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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


相偶


 見つめ合うとは、じっと互いの目と目を合わせている事を言う。
 例え、手に物騒なものを持っていたとしても、明らかに構えが敵に対するものであったとしても、それが深夜で暗い景色の中で行われたとしても。目と目を合わせる事は見つめ合う事である。
「……誰?」
「……それは、あたしも聞きたいんだけど」
 七城・曜(ななしろ ひかり)は、七星剣の切っ先を相手に向けてじっと見つめている。
 水鏡・千剣破(みかがみ ちはや)は、いつでも水を生じさせて攻撃できる体勢を整えたままじっと見ている。
 見つめ合っている。
「私は、この山に出るという悪霊を始末する為に来た」
「あたしは、この山から変な男の霊が出るから何とかして欲しいって言われて来たの」
 目的は、同じらしい。
「私は、山の所有者からの依頼だ」
「あたしは、山の麓にある家の人からの依頼よ」
 依頼人は、違うらしい。
 だが、その二つの確認は二人が敵同士では無いと言う事を説明するのに成功していた。目的が同じならば、依頼人が違っても敵とはいえない。
 全く正反対の目的ならば、敵同士となりうるのだが。
 曜は剣を引き、千剣破も構えを解いた。千剣破はにこっと笑う。
「良かった」
「……良かった?」
 不思議そうな曜に、千剣破は笑ったまま頷く。
「だって、あなたと戦わずに済んだから」
 千剣破の言葉に、曜は苦笑する。千剣破の格好は、巫女装束。神に仕えている存在なのだろうと容易に想像がつく。となれば、陽の気を帯びていると言えよう。
 それに比べ、曜は鬼の血を引き、死を司る北斗七星の守護の元で鬼を使役する。裏社会では「鬼姫」という呼び名を持つ曜が帯びているのは、陰の気。陰陽師である為、思想によって中道を理想としているものの、やはり血筋として陰に片寄ってしまっているのである。
 つまり、千剣破と曜は全く正反対の気を持つ存在だといえるだろう。
(それなのに、戦わずに済んで良かったなんて)
 曜にとって、それは不思議な言葉に聞こえた。
 曜が千剣破を見て陽の気を持っていると分かったように、千剣破にも曜が陰の気を持っている事は分かっている筈だ。互いが正反対の気を持った存在であると、分かっている筈だ。
 となれば、いつしか対立する事になってもおかしくは無い。元々持っている気が正反対である以上、対立する事は珍しい事ではないのだから。
 曜は「それじゃあ」といい、ふいと千剣破に背を向ける。敵対していないならば、これ以上この場に止まっている理由は何処にも無い。
 そんな曜の腕が、ぐいっと引っ張られた。振り返ると、千剣破が曜の腕をぎゅっと掴んでいる。
「ちょっと、待って。一緒にやらない?」
「一緒に?」
 どうして、と尋ねるかのような曜に対し、千剣破はにっこりと笑う。
「その方が、絶対に効率がいいから」
「効率……」
 呟く曜に、千剣破はこっくりと頷く。曜は苦笑交じりに「分かった」と答える。
「だけど、それならやっぱり別々に動いた方が早いんじゃないか?」
「え?」
 千剣破は一瞬動きを止める。曜は、一瞬「しまった」と呟く。言い方が悪かったのでは、と思ったのだ。
 一緒にやろうと言ってきた相手に対し、別々に動こうと言うのはちょっと悪い言い方だったのでは、と。
(これは、嫌われたか)
 曜は苦笑を交えて謝ろうと口を開きかけると、千剣破はゆっくりと頷いて「そっか」と呟いた。
「確かに、そうだわ!」
 ぐぐぐっと力強く納得する千剣破に、曜は思わず呆気に取られる。予想外の反応である。曜は思わず呆気に取られる。
「……どうかした?」
 そんな曜の様子を見、千剣破はきょとんとして尋ねる。曜は「い、いや」と言いながら、ごほんと咳払いを一つする。
「と、ともかく。二方向から攻めていけば、真ん中に丁度追い詰められる筈だ。そこを、狙おう」
 曜の言葉に、千剣破はこっくりと頷く。
「そうね、それじゃあ……」
 千剣破が何かを言いかけたその瞬間、千剣破の背後で何かが蠢いた。曜は慌てて地を蹴り、七星剣を構えてその蠢いたものを薙ぎ払う。
 蠢いていた黒い影は七星剣が到達するその寸前で剣を避け、後方へと飛んだ。
「……避けたか」
 曜は小さく舌打ちする。その様子に千剣破は何が起こったかを悟り、すっと手を伸ばして水を生じさせる。
「まさか、向こうからやってきてくれるなんてね」
 千剣破はそう言い、水で槍を形成して黒い影に向かって放つ。すると、後方に避けていた黒い影がそれを避けようと、前方へとやってきた。
「姿を見せなさいよ!」
 千剣破の言葉に応じるかのように、黒い影は姿を現した。
 それは真っ黒な影だった。形は人のようにも見えるが、顔や手の指といった細やかな部分は曖昧になっている。思念体という存在に落ちながらも、この世に未練を残しているのだ。
「……地縛霊ってところか?」
「そうみたい。何にせよ、向こうからきてもらえてラッキー」
 にっと笑う千剣破に、曜は思わず吹き出す。
「ラッキー?」
「そう、ラッキー」
 曜は小さく「なるほど」といい、構える。
「確かに、ラッキー、だな」
「でしょう?」
 千剣破はにっこりと笑い、今度は剣を水で形成する。
「あたし、浄化します!」
「じゃあ、私が隙を作る」
 曜はそう言い、七星剣を構える。黒い影はゆらゆらと揺れながらも、こちらを隙なく窺っているようだった。
「隙……作れる?」
「作れる、じゃない。……作るんだ」
 心配そうに尋ねてきた千剣破に、曜はきっぱりと言い放つ。そうして、七星剣を振りかざして黒い影に向かって行く。
 剣を横に一閃させるものの、すっと避けられてしまう。
「……やっぱり、一筋縄では駄目か」
 動きが素早く、捕らえにくい。最初に七星剣を振りかざした時に少しだけ思ってはいたのだが、やはりそうらしい。
「手伝おうか?」
 尋ねてくる千剣破に、曜は「いらない」ときっぱりという。
「それよりも、浄化の方だけに集中しろ!」
 思わず出たきつい言い方に、曜は思わずはっとする。今度こそ千剣破を傷つけてしまったのではないか、と。
 だが千剣破から出たのは、傷いついたという言葉でも言い方に対する文句でも怒りでもなかった。
「ありがとう、頑張る!」
 むしろ、礼を言われてしまった。にっこり笑って。
 思わず曜は呆気に取られ、苦笑する。てっきり嫌われるものだとばかり思っていたのだが、予想外の返答が返ってきたものだから。
 千剣破は曜に言われた通り、意識を浄化だけの力に集中させている。隙さえ作ってもらえれば、すぐに黒い影を浄化してしまえるように。
「……それじゃあ、私も負けられないな」
 曜は呟くと、じっと黒い影を見つめたまま意識を集中させる。ゆらり、とその場の空気が変わる。
「……陰の気」
 ぽつり、と千剣破が呟いた。浄化の為に力を集中させている中で感じた、明らかな陰の気。その中で陽の気を維持させるのは、中々にして困難だ。
「だけど、あたしが頑張らないとね」
 千剣破は呟き、ぱん、と拍手を打つ。自分を中心とした陽の気が、溢れかえる陰の気の中でも維持されるように。
 陰の気の中、曜は千剣破の様子に気付いてそっと笑んだ。陰の気の中で維持している陽の気は、今から曜がしようとしている事を邪魔する様子はない。そしてまた、この場に満ちている陰の気に黒い影は動揺を示している。
「……さあ、来い!」
 曜の言葉に呼応するかのように、陰の気の中からたくさんの影が現れた。
 曜による技、百鬼夜行。往来するのは全て、呼ばれた鬼達だ。
 鬼達に囲まれ、黒い影はそれらを払おうと必死になる。影の意識が曜や千剣破から外れた、その瞬間である。
「今だ!」
 曜の声に、千剣破は「了解!」と答える。そして黒い影の上に一気に水を生じさせる。千剣破が生じさせた、黒い影を浄化させるための霊水だ。
 ばしゃん、という音と共に霊水が一気に黒い影に降りかかる。黒い影は「おおおお」と苦しそうな呻き声と共に、姿を徐々に薄れさせる。
 そうして曜が生じさせた陰の気が薄れ、同時に千剣破による陽の気が無くなった頃、黒い影の姿はすっかりなくなってしまっていた。
「……終わったか?」
「……みたい。良かった」
 にこっと千剣破は笑う。曜は少しだけ戸惑いながら「ええと」と呟く。
「私、鬼を召喚したんだけど」
「凄かったわね。びっくりしちゃった」
「……もっと、感想ってないの?」
「あ、格好良かった!」
 千剣破の言葉に、思わず曜はずっこけそうになる。そうじゃない、そうじゃないだろうと言いたくてたまらない。
「あのさ」
「本当に、今日会えて本当に良かった!」
 そうじゃない、と言いかけた曜を、千剣破は遮った。にっこりと満面の笑みで言われてしまっては、それ以上何も言えなくなってしまう。
(ま、いっか)
 曜は苦笑しつつ、小さな声で「ありがとう」と呟く。
「あ、そうそう。まだ自己紹介をしてなかったよね」
「そういえば……そうだったかも」
 きょとんとする曜に、千剣破はにっこりと笑う。
「あたし、水鏡・千剣破」
 すっと当然のように千剣破は手を差し出した。曜は暫くその手を見つめた後、少しだけ笑みながら手を取った。
「私は、七城・曜」
 互いに互いの手を取り合い、微笑みあう。正反対の気を持った、全く違う二人。それが今、同じ場所に存在し、同じように微笑みながら握手を交わしている。
 手を離した後、千剣破はにっこりと笑いながら「そうだ」と口を開く。
「また何かあったら、会えるといいな」
 千剣破の言葉に、曜は「そうだな」と答える。全く違う力を持つからこそ、できる事もある筈だから。
「手助けが必要なら、呼んでくれればいい」
 曜がそういうと、千剣破も悪戯っぽく笑いながら頷く。
「逆に、手助けが必要なら呼んでね」
「分かった」
 二人は再び顔を見合わせ、くすくすと笑った。
 そうして、空がだんだん明るくなっていくのを二人揃って見つめるのだった。

<偶然出会った相手と笑み合い・了>