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魔女の唄、キミの夢
少女は、名前を名乗らなかった。
噂通りの場所に、時間を違わずに少女はいた。長い黒髪を風に靡かせながら、ロルフィーネ・ヒルデブラントは、エモノの少女へと向けてにいと紅い瞳を細めた。
――魔女の生き血は、至高のご馳走。
そう聞いて、黙っていられる存在があるだろうか。
上品に、足を一歩踏み出す。<魔女>と呼ばれ殺戮を繰り返している少女は、只ならぬ気配に表情を僅かに固くさせた。
「ねえ、ちゃんと武器構えないと、すぐに死んじゃうよ」
「……武器ならば、いつでも構えているよ」
少女の発言の意図をどう取ったのか、ロルフィーネは「そうなの」と小さく微笑んだ。
「魔女だから、魔法でも使うのかしら。焔とか、大地を揺るがす強大な魔法とかかしら」
「そんなの使えてたら、とっくに使っているわ」
「そうとも限らないわよ。だって、お喋りってキミの天敵だよね」
「……だから敢えてしてるの?」
「ううん。これはボクの遊びの一つ。へえ、<言語>が武器、なんだ」
「正しくは<言霊>。魔法とか呪詛の類も、これに入るのかしら。って、敵に答えをばらすのもどうかと思うけど」
「だったら、ボクが一人でお喋りしているから、<コトダマ>使っても良いよ」
大胆不敵としか思えないロルフィーネの発言に、少女は軽く苦笑した。自分の身の上でも話そうかと言い始めたロルフィーネに向けて、少女は短く<宣言>した。
「――喋るな」
口を開きかけたロルフィーネは、何も発することなく口を閉じた。
「この程度よ。だから、こういうことも出来るの」
くんっと、ロルフーネの手が彼女自身の腹部へと宛がわれる。視線は戸惑いの成分を含んだものではなかったが、奇異なものでも見るかのようなものではあった。
腕は、抵抗を伴わずに腹を突き破った。
意思とは関係なく、意思を伴わないものであって。
暖かい血を手に感じ、失血のせいかふらりとロルフィーネはその場へと腰を落とした。背を壁で支え、それでも口元は何かを喜ぶかのように象られている。
「生きてるなんて、意外」
意外そうになど微塵にも思っていない少女の口振り。少女はぺろりと自分の唇を舐め、どくどくと血が流れ続けているロルフィーネを遠目で見やった。親切心からか、腕は腹部から出されて彼女の横にだらりと垂れている。存在するのかはどうかは知らないが、生気を失いつつある目は相も変わらない色をこちらへと向けていた。
「中々良い趣味してるのね」
ロルフィーネの言葉に、少女は「そうでもないんだけど」と言葉を濁す。相手が強かったから、その力を存分に利用させてもらった、と。それだけのことだ。逆に言えば、強い相手だからこそ通用する力だとも言える。それでも一応伊達に<魔女>の称号は得ていないだけあって、手の中には小型のナイフのようなものが握られていた。
「手間が掛かる人ね」
「あら……キミには言われたくないわ」
「動けないのに、大した余裕」
折り畳み式のナイフを開閉させて遊ばせながら、少女はロルフィーネへと近付いていく。血に塗れてコンクリートの壁に寄り掛かったままに足を前へ伸ばしている光景を然したる感情も抱かずに眺める。
近付き、見せた少女の首筋に――白い刃が音を立てずに、突き刺された。
声も出せず漏れる吐息に、謀では自分の方が未熟だったのだと少女は自覚する。近付いて、血を吸うことだけを目的とするならば、それまでの過程がどんなものであれ問題はない。少しくらい汗をかいた方が、食事は美味しくなるという、そんな些末な理屈と、同じ。
「殺せ! それ以外の仕打ちは何よりも屈辱だ!」
痛みも麻痺し、少女は言う。
「……そう。それも一興ね」
「殺せ! 私を殺せ! 私は強い者に殺されるのならば受け入れるが、それ以外は望まないんだ!」
くすりとの笑みが少女の耳元で聞こえる。ぞくりとする久しい感覚に、少女は唇を歪めた。
「自ら命を絶つのは一興だけど、望んでいるなら既にやっている」
抱きかかえる格好になっているロルフィーネの口端が僅かに上がり、その奥から小さきながらも犬歯よりも尖った歯を覗かせた。
吸血鬼。
如実に窺わせたそれに、感触だけで少女は悟る。
自分の望みが果たされない予測に。
残された選択肢の、最低さに。
「全く、大好きな性格をしてるわ。あなた」
少女は嘲笑してみせる。
「光栄だわ」
ロルフィーネもそれに続く。
痛みは失われていっても、血が少しずつ失われる感覚は残っている。
最後に残された一片の正常な思考で、少女は一言だけ<宣言>した。
――喰い散らかせ。
「……あーあ、またやっちゃった」
散らばった肉塊が足元に転がっている。粘着質が衣服に付くのを構わずに歩き回って、ロルフィーネは苦笑を漏らした。
「やられたわね」
死した首を爪先でちょいと蹴り上げ、結局は少女の希望が達成されたことを実感する。目指していたのは、二つの項目。
一つ、死ぬこと。
一つ、それが自発的行為でないこと。
不本意な結果であると、思った。
同属にしてやろうと思ったのに、人間のまま――否、魔女のままと呼んだ方が正しいのか、死んでしまった。後悔は微塵もしていないが、この結果はどうだろう。してやられた感が強いのは事実だとか言いようがない。
ロルフィーネは紅くなった衣服の裾を軽く宙に翻し、そのまま闇へと姿を消した。
残された空気に血の匂いが混じり、暖かさを僅かに含ませる。
紅に黒が染みていき、やがて一体は黒以外の色を持たない。
じわじわ、と。
不正常が正常になっている世界で、ロルフィーネは血で化粧した唇で笑った。
逆の三日月は歪んだ笑みで、世界を見下ろす。
くすり、と。
誰かが微笑んだ気がして、空気が一瞬だけ息をすることを忘れた。
【END】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【4936/ロルフィーネ・ヒルデブラント/女性/183歳/吸血魔導士/ヒルデブラント第十二夫人】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。
吸血鬼と魔女。
属性的には同じ場に位置する二者ですが、対立する場合には力の優劣よりも謀に長けているか否かの方が勝敗を左右するのではないかと思い、このような結末になりました。
結果的に勝者はどちらであるのかは解釈如何によって異なりますが、ひょっとしたら<魔女>であるかもしれません。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。
それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。
千秋志庵 拝
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