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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


おやすみの日


 机上に広げている重要書類の数々。署名捺印の必要なもの直に確認するだけで済ませてよいもの。部下に任せてしまって間に合うもの。新規プロジェクト許可願いの申請。適した専門の部下に回す事を考えるべきもの。自分自身のスケジュール確認。出向く場合に迎える場合。会食の日時は。契約の日取り。そして取り引き相手の確認――新規にお付き合いを考えている『お相手』の調査。
 …などなどなど。
 結構、仕事のある時のセレスティ・カーニンガム様は忙しい。
 それはリンスター財閥総帥ともなれば色々とやらなければならない事――采配を揮わねばならない事も多くなる。
 立場があるなら、それに伴い。

 ………………どんなに、眠くとも。

 元々視力が弱いのだから、眠気に関してだったら――周囲の目を誤魔化すのは比較的容易い筈。
 …何故なら、私の場合目を閉じてしまっていてもあまり不自然は無い訳ですからね♪
 と、そう思ってしまうのは、少し甘いでしょうか。
 …でも一応、今のところはまだ…バレていないとは思うんですけれど。
 時々、ふ、と意識が飛び掛けますが、まだ、大丈夫の筈です。
 これが初めてだと言う訳でも――今までに無い事でも無いので。
 何とかなります。
 自分の頭は睡魔と戦いながらもまだ確り働いている…と自覚していますよ。
 それは、眠いのですけれども。
 まぁ、無い事は無い――とは言っても、それ程頻繁にある事でも無いんですけどね。

 取り敢えず、仕事上の間違いも、無いです。
 今のところ。

 ちょうど明日明後日は休日に当たりますから、それまでは何とか我慢しましょう。
 …我慢しないと。

 眠くても。





 …リンスター財閥総帥のセレスティ・カーニンガム様は普段から低血圧気味でもある。
 有態に言えば――朝には弱い。
 なかなか起きない。

 そして、睡魔に襲われまくりつつ仕事をしていたその日の次から二日間も、全く眠り姫。

 セレスティは、眠る事が好きである。
 部下も…特にモーリス・ラジアルもその事は重々承知である。その上に、今日の眠りについては、疲れもあるでしょうから…とも思いはする。
 思いは、するけれど。
 だからと言って。
 …時間さえあれば寝て過ごしていると言うのもどうでしょう。
 食事の時間、お茶の時間、湯浴みの時間。
 …そんな最低限以外は、セレスティは気が付けば自室に戻り、ベッドの中に潜り込む。
 それは昨日も仕事中、時折眠ってしまいそうになっていた――とは私の耳にも入っていますが。
 お疲れなのはわかっています。わかっていますが――本当に、ただの疲労ですか?
 今回もまた、体調を崩しているのに私共に心配を掛けまいと強がっているんじゃないでしょうね?
 頭に浮かんだこの懸念、杞憂では済まない事があるのが――この、己の主人。
 すぐに自分の体調を隠す悪い癖があるので。
 ですからさすがに――心配になります。
 思いながら、時々様子を見に伺います。
 伺いますが。
 …異常は、無いようです。





 モーリスがベッドの脇でセレスティの様子を見ている内、薄らとセレスティの瞼が開く。長い睫毛の震えで気付く。顔色や呼吸。体温や脈拍の具合等、モーリスがさりげなくながらも確認していたからか。人がそこに居ると言う事は、感覚が鋭敏な主人の身にはすぐ知れてしまうか。…それは、警戒すべき相手と言う訳では決して無いのだが。だがそれでも、知る気配であるなら、余計に気が付いてしまう。
 …と言うか。
 セレスティにしてみればこのモーリス、今の場合…警戒の必要は無くても注意の必要はある相手かもしれなくて。注意の必要――また心配をさせたくない相手に心配を掛けてしまっている気がするなぁ、と言うのがその理由。
 そうなんです。私を気遣っているモーリスの事が私も気になってはいます。そうなんですが――好きなように眠っていてもいいお休みの日となると、休みだとわかっている限り…決して睡魔には勝てません。
 そのくらい、眠りの誘惑には弱いのです。
 で、モーリスの姿を確認したそこでそのまま、何を言うでも無くまた瞼が重くなってしまいました。
 全然、上げられそうにありません。
 口を開くのも億劫です。
 快い闇に意識が沈んで行きます。
 そのまま身を任せたい誘惑に勝てません。

 …それを目敏く見届けたモーリスの方も、セレスティが再び静かな寝息を立て始めた事まで確かめてから小さく息を吐いている。ここは――呆れたと言うべきか。いつもの事と言うべきか。安心したと言うべきか。
 色々と複雑である模様。





 おはようございます。
 …時間帯関係無しでした。目が覚めたそこで、セレスティの目の前に見慣れた部下のスーツ姿があればそう口を衝いて出て来ます。柔らかい金糸の髪に、緑の瞳。
 セレスティのすぐ側、ベッド脇で、座っています。
 そして、セレスティの『朝の御挨拶』のお返事とばかりに――モーリスの方も、おはようございます。
 …但し、窓を見るに外は暗くなっていました。もう夜なんでしょうか。
 それに気付いた時、次の言葉に詰まりましたね。
 さぁ、果たしてどれだけ寝ていたのか。
 そして、モーリスはどれだけここに居たのか。
 モーリスは何も言って来ません。
 私が何か言い出すのを待っています。

 …。

 沈黙が続きます。
 気まずいです。
 …寝る子は育つと言いますから。ね?
 たっぷりの沈黙の後、セレスティがそう言いながら笑ってみても――モーリスは微かに苦笑するだけ。
 お茶目に誤魔化してみても、全然誤魔化されてくれません。
 ちょっと負けた気分です。
 …あまり無理はなさらないで下さいね。
 モーリスはあっさりそう返して来ました。
 やっぱり完全敗北の模様です。
 疲労回復の為に本気で寝こけていた事が完全にバレてしまっているようでした。
 …特に体調を崩していた訳で無くとも――それだけでも、やっぱり心配させてしまうんですよねぇ。





 と。
 やっぱり、モーリスの主人はいつもの反応で。
 それは、大事で無かったのは良かった事。
 異常が無いなら、構わない事なのですけれど。

 ただ。

 ここまで睡眠を取らねばならない程お疲れになるようでしたら、スケジュールをもう少し考え直した方がいい、と言うのも確かで。
 元々、身体が弱くてらっしゃるのですし、疲労は――病気の切っ掛けにもなりやすいですからね。


【了】