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夜明けの刻
◇ ◇
夕日が教室の中を淡く染め上げる。
桐生 暁は、その中でごく親しい友達としゃべっていた。
何の事は無い日常の話で・・・普段通り、馬鹿な話になったり・・・ふと気がつけばいつの間にか初恋の話になっており、1人の男子生徒が恥ずかしそうに思い出を語っていた。
「お前、初恋中1??」
暁の言葉にコクンと頷き、鞄の中から大事そうに1枚の写真を取り出す。
旅行先で出会った女の子だと言って―――
大事に胸に抱くその写真を見せようとしない彼に、ニヤリと不敵な笑みを見せると、他の生徒と顔を見合わせた。
「取り押さえろっ!」
わぁっと、もみくちゃにして・・・暁が、ペラリとその写真を取った。
―――瞬間、目に飛び込んで来たのは・・・・・・
◆ ◆
感情の浮かばない顔は、人形のようだった。
何を話しても、ただ虚ろに返事をするだけ。
親の話をする時“ダけ”浮かぶ笑顔が、暁が人形ではなく感情を持った1人の“人”だと言う事を垣間見させる。
・・・笑えば、父さんが笑い返してくれるんじゃないかと、何処かで思っていたんだ。
引き取られた先の家で、暁の感情はほとんど壊れかけていた。
勿論、引き取り先の家で酷い待遇を受けていたわけでは決してない。
それどころか・・・養父は優しかった。
笑えなくなってしまった暁に『必要な時笑えなくなったらどうするんだ』と優しく言ってくれたのも、養父だった。
そう・・・暁には“笑顔”は必要なのだ。
―――母さんとの約束・・・それを守るためには・・・。
それなのに、何も考えられない。
考えようとすれば浮かぶ、父の最期。
はらはらと舞う雪に滲む、真っ赤な鮮血。
消え行く温もりも、溶け行く父の存在も・・・目を瞑れば今でも、目の前で・・・。
ただ、両親の事を言われれば、暁は微笑んだ。
それは・・・感情から来るものではなかった。
だって、自分でも微笑んでいるなんて思ってないから―――その笑顔は、ただの反射。
目の前にボールが来れば避けるのと同じ、ただの現象でしかなかった・・・。
◇ ◇
一向に感情の宿る気配のない暁を思ってか、養父がある日暁を外へと連れ出した。
夜明け前、薄暗い空に浮かぶは月と星。
月の輝きはあまりにも明るくて・・・養父に手を引かれながら、ずっと空を見ていた。
小高い丘の上、景色の良いその場所に着いた時は、夜の明けるまさに瞬間だった。
丘の上には1組の家族が写真を撮ろうと並んでいた。
暁と同じ年頃の男の子がおり・・・暁と目が合うと、怖がるように母親の陰に隠れた。
空が白み始める。
暗かった夜が明け、明るい朝が到来する・・・・・・・。
右手に握った養父の手に、1回だけ力がこもった。
視線を空から養父へと移す・・・・・。
―――暁・・・お母さんが、どうして“暁”と名づけたか、知ってるか?
『・・・しらない。』
―――そうか・・・。昔、お母さんと一緒にこうやって夜明けを見に行った事があるんだ。
ザァっと風が吹き、髪を揺らす。
まだ夜の香りを含んでいる風が、段々と朝の香りを含み始める。
夜が明ける。
暁の空が、目の前に広がる・・・そして、彼女は言った。
“ 暁が鮮やかで、泣きたくなる程に幸せで―――――― ”
地平から、太陽の欠片が見える。
段々と広がって行く光に、目の前にいた家族がこちらに向かって手を振った。
一緒に写真を撮りませんか?の言葉に、養父が快く応じ、暁の手を引っ張る。
心の中に広がる、不思議な感情。
母の心を奮わせた、その瞬間の名を付けてくれた―――
嬉しくて・・・それなのに、何故か胸が締め付けられて・・・・・・・。
『こんな時、どうすればいいの・・・。』
ポツリと零れた言葉に、養父が優しい瞳で暁を見下ろした。
―――こう言う時の為に、笑顔はあるんだ。
・・・笑顔・・・。
わきあがる感情は、何か混ざり合ったような、くすぐったいものだった。
それじゃぁ、写真撮りますよ〜?良いですか・・・??
そんな声を遠くに聞きながら、暁はふわりと微笑んだ。
はい、チーズ・・・パシャ・・・。
あの日以来の初めての笑顔は、知らない家族と共に・・・暁をバックにしてのものだった・・・。
◆ ◆
「・・・つーか、これ・・・俺な?」
手に持った写真をヒラヒラと振りながら、ペイっと男子生徒に返す。
「え・・・!?」
「え!?じゃなくって・・・コレ俺だって。よーく見てみ?」
手に持った写真と、暁とを見比べる。
何度も何度も・・・
「た・・・確かに、似てなくも無いけど・・・」
「似てる似てないじゃなくって、本人だってば。」
そう言って、盛大な溜息をつき・・・ニヤリと微笑んだ。
「確かに、あの頃の俺なら女の子に見えないことも無いケド・・・お前、まぬけー。俺なんかが初恋ってマジウケるっ!」
ゲラゲラと笑う暁に、苦々しい表情を向ける男子生徒。
そりゃそうだ。初恋の相手が目の前にいて・・・しかも、男なのだから。
「るっさいなー。」
照れたような、ふてくされたような、そんな赤い顔を見ながら、暁はふわりと穏やかな笑顔を浮かべた。
「や、でも・・・ありがと。」
「何がだよ。」
「・・・俺なんかを、好きでいてくれて。」
少し寂しそうな微笑に、真横にいた生徒が暁目掛けてタックルを繰り出す。
「俺は暁の事、今でも好きだぞー!愛してる〜!あきちゃん、俺のお嫁さんになって〜☆」
「って、俺がお嫁さん!?」
「だぁって。女の子に間違われてたんだぞ?俺なんて生まれてこの方1度も女の子に間違われた事なんてないもんね〜。」
「・・・自慢かそれ?」
「金髪タテロールにしましょうねぇ〜!あ・き・ちゃん☆」
「タテロールかよっ!?」
そうツッコんで、再び笑って・・・・・・・・。
――― ねぇ、母さん・・・俺、笑えてるかな・・・・・・?
≪ END ≫
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