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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


魔鏡あげます
◆オープニング

 じっと見つめていると、黒い鏡面に、確かに猫の瞳孔が見えた。
 まずぼんやりとまんまるの瞳孔が浮かび上がって、その円からにじみ出るように、金色の楕円が二つ完成する。
 どこからどう見ても、真夜中の猫の瞳である。
「猫の黒鏡ねぇ」
 鏡のなかの猫と見つめ合いながら蓮はぼやいた。
 三十センチくらいの楕円形。縁は銀で、細やかな蔓が複雑に絡み合う装飾がなされている。
 そしてもっとも特徴的な――ぱっと見て一番印象に残るのが鏡面だった。
 黒。墨を流したように真っ黒なのだ。
 黒鏡というのは魔術の道具に普通にあるものだが、蓮の手元に来るくらいの品である。もちろん曰く付きだ。
 出所は、さる旧家。
 その旧家では、これは魔除けとして伝わっていたという。
 だが家を建て替えてからというもの、毎夜毎夜、この鏡から猫の鳴く「な〜ご、な〜ご」という声が聞こえてきて、気味が悪くて仕方がなくなってしまった。
 こういった品を専門に扱っている連をどういったルートを通じてか知り、これを引き取って欲しい、と先日やって来たのである。
 鏡を手に入れ夜を楽しみに待ってみた蓮ではあったが、鏡からは鳴き声はしなかった。なんとなく肩すかしである。
 元の持ち主がいうには、じっと見つめていると猫の瞳孔のような模様が現れるというのだが。
「瞳孔のような模様っていうか、そのまんま瞳孔だけどね」
 霊力が強い者にはより鮮明に見える、ということだろうか。
 そういえば、こんなことも言っていた。
 この鏡は真実を映す。 人に化けた悪魔や妖怪をあばき、天使や妖精の奇跡を無効化させる。
 それが本当なら――。
「誰か来ないかね。試しに映してみるんだけど」
 残念ながら、蓮には正体というほどの正体はなかった。ごく普通の古道具屋の店主なだけである。
 どう映ろうと、いつもの蓮が黒い鏡面に映り込むだけであった。
 蓮ではこの鏡の力を引き出せないようだ。
 もし誰かが来て、この鏡に面白いことが起こったり、面白いことに使用したり、――そう、あたしを楽しませてくれるような奴だったら。
 ただであげてもいいかな、なんて鏡面に映る猫と見つめ合いながら思う蓮であった。

◆アンティーク・ショップ レン

 リン。
 古びた扉を押すと、やけに澄んだ鈴の音が響いた。
 薄暗い店内には、様々なものが所狭しと陳列されている。
 どれも、何かいわくがありそうな逸品ばかりだ。
「……こういうの、好きかい」
 興味深く品物を見ていた律花に、店主が声をかけてきた。
「ええ。こういう古くていわれのある物って、ロマンティックじゃありませんか?」
「まあねぇ」
 店主はクスッと笑った。
「買い物かい?」
「いえ。ちょっと、ぶらっと入ってみたんです。予想以上にすてきなお店でびっくりしています」
「ふふっ。変わった奴が来たもんだね。あたしは碧摩蓮(へきま れん)。あんたは?」
「秋月律花(あきづき りつか)です」
「ちょっとおいでよ。見せたい物があるんだ」
 蓮の手招きに応じ、律花はカウンターまでやって来た。
「これなんだけどね」
 差し出されたのは鏡面が黒い鏡だった。
「何が見える?」
「え? そうですね」
 受け取った黒い鏡を覗き込む律花。後ろで束ねた髪に作業服姿という、発掘作業中の姿が映った。つまり、今現在の律花だ。
「私の顔ですけど」
「そうか。じゃあ、あんたも特に正体持ちってわけじゃないんだね」
「正体?」
 興味を持って聞いてみると、蓮がいうには、この鏡は真実の姿を映すという。
「正体かぁ」
 面白みがない鏡像で残念だったが、すっぴんの顔が映らなくて良かったとほっと胸をなで下ろす律花だった。
「これじっと見つめててごらんよ。面白いのが出てくるよ」
 言われるがまま、黒い鏡面を見つめる。
 鏡面の自分の顔がだんだんとぼやけてきて――まん丸の瞳孔が浮かぶ。これは、猫の瞳孔だ。
「猫の瞳孔が」
「そうなんだよ。これ、猫の黒鏡っていうんだよ」
 蓮は嬉しそうに鏡の説明を始めた。
 さる旧家からの放出品であること。真実の姿を映し、奇跡を無効化する魔鏡であること。家を建て替えたら急に夜に猫の鳴き声をあげ始めたこと。蓮の店に来てからはそんなこともなくなってしまったこと。
「不思議ですね」
「そうだ」
 蓮がポンと手をたたいた。
「あんた、この鏡のこと調べてみなよ。それであたしを楽しませることができたら、これ、あんたにあげるよ」
「え、いいんですか?」
「あたしが持ってたって面白くもなんともないからね。それだったら興味がある人に持ってもらったほうが、そいつも喜ぶさ」
 艶やかにウインクして蓮は笑った。
「そうですね。じゃあ、ちょっと調べてみます。それで、分かったことを碧摩さんにご報告して、碧摩さんが楽しめる内容だったら、鏡をもらいます」
「よしよし。商談成立だね」

◆調査

 律花は蓮に聞いて、この鏡を放出した旧家にやって来ていた。
 小鳥遊(たかなし)家――ちなみに小鳥遊というのは、鷹いない→小鳥が遊ぶ、という当て字である。
 蓮から話を通してもらっておいたおかげで、律花はすんなりと客間に通された。それでも、主人はただいま商談中とかで、しばらくお待ち下さい、と紅茶を出されてしまったが。
 応接室は綺麗なものだった。掃除が行き届いているというのもあるが、何より新しさが目に付く。
(そういえば建て替えたっていってたっけ)
 カチャリと真新しい音を立ててドアが開いた。
 入ってきたのは、八、九歳くらいの少女だった。
 長い黒髪に淡いピンク色のフリルの付いたドレス。見るからに金持ちのお嬢ちゃまだ。
 少女はおそるおそる律花に話しかけた。
「お姉ちゃん、あの鏡のことでお話があるんだって?」
「ええ」
 律花は微笑んで答えた。べつに嘘を付くようなことでもない。
「あたし、あの鏡、嫌い」
「え、どうして」
「あたしのサファイアを殺したから」
「サファイア……?」
 鏡が、宝石をどうやって殺したというのだろう。そもそも宝石は生きてすらいないのに。
「もうこの家にあの鏡はいらないの。お姉ちゃん、あの鏡、返すなんてことしないでよ」
「ええ……」
「こら、美麗由(みれいゆ)」
 突然男の声がして、少女の手を引いた。
「この部屋に入ったら駄目だろう」
 若い男だった。まだ二十代だろう。
「お父様、あの鏡は嫌なの。ルビーまで殺されちゃう」
「分かってるよ。ちょっとお話するだけだから」
 彼が小鳥遊家の当主、小鳥遊晶(たかなし あきら)その人らしい。
 少女は恨めしそうに父親と律花を見てから、応接室を出て行った。
「娘が失礼しました」
「あ、いえ、そんな」
 二人はソファーに座ると、なんとなく雑談を始めた。
「そういえば」
 できるだけさり気なさを装って、律花は切り出してみた。
「先ほど、お嬢様から伺ったんですけど。サファイアが鏡に殺された、とか」
「ああ。どうも娘には甘くって」
 ははは、と晶は乾いた笑いを立てて、紅茶に口を付けた。
「サファイア、っていうのは」
「ハムスターですよ」
「ハム……?」
「ええ。ペットの。娘はきちんと自分で世話をしているんです。大したものでしょう?」
「ルビーっていうのは」
「それもハムスターですよ。前飼っていたのが突然死んでしまって」
 死んだ。
 それは、鏡のせいで……?
「お嬢様は鏡のせいだとおっしゃってましたけど」
「あの鏡、じっと見ていると猫の瞳孔みたいな模様が現れてくるでしょう。美麗由はそれを気味悪がってるんです」
「信じていらっしゃらないんですか?」
「サファイアはもう二歳だったんです。それに建て替えてすぐのことですからね。老体には新しい環境がストレスだったんでしょう」
「では、あの鏡を手放したのは……」
「娘がどうしても、と言い張りましてね。べつに家宝ってわけでもないし。それで思い切ってあの店にお売りしたんです」
「家宝じゃない? どうやってあの鏡はこの家に来たんですか?」
「数代前、スペインのとある方と貿易でとても親しくなったそうです。その時に贈られた品ですよ。気味は悪いが魔除けになるから、と」
「外国のものだったんですね」
「ええ。なんでも魔女の品とか」
「魔女、ですか」
「魔女が飼っていた黒猫が取り憑いている、とかいう話なんですけどね。娘があんなに嫌がるのなんて初めてみましたからね」
 さきほどからこの男、娘の話となるとニコニコニコニコ、相貌が崩れっぱなしだ。娘が可愛くて仕方がないのだろう。
「……そういえば、猫の鳴き声ですけど。夜になると鳴き声がする、と」
「ああ、それは私も聞きました。怖いというよりは、飼い主を呼んでいるような、甘えた声をしていました。でもそれだけですよ」
 あんな鏡より娘の美麗由のほうが何十倍も大切だ、と晶の顔にはハッキリと書いてあった。
 さて――。
 何かが見えてきそうだ。
 黒猫が取り憑いている鏡。建て替えてすぐにハムスターが死に。夜になると飼い主を呼ぶ。蓮の店に行った途端、その鳴き声がやんだ。
「あ……」
「何か?」
「あ、いえ」
 思わず声をあげてしまった律花は、恥ずかしくなって口元を隠した。
「なんでもないです」
 分かった、のだ。
 どうしてあの鏡が、家を立て替えてから急に鳴きだしたのか――。

◆真相

 アンティークショップ・レンに帰った律花は、調べてきたことと、それから類推した自分の考えを蓮に披露した。
「つまり、この鏡はまるっきり猫なんです」
「……よく分からないんだけど」
 蓮は鏡を見つめながら律花の話に耳を傾けている。
「この鏡は、魔女の飼っていた黒猫が取り憑いています。今も」
「そうだろうね。そうでもなきゃ、こんな猫の目なんて浮かび上がらないよ」
「それで、あの当主さんの数代前に、あの家にやって来ました。古い家に。つまり、鼠がいっぱいいる家に」
「まあ、あいつらどこからともなく現れるからね。ウチだって、天井裏でトトトトト、って走る音がするくらいだからね」
「それなんです。碧摩さん、鏡の猫は、鼠を食べたんです」
「なんだいそれは」
「あの家、本当の立て替えでした。古い家を一回全部取り壊したんでしょう。どこもかしこも新しくて。流石に鼠もいないようでした」
「あ……」
「そうです。猫はお腹が減って、その家で飼われていたペットのハムスターに手を出してしまったんです。それでも満たされなくて、猫は『お腹が減ったよう、餌をちょうだいよう』って、飼い主に……つまり現当主の小鳥遊晶さんにお願いしたんです。でも小鳥遊さんは娘さんに言われるがまま、鏡を売ってしまいました。でもこの店には鼠がいた」
「そうか。それでここに来たら鳴かなくなったんだね。腹一杯食べられるようになったから」
「そうです。鼠の数、減ってるんじゃないですか?」
「そういえば。天井の鼠の足音、少なくなってきているような」
「と、いうことです。……これが、この鏡について調べてきたことの全てです」
 へーえ、と蓮は感心した声をあげた。
「脱帽だよ。よくこれだけ分かったもんだ」
「ただの推理で確証はありませんけどね。多分、これで合っているとは思います」
 黒鏡をじっと見つめたまましばらく考えていた蓮だったが、やがて意を決して律花に向いた。
「合格。この鏡はあんたにあげよう」
「いいんですか?」
「楽しい、というよりかは興味深いというか、面白かったよ」
 ずい、と鏡を差し出される律花。
「あ、でも、うちのアパート、鼠いるからしら」
 いなかったら毎夜毎夜、鏡に餌をねだられるのだろうか。
「たまにウチに来て鼠退治してったらいいさ。ひょっとしたら、キャットフードでも鏡の前に置いといたら、それで満足してくれるかもしれないし」
 黒鏡の前にキャットフードを盛りつけた皿をお供えしておくのを想像して、律花は思わず笑ってしまった。
 それで事が足りるなら、いちばん楽でいいと思う。
 律花は鏡を受け取ると、じっと鏡を見つめて猫の瞳孔を見出した。
「よろしくね、猫さん」
 見ていると、猫の瞳孔は金色の輝きをにじみ出させた。アーモンド型に瞳孔を囲み、金色の猫の瞳になる。
 この姿を見せたということは、飼い主として認められた、ということだろうか。
(どうなの、猫さん?)
 律花の心の声に答えるように――。猫が笑ったように、律花には見えた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 6157/PC名 秋月・律花 (あきづき・りつか)/性別 女性/年齢 21歳/職業 大学生】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。ご注文ありがとうございました。
 お一人でのご参加になってしまいましたが、その分ゆったり、鏡のいわれについて書けました。
 お疲れ様でした&ありがとうございました。