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過去ノ爪痕
◆□◆
ねぇ、笑い返して・・・？
抱きしめて・・・
冷たくなって行く手を握りながら、何度も願った。
舞い落ちる雪の中、確かに消えて行くその存在。
笑って・・・
お願い・・・
・・・お願い・・・
決して届く事はない祈りだと、分かっていた。
それでも、祈る以外には何も出来なかった。
何も・・・
何一つ・・・・・・
◇■◇
夢幻館へと通う道すがら、空を見れば厚い雲が覆いかぶさっていた。
濁った色の雲が酷く空を低いものに変え・・・けれど、決して届かない事は分かっていた。
どんなに低く見えても、遠い・・・空。
桐生 暁はそんな空から目を背けると、見慣れた道を曲がった。
右に曲がった瞬間、感じる・・・暖かな雰囲気。
対の概念が混じり合いながら存在するその場所は、全てを柔らかく温かく包み込む。
思わずほっと安堵してしまいそうになる雰囲気に、暁は小さく微笑んだ。
巨大な門から伸びる真っ白な道は、両開きの扉へと真っ直ぐに続いている。
道の脇に咲く花は、どれもこれも季節を違えている花ばかり・・・
ふわりと香る、薔薇の匂い。
それはあまりにも甘く強く・・・けれど、探しても花は見えない。
スミレの花が儚く揺れる。
そう言えば、今日は雨になるかも知れないと天気予報で言っていた。
・・・傘・・・持って来てないや・・・。
天気予報は確か夜から雨だと言っていた。
夜からなら、降り出す前に帰れば大丈夫だし、万が一降り出してしまっても傘を借りれば良い。
そのままココに泊まっていくと言うのもアリだ。
如何せんこの館は部屋数が恐ろしいほどに多い。
暁１人が部屋を借りても、別に誰も何も言わない。
・・・と言うか、泊まって言ってほしいとせがむ者すらいる・・・。
ふっと小さく微笑むと、暁は両開きの扉を押し開けた。
一番最初に飛び込んでくるのは、絨毯の深紅。
顔を上げれば階上へと続く階段が伸びており、右手はホールへと続く扉。左手には奥へと続く廊下。
暁は暫くその場で待ってみた。
待つ事によって、誰か来るだろうと思っていたのだが・・・静寂に沈む館の中、人の気配はない。
いないのかな・・・？
それならば、ホールで待っている事にしよう。
暁はそう思うと、右手の扉を開けてホールへと入った。
並ぶソファーも、中央に置かれたテーブルも、全てはいつもと変わらない。
左の奥を見ればキッチンへと続く入り口があり・・・
そんな中で、ソレは一種の違和感を醸し出していた。
暁の直ぐ目の前、玄関へと続く扉から一直線の場所に、１つの扉が静かに佇んでいた。
こんな扉、この間まではなかったよな・・・。
暁はそう思うと扉に近づいた。
夢幻館に数多に存在する扉と微塵も違わないその扉。
金色に光るノブを握る―――
その瞬間、パチっと何かが暁の手に流れた。
静電気だろうか・・・？
あまり深くは考えずに、暁はノブをゆっくりと押し下げ、扉を押した。
その扉は夢幻館にある数多の扉と同じような扉だけれど・・・
違う部分が１つだけあった
それは言われて初めて気付くもので
あまりにも小さなその“印”は見え難くて―――
鍵穴の部分に悪魔の羽のマーク
夢幻館にとって“悪魔の羽”が示すのは・・・・・・・・
◆□◆
部屋の中に入った瞬間、扉が閉まった。
パタンと微かな音を立てて閉まる扉に一抹の不安を覚えた暁は、慌ててノブに手をかけ―――
はらはらと舞う、真白の結晶・・・
視界の端にそれを見つけ、暁は振り返った。
雪の中に倒れ込む男性と、その脇に座り込む少年。
一見して分かる。
男性の命の炎が今まさに、消されようとしている事。
少年が必死に手を握る。
・・・そんな事をしても無駄なのに・・・。
冷静な頭の中、それでも願う。
笑って欲しいと。
笑い返して抱き締めて欲しいと・・・。
消え行く温もりが、暁の記憶から呼び起こされ、今まさに・・・父の手を握っているような感覚に襲われる。
段々と冷たくなる手。
力なく閉じられる瞳。
その全てを覆い隠すように降る雪は、止む事を知らない。
不思議に音のないその映像は、あまりにもリアルで―――
自分がその場に居るような、奇妙な感覚を覚える。
どこかで、これは過去の映像なんだと言う冷静な考えがある。
でも・・・
・・・ねぇ、こんな場面だって言うのに、父さんに会えた事がただ嬉しくて・・・。
そんな自分に嫌気がさす。
ねぇ、嬉しい筈なのに変なんだ。
―――どっかが軋む音がする。
「父さん・・・」
繰り返し、暁はその名を呟いた。
何度も何度も・・・ねぇ、もし聞こえているなら返事をして・・・？
既に事切れた父の手を、暁が置く。
降り注ぐ雪が、淡いヴェールのようにその上に降り注ぎ―――
パチンと小さな音がして、映像が消える。
暁はそっと・・・瞳を閉ざした。
再び目を開けた時、父さんが立っていれば良いと、一握りの奇跡を信じて・・・・・
◇■◇
カタンと小さな音がして、暁は目を開けた。
酷く驚いたような表情で立ち尽くす人物・・・。
暁は、その人物に縋るようにして抱きついた。
・・・分かっていた。それが誰なのか。
決して父さんではない事は・・・分かっていたんだ。
だって・・・姿も、顔も・・・全然違うから・・・。
でも、縋る以外に何も出来なかった。
代わりにしようと思ったんだ。
軋む心が、暁に正常な判断を出来なくさせる。
思い込む・・・目の前の人物は、父さんなんだと―――
「良かった、あったかくなった。・・・奇跡って起きるんだね！」
屈託のない笑顔を向ける。
その先の表情は、驚いたまま固まっているけれど・・・
そんな事は暁にはどうでも良かった。
だって、暁の目には微笑んでいるように見えたから・・・。
「俺、何度も祈ったもん。何度も、何度も・・・。」
「暁・・・？」
「もうすぐ春だね！桜が綺麗だろーな・・・。夏になったら、花火しようね！」
「暁っ！！！」
怒鳴り声に、顔を上げる。
眉根を寄せ、今にも泣きそうな顔・・・。
名前が頭の中に浮かぶ。真っ黒な文字は、見慣れたもの。
『 梶原 冬弥 』
・・・馬鹿じゃないのか、俺・・・
冬弥ちゃんじゃん・・・。
そう思った瞬間、気がついた。
・・・全部見られていたと言う事に・・・。
そう、全て・・・あの映像も、映像が終わった後の事も・・・全て・・・全て・・・。
何も考えられなくなる。
洪水のように駆け巡る、殺伐とした考えと、温かさを欲する気持ち。
冬弥は何も言わない。
ただ、驚いたような・・・恐れるような、不思議な色をたたえた瞳で黙って暁を見詰めていた。
「・・・っは・・・！嗤えよ・・・」
―――微笑み返して欲しかった
「哂ってくれ・・・」
―――俺を見て・・・
「頼むから・・・！」
―――優しく・・・
ねぇ、いつもみたいに
―――広い腕が欲しかった。温もりが・・・・
崩れ落ちる。
全ての感情が、凍りつく。
瞳は何も映っておらず、暗い深淵を覗いたような・・・
「暁っ！」
冬弥が駆け寄り、暁の顔を覗き込み・・・言葉を失くした。
かける言葉が見つからなくて、どんな言葉をかけても届きそうになくて・・・
ただ、抱き締めた。
届くかどうかは分からないけれど、コレだけは言いたくて
「あの部屋は、お前を戒めるための部屋じゃねぇよ・・・」
きっと届いていないこの言葉。
夢幻館にとって、悪魔の羽が示す意味は
『戒め』
この部屋を創った人が、他の住人に送るメッセージ
この部屋を創ったのは
ダレ・・・・・・・・？？？
≪END≫
◇★◇★◇★ 登場人物 ★◇★◇★◇
【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
4782/桐生 暁 /男性/17歳/学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員
NPC/梶原 冬弥/男性/19歳/夢の世界の案内人兼ボディーガード
◆☆◆☆◆☆ ライター通信 ☆◆☆◆☆◆
この度は『過去ノ爪痕』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
そして、いつもいつもお世話になっております。（ペコリ）
全体的に暗い雰囲気で執筆いたしましたが、如何でしたでしょうか？
相手が冬弥と言う事で・・・気の利いた言葉をかけられておりません（苦笑）
その代わり、態度（？）で示しております。
それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
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