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<東京怪談・PCゲームノベル>


魂籠〜花宴〜

●序

 きらきら、きらきら。眩いばかりの光がそこにある。

 町外れに、小さな空家があった。ぽつんと存在するその空家は、昼間でもひっそりと佇んでいる為、どことなく気持ち悪い。
 心霊スポットだとか、肝試しスポットだとか、そう言う風に認識されている。
 しかし霊能者がそこを訪れても、彼らは一様に首を振っていた。何も居ない、と。霊の存在など、見当たらないのだと。かといって、取り壊される事も無かった。取り壊す計画すら、持ち上がっても来なかった。
 そんな不思議な不気味さに、人々はそこに足を踏み入れ続けていた。何かしらの理由をつけ、怖いもの見たさのように。無意識に、そこに足を踏み入れなければならないような感覚すらあるのだという。何となく、行きたい。そんな軽い気持ちのまま。
 そんなある日、三人の若者がその空家に足を踏み入れた。肝試し、という理由をつけて。だが、入ったのは三人だったが自分の足で出てきたのはたった一人だった。他の二人は突然倒れ、動かなくなってしまったのだという。ただ一人何も無い彼は、慌てて救急車を呼んだ。倒れた二人は、理由の分からぬ意識不明の状態となっていた。
 元気な一人に話を聞くと、肝試しに誘ったのは意識不明に陥っている二人だという事だった。二人が執拗に、肝試しをしようと彼を誘ってきたのだという。
 彼は言う。二人のうち一人は不思議なサイトで手に入れたというアプリを、もう一人は突如送られてきたメールによって得た画像を持っていたのだと。そして、それからどことなく二人がおかしくなってしまったのだと。


●始

 準備の為の、全ては揃った。


 セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ かーにんがむ)は、草間興信所で険しい顔をしたまま座っていた。
「……また、なのですね」
 ぽつりと呟き、草間に尋ねる。草間はしばし口を閉ざした後、小さく「ああ」と答えた。
「ここ最近で起こっていた二件の依頼、どちらも覚えているか?」
「一つ目は、携帯電話で育てる『天使の卵』というアプリでした。そして二つ目は、突如やってくる『おみくじメール』でしたね」
「今回は、三人が空家に肝試しに行って、どちらもやっていない奴だけが何事もなく助かっている」
 草間はそう言い、溜息をつく。セレスティは「それなのですが」と口を開く。
「空家は現在、管理をする人がいないのでしょうか?」
「持ち主って事か?」
「ええ。管理する人がいれば、今のように忍び込ませたりはしないでしょうし……」
 セレスティはそう言い、口を噤む。草間が「どうした?」と尋ね、それからようやく口を再び開いた。
「いえ、もしかしたらの話ですが」
「ああ」
「誘っている、と捉えてしまう状況にはさせないのではないかと」
「誘っているって……あの空家が?」
「そう見えるんで。まるで、人が来るように誘っているのでは、と」
「なるほどな」
 草間はそういうと、煙草を口にくわえた。ふう、と白煙を吐き出しながら、紙の束をセレスティの前に置いた。
「それが、今回俺が調べられるだけ調べた資料だ」
「有難うございます」
 セレスティは資料を受け取り、ぱらぱらと捲る。そこにかかれているのは、空家にまつわる噂話や、持ち主についてが書かれていた。更に、今までに同じような事態が起きていないかなど、おおよそが書かれていた。
「よく、これだけ調べましたね」
「調べるのは、ある程度までは簡単だったんだ。びっくりするくらいに」
「ある程度までは簡単、ですか」
 セレスティの言葉に、草間は頷きながら資料の一つを指差す。
「例えば、空家だ。以前は一般的な家庭が所有していたんだが、その時については変な噂話が一つとして出てこなかった。その家庭が海外に移住する事になり、家を売った。そうして、別の人が買って行った。それからだな、変な噂は」
「となると、元々の土地に何か言い伝えがあるですとか、土着の風習で何かが祀られていたですとか、そういった事は無いと言う事ですか?」
「そういう事になるな。その前に所有していた一般家庭は、元々その土地に住んでいた土地だったそうだ」
 草間の言葉に、セレスティは考え込む。そして「あ」と声をあげる。
「今の所有者は、どなたなんでしょうか?」
「それ、なんだよ」
「え?」
 語尾を濁す草間に、セレスティは思わず聞き返す。すると、草間はがしがしと後頭部を掻き、苦笑を交える。
「さっぱり分からないんだ。会社が所有して、個人に売ったみたいな記録はあるんだが」
「個人の特定はできないんですね?」
「ああ。何故だか、どうしても分からん」
「会社はどうですか?」
「株式会社アカリ、というところだ。名前だけしか分からないが」
 草間はそう言い、くわえていた煙草の灰が落ちそうになるのを慌てて灰皿に落とした。
「会社名だけは、確かに存在するし分かった。だが、その会社の内容だとか場所だとかがさっぱり不明だ」
「そんな……土地を購入しているんでしょう?」
「それは間違いない。だが、当時土地をその会社に売った不動産屋も首を捻っているくらいだ。どうして、そこに売ってしまったのだろうと」
 草間の言葉に、セレスティは考え込む。
 今の話から、その株式会社アカリが怪しいのは明白だ。それも、不動産屋が首を捻るほど分からない状態の中で買ったというのならば、何か尋常ではない力が働いていたのだと考えるのが妥当である。
「個人に売ったのに、何も手を加えていないのも気になるところですね」
「ああ。持ち主がいるのなら、空家じゃなくてちゃんとした家とするべきだな。それなのに、空家のままだ」
 セレスティはじっと考え込んだ。今の持ち主の詳細も分からず、空家は空家のまま。まるで、そこに存在しつづける事だけが目的のように。
 セレスティは、資料をぱらぱらと捲る。次に見たのは、今回のように倒れた人がいるかどうかの確認だ。
 草間が調べてくれた資料によれば、同じケースは過去に5件起こっている。急に倒れ、意識不明の状態に陥って入院中というものだ。
「これは、あの空家だけのデータですよね?」
「ああ」
「他に、無いのでしょうか?同じような事が」
「同じっていうと……?」
 草間の問いに、セレスティは神妙な顔をして口を開く。
「空家、アプリ、画像という、三つが揃って意識を失った人がいるという、その状況です」
 セレスティの言葉に、草間は小さく「しまったな」と呟き、苦笑する。
「そこまでは調べていなかった。すまん」
 草間の言葉に、セレスティは「いいえ」と言って興信所内を見回す。そして、片隅にぽつんと置かれているパソコンを見つめて微笑む。
「パソコンをお借りしても宜しいですか?」
 セレスティの問いに、草間は「ああ」と答える。セレスティはそっと頷き返し、パソコンの前に座るのだった。


●動

 拒否すべくも無い、決定は下された。


 パソコンで、セレスティは検索を始める。この手の情報ならば、ネットに流出している事が多い。情報入手の手段としては尤もポピュラーといえよう。
 ただ、ネットという媒体に関して言えば、どうしても虚実が混じっていたり誇大されていたりと言う事もあり得るのだという認識はしておかねばならないが。
 それでも、普通に話を聞くよりも有益な情報を得られる場合が多い。相手の顔が見えないという効果が、そうさせているのかもしれない。
 検索して現れたのは、既に御用達となりつつある匿名掲示板だった。
 空家、意識不明、アプリ、画像、という四つのキイワードを全て使っているという結果である。セレスティは、一番上に出てきたリンクをクリックする。
 たくさんの書き込みの中、該当される情報を見つけた。
 それは今回のケースと同じく「天使の卵」のアプリと「おみくじメール」の画像を持っている友人が、急に空家に行きたがったのでついていったら、突如倒れて意識不明になったと言うものだった。
(これが、どこの空家であるかが重要なのですが……)
 セレスティはそう思い、スレッド内容を確認していく。すると、その書き込みに対する質問めいた書き込みが登場した。
『それ、どこの空家?似たような話を知ってるんだけど、同じ空家かな?』
 書き込みは、知っている話の空家が中国地方にある県だと告げていた。
 それに対する、答えも書かれていた。返信の反応が早いところから、最初に書き込みした人がその事に関して怯えにも似た感情を抱いているだろう事が想像できた。
 何が起こったのか分からないから、恐ろしい。
 状況がわからないという事態に直面した時に起こり得る当然の感情である。
『違う場所。……もしかして、日本全国にそういう空家があるのか?アプリとか画像とか持ってる奴が訪れたら、意識不明になる空家が』
 セレスティはその一文を見、一瞬動きを止める。
(日本中に、ある?)
 アプリやおみくじメールが、日本中に配信されている事だろうというのは想像がつく。恐らくはランダムに送りつけているだろうから。
 携帯電話のメールアドレスから、その人がどこの地域に住んでいるのかを判断するのは、不可能に近い。所有者が自分の好きなようにつけるアドレスなのだから。
 つまり、日本中に配信されているアプリやメールについて空家で意識不明にさせるという効果があるとするならば、空家も同じように日本中に存在していなければいけないという事になる。
 何しろ、意識不明になった人たちはその空家に行きたがったと言う事なのだから。
(空家に、どうして行きたがったのでしょうか?)
 そもそも、アプリと画像を持っていたら空家に行きたがるのだろうか。今回のケースでは、アプリと画像を所有していた人は別々だ。
 それなのに意識不明に陥ったと言う事は、アプリと画像、どちらか一方と言う事だろうか。
(いえ……ですが、アプリと画像、それぞれを持っている人が集まった事には変わりないわけですから)
 今その結論を断言する事は困難だと判断する。それは追々分かる事だろうし、今はそれ以上に現状についてを考えなければならないのだ。
 そうして、ふと過去に起こっていた二件について思い出した。
「……アプリの天使は、運命の時に、体と魂が必要になると言っていました」
 何が分かるかは、当の天使にも分からないとも言っていた。
「……画像の守護神は、狂い始めているこの世を正す為、意識を奪うといっていました」
 秩序を欠き、歪んでいるから正さなくてはならないと言っていた。
「もし、運命の時が近付いているというのならば」
 アプリの天使が言った、必要になるという体と魂を確保する為に。
「狂い始めているこの世を正しているのだとすれば」
 画像の守護神が言った、正すという行為の元に意識を失わせているのならば。
(今起こっている事は、今まで無事だった人々を一斉に同じ状態に導こうとしているのではないでしょうか?)
 今まで起こっていた二件について、無事な人と無事ではなかった人が存在している。
 アプリをダウンロードしたものの、最後の選択肢にて意識不明にならないものを選んだ人。画像をいつの間にかダウンロードしたものの、記憶を失っているという事実すら気付かずにいる人。気付かなければ何度も画像について考えないのだから、気付いている人よりも記憶を消されにくい筈だ。
(運命の時が、正されるという事実を作り上げる時が、来たのだとしたら)
 アプリをダウンロードした者、画像をダウンロードした者。それら全ての人々の意識を、魂を、体を。一斉に手に入れる時がやってきたのかもしれない。
 だとすれば、一刻も早くその大元となるものを探し出さなくてはならない。
 セレスティはガタンと音をさせ、立ち上がる。煙草を吸いながら珈琲を啜っていた草間が、びくりと体を震わせる。
「ど、どうしたんだ?」
「今から、病院に行こうと思います」
「病院?意識不明になっている人たちが入院している病院か?」
「ええ。後の二人の病状が、気になりまして」
「病状って……意識不明なんだろう?」
 小首を傾げる草間に、セレスティは「ええ」と言って真剣な眼差しのまま口を開く。
「もしかしたら、体を乗っ取られているのかもしれません」
「なんだって……?」
「アプリには天使が、画像には守護神がいます。それらが体を乗っ取り、目的地があればそこに向かうのではと思いまして」
 アプリと画像で、体を乗っ取る為の魂と意識を奪う為に存在する空家に行きたくなるように仕向ける。そうして体を乗っ取り、次は目的地へと向かうのではないか。
 そう、セレスティは考えたのだ。
「日本全国で同じような状況が起こっているのだと予測されます。ですが、過去に言っていた『時』が来るのだとしたら、各地ごとだとしても何処か一箇所に集結するように思えてならないのです」
「時……ああ、天使が言っていたってやつか」
「ええ。あの過去に起きたものが繋がっているだろう事は容易に想像がつきますから」
 セレスティは苦笑する。会社名からも、元が同じだろう事は想像しやすい。
 株式会社HIKARIと、株式会社LIGHTという二つの会社。どちらも光を元にしている事は明白である。
 そして今回の株式会社アカリ。もっと捻ればいいのに、とさえ思えてしまうほど安直な名前である。
「ともかく、病院に行ってみます」
「ああ、気をつけてな」
 そう言う草間に、セレスティは頷き返し、すぐに病院へと向かった。意識不明に陥っている二人が入院している、病院へと。


●舞

 始めよう、優雅なるその宴を。


 草間から手渡された資料に載っていた病院に、セレスティはやってきた。受付には警備員が一人だけいるだけで、こくこくと舟を漕いでいる。セレスティは苦笑し、病院に足を踏み入れた。
 病院内は静まり返っている。時間的に、外来患者もいないのだろう。ちらほらと医師や看護師の姿が見える。セレスティは資料に従って病室へと急ぐ。
 入院している病室が近付くにつれ、人が少なくなってきた。医師や看護師の姿もなくなってきた。誰もいないと言う事は無いだろうが、いささか無用心にも見える。不審者が居たらどうするのだろうか。
(私も、ある意味不審者かもしれませんが)
 セレスティはそっと苦笑する。時間的に、今は人が少ないのかもしれない。そう納得させる。
 同じ病状と言う事で、二人部屋に入っているのは都合が良かった。訪問が一度で済むからである。コンコンとノックをし「失礼します」と断ってから中に入る。
 丁度、誰もいない状態になっていた。セレスティは不思議に思いつつ、ベッドへと近付く。二人の少年が、ベッドで横になっている。ただ、眠っているのとなんら変わりは無い様に見える。
「……もう、乗っ取られましたか?」
 セレスティはぽつりと呟く。
「体を、意識を、魂を。乗っ取られてしまったのですか?」
 セレスティの問いに、少年達は答えない。しんとした病室に、ただセレスティの問いだけが響くだけだ。
 しん、と静まり返っているまま。何も変わりはない。
(それにしても、どうして誰もいないのでしょうか?)
 警備員は、舟を漕いでいた。医師や看護師がちらほらいた。入院患者も、多少はいたような気がする。それに伴う、介護人も。
 だが、病院と言うのはもう少し騒がしい場所なのではないだろうか。
(人が少ないような気は、していたのですが)
 不審者がいたらどうするのだろうか、などと考えていた。深く考える事なく、ただただぼんやりとそう考えていただけだ。
 それがもしも、意図的であったならば。
 意図的に、人が少ないのであれば。
 人がいないように仕向けているのであれば。
「まさか……」
 セレスティははっとする。
 意識を、体を、魂を奪い、乗っ取る。そうして何処かにある目的地に向かうのだと考えていた。だからこそ、病院に入院している意識不明に陥った二人を確認しに来たのだ。
 だが、ここが目的地だったらどうだろうか。
「ここ一帯において、アプリと画像によって向かうのは空家です」
 所有者が分からない、怪しい会社によって仲介された空家。誘い込むように存在していた空家。
「そして、空家で意識不明に陥ったら運び込まれるのは必ずこの病院です」
 空家から一番近い病院、それも急患を受け付けてくれる病院だ。
「つまり……この病院に、必ず意識不明者は集う事となります」
 セレスティはそう言い、病室から出る。先ほどよりも、更に静けさは増していた。人の姿は全く見当たらない。
「空家にさえつれて行けば、自動的に目的地には来ると言う事ですか」
 陳腐で安易な、だが確実な手段だ。そうすれば、最終的には意識不明者を全て終結させる事ができる。
 日本全国全ての地域において、同じ条件は揃いやすいだろう。病院という場所を拠点とすれば、難なく『運命の時』とやらを実行する事ができる。
「……どこかに、中心となるものがあるはずです」
 セレスティは呟き、病室を出る。病院の入院病棟はロの字型に建てられており、真ん中に吹き抜けの中庭が設けられている。その周りをぐるりと一周できるような作りだ。中庭に面した中庭側が廊下に、外側が病室になっている。
(この病院が目的地だとすれば、意識不明者を入院させている病室を管轄できるような場所が中心の筈です)
 意識不明者達の意識を、魂を、空家にて奪ったのだとすれば。この病院はまさに体を奪う為の場所である筈だ。中には意識不明にして回収した体以外の、普通の入院患者も多数いる。
 つまり、意識不明者がいる病室を一望し、尚且つ管轄できるような場所があるはずなのだ。その場所に行けば、一連の中心となる存在が確かにいる筈だ。
 セレスティは、ロの字型になった廊下を一周し、気付く。
「……中庭」
 ロの字になっている真ん中にある、中庭。そこにいれば、ぐるりと見回して必要な意識不明者だけを管轄する事ができる。
(おそらく、必要な体は分かる筈ですから)
 意識を、魂を手に入れているのならば、それに対応する体も分かる筈だ。
 セレスティはそう考えると、中庭へと急いだ。エレベータに乗り込み、急ぎ足で中庭へと足を踏み入れる。途中、誰にも会わなかったが気にしなかった。既に、人には会わないだろう事は予想がついていたからだ。
 そうして辿りついた中庭は、真ん中に噴水がある普段ならば患者たちの憩いの場となりそうな所であった。端の方に自動販売機やベンチがあり、噴水といたるところに植えられている木や花を眺めながら休む事ができるようになっている。
「……ここ、なのでしょう?」
 中庭につくと、セレスティはそっと尋ねた。誰もいない、だがきっと何かがいるだろう空間に向かって。
「ここが、中心となっているのでしょう?」
 セレスティの問いに答えるように、ざわ、と樹木が風も無いのに葉を揺らした。
「意識不明者の体を管轄しているのは、分かっています。それによって、都合の良い世界でも作り上げようとしているのも」
 ざわざわ、と樹木がゆれる。
「それを行う『運命の時』を迎えようとしているのも!」
 その途端、ぴん、とした空気が流れた。
 先ほどまでざわざわとしていた樹木たちが、ぴたりと動きを止めた。外ならば聞こえて当然の雑音でさえも、聞こえない。
 何も、聞こえない。
 完全なる静寂が訪れ、その場を支配しているのはキンと耳に着くような沈黙。
「……運命の時は、来る」
 静かに声が聞こえてきた。姿は見えない。ただただ、声だけが聞こえてくる。
「都合の良い世界を作り上げるのが、運命の時だと?」
「この世は、乱れすぎた」
「それは、あなたの勝手な主観でしょう?」
「秩序を欠いている」
「それも、あなたが勝手にそう思っているに過ぎないかもしれないですよ」
 セレスティの言葉に、声はただくつくつと笑う。
「明らかな世界で、何を根拠にそう思う?」
「そっくりそのままお返しします」
 セレスティがそういうと、声は「なるほど」と言って再び笑う。
「安易に存在を消す事が、ゲームだからといってすぐに断ち切れる事が、乱れていないとでも?」
「そうではない人だって、確かに居ます。曖昧になってしまう人は、一握りなのです。それを全体として捉えるのはおかしい話でしょう」
「遊ぶ事を優先させ堕落した生活を求むる事が、秩序を欠いていないとでも・」
「遊ぶ事は時として人を高めます。堕落を求める心があったとしても、それだけで秩序を欠いているとは言えないでしょう」
 セレスティの答えに、声は「なるほど」と何度も頷く。
「だが……そういう者もいるというのは、紛れも無い事実だ」
「それは……そうですが」
「だとすれば、こちらが綺麗に整えてやる事が必要だ。そうすれば、そういう者は全くいない美しい世界となる」
 声はそう言い、大声で笑った。
 ぴんと張り詰めた空気の中、ははははは、と大声で笑う。セレスティはぐっと拳を握り締め、宙を睨む。
「それが美しい世界だなんて、思えません」
「……何?」
「整えられた世界が美しいなどと、私にはどうしても思えません」
 セレスティはきっぱりと言い放つ。
 他者によって整えられ、個性も何も無い人々が行き交う世界。それがどうして美しいなどと思えるだろうか。
 様々な考え方や性格を持った人がいて、それらが互いに互いを補い合って生きる世界。だからこそこの世は美しく、愛しい。
「確かに、あなたから見れば歪んでいたり、秩序を欠いていたり、不恰好だったりという世界かもしれません。ですが、それが美しくないだなんてあなたの個人的な意見であり、美しくないという判定にはなりません」
 セレスティはそう言い、じっと宙を見つめる。声だけで、未だに姿は見えない。相手は今まで出てきた、天使や守護神といったものを統括するだろう存在だ。
 神、という存在かもしれない。
 だが、だからと言って引く事はしたくなかった。光だろうが、明りだろうが、灯火だろうが。何者によってもこの世界を勝手に作り上げるなど、整え直すなど、していいはずも無い。
 既に、この世はこの世に生きるもの達の手に委ねられているのだから。
 声は、一つ溜息を漏らしたようだった。そうして、嘲るような口調でゆっくりと声を響かせる。
「ならば、証明してみよ」
「証明……ですか」
「そうだ。この世界がお前のいうように現時点で美しいというのならば、全てのものを納得させるように証明し見てみるが良い!」
 声に対し、セレスティは苦笑する。
「……ただ、見ていればいいだけです」
「何?」
「見ているだけでいいのです。この世界がどういう風に美しいのか、どうして美しいと思えるか、ただ見ているだけで分かる筈なのです」
 セレスティの答えに、声はただ「何と」とだけ答える。
「何と……何と馬鹿馬鹿しい……!」
「それでも、あなたが手出しをしていい事ではありません」
「何と、愚かな!」
「あなたも、ですよ」
 セレスティの言葉に、声ははっとしたようだった。そうして、暫く経った後にくつくつと笑い始めた。
「いいだろう。お前に免じ、猶予を与える。お前がこうしてこの事に気付いたというのも、また証拠の一つとなる事だろう」
「……有難うございます」
 セレスティがそういうと、声は再びくつくつと笑った。
 そうして、ゆっくりと張り詰めていたままの空気が、緩んでいくのだった。


●結

 今はただ、緩やかなる余韻だけを求む。


 セレスティは草間興信所にレポートを提出する。草間はそれをぱらぱらと捲った後に、苦笑交じりに「ご苦労さん」と声をかけた。
「結局何だったんだろうな、声の主とか言うのは」
「神、と呼ばれるものじゃないでしょうか。全てを司ろうとする、完璧な世界を求める存在では」
「完璧、ねぇ。そんなの、不可能だろう」
 草間はそう言い、煙草を口にくわえる。セレスティはそれに対して「ええ」と答えて頷く。
「そういや、意識不明に陥っていた人たちは、無事に目を覚ましたらしい。どうしてあの空家に行きたがったのかも、覚えていないようだな」
「アプリや画像はどうなんでしょうか?」
「消えていたらしい。……本当に、猶予を与えられたみたいだな。お前のお陰で」
 草間の言葉に、セレスティはただ微笑んだ。
(与えられたのは、猶予です)
 つまりは、また再び同じ事が起こり得るといっているのと同じなのだ。ただ、今だけはセレスティに免じて引いてくれたというだけで。
(これから、証拠となるように見せないといけませんから)
 今のままで美しいという証拠を見せろ、と言っていた。ならば今でも見ているのだろう。証拠となるものを目に焼き付けるように。
「世界は、美しいのですよ」
 草間には聞こえぬような小さな声で、ぽつりとセレスティは呟く。今も見ているのだとすれば、今のセレスティの言葉もしっかり聞こえていることだろう。
 草間はカチカチという音をさせ、ライターで煙草に火をつけた。煙草の先についた火は、ちりちりと赤い灯火となる。熱を発しつつも、美しく輝く光。
「ん?何だ」
 じっと見ていたセレスティに、草間は尋ねる。セレスティは苦笑し、ただ「いえ」と答える。
「綺麗だな、と思ったんですよ」
「綺麗?」
「光というものが」
 セレスティの答えに、草間はただ「そうか」とだけ答えた。良く意味がわからなかったらしく、小首を傾げている。そんな草間の様子にセレスティはそっと笑みをこぼし、再び煙草の火を見つめた。
 煙の先に存在する光が、確かに輝いているのを確認するかのように。

<まるで光が遊び舞うかのように・了>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度はゲームノベル「魂籠〜花宴〜」にご参加頂き、本当に有難うございます。
 第一話「雪蛍」と第二話「月戯」に続きましての発注、有難うございます。この第三話「花宴」を以って完了となります。最後までお付き合いくださいまして、有難うございます。如何でしたでしょうか。
 前回も参加してくださった「蝶の慟哭」とは少し違った雰囲気を感じ取ってくださっていたら、嬉しいです。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時迄。