日本の神を模っているのだとすれば、たくさんの種類が存在しているとしてもおかしくはない。
「それが原因かもしれないと言うのに、どうして画像を消さないんですか?」
「消したい、という気持ちが無いんだってよ」
「どういう事ですか?」
 セレスティの問いに、草間は煙草を口にくわえながら「つまり」と呟く。
「消そうだとか、消したいだとか、そういう画像消去に関する気持ちがあっという間に消えちゃうみたいだ」
「草間さんが消してみる、という事はしなかったんですか?」
「一度だけしようとしたんだが、消そうとした瞬間にきょとんとした顔になって『私の携帯を持って何をしているんですか?』って聞いてきた」
「それは……奇妙ですね」
 セレスティはそう言い、考え込む。本人に「消したい」という意識があったとしても、すぐにそんな思いを忘れてしまう。画像がある、という事自体は覚えていると言うのに。
「そういう風にいうものを、俺が勝手に消す訳にはいかないだろう?それに何かしらの問題があるとするならば、調査の対象にもなるだろうし」
 草間はそう言い、セレスティを見てにやりと笑った。ふう、と吐き出した白煙がゆるゆると天井へ立ち昇っていく。
 セレスティは「分かりました」と微笑み、机の上に広げられていた資料を集めた。それを手に取り、立ち上がる。
「それでは、行って来ましょうか」
「ああ、宜しく」
 草間の言葉に軽く微笑んで返すと、セレスティは草間興信所を後にした。
「まずは、会社から調べてみましょうか」
 セレスティはそういうと、資料の中に書かれていた配信会社を確認する。株式会社LIGHT、と書いてあった。


●動

 ただ一つの道というならば。


 セレスティはまず図書館へと向かった。その隅にあるネット端末を見つけて「株式会社LIGHT」と入力した。すると、匿名掲示板が一番に出てくる。その他は絶対に違う内容だと思われるもの、日記等が出てきた。
 セレスティはそれらをざっと読み、中でも興味深いだろう一つをクリックする。題名が「LIGHTとかいう会社について」である。
『最近、おみくじメールとかいうのが出回っている。その配信元であるらしい株式会社LIGHTというのは、出来得る限り調べた所、見つけられなかった』
 そう、書いてあった。調べる手段として挙げられているのが、ネットであったが。そのサイトによると、少なくとも「おみくじメール」を行っている株式会社LIGHTというのは、人の目に触れるような会社では無いと言う事なのだ。
 これから携帯電話のサイトとして「おみくじメール」を配信する会社にしては、存在がこれだけわからないと言う事がおかしい。そう、纏めてあった。
「確かに……変ですね」
 セレスティは小さく呟き、会社名鑑を探してみる。今年の一番新しいものだったが、該当する名前の会社は全く見つからなかった。
 携帯電話のサイトを運営していくにしては、主要な宣伝力となる筈のネットに何も情報が無いというのはおかしな話だ。
「となると……本人に直接聞く方がいいのかもしれませんね」
 セレスティは小さく呟き、ふと消していなかったディスプレイを見つめる。匿名掲示板の一部分が検索にヒットしていたのを思い出したのである。セレスティは少しだけ迷った後、マウスを動かしてそのリンクをクリックした。
 適当な見解、無意味な野次、適当な言葉、記号によって作られた絵。それらが入り混じっている中に、ぽつん、とその投稿はあった。
『守護神は、きっと傍にいる』
 それに対するレスは、酷いものだった。煽るようなもの、馬鹿にするようなもの、無視をするもの、実在の人物に誂えるもの。そんな中でも、その投稿は妙に印象深かった。
「傍にいる、ですか」
 セレスティは小さく呟いた。
(忘れていく、というのは……忘れさせられている、ともいえますから)
 本当に守護神がついているというのならば、そしてまたそれが忘れていく原因となっているのならば。忘れるという行為は、守護神にとって不都合な事があるからではないか、と思われて仕方が無いのだ。
(例えば……そう、例えば)
「守護神が、乗っ取ろうとしている……ですとか」
 もしそうならば、守護神が乗っ取りやすくする為に忘れさせているとも考えられる。そしてまた、守護神を消そうとする事を最優先して忘れさせる事も。
 匿名掲示板を、再びセレスティは見る。先ほどのような、妙に印象に残るような投稿が無いかを思って。
 すると、その中にぽつりと『似てないか?』という言葉を見つけた。
『変な卵を育てる所と、名前が似てないか?』
(株式会社HIKARIですね)
 セレスティは考え込む。前にあった「天使の卵」というコミュニケーションを使った育成ゲームを配信していた会社が、そのような名前だったのである。
 LIGHTは、光だ。更にいうならば、前に調べようとした株式会社HIKARIも同じようにしっかりと調べる事が出来なかった。
 そうなってくると、関係性があるように思えてならない。
「この実験に、株式会社HIKARIも関わりがあるんでしょうか?」
 セレスティは小さく呟く。携帯電話を媒体としていると言うのも、良く似ている。また、前に起こったのが意識不明、今回が記憶を失うという、その状況も似ているといえなくもない。となると、会社の名前だけではなくその動きでさえも似通っていると言う事になるのである。
(全くの無関係ではないかもしれませんね)
 セレスティはそう思い、そっと溜息をつく。前回の「天使の卵」の件と無関係とは思えないのだ。どうしても。第六感、と言ってもいい。
 確信ではないが、それでもそうではないかと思えて仕方のない第六感。それが働いて仕方が無いのだ。
 セレスティは更に検索を続ける。すると、また違う匿名掲示板に「記憶の欠如」という題名で投稿が為されていた。内容は、草間興信所に依頼として持ってこられたものとほぼ同じだ。
 だんだん記憶が失せていく。その原因が「おみくじメール」にあるような気がするのは分かっていても、それについて考えようとする事をすぐに忘れてしまう。そういう内容が本人の不思議な気持ちと共に書き込まれている。
 そういった投稿は、一件だけではなかった。自分の身に起こった不思議な事と共に、数人の書き込みが見られたのだ。
 スケジュール帳に書いた覚えのない、だが確かに書いたらしい予定。
 自分が言い出したコンパなのに、開催自体を忘れて顰蹙を買ってしまう。
 既に買ってあった洗剤を、二つも三つも買って帰った。
 そんな不可思議な出来事が相次いで起こっているようだった。日常生活にそこまで支障をきたしているとは思えないが、それでも記憶を失うと言う事は恐ろしい事だ。それに、約束や会合、物を買うというそれらの出来事を忘れるというだけに止まっている今から、更に酷くならないという保障は何処にもない。
 だからこそ、今のうちに対策を考えたいと思っているのだ。
 それなのに、原因かもしれない「おみくじメール」については、軽く触れられているだけに止まっている投稿記事が殆どだった。やはり、ここでも原因かもしれないと思いつつも、それに対する動きは見られないのだ。
 セレスティは画面を見つめたまま溜息をつく。
(やはり、守護神について実際に見なければどうしようもないかもしれませんね)
 前回の「天使の卵」についても、携帯電話が絡んでいた。となれば、実際に画像を保存しているという携帯電話を見る方がいいのかもしれない。
「……ここで考えていても仕方ないですね」
 セレスティは小さく呟き、そっと立ち上がる。ここで得られるだけの情報は、既に手に入れた。となれば、次へ行動を移すのが妥当だ。
「会いに行ってみましょうか」
 セレスティはそういうと、資料をそっと取り出して確認する。神田の自宅がある所を。


 神田の自宅は、図書館から車で10分ほどのところにあるマンションだった。後に移動する事を考え、セレスティは最初からその図書館を選んでいたので、移動はスムーズにする事が出来た。
 平日は大学があるが、土日祝日は大丈夫だと書き添えてあった。セレスティはそれを今一度確認してから、チャイムを押した。ぴんぽん、という涼やかな音が家中に響く。
「どちら様ですか?」
 インタフォンから、機械を通した女性の声がした。恐らく、神田本人であろう。
「草間興信所から参りました、セレスティ・カーニンガムと申します」
「あ……ちょっと待って下さい」
 神田はそう言い、インタフォンを切る。そうして、慌てたようにドアが開いた。
「わざわざおいで頂き、恐縮です」
「いえいえ、こちらこそ急に来てしまって申し訳ないです」
 セレスティはそう言い、そっと微笑んだ。見るものを安心させ、魅了する美しさ。神田も例に漏れず、セレスティの笑みに一瞬ぼうっとする。
「あの、神田さん?」
 セレスティの問いかけに、ようやく神田ははっとする。そうして、頬を赤らめながら「すいません」と謝る。
「……ど、どうぞ」
 神田はそう言い、部屋に招きいれた。守護神がいるかもしれぬ、部屋に。


●遊

 甘んじて受ける。決して、拒まずに。


 神田の部屋に入るなり、セレスティは何者かの視線を感じた。じっとりと、冷たい視線だ。自分をどこか物陰から見ているような、選定するかのような、不愉快な視線だ。
「……神田さん、携帯電話はお持ちですか?」
「あ、はい。そこに」
 神田はそう言って、充電器に取り付けられた携帯電話を指差した。若者に似つかわしく、表にはたくさんのシールが貼られており、ストラップも可愛らしいものがいくつかついている。
「見ても構いませんか?」
「はい」
 神田は充電器から携帯電話を取り、セレスティに渡す。セレスティは「有難うございます」と言いながら、それを受け取る。
 ぱか、と開くと、ディスプレイ画面が光る。いたって普通の携帯電話だ。
「これに、守護神の画像が入っているんですよね?」
「はい」
「見せていただけますか?」
 セレスティはそう言い、開いた携帯電話を神田に渡す。神田は再び携帯を手にし、画像データを開く。セレスティはその様子を、じっと見つめる。
 よくある風景、おかしいとは思わない光景。
 ごくごく普通の女性が、携帯電話を使っている。手際よく携帯電話を扱い、画像フォルダを開く。
 だが、その手が突如止まってしまった。じっと携帯電話を見つめ、ぴくりとも動かない。
(あれは……)
 セレスティの目に、突如それは現れた。
 携帯電話の中から、ゆっくりと手が出てきたのだ。ごつごつとしたその手は、そっと神田の頬に触れる。優しく、ふわりと。まるで、哀しい人を慰めるジェスチャーのように。
 優しく、優しく……。
 だが、その行為が彼女の記憶を奪っているだろう事は容易に想像がついた。記憶を奪うという恐ろしい事をしているとはどうしても思えない、温かな雰囲気。
 それでも、確かにその手は恐ろしい行為をしているのだ。
「いけません」
 セレスティは、ぽつりと呟く。
「いけません……!」
 セレスティが叫ぶと、手がふっと消えた。慌てて神田に向かって「大丈夫ですか?」と尋ねる。
「……え?はい」
 何も分かっていないかのような、神田の表情。今さっきまで、携帯画面から手が出ていただなんて分かってはいないだろう。
「携帯の電源を、落として貰っていいですか?」
「あ、はい」
 神田はそう言い、電源を切った。画像を出そうとした時とは違い、すんなりと電源は落ちた。セレスティは携帯を預かり、神田から離れる。
「どうでしょうか、神田さん。守護神の画像、消しませんか?
「守護神の画像……画像……を」
 神田が呟くと、今度は画面からではなく携帯電話のアンテナから手が出てきた。セレスティはそれを捉えようとするが、すっと通り抜けてしまって意味を為さなかった。そして、水霊を使って捉える前にその手はふっと消えてしまった。
 おそらく、既に守護神の画像を消すという意識はないだろう。
(電源を切って、彼女の身から離しただけでは駄目なのですね)
 まるで電波を介して何処でも使える携帯電話のように、彼女の身に何かが起こった場合には携帯電話を介して現れる守護神と思わしき手。
 その手は、画像を消すという行為の時に現れた。逆に電源を切る事に関しては構わない様子だった。当然だ、電源がついていようが消えていようが、手には関係なかったのだから。
(……ちょっと待って下さい)
 セレスティはふと気付く。それはつまり、手にとって、守護神にとって都合の悪い記憶を消しているのではないだろうか。現に、守護神に都合が悪くない電源を切るという行為には関知しなかったのだから。
 ならば、何故友人との約束やコンパのこと、更には洗剤を買ったことを忘れたのだろうか。遊ぶことが駄目だとでも言いたいのだろうか。
 セレスティは「まさか」と呟きながら苦笑し、それから真剣な眼差しになる。
(遊ぶという行為が許さないものだと判断しているのでしょうか)
 遊ぶと言う事が、守護神にとっては嫌なのだとしたら。
(洗剤を買うという事は、つまり綺麗にすると言う事ですが)
 綺麗にするという事を、推奨しているのだとしたら。
「守護神が目指しているのは……綺麗な存在にする事……なのでしょうか?」
 セレスティはぽつりと呟き、首を振る。小さく「馬鹿な」と付け加えて。
 そんな事を、本当に成しえてやろうとしているとでもいうのだろうか。
「画像、見せてくださいね」
 セレスティは神田の了承を得る前に携帯電話の電源を入れ、データフォルダを選ぶ。更に画像というものを選び、中を確認した。
 ぽつん、と異様な画像が一つだけあった。草間の言っていた、仁王像のような顔立ちをした画像。その腕は、先ほど見たもののまさしくそれだった。
(なんて、禍々しい)
 画像から感じたのは、禍々しい気だった。守護神と名のつくものとは思えぬほど、恐ろしい気を放つものだった。
 セレスティはその画像を削除しようと、メニュー画面を開く。だが、そこには「画像を消去」というものが存在しなかった。
 守護神の支配が、携帯電話にまで出ているかのように。
(壊しても無駄でしょうね。電源を切っても、意味を為さなかったのですから)
 セレスティはそう考え、携帯電話を床に置いた。
「……神田さん、この画像を手に入れた時の事を覚えていますか?」
「いいえ……。その画像、消そうと……いえ、消すなんて」
 神田はそう言い、首を捻る。何度も消されつづけている記憶だ。だんだん何が本当なのかもわからなくなってきているのかもしれない。
 セレスティは少しだけ考え、ゆっくりと水霊を呼び出して神田に問い掛ける。
「神田さん、画像を消しませんか?」
「画像を?」
「はい。……あの画像が全ての元凶だと思われますので」
「……画像、画像を……」
 神田はふらりとしながら携帯電話に手を伸ばす。すると再び守護神の手が現れた。セレスティはそれを狙い、水霊にその手を掴むように命じた。すると、水が縄状になって手を掴んだ。
 手はその縄から逃れようともがくが、セレスティによって手をひっぱられて携帯電話から全身を出した。
 出てきたのは、やはりあの守護神。
「……ようやくお目見えしましたね」
「引きずり出したな」
 守護神は忌々しそうにそう言い、セレスティを睨んだ。相変わらず、水縄は守護神の手の自由を奪ったままだ。
「何をする気なのですか?」
「……この世を、どう思う?どう思うかね?」
「どう、とは?」
 セレスティの問いに、守護神は冷たい目で笑む。
「この世は狂い始めている。秩序を欠き、歪んでいる。だからこそ、正すべきなのだ」
「正すとは、人々から記憶を失わせ、都合の良いように作り変えると言う事ですか?」
 セレスティの言葉に、守護神はただ笑んだ。冷たい目のまま、そっと笑む。
 その表情には余裕さえ見えた。神と名のつくものに、相応しいかのように。
「……そんな事は、あなたがたに強制されて変えるべきだとは思えません」
「意思は関係無いのだ。大事なのは、事実だ」
「それでも、そのような事は認めません」
 セレスティはそう言い、水霊を操るその力を込めた。守護神は「やれやれ」と呟き、自由な手をセレスティの方にそっと伸ばしてから笑む。
「だが、事実なのだよ」
 守護神はそれだけいうと、ふっと体を消した。セレスティは慌てて辺りを見回して守護神を探したが、何処にも何も見つからなかった。
「……あ、画像が」
 神田の言葉にセレスティは気付き、そちらを見る。
 守護神の画像を表示していた筈のディスプレイ画面は、真っ白になってしまっていたのだった。


●結

 決められた。拒否は許さない。決して、許さない。


 再び訪れた草間興信所で、同じようにマグカップに入った珈琲を草間と二人で啜っていた。草間はセレスティが提出したレポートを読みながら、セレスティはただ溜息だけを漏らしながら。
(事実、ですか)
 秩序が欠いていると言っていた。歪んでいるとも言っていた。それは確かに事実なのかもしれない。テレビをつけて流れるニュースを見ていると、そう思わざるを得ない内容が放送されている事は珍しい事ではない。
(ですが、だからといって強制的になんて)
 人の世界なのだから、人が自主的に秩序を持ち、歪みを正さなくては意味を為さない。それが人の世における暗黙のルールといってもいい。
 セレスティが長い時間を生き、得てきた経験によって出した答えだ。
(ですから、やらなければならないのはあんなに乱暴なやり方ではなく)
 道を示してやるだとか。
 それだけでいいのではないだろうか?
(それなのに、記憶を消したりして都合の良い人を作り上げようだなんて)
 おかしな話だ。
 そもそも、あの守護神が本当に神という次元のものなのかどうかが怪しい。守護神だと言っているのは、本人とあのおみくじメールに反応してしまった人だけなのだから。
(あれが神だなんて、認めたくありませんね)
「……お疲れ」
 レポートを読み終えた草間が、考え込んでいたセレスティに声をかけた。セレスティは草間の言葉に「はい」と答えた。
「とりあえずは依頼をこなせたな」
「ええ。ですが、これで終わったとは思えないんです」
「まだ同じような奴らがいるからか?」
「それもありますが……それだけではなくて。第六感、と思ってくださっていいですよ」
 セレスティが苦笑しながら言うと、草間はぼりぼりと後頭部を掻きながら「あー」と呟く。
「こういうの、俺はあまり言いたくないんだが」
「え?」
 煮え切らない言い方にセレスティが尋ねると、草間は大きな溜息の後に口を開く。
「俺も、そう思う。まだ終わっていない気がする」
「勘、ですか?」
「ああ。探偵としての、勘」
 怪奇探偵と言われ続け、数々の依頼をこなしてきた草間の言葉は、セレスティに妙な実感を与えた。
 おそらくその勘は当たるだろうという、実感が。
「まるで、カードゲームをやっている気分です」
 ゲームをやっている相手が、自分にとって都合の悪いものを持っているような錯覚すら覚えるような、そんな気持ちがした。こちらに見えないように、自分に都合の悪いカードを使って隠しているかのようだ。
 それを言うと、草間はくつくつと笑う。
「ババ抜きみたいなもんか。ババが回ってきそうだなっていう」
「ええ、まあそんな感じですが……」
 セレスティの答えに、草間は苦笑してトランプを取り出した。
「ババ抜きだったらつまんないから、ポーカーでもするか?」
「本当にカードゲームをするんですか?」
「いいじゃないか。折角話に出たんだし」
 草間はそう言い、セレスティにカードを配る。セレスティは苦笑し、自分の手元に来たカードを見た。
 そこには、にやりと笑いながら涼やかに佇んでいるジョーカーの姿があった。

<まるでツキの戯れにも思え・終>


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度はゲームノベル「魂籠〜月戯〜」にご参加頂き、本当に有難うございます。
 第一話「雪蛍」に続きましての発注、有難うございます。続き物として、だけど一つ一つ成り立っている話にしています。如何でしたでしょうか。
 このゲームノベル「魂籠」は全三話となっており、今回は第二話となっております。
 一話完結にはなっておりますが、同じPCさんで続きを参加された場合は今回の結果が反映する事になります。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時迄。