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<東京怪談・PCゲームノベル>


お友達になりたくて〜第1章〜

 代々剣舞を受け継ぐ家系、葛織(くずおり)家。
 その次代当主と見られているのは、現在十三歳の少女である。
 ただし、彼女は力を持ちすぎた。剣舞は「魔寄せ」の舞だ。その力が強すぎるのは――危険だ。それゆえに、少女は生まれてすぐに、葛織家別荘に閉じ込められた。
 別荘の土地には薄い結界が張られている。それを超えてはいけないと。
 文字通り、「閉じ込められて」育てられたのだ――

 そんな少女、紫鶴(しづる)が、ある日世話役の如月竜矢(きさらぎ・りゅうし)に言い出した。
「私の相談にのってくれそうな人たちを集めてくれないか」
 何の相談をするのか、竜矢が訊いても紫鶴は答えようとしなかった。
「今回はお前の世話にはならない……!」
 紫鶴は強く言い張った。物心ついたころから、竜矢に依存して生きてきた紫鶴が、初めて口にした言葉だった。
 竜矢は少女の成長を思い、
「分かりました、人を集めてみます」
 とうなずいた。

 それはもうすぐ春が来ようかという――冬の終わりの出来事だった。

     **********

 今回は竜矢も張り切ったのだろうか――いつも以上の人手が集まった。
 竜矢がいるときでさえ、親戚だのの肩のこる人付き合い以外は大の苦手である紫鶴が、竜矢なしでそれを行おうというのである。
 ……その日の紫鶴の緊張っぷりといったら素晴らしいものがあったと、のちにメイドは語った。
「みみみみんな、よく来てくれた――」
 がちがちに肩をこわばらせながら、庭園に集まってくれた六人の人間を前に、紫鶴はどもった声を出す。
「私は、葛織紫鶴。そそそ、その、今回は」
「落ち着いてください、紫鶴さん」
 くすくすと苦笑に近い笑い方をしながらぽんぽんと紫鶴の背を叩いたのは、この中でも―というか紫鶴の交友関係すべてを見ても――数少ない紫鶴の「友人」である、空木崎(うつぎざき・しんいち)だった。
「お久しぶりです」
 柔らかい声で青年は言う。青い瞳はいつも以上に微笑ましそうに紫鶴を見ていた。
「今回は……どうなさったのですか? 紫鶴様」
 同じく優しく心配そうな声で問うのは、天薙撫子(あまなぎ・なでしこ)。一番古い紫鶴の「友人」である。
「え、ええと、その前に、皆に座ってもらう場所を、用意する」
 紫鶴はがちがちな動きで、広すぎる別荘の庭園のあずまやに六人を案内する。
 そして、がちがちな動きで用意された茶器を並べ始めた。
「し、紫鶴様。もう少し落ち着かれませんと茶器を壊してしまいますわ」
 慌ててお茶会に慣れている撫子が手伝おうとするが、
「いい」
 と紫鶴はこわばった声でそれを断った。「きょ、今日は全部自分ですると、決めた」
「……おぬし、そんな様子で用件を言うところまでたどりつけるのか」
 と傍らから呆れたように言ったのは――長い銀の髪に銀の瞳の、小柄な女性――蒼雪蛍華(そうせつ・けいか)。
 以前一度だけこの別荘に来たことがあり、紫鶴も彼女に対しては多少気楽な態度を取れるようだ。
「蛍華殿……私は、頑張ると決めた!」
「……それは構わぬが。何を頑張るのだ」
「そ、それが、ええと」
 他三名は完全な新顔である。ものめずらしそうに紫鶴の言動を見ている二名とダンボール箱に、
「その……お名前をうかがってもよいだろうか?」
 ダンボール箱ではない二人が、ああとうなずいた。
「俺は浅海紅珠(あさなみ・こうじゅ)だ」
 と言ったのは――「俺」とは言うが、女の子だった。紫鶴と同い年か、少し下くらいだろうか。少し肩をすくめて、どこかぶっきらぼうな気配がある。赤い瞳が、いたずらっぽく紫鶴を見つめていた。
「あたしはエルナ・バウムガルトだよっ!」
 と赤い髪に赤い瞳の、小柄な少女が元気に手をあげる。
 背中には四枚の羽のようなものがはえている。少し大きくなった妖精のようだ。
「はうぅ……」
 最後のひとりが入り込んでいるダンボール箱は、なぜか「ひろわないでください」と書かれている。
「わ、私は、伊吹夜闇(いぶき・やよみ)……です……」
 夜闇はぱっとダンボール箱から出て頭をちょこんとさげると、再びダンボール箱に入り込んだ。
 ほんの一瞬しか見えなかったが、くせっ毛の腰より長い闇のような黒髪、右目が黒、左目が銀のオッドアイ――左目の銀色が、きわだって美しく見える少女だった。
「紅珠殿――エルナ殿、夜闇殿――でいいのだろうか?」
 二人がうなずき、ひとりは「はいいいい」とダンボールの中から返事をしてくる。
「し、失礼だが、夜闇殿は……なぜダンボール箱に入っているのだろうか」
「き、聞かないで、ほしいのですう」
「そ、そうか」
 うん、と紫鶴は納得したかのように――何に納得したのかは謎だが――うなずき、改めて六人にあずまやに用意したお茶会の席をすすめる。
 残念ながら夜闇だけは、ダンボール箱からまだ出ようとしない。
 紫鶴はつたない手で、七人分の茶を淹れ――かたかたと震える手つきで五人の前に置き、夜闇のダンボールの横にもそっと置いた。
「夜闇、殿、お、お茶はいかが――あ、熱いから、気を、つけて」
「あ、ありがとですぅ……」
 ダンボール箱のふたが少しだけ持ち上がり、再び夜闇がちょこんと現れて、ティーカップを受け取るとぺこりと頭を下げ、再びダンボールへと入り込む。
 次に紫鶴はお茶菓子を六人に分け、それから、自分は立ったままで。
「きょ、今日集まって、いただいたのは、他でもない――」
 近所に薔薇庭園があるのをご存知か――? と紫鶴は言った。
「そ、その薔薇庭園に、ロザ・ノワール殿という……十五歳の女の方、がいらっしゃる、私は」
 ぎゅっと両の拳を握り、
「私は、その方と友達になりたい」
「ロザ・ノワールさんというと……以前こちらへお茶会にいらした方ですね」
 辰一はノワールと面識がある。同じくそのときのお茶会に同席していた撫子と顔を見合わせて、
「たしかにあのとき、ノワールさんはろくにお話されてなかった……」
「そ、そうなんだ」
 紫鶴は二人にすがるような視線を向けて続けた。「わ、私は、あの方とお友達になりたいと思う。ヘンだろうか?」
「ヘンじゃないよっ!」
 と元気よく言ったのは、エルナだった。にこにこと微笑んで、
「あたしも、紫鶴ちゃんやそのノワールちゃんと仲良くなりたいもん。ヘンじゃないよ!」
「……ま、別に友達になりてーってんなら、いいんじゃねえの?」
 ずずずと作法も無視してお茶をすすりながら、紅珠が適当そうな口調で言う。
「こら紫鶴!」
 蛍華が突然怒鳴った。「蛍華に熱い茶を出すとは何事か……! 酒を出せ、酒を!」
「あ、ああ、すまない……っ」
「……今はそういう話をしているときでは……」
 辰一がため息をついた。
「それで、紫鶴様はどうなさりたいのですか?」
 撫子がメイドを呼びつけて、お酒を持ってこさせている紫鶴に問う。
 問われて、紫鶴は肩を落とした。
「私は……知ってのとおり、この別荘地から出られん。おまけに……特技もろくな知識もない。だから……」
 彼女は色違いの両目を六人に向けて、すがるように言った。
「教えてくれないか? 仲良くなるために役立ちそうな、遊びや特技……を」
 一瞬、沈黙が落ちた。
「わざわざ呼ぶから何かと思えば……」
 お酒が到達してさっそくグラスに注ぎながら、蛍華がつぶやいた。
「しかしおぬし、ツンデレ娘だったんか」
「つ、つんでれ?」
「まぁよい。この酒は――ほほう、五十年モノのウイスキーか」
 この間剣舞も見せてもらったしの、と蛍華は言った。
「珍しい物の礼に手伝ってやろう」
「紫鶴ちゃん、ノワールちゃんとお友達になりたいんだよね?」
 エルナが微笑んだ。「あたしがキミの立場だったら、何のためらいもないもなく声をかけるよっ。無視されてもずっと声をかけ続けるよ。あたし、そういうの諦めがすっごく悪いから」
 苦笑気味にエルナが言う。
「そうそう。世の中、諦めたらおしまいだって!」
 何か身に覚えがあるのか、紅珠が偉そうに言った。
「うん」
 紫鶴は真剣な目でエルナと紅珠を見つめてうなずいた。「声は、頑張ってかけようと思う」
「そうですわ紫鶴様」
 撫子が、ふふと微笑んで口をはさんだ。
「お友達になるのは簡単です。第一歩は相手としっかり向き合ってお互い名前で呼びかけることから始めればよろしいのですよ」
「わ、私はノワール殿を名前で呼んでいるが……」
「ああ、そう言えばノワールさんは保護者の方以外の名前をお呼びになりませんでしたね」
 辰一が思い出すように言った。
 ロザ・ノワール。金髪に黒い薔薇を挿した不可思議な少女だった。保護者――だろう、薔薇庭園の主とともに紫鶴の別荘にやってきてお茶会に参加したが、ろくにしゃべらなかった。
「友達になりたいということはすごくよいことですよ」
 言った辰一に、
「ノワール様と紫鶴様なら、よいお友達になれると思っていたのです。そう思いませんか、辰一様?」
 撫子がふわりと微笑みながら声をかけた。
「そう思いますよ。僕も喜んで相談に乗ります」
「はうぅ……」
 ダンボール箱の中の夜闇が、ぼそぼそとつぶやいた。
「やっぱり少し怖いのです……いじめは嫌いです……でも、」
 と紫鶴のくれた暖かいお茶の入ったカップを持つ手に力をいれ、
「……ひとりはとっても寂しいので、お手伝いしてあげたいのです……が、がんばるのです……」
 優しい方だと嬉しいです……と夜闇がつぶやいていると、
「あのさ!」
 エルナがはいはいっと手をあげた。「予行練習しようよ。あたしがキミの友達になってあげるっ。みんなもいるしねっ!」
 言いながら、隣にいた紅珠、それから夜闇のダンボール箱をぽふぽふと叩いた。
 紅珠は一生懸命考えていた。
「えーとあーと……外に出られるんなら、買い食いとかすすめるんだけどな。外に出られないとなったら……」
 悩み悩み。
「ねえねえ夜闇ちゃんも、一緒に考えよう?」
 エルナが椅子から降り、しゃがんでダンボール箱の中の夜闇に話しかけた。
「一緒に予行練習。夜闇ちゃんも、一緒にお友達になってくれるよね?」
「はぅぅ……」
「とてもいい案ですね。エルナさんも蛍華さんも夜闇さんも紅珠さんも、紫鶴さんの新しいお友達になってあげてください」
 辰一がぽんと手を打って笑みを作る。
「蛍華もか……まあよいが」
 蛍華はウイスキーを口にしながら、肩をすくめた。
「俺もかよ。……まあいいけどさ、でもなあ何かできることなあ……」
 紅珠はいまだに悩んでいた。
「わ、私にできるのはぁ、動くお人形、作ることだけなのですぅ」
 ダンボール箱の中から夜闇の声がする。
「動く人形?」
 紫鶴がぱっと顔を輝かせた。「夜闇殿はすごい特技をお持ちなのだな……!」
「え? え?」
「すごいすごい! どんな人形を作れるのだ?」
 突然興奮し出した紫鶴に夜闇が呆気に取られると、
「その小娘は何をやっても喜ぶからの」
 蛍華が呆れたように、空になったグラスにさらにウイスキーを注ぎながら言った。
「蛍華が作った彫像、いまだに飾っておるのか」
「当然だ! あんな素晴らしい彫像……!」
 紫鶴が目をきらきらさせて「あっちあっち」と全員の視線を促す。
 庭園の、日陰になった場所に、それは不思議な彫像があった。
「あ、あれは氷でできているのですか?」
 辰一が呆気にとられる。
「でも……そのわりには精密な……」
 あれは紫鶴様が舞っているときのお姿ですわね、と撫子が頬に手を当てて言う。
 そう、その氷の彫像は見事に緻密、精密な造りでもって、剣舞を舞う紫鶴の姿を形にしていた。
「きれい……」
 エルナがうっとりと見とれる。「光に当てたらもっと綺麗だろうね! でも溶けちゃうか」
「お、お人形……」
 まだ怯えているような、夜闇の声が聞こえてくる。「その……お友達になりたい人のイメージで、作るですか?」
「いや」
 紫鶴は即座に否定した。「ノワール殿は、ノワール殿おひとりだ。人形では……意味がない」
「紫鶴さん……素晴らしい考えですよ」
 辰一が拍手をした。紫鶴は照れ笑い、
「だから、ええと、……そうだ、私の人形は作れるだろうか?」
「うん」
 夜闇はぽんと手を打って、
『ぬいぐるみぱにっく☆』
 ぽよん
 跳ねるような音がした。
 そしてダンボールの外に生まれたのは、紫鶴型の人形だった。大きさも姿も寸分狂いない。
 ただし、喋られない。
 ついでに特技は敬礼。
 なぜかびしっと敬礼してみせた人形に、紫鶴本人が嬉しそうに敬礼し返した。真似してみたらしい。
「素敵だ! 蛍華殿の彫像の横に飾っておこう……!」
 嬉々として紫鶴はその人形を、蛍華の氷の彫像の元へと持っていった。
「……この小娘を手なづけるのは楽なんじゃがな」
 蛍華がロックにしたウイスキーの氷をカランと転がしながら頬杖をついた。
「そのロザ・ノワールとやらは、どんな娘なんじゃ」
「とても綺麗な、黒薔薇の似合うお人だ!」
 紫鶴が目を輝かせて言う。
「紫鶴様のおっしゃるとおりです。とても美しいお嬢さんですわ」
 撫子が補足した。「ただ……人と壁を作っていらっしゃる感は……ありますわね」
「そうですね。一種の人見知りかもしれません」
 辰一があごに手をやって虚空を見る。かつての少女を思い出しているのだろう。
「紫鶴ちゃんは踊りが得意なの?」
 エルナが言った。「あたしも踊るのは好き。共通の趣味があると話が弾みやすいと思うよ」
「でも剣舞はやめておいたほうがいいでしょうね」
 辰一が苦笑した。「あれは魔寄せの舞踏ですから……」
「とても美しい舞ですから、ぜひ見て頂きたいのですけれどね……」
 撫子がほうと残念そうに息をつく。
「……私は、やはり特技がないな……」
 ど、どうしたらいいだろう、と頭を抱える紫鶴の横で、
「お化粧ごっこなんかどうだろう」
 紅珠が言い出した。「俺も友達とやってるしさ、年頃の女の子同士なんだから、化粧のし合いで腕を磨くってのもありだし、下手にやっちゃって笑い合うのもいいじゃん」
「お化粧……ですか……」
 撫子は頬に手を当てた。「紫鶴様もノワール様も、そのままでお美しい方ですけれど……たしかに、遊びのひとつとしてはよいかもしれませんが――紫鶴様?」
 なぜか引きつった紫鶴に、全員の注目が集まる。
「い、いや!」
 紫鶴は慌てて頭を振った。「何でもない! け、化粧だな、分かった頑張ってみるぞ……!」
「ど、どうしたんですか? 紫鶴さん」
「いや、それが、その……」
「好きなだけ吐いてしまえ。そのほうが後の通りがよいわ」
 まるで酔っ払いの極意のようなことを言いながら、蛍華が椅子でふんぞりかえり、足を組む。
 紫鶴は……しょぼんと肩を縮めた。
「その……化粧は、普段……親戚の集まりとかのパーティでやらされてるから――いい思い出がない」
 ああ……と撫子が何かを思い出したかのように目を伏せる。――彼女は一度、紫鶴があまり好きではない“肩の凝るパーティ”に近いものを経験している。
「ばっかだな」
 紅珠は鼻で笑った。「それをいい思い出にするためにも、好きな友達と一緒にやんだよ。ちょうどいいじゃん」
「そそそ、そうだな!」
 紫鶴が紅珠に向かって何度もうなずく。
「紫鶴ちゃん、ちょっと話し方が硬いんじゃない? もう少し肩の力抜いてみようよ」
 とエルナが言った。
「す、すまない……! 親戚以外の人間とはなかなか会う機会がないものだから……!」
 本当は、と紫鶴は肩を落とした。
「本当は、この別荘に他人を入れることは禁止されている……だから、私は少なくとも成人するまでは、親戚以外を知らずに生きるはずだっただろう。……助けてくれてるのは竜矢なんだ。だから、その、竜矢がいないといつも以上に緊張が」
「つべこべ言い訳せんでいいわ!」
 びしっと蛍華が指をつきつけた。「ようやくその竜矢から離れて自分で動こうという気になったのだろう……! 言い訳せずに、堂々とせい!」
「あ、は、はい!」
「蛍華さん、お手柔らかに……」
 辰一がますます固まった紫鶴の肩に触れながら、
「話し方は無理して急に変えることはありませんよ。そうしたら、話しにくいでしょう」
「そうじゃな。どうせ当日もさっきのように緊張してるのが楽に想像できるしの」
「それはお互い慣れもありますし、少しずつ変えていけばいいことです。紫鶴さんも疲れるだけですし」
「友達相手に着飾った言葉を使うのは変じゃ。普通に話したいならスパルタしてやるが」
「……蛍華さん、お手柔らかに……」
 辰一は紫鶴の肩が凝ってしまっているのを触った感触で感じ取ると、立ち上がって紫鶴の肩をもみだした。
「さ、楽にして。ここにいる全員あなたの味方ですよ」
「味方……」
「そうですわ、紫鶴様」
 にっこり笑って撫子が言った。「特技……遊びでしたら、わたくしが簡単なお遊びを教えてさしあげます。懐かしいところであやとりやお手玉などいかがですか?」
「あ、やってみたい……!」
 辰一の肩もみに心地良さそうにしていた紫鶴が、また目を輝かせる。
「身体能力高そうだしな。歌唱ってのもいいんじゃないの」
 紅珠が言った。「童謡とか歌ってみるか? 教えてやってもいいけど」
「昔なつかしい小さな遊びに童謡。ぴったりですわね」
 撫子は「今回は用意してこなかったので、また次の日に道具を持ってきますわ」と言いながら、
「代用品で練習いたしましょうか。何か……おはじきの代わりは、ここの庭園にしきつめられている綺麗な石なら使えそうですね……お手玉の代わりや……あやとりの代わり……」
「撫子さん、お時間があるならお手玉を一から作ってみるのもよいのでは?」
 と辰一が言った。「道具は、こちらからお借りして」
「ああ、それはいいですわね」
 紫鶴様、と撫子は目をきらきらさせっぱなしの紫鶴に言った。
「あやとりの代わりに毛糸を戴いてもよろしいですか? あとは……裁縫道具と、布と、小豆を」
「小豆?」
「お手玉に入れるのですよ」
 にっこりと撫子は微笑んだ。
 紫鶴がメイドを呼びつけて、撫子の言ったものをすべて用意させる。
 その間に、辰一がつぶやいた。
「自分の話題ができないようなら、相手に話題をふるというのはどうでしょう。薔薇庭園の子ですし、薔薇に詳しいのでしょう。薔薇の話とか、そこからいもづる式に彼女自身のこととか、教えてもらえるかもしれませんよ」
「そうですわね。まずはお互い自己紹介から……お互いに興味を持てるようになって、話題のきっかけになるかもしれませんし。辰一様のおっしゃる通り、初めのうちはノワール様に色々うかがうのがいいかもしれません」
 撫子がすっかりお茶だしを忘れている紫鶴に代わって、さりげなくカップが空になっている人々のそれにお茶を注いでいく。
「夜闇様もお茶のおかわりいかがですか?」
 とダンボール箱にも声をかけると、箱のふたが少し持ち上がり、空のティーカップを持った夜闇がぴょこんと出てきた。
 撫子がお茶をそそぐと、ぺこりと頭をさげて、再びダンボール箱に入ってしまう。
「贈り物をするのもいいと思うがな。相手が好きなものを送って、そこから話題に入るのもよい。自分が好きなものの話題は大なり小なり楽しいじゃろ」
「お、贈り物、か」
 蛍華の言葉にむう、と紫鶴は考えこんで、
「そ、そうだ……黒薔薇を……ええと」
「黒薔薇?」
「ノワール殿は黒薔薇がよく似合う。だから黒薔薇で……」
 むむう、と紫鶴はますます考え込んで、やがて、
「……折り紙で黒薔薇を折って贈ったら、だめか?」
「何だか情けないが」
 蛍華がため息をついて、「じゃがまあ、心はこもっておるな。おぬし、折り紙は折れるのか」
「……これから練習する……」
「まあ、そんな努力もよいじゃろ」
「ノワールちゃんって薔薇が好きなの?」
 エルナが身を乗り出した。
「じゃあガーデニングができるといいかもしれないね! 花の手入れとか……あたし妖精だし、そういうの慣れてるから任せて!」
「ガーデニング! そうだ、この庭園にも薔薇園を作ろうと思っていて――」
 紫鶴が思い出したようにぽんと手を打つ。「あれからノワール殿と友達になることばかり考えていて、忘れてしまっていた……!」
「紫鶴さん……大切なことを忘れちゃいけませんよ」
 辰一がぽんぽんと紫鶴の肩を叩き、撫子がくすくすと笑う。
「なら、基礎はあたしが教えるから」
 エルナがうきうきした様子で言った。「薔薇自体は、そのノワールちゃんにもらったら? ね?」
「う、うん」
 ――撫子が用意させたものが、メイドの手によってあずまやに集まってくる。
 撫子はまず毛糸で輪を作り、あやとりの仕方を紫鶴に教えた。
「えーと、えーと、夜闇殿も一緒に、どうだ?」
 紫鶴はあやとりに相手が必要だと知ると、しゃがみこんで夜闇を誘った。
 夜闇はそろそろと顔を出して、あやとりに参加した。
 他の面々も巻き込まれて、エルナが紅珠と、蛍華が辰一とあやとりを始める。
 その間に撫子は、裁縫道具を使いするすると布で小袋を作り、小豆をつめて穴をふさぐ。
 お手玉を六つほど作った。
「おはじき用の石……少し失礼致しますが、地面の石を戴いてもよろしいですか?」
 あやとりに夢中の紫鶴にとんとんと肩を叩いて問うと、紫鶴ははっと我に返って、「ああ!」とうなずいた。
 撫子はすっとかがみこみ、小さめで綺麗な石を探し集める。
 そうして撫子は、その場にいる全員にあやとり、おはじき、お手玉のやりかたを教えた。
 お手玉では秘技・六つ操り。紫鶴がわーわーとうるさいほどにはしゃいだ。
 続いて紅珠の番。有名どころの童謡を歌いだす。
 ……童謡なのに、信じられない超高音で。
 全員の鼓膜がびりびりと破れそうに震える。
「ス、ストップ、紅珠さん! このままじゃトーン落として……!」
 辰一が叫ぶと、はっと紅珠が我に返り、
「あちゃ。そーか、今は普通に歌えばいいのか」
「当たり前ですよ!って……いったいどんなときにそんな高音出しているんですか……」
「オンナノコの秘密を聞こうとすんなよ」
 紅珠はべっと舌を出し、そしてようやくまともなキーで童謡を歌いだした。
 撫子がまざり、エルナも嬉しそうに歌い、辰一も懐かしそうに歌い、蛍華はただ酒を飲み、夜闇はダンボール箱の中でぼんやりと歌を聴いていて。
 紫鶴もたどたどしく歌いだした。子守唄の類は、なぜか彼女もよく知っていた。なんでも竜矢がよく歌っていたらしい――もちろん紫鶴が幼子のころの話だが。
「まあ、早い話がの」
 蛍華がウイスキーをのどに流し込んでから、言った。
「友達になりたいなら友達になってほしいと言わねばな」
「そうです紫鶴さん。友達を作ることに大事なのは話題だとか、特技じゃなく、素直な自分の気持ちですよ」
 と辰一が微笑み、
「うん! 一番大切なのは、『ずっと相手を大切に思えるか』だと思うな」
 続いて、エルナが。
「そうそう。特に力入れてなくたって、話してるうちに友達になっちまえたりするしさ」
 紅珠が肩をすくめて笑い、
「お友達になりたいと思うお気持ちがあれば通じます」
 と撫子がそっと紫鶴の髪をなでた。
 紫鶴がつぶやいた。
「私は、まだノワール殿に名前を呼んでもらったことがない……」
「なら、名前を呼んでもらえればそれで充分じゃ」
 蛍華がにやりと笑んだ。
「それを目標にしてみましょうか」
 辰一が笑う。
 紫鶴は真剣に、「うん」とうなずいた。
 そして、
「ずっと相手を大切に思えるか……友達になりたいと思う心……なってほしいと言うこと……」
 とぶつぶつとつぶやいた後、
「夜闇殿」
 紫鶴はダンボール箱の中の夜闇に、声をかけた。
「私と、友達になってもらえるか?」
「―――!」
 びっくりしたようになぜかダンボール箱が跳ね、他の面々も面食らったように一瞬言葉をつまらせた。
「……何を言っておるのじゃ、おぬし」
 蛍華が呆れたように言う。
「だって」
 紫鶴は蛍華を見返した。「さっきから、夜闇殿は少し怯えているように見えるから。友達になれば、もう怖くないって思ってもらえるかと思った」
「………」
 夜闇は――
 そろそろと、ダンボール箱の中から出てきた。
 そして、空になったティーカップを、ずいと紫鶴にさしだした。
「お、おかわり、してもいいですか?」
「もちろん……って、ああ!? いつの間にか忘れていた……!」
 慌てる紫鶴に、撫子がくすくす笑って、「おかわりならこちらに」とティーポットを持ち上げる。
「わ、私がやることにする」
 紫鶴はわたわたとティーポットを手に取り、そろそろと夜闇の手の中のティーカップに注ぐ。
「あ、ありがと、です」
 夜闇はうつむきがちのまま、しかしダンボール箱には戻ろうとせずにそう言った。
 彼女がふーふーとお茶を冷まし、少しずつ飲んでいく様子に――
 辰一がつぶやいた。
「紫鶴さんは、お友達を作るのがお上手ですね」
「本当に……」
「エルナ殿、蛍華殿! 紅珠殿も、友達になってほしい――!」
 改めて三人に向かって真顔で言う紫鶴に、
「やれやれ……蛍華もか」
「だめだよー紫鶴ちゃんっ。そんなかたーく言わなくても、笑顔笑顔っ!」
「友達になってやってもいいけど、俺と遊ぶときは化粧ごっこは欠かせないぞ」
 三人はそれぞれの反応を示した。
 紫鶴は嬉しそうに頬を紅潮させた。――三人の反応、そのどれにも拒絶は感じなかったから。
「やったーーーー!」
 紫鶴は天に両拳を突きあげた。
「お友達が増えた……! 嬉しい……!」
「紫鶴ちゃんは素直だねっ」
 エルナが微笑ましそうに、にっこり笑った。「それならきっとノワールちゃんとも仲良くなれるよ。保証するよ」
「うん、頑張るぞ……!」
 紫鶴は色違いの瞳を輝かせて、空を仰いだ。
 思い浮かぶのは黒薔薇の少女――
「ノワール殿にも、たくさん笑ってもらいたいんだ……!」
 紫鶴の一番の願いは、
 春の近い風に乗って、空に吸い込まれていった。

     **********

(さすが紫鶴さん、とでもいいますかね……)
 辰一はしみじみと思っていた。
 話の始まる最初と最後では、明らかに場の雰囲気が違う。
 みんなの、紫鶴を見る目が――違っている。
 優しげに。微笑ましげに。
(悪く言って単純、よく言って素直……だからこそ)
 ――みな、紫鶴に惹きこまれる。
 あるいは、放っておけなくなる……と言ったほうがいいか。
(なんだろうな……天性のものなんだろうな)
 それなら、と辰一は深く思う。
 それなら、永遠にそういう娘でいてほしい。
 成人したら、と紫鶴は言った。いずれ親戚と戦わなくてはならなくなるのだろう。
 そうしたら、今のようにはいられなくなるのかもしれない。
 それでも――
 今の紫鶴でなくなってしまうくらいなら、ともに親戚たちと戦ってもいいとさえ思う者が、きっといる。
 護られてばかり。紫鶴はそう感じるかもしれないけれど。
(護る人間だって、護る理由があって護るんですよ、紫鶴さん……)
 辰一は微笑んだ。
 そして、おはじきしようと言ってきた紫鶴に、笑顔で「喜んで」と応えた。
 青い空の下で、こんな少女とともに、こんな遊びに興じるのも悪くない。そう、悪くない――


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0328/天薙・撫子/女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者】
【2029/空木崎・辰一/男性/28歳/溜息坂神社宮司】
【4958/浅海・紅珠/女性/12歳/小学生/海の魔女見習】
【5655/伊吹・夜闇/女性/467歳/闇の子】
【5795/エルナ・バウムガルト/女性/405歳/デストロイヤー】
【6036/蒼雪・蛍華/女性/200歳/仙具・何でも屋(怪奇事件系)】

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■         ライター通信          ■
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空気崎辰一様
いつもありがとうございます!笠城夢斗です。
今回も、淡々と進むこのお話にメンタル的に紫鶴の補佐をやってくださって(肩もみさせてすみません)ありがとうございました!紫鶴も大分救われておりますv
またお会いできる日を願って……