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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


迷子の水神さま“かくれんぼ”

◆かくれんぼ◆

「もぉ〜い〜かい……」

「……まぁ〜だだよ」

「もぉ〜い〜かい……」

「……もぉ〜い〜よ」
 
 
 
 
 
『…………みぃ〜つけた』

†††

「行方不明……ですか?」
生徒の1人が、机の上にだらしなく突っ伏す女教師にそう訊ねる。
「……そ、行方不明」
頭上から浴びせられたその問いに、その女教師……響・カスミはピクリとも動かずそう答える。
夕闇迫る職員室。ガランとした空間にあるのは、カスミと彼女が呼び出した他数名の気配のみ。
「初等部1年生の子が全部で6人。昨日から家に帰って無いそうなのよ」
「はぁ、それは大変ですね……」 
急に呼び出されたから何事かと思ったら……やれやれ、またいつもの厄介ごとか。
誰かがカスミに気付かれないように小さく溜息をついた。
「これまでのところ手掛かりは一切ナシ」
対照的に、机に突っ伏したままの姿勢で器用に呟くカスミの口からは、ひとつ大きな溜息が漏れる。
なんでも、その6人の子供たちは昼休みの公舎内で遊んでいるところを目撃されたのを最後にプッツリと行方が判らなくなってしまったらしい。
「教職員総出で夜通し学園とその周辺探し回ったんだけどねぇ……おかげで寝不足&筋肉痛」
このバカほど広い神聖都学園をくまなく探し回ったとすれば、そりゃ筋肉痛にもなるというものだ。
何らかの事件に巻き込まれたか、それとも事故か。
新入学を控えたこの時期に、あまり事を荒立てたくないという学園の意向で警察への届出はまだ成されていない。だが、明日までに見つからなければ保護者が黙ってはいないだろう。
そんな訳で、学園側としては何としても今夜中に行方不明になった子供たちを見つけねばならなかった。そして、その為にはより多くの人手が必要だ。
響・カスミが教師らしからぬ縋りつく様な視線を向けてこう言った。
「ねぇ、子供たち捜すの……手伝ってくれるわよね?」

……そんな一同の様子を職員室の扉の影から伺う小さな影。
カスミの話を聞き終えるとその影は、小さな足をパタつかせ校舎の夕闇へと消えていった。


◆総番召集◆

―― 神聖都学園・正門前 ――
「え……っと、これはいったいどういうことなのかしら……」
目前に広がるチョッとアレな光景に、全身筋肉痛の神聖都学園音楽教師、響・カスミの脳ミソは、思考停止一歩手前の拒否反応を起こしていた。
それは、神聖都学園の正門前に集った大群衆。右を見ても、左を見ても人、人、人、これまた人。平日正午の新宿ALTA前にだってこれ程の人は集まらない。
しかし、ただそれだけならば総生徒数一万余を誇る超マンモス学校“神聖都学園”の教師を勤める響・カスミが思考停止寸前にまで追いやられる訳がない。学部ごとの全校集会でも目の前の群集の軽く二・三倍の数の生徒が一堂に会する。
ならば何故か? ……答えは、集まった人間の“種類”にあった。
「押忍! 元・学連メンバー、“鋼鉄番長”不城・鋼(ふじょう・はがね)の召集に従いましてェ、ここにィ参上させてェ頂きましたァ! 押忍ッ!!」
ざわつく群集の先頭に立つリーダー格と思しき男子生徒(?)が腹の底から叩き出す様な大声で言い放つ。
キッチリ斜め四十五度の角度に顔を上げ、怒髪天を衝く……という言葉をそのまま体現したかのようなリーゼント。
いまどきドコで売っているのかと思わず問い合わせたくなる、おそらくは特注の長ランにダボダボのボンタン。
それは、まるで自分が“三十年前にタイムスリップしてしまったのではないか”と錯覚したくなる程に見事な、まさに絵に描いた様な不良装束(ヤンキー・ルック)。
そんな連中が……パッと見ただけでも約五百人。自分が勤める学校の校門前にズラーッと整列しているのだ。教師ならずとも自分の目を疑い思考停止にも陥らんと言うものだ。
「これはまた、なんと言うか……すごいわね」
カスミの傍で同じようにその光景を眺めていた水鏡・千剣破(みかがみ・ちはや)も、その異様な……と言うか珍妙な光景に、ただただ嘆息するのみといった様相だ。
「……ってワケでさァ、ウチの総番がドコにいるか、アンタら知らない?」
そして、そんな二人の様子を見咎めた群衆のうちの一人、これまた時代錯誤も甚だしい格好の男がそう言って、唖然とした表情でその光景を見つめるカスミと千剣破に絡もうと歩み寄り……
「誰がカスミ先生にチョッカイ出せって言ったんだよ、このボケがァァァッ!」
「……ヘナップッッッッッ!!!」
ドコからともなく現れた不城・鋼の飛び蹴りを顔面にめり込ませ、珍妙な悲鳴を上げて吹き飛んだ。

「……どうもスイマセン、カスミ先生。ヘンなのが迷惑かけたみたいで」
「あはは……ありがとう、不城さん。でも大丈夫よ、たぶん」
件の男をカスミの前で土下座させ足で後頭部を踏みつけ地面にグリグリと額を擦り付けさせながら、不城・鋼は本当に申し訳なさそうにそう言った。
「……お手伝いしてくれる人に心当たりがあるって言ったけど、まさかこんなに集まるなんてね。……もしかして、この人たちみんな不城さんのお友達?」
あのあと、鋼に“硬派とは何か”を鉄拳込みで語られてからずっと、鋼の背後に正座で整列する総勢五百人余の不良のみなさんを尻目に、カスミは恐る恐る鋼にそう訊ねる。
子供たちの捜索に協力してくれとカスミに泣きつかれ今回の事件に首を突っ込むことになった鋼。何よりもまず人手が要るだろうと、“元”舎弟たちに呼び出しをかけ……そして、集まったのがこの人数、と言う訳だ。
「いえ、ただの“昔の知り合い”です」
いつもと変わらぬぶっきらぼうな口調でカスミの質問にそう答える鋼。
背後の“元”舎弟たちの中から「酷いッスよ、総番」とか「俺たちは今でも総番の舎弟ですよ!」とか、そんな声が上がったような気がしたが、鋼が少しばかり視線に力を込めて睨んでやると、それも雲散霧消に消え果てた。
「ま、まぁ……とりあえず子供たちの捜索には協力してくれるのよね?」
「はい。こんな連中で良ければ思う存分こき使ってやってください」
言いながら、鋼は背後に控える舎弟連中に消えた子供たちの写真や学園の見取り図などを配りテキパキと指示を出してゆく。
人格に多少の不安はあったが、酷い筋肉痛やら何やらでロクに身動き取れないカスミにしてみれば、それはとても心強いものであった。
「……それじゃあ、捜索開始だ。何か変わったモン見つけたらどんなことでも良いから俺のケータイに連絡しろ。よし、行け!」
『押忍ッ!』
号令一下。学園の敷地にばらばらと散ってゆく舎弟たち。鋼もまたその中に混じって校舎の方へと消えてゆく。
「じゃ、あたしはあたしで心当たりを探してみます」
「ええ、お願い。私は宿直室に詰めてるから、何か聞きたいことがあったら何時でも言って頂戴」
その様子を眺めながら、残された千剣破とカスミがそんな会話を交わし、そして行動を開始する。

こうして、広大に過ぎるほど広大な神聖都学園を舞台にした“かくれんぼ”は、その幕を切って落とした。


◆旧校舎◆

―― 神聖都学園・旧校舎 ――
―― ガチャ、ガチャ。
真っ暗な、照明ひとつない神聖都学園の一角に響く、何か金属を揺らし鳴らすような音。僅かに差し込む月明かりに眼を凝らしてみれば、それは学生服を着た一人の青年が古びた扉に掛けられた鎖と南京錠とを鳴らす音だということが見て取れる。
「やっぱり、しっかり施錠されてる……か」
そう呟いて小さな溜息をつく青年。名前は櫻・紫桜(さくら・しおう)。
学生服のボタンにあしらわれた校章を見ても判るように、彼はこの神聖都学園の生徒ではなかったが、今回の事件に彼なりに思うところがあってカスミに協力を申し出たのだった。
だが、やはりと言うかなんと言うか、生徒をすべて下校させ門を閉めた夜の学園の中で他校の生徒が動き回ると言うのは問題があるらしく、こうしてこっそりと調査に参加していると言う訳だった。
「……ここ最近、少なくとも一週間以内に誰か人が入ったような気配も、なし」
扉の前の地面には、たったいま彼が付けた足跡以外には誰かが通ったような跡もなく、目の前の扉にしても取っ手の部分は風化してボロボロ、同様に誰かが触れたような痕跡は一切発見できない。
「ここじゃない……のかな?」
開かぬ扉を前にしてひとり首を傾げる紫桜。
消えた子供たちに関する数々の情報の中にあったひとつの証言。
“夜の旧校舎から楽しげに遊ぶ子供の声がした”
学園の敷地内にある小高い丘の上。林のように密集する木々にその姿を隠して、ひっそりと、まるでそこだけが時間の流れに取り残されたかのような、そんな風に佇む神聖都学園・旧校舎。
教職員の誰一人としてマトモに取り合おうとしなかった不確かな情報だったが、それ故に調べてみる価値ありとこうして赴いてみたのだが……。
「扉が開かないんじゃ調べようがないよな。まさか扉を蹴破る訳にもいかないし」
外側からではあるが旧校舎全体を一通り調べてみたが、内へ入るための扉や窓は完全に施錠された上で戸板が打ち付けられるなどして完全に塞がれており、子供どころかネコの仔一匹だって中に入れるようなスキマはない。
いつ倒壊するかも知れぬ古い建物であるが故に、この旧校舎には徹底した措置が取られていた。教師の誰もが情報を信じようとしなかったのにも頷ける。
しかし、それでも……
『でも、ヤッパリ気になる。どうにかして中を調べてみないと……』
紫桜には、この建物が今回の事件の重要な“何か”を隠している。そんな何か予感めいた確信があった。直感と言い換えてもいい。
「仕方ない。カスミ先生が知ってるかどうかは微妙だけど……ここのカギの在り処、訊いてみよう」
しばらくの思考のあと。紫桜はこの旧校舎の“何か”に後ろ髪を引かれつつも、宿直室に詰めているであろうカスミの元へと、その足を向けた。

―― クスクスクス……
まるで、去り行く紫桜の背中を笑うかのように、神聖都学園・旧校舎に何者かの笑い声が響く。
―― アハハハハ、フフフフ……
ひとつ、ふたつ。男の子の声、女の子の声。その声は徐々にその数を増してゆく。
―― もぉ〜い〜かい。 ―― まぁ〜だだよ。
―― もぉ〜い〜かい。 ―― まぁ〜だだよ。
それは、子供の頃に誰もが遊んだことがあるであろう“かくれんぼ”の決まり文句。
隠れる子供に探す鬼。
見つけるまでは、終わらない。
見つかるまでは、…………終われない。

†††

―― 神聖都学園・宿直室 ――
「え、旧校舎のカギ? それなら……そこにあるから、勝手に取ってぇ」
宿直室のちゃぶ台に突っ伏したまま、ギギギギギと油の切れた機械のような動きで腕を持ち上げ、カスミは壁に掛けられたカギの束を指さした。
「……あんな何十年も使われてない建物のカギなのに、結構キチンと管理してるんですね」
旧校舎のカギを求めて宿直室を訪ねた紫桜が、そんな正直な感想を漏らす。
十年、二十年昔ならいざ知らず。警備システムのほとんどを民間の警備会社に委託し機械化している学校施設が大半の昨今にあって、こういう管理体制は素直に褒められる。だが、
「あー、違う違う。実はあの旧校舎、このまま放っておくのも何かと危険だって言うんで近々取り壊されることになってたのよ。それでね、学園の備品庫の奥でホコリ被ってたのを掘り出してきて、何かあったときのためにこうやって宿直室に置いてるの」
「え、取り壊し……ですか?」
カギの束を壁から取ろうと背を向けた紫桜の、その耳に届いたカスミの言葉に、一瞬、紫桜は動きを止める。
「ええ、そうよ。あたしはその、なんて言うか、いまみたいに子供たちが入れないようにさえしてれば取り壊す必要はないと思うんだけどね……そもそも旧校舎の存在なんて忘れちゃってる人が殆どだし……」
ああ、なるほど。もしかしたら。
そんなカスミの言葉を黙って聞いていた紫桜は、唐突に、この事件の“真実”の一端がわかった様な、そんな気がした。
―― ヂャラリ。
無造作に、壁に掛けられたカギの束を取る。
それほど重くはない筈なのに、持つ手にズシリと重く感じるカギの束。それは、このカギがこれまで経てきた“年月”の重さというものかもしれない。
「……ありがとうございました。心配しないでください。子供たちは必ず今夜中に見つけてみせます」
振り返り、カスミに素早く一礼すると、紫桜は一時も惜しいと逸る心を押さえつつ宿直室を飛び出した。
「……あ、うん。がんばって、ね?」
急に、一体どうしたのだろう。
結局、紫桜が宿直室にやってきてから出て行くまで、ちゃぶ台に突っ伏しぱなしだったカスミは、そんなことを考えながら駆け出す紫桜の背中を見送るのだった。


◆千剣破と少年◆

―― 神聖都学園・校舎 ――
「そう、それじゃあ……あなたは今回の件には全く関わりはないのね?」
―― コク、コク。
年の頃なら五・六歳。白と青を基調にした水干を纏った少年が、千剣破の言葉に小さく頷く。
以前、とある事件を通じて知り合ったこの少年は……驚くなかれ、実は人ではない。
外見こそ幼子のそれだが、その正体は神聖都学園の近くを流れる河川に住まい、河川とその周辺の土地と人とを守護する水神さまなのだが……やむにやまれぬ事情があって、現在は“あやかし荘”というアパートで暮らしているという、なんとも珍しい神さまである。
そんなチョッと珍しい事情を抱えた少年の肩に手を添え屈み込み、目線を合わせて千剣破はその瞳を覗き込む。
「嘘をついてる……ワケないか」
真っ直ぐに千剣破の瞳を見返す少年からは嘘を吐いている気配などカケラも感じられない。それを悟り、千剣破は、ほぅ、と小さく溜息を漏らす。
カスミたちと別れてから、千剣破は学園のあちらこちらに住んでいる幽霊や妖怪と言った怪異の側に属する者たちから話を訊いて回っていた。
何か悪さをするものに心当たりはないか? この学園に新顔の妖魅が住み着いたりはしていないか?
その身に龍の血を秘め、修行中とは言え巫女としてそれなりに経験を積んでいる千剣破だからこそ出来る捜査方法ではあったが……
「さて、どうしたもんかなぁ〜」
状況は、あまり芳しいとは言えなかった。
『……“かくれんぼ”の最中に忽然と姿を消した子供。“神隠し”としては良く聞くパターンだけど……』
今回の話をカスミから聞いた瞬間に、千剣破はこれが妖しの力に因るものであろうと言うことは、巫女としてのカンや知識から判っていた。問題は“誰が”そして“何のために”子供を“隠して”しまったのかということ。
『何か、少しでも情報があればそこから広げていけるんだけど……』
どうにもこうにも手詰まりっぽい。
『やっぱり旧校舎、なのかなぁ……でも、あそこには悪さをするようなモノは棲んでなかったハズだし……』
そんな、思考の袋小路に千剣破が入り込もうとしたときだった。
―― クイッ、クイッ。
立ったまま“考える人”と化していた千剣破の服の裾が、何者かに引っ張られる。
「……ん?」
見れば、つい今しがた話を聞き終えた水干姿の少年が、何か伝えたいことがある、そんな瞳で千剣破の服の裾を引いていた。
「どうしたの?」
その様子に、千剣破は再び屈み込み少年の瞳を覗き込む。
―― グイッ、グイッ。
すると、どうだろう。まるで何処か連れて行きたい場所があるかのように、千剣破の手を引き歩き出す。
「ちょっと、ちょっと。いったいドコに連れて行こうっていうの? そりゃ、遊んであげたいのは山々だけど、あたしもいま忙し……」
少年に手を引かれるまま校舎を歩く千剣破。いくら神さまとは言え、まさか幼子相手に手を上げる訳にもいかず、とりあえず言葉で説得しようと言葉を紡ぎ……そこで、ハタと気が付いた。
「……あなた、何か知ってるのね? 消えた子供たちの行方の手掛かりを」
僅かに声を荒げて問いかける千剣破に、手を引く少年が足を止める。そして、自分をジッと見つめる千剣破の方へと振り向いて、
―― コクリ。
大きく、そして何より力強く。首を大きく縦に振り頷いて見せた。


◆器物百年◆

―― 神聖都学園・旧校舎 ――
櫻・紫桜が宿直室で旧校舎のカギを手に入れ、水鏡・千剣破が少年の姿をした水神に手を引かれていた、ちょうどその頃。
「まいったな……ドコにも入り込めそうな場所がねぇぞ」
一通り学園内の捜索を終えた不城・鋼は、残りの捜索を舎弟たちに任せ、自分は用務員が“子供の声を聞いた”と証言した旧校舎の捜索を行っていた。
「どうしたもんかなぁ……」
木製のガッシリとした造りの正門の扉を見上げながら溜息と共に呟く鋼。
旧校舎に来て見たまでは良かったのだが、どうにも入り口が見当たらない。
正面の扉は頑丈そうな鎖と南京錠で閉じられ、外周部の窓や非常口も完全に封鎖されている。中を調べてみようにもこれではどうしようもない。
しかし、だからと言って、ここまで来たのに中を調べず引き下がるというのも、鋼としては面白くないワケで……。
「はぁ、あんまり気乗りはしないけど……しょうがない」
そう呟くと、鋼は二・三歩後ろに下がり、正門と自分との間に適度な間合いを計る。踏み込んで、蹴りをブチ込むのに丁度良い間合いを。
「ぶっ壊させて、もらうぜ!」
大きく足を前後に開き大地をしっかりと噛ませる。右手は拳を握って頭の横で引き絞り、左手は軽く開いた掌の状態で前に出す。
―― フウッ!
肺から空気を吐き出すと同時に、左足で地を蹴り右足を大きく前に踏み出す。
左の蹴り足による前進と右の接地によって得られた力は、脚を震わせ、腰を回し、背中を駆け抜け、肩を通り、そして右の拳へと収斂される。
あとは、引き絞った右腕を解き放ち、この右拳を目標に撃ち込むのみ……と、言うところで、
「あの、そんなことしなくても……旧校舎のカギならここにありますよ」
「んなぁッ!?」
不意に、背後から掛けられたその言葉に鋼は盛大にズッコケた。

†††

―― 旧校舎・廊下 ――
「それじゃあ何か? 今回の事件は単なる迷子とかそう言うんじゃなくて、オバケとかユーレイとか、そういうヤツの仕業だってことか」
「十中八九、と言うか百パーセント間違いないわ」
宿直室から旧校舎のカギを持ってきた紫桜。水神さまに手を引かれ旧校舎へと辿り着いた千剣破。そして、扉をブチ抜こうとして盛大にコケた鋼。
遂に四人は旧校舎の扉を開き、その内部へと足を踏み入れた。
「そういえばガキの頃に似た様な話は聞いたことあるな。えーと……そうだ。子供が遊んでると、いつの間にかその輪の中に入ってて、そのままどっかに連れてっちまう。そんな話だ」
木が軋むギシギシと言う耳障りな音を立てる廊下を歩きながら、鋼がそんなことを口にする。
「確かに、その手の話は日本全国に残ってます。でも、今回の事件はそう言うのとは少し毛色が違うんじゃないかと思うんです」
「そうね。この旧校舎の中に入ってはじめて判ったけど、今度の“神隠し”は……」
―― コクリ。
だが、神妙な面持ちで廊下を歩く紫桜も、水神さまとその手を引きながら歩く千剣破も、それぞれに何か感じるものや思うところがあるのか、そんな意味深な言葉を口にしたかとおもうと、そのまま黙り込んでしまう。
「あ〜、なんつーかさ、もうちょっとこう、霊感ゼロの俺みたいな人間にも分かる様に説明してくんないかな、お二人さん。……なんだったら、ソッチのお子様でもいいぞ」
しかし、そうなると話について行けなくなるのが霊感ゼロの鋼だ。正直に言うと、何か仲間ハズレにされている様で面白くない。
そんな鋼の様子に紫桜と千剣破は顔を見合わせ頷くと、
「そうですね……それじゃあ鋼さん。鋼さんは、“器物百年”ってご存知ですか?」

「“器物百年”? なんだ、そりゃ」
「正式には“九十九神”って言うんですけど……。傘や提灯、衣服や下駄。その他なんでも良いんですが、とにかくそんな魂を持たない“道具”であっても、作られてから百年も経てば魂が宿るようになるんじゃないか……って、そういう話です」
古今東西の妖怪・化物の姿を描いた百鬼夜行図などにもその姿はしっかりと描かれている。親しみ深いところで言えば、唐傘お化け・化け提灯・一反木綿などが挙げられる。
鋼もそう言ったものを想像したのだろう。紫桜の言葉に静かに頷く。
「けど“器物百年”は、人間が日常で扱うような小さな“道具”だけにおこる事でもないんです。それが“道具”である以上、どんな大きな物にも起こり得ます。車や船などの乗り物、そして家や学校なんていう建物にも……」
そこまで聞いて鋼はピンときた。と言うか、ここまで聞いて何も感じなかったら、そいつはよっぽどの鈍感だろう、と思う。
「なぁ、それってまさか……」
学校で遊んでいて消えた子供。使われなくなって久しい古い古い旧校舎。そこから聞こえてくる子供の声。そして、それが近々取り壊し予定であると云う事実。
これら事件にまつわる様々な情報が指し示すもの。それは……
「今回の事件を起こしたのは……この“旧校舎”そのものよ」
搾り出すように呟いた千剣破の言葉が、今回の事件の核心をものがたっていた。


◆かくれんぼのおわり◆

―― 旧校舎・教室前 ――
「ここね、間違いないわ。……ここが、旧校舎の中に満ちてる“霊気”の発生源よ」
―― ごくり。
千剣破の言葉に誰かが唾を飲む音が重なる。
さして広くもない旧校舎の教室を、一部屋づつゆっくりと調べていって、そして辿り着いた最後の教室。
そこは、教室の扉の前に立つだけで、確かに千剣破の言う様に他の教室とは際立って違う“何か”の存在を感じさせる。その“何か”は、霊感を持たない鋼にすら他とは違う空気の重さや正体不明の威圧感と言った感じで伝わるほどだ。
「よし、じゃあ……開けるぜ」
一つ大きく息を呑み、鋼が教室の扉に手を掛ける。
傍に控える三人の瞳を順に見て、準備が整ったかどうかを確認する。
拳を握り大きく頷く紫桜。全身を巡る気を集中させながら視線で頷く千剣破。その小さな頤をキュッと結んで、何度も首を縦に振る水神さま。
―― ガラッ!
木製の扉が木製のレールを滑る音が響く。
「……ッッ!」
息を呑み、鋼、紫桜、千剣破、最後に水神さまの順で、一気に教室の中へと踏み入って……
「……え?」
静寂の中で誰かが発した間の抜けた呟きがやけにハッキリと耳に届いた。

†††

―― 旧校舎・教室 ――
「おいガキ、大丈夫か!? しっかりしろ!」
教室の床でぐったりと力なく横たわる子供を抱き上げて、鋼がぺちぺちとその頬を叩く。
「だいじょうぶよ。確かに酷く衰弱してるけど……うん、みんな命に別状はないわ」
まるで死んでいるかのように冷たく生気を失った子供たちの様子を見て、慌てふためく鋼を千剣破がそう言葉を掛ける。
なだれ込む様にして踏み込んだ教室で彼らが見たもの。それは眠るような穏やかな表情で教室の床に倒れ伏す六人の子供たちの姿。そして、
「俺たちとしては、いったい何でこんな事になってるのか、話が聞けると有難いんだけど……さて、どうする?」
その傍らで、心配そうに子供たちを見つめる一人の少年の姿。

『……みつけてくれて、ありがとう。これでようやく“かくれんぼ”をおわりにすることができます』
うすぼんやり青白く輝く霊体然としたその少年が、紫桜が投げた言葉に応えるかのように、ゆっくりと話を始める。
『まず最初に、ごめんなさい。ぼくがこんなことをしたせいで、この子たちや、この子たちのお母さん。そして先生たちや皆さんに、とても迷惑を掛けてしまった』
そう言って頭を垂れる少年からは、一片の悪意も、敵意も感じられない。
こちらを害する意思はない。そのことを悟った紫桜たちは、一度だけお互いの顔を見合わせると、そのまま黙って話を聞くことにした。
『皆さんなら既にお察しのこととは思いますが、ぼくは、この建物が長い長い時を経たことで魂を持った。“旧校舎”の“九十九神”です』
そう名乗った少年にも、紫桜たちが自分の話を黙って聞いてくれるという事が判ったのだろう。国会の事件の経緯を淡々と語ってゆく。

つい最近、自分が壊されてしまうとことを知ったこと。
壊される前に、一度で良いから子供たちと遊んでみたかったと言うこと。
たまたま“かくれんぼ”をして遊ぶ子供たちを見つけ、堪らずその輪の中に入っていってしまったこと。
まだ壊されたくない、まだまだずっと遊んでいたい。そんな自分の強い想いに、子供たちの魂が引き摺られてしまったこと。
そして、時間が経てば経つほど衰弱してゆく子供たちに、自分が何もしてあげられなかったこと。

「あなた、まだ“生まれた”ばかりなのね。だから、自分の“霊力”をうまく制御できなくて、それで、こんなことに……」
話を聞き終えた千剣破がポツリと呟く。その眼の端に浮かぶ小さな水滴。
それは人間やそれ以外の存在の別なく、強大な力を持ってしまったものが一度は体験するもの。力に引き摺られ、力に振り回されてしまうことの悲劇。
『いいえ。もし、そうだとしても……それは、分不相応な望みを持ってしまった、ぼくのせいです。だれの責任でもない。ぼくの、責任です』
千剣破が自分のことを思ってくれた事に感謝の念を抱きつつも、少年は自責の言葉を紡ぎ続ける。
『このまま“旧校舎”としてここに在り続けても、いつかまた同じ過ちを犯してしまうかもしれない。だから……』
まだ、生きていたいけど。まだまだ、子供たちと遊びたいけど。まだまだずーっと、ここで子供たちの成長を見守り続けていたいけど。
『ぼくは、ぼくをこわしてもらうことにしました』
そう言って、はじめて少年は少年らしい笑顔を浮かべてみせた。


◆神聖都学園・旧校舎◆

―― 神聖都学園・職員室前掲示板 ――
「えっと、こんな感じで良いかしら?」
「おー、バッチリですよカスミ先生。さっすが音楽教師」
ザワザワと騒がしく、ひっきりなしに人が通る昼休みの職員室前。
その職員室前の壁に設置されている生徒への連絡事項を張り出す掲示板に、不城・鋼とて水鏡・千剣破、そして響・カスミの三人が、何か新しいポスターを貼り付けていた。
「いや、私は別にパソコンで文字入れて刷っただけで、音楽教師とか関係ないんだけど……って言うか、こんな事で本当に良かったの?」
ポスターを貼り終えた掲示板を満足そうに眺める鋼と千剣破にカスミは訊ねる。
「ええ、もうこれ以上ないくらいの“報酬”ですよ」
あの夜。見つけ出した子供たちを全員を家に送り届けたあと。ついでに筋肉痛で帰宅困難に陥っていたカスミを背負って家まで連れ帰った鋼たちが、カスミに要求した“報酬”。
てっきり成績の改竄なんていうヤバイ橋を渡らされるのではないかと、内心ビクビクしていたカスミだったのだが……
「まさか、ポスター作りの手伝いをさせられるなんてね」
ポスター作りの手伝いと、完成したポスター掲示。そして、学内での署名運動の許可。
この三つが、鋼と千剣破、そして何故か他校の生徒である紫桜がカスミに求めた“報酬”だった。
「まぁまぁ、良いじゃないですか。そんなコトどーだって」
不思議そうな顔を二人に向けるカスミを鋼がそう言って笑い飛ばす。
まぁ、職員会議の議題に上るようなコトじゃないので、どーでも良いと言われれば確かにどーでも良い。
「そうそう、気にしない気にしない……っと、それじゃあ、あたしは学食に来る人たちに署名して貰えるようにお願いしてくるわ」
「そっか。なら俺は……また舎弟ども集めて署名させるかな」
そして、二人は一言二言会話を交わしたあと、カスミに礼を言ってその場から去っていった。
「……うーん」
二人が去った後、しばらくカスミはそのポスターを見上げて考える。なぜ、あの三人がこんなことを始めたのだろうか……と。
しかしそれは、あの日筋肉痛でダウンしていたカスミには、幾ら考えようとも判るはずがない事柄だった。

†††

―― 神聖都学園・旧校舎 ――
『まさか、ぼくのためにそんなことを!?』
平日の昼だというのに学校をサボって現れたその青年の言葉に、“旧校舎”の“九十九神”である少年は、驚きの声を上げずにはいられなかった。
「いや、別にあなたのためって訳じゃあありませんよ。昔から“ものを大切に”って言われて育ってきた。それだけです」
学び舎が年経た“九十九神”なだけに、学校をサボってきたことを言い咎められるかと思っていた紫桜だったが、どうやらどんなことはないらしい。
『いや、でも、ぼくはもう……』
「駄目ですよ。あなたが壊されてしまったら困る人……いや、神さまかな? だっているんですから」
あの日、自らのことを語り消滅することを望んだ時のような表情を再び浮かべようとした少年の言葉を、紫桜は半ば強引に遮り言葉を重ねた。
―― にっこり。
そして、そんな紫桜の言葉に応えるかのように少年に向かってにっこりと笑う水神さま。
それを見て、少年はつい数日前のことを思い出す。

ぼくは、ぼくをこわしてもらうことにしました。
行方不明の子供たちを捜しに来た彼らは、少年がそう言うと、まるで我が事であるかのように怒り出した。
そんなバカな話があるか。何かもっと他に方法があるはずだ……と。
嬉しかった。誰かにそう言ってもらえたコトで、少年はもう本当に消えてしまっても良いと思った。
しかし、もしそんなコトを言ったらまた彼らは怒るだろう。さて、どうすればいいだろう……。
そんなコトを考えていた時だった。自分よりも幼く見える水干姿の少年が、本当に、本当に小さな声でこう言って、笑ったのだ。
『ボクが、キミの友達になってあげるよ』

少年は、自分自身でもあるこの“旧校舎”を水神さまの社として提供する。
水神さまは、彼が望むように遊び、時には共に机を並べて学び、共にこの学び舎と子供たちを見守ってゆく。
それが紫桜たちの辿り着いた解決策だった。
「あなたが壊されたら水神さまも困る。そんな訳で鋼さんや千剣破さんが考えたのが“これ”って訳です」
紫桜は学園の昼休みに鋼たちからこっそり受け取り少年に渡した一枚のポスターを指さして、笑いながらそう言った。
それは、鋼と千剣破が職員室前の掲示板に貼っていたものと同じ、旧校舎の解体に反対する署名を集めようという運動を宣伝するポスター。
夕焼けに彩られた神聖都学園と、それを見守るようにして小高い丘の上にひっそりと佇む学園の旧校舎が、未熟ながらも暖かなタッチで描かれ、そして……
『守ろう、思い出の旧校舎』
ポスターの中央には大きな文字で、そんな言葉が刻まれていた。


■□■ 登場人物 ■□■

整理番号:5453
 PC名 :櫻・紫桜(さくら・しおう)
 性別 :男性
 年齢 :15歳
 職業 :高校生

整理番号:2239
 PC名 :不城・鋼(ふじょう・はがね)
 性別 :男性
 年齢 :17歳
 職業 :元総番(現在普通の高校生)

整理番号:3446
 PC名 :水鏡・千剣破(みかがみ・ちはや)
 性別 :女性
 年齢 :17歳
 職業 :女子高生(竜の姫巫女)


■□■ ライターあとがき ■□■

 はじめまして、こんばんわ。或いはおはよう御座います、こんにちわ。
 この度は『迷子の水神さま“かくれんぼ”』への御参加、誠に有難う御座います。担当ライターのウメと申します。

 神聖都学園で子供が消えた! 果たして犯人は? その目的は? 子供たちは無事なのか?
 ってな感じでお送りしました『迷子の水神さま』シリーズの第二話。お楽しみ頂けましたでしょうか?

 “かくれんぼ”の最中に子供が消える。
 結構ありがちなテーマですが、それを神聖都学園という舞台に放り込んでコトコト煮込むと……、
 こんな感じに仕上がります。調理人の腕が悪いのは……まぁ、勘弁してください。

 いつもは結構シリアス重視で書いているのですが、今回はチョッとだけギャグの風味を加えてあります。
 読んでいて、もし少しでもニヤリとして頂けたのなら嬉しいのですが、
 その生贄となって散ってしまった人……この場を借りてゴメンナサイ。

 続編の発表時期についてですが……ぶっちゃけ、現在のところ未定です。
 物書きの神さまなんかがパーッと降りてきてくれたりなんかすると楽なんですけど、人生そんなに甘くない。
 みんなオラに元気を分けてくれッ!!
 ……スイマセン、ちょっと言ってみたかっただけです。
 
 徹夜明けのアレな頭でこれ以上書くのもヤバイような気がしますので、今回のあとがきはこれにて終了。

 それでは、また何時の日かお会いできることを願って、有難う御座いました。