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ALICE〜失くしものを探しに〜
ただ本を読んでいただけだったのに。
一瞬視界が真っ暗になったと思ったら、知らない森の中に倒れていた。慌てて立ち上がり、違和感を覚える。
「あ・・・あれ・・・・・・?」
何だか先程より目線の高さが低いような・・・・・・
「ああああああああああっ!!」
【コンプレックス〜八重草・狛子〜】
「どうしたのかな、お嬢さん?」
「きゃあっ!?」
突然目の前に現れた顔に、狛子は短く悲鳴をあげた。
「そんなに驚くことないんじゃないかな。君の大声の方が相当驚きだったよ?」
見るからに陽気そうな17歳程の少年はおかしそうにケラケラと笑う。
狛子ははっとして口を抑えた。不用意にあんな大声を出すなんてボディガードとしては失格だ。
――この場にあの方がいなくて良かった・・・
護るべき人の前ではこのような失態は許されない。
「えっと・・・ここはどこですか?狛、お店の中にいたはずなのですが・・・」
「ここは不思議の国だよ」
「不思議の国・・・?」
そういえば。
気を失う直前に読んでいた本が「不思議の国のアリス」だったような気がする。
もしかして・・・
「・・・本の中・・・・・・?」
「そーいうことになるかな」
「ええええええっ!?」
何故そんな奇妙なことに?
確かにあの「めるへん堂」という店、いわく付きの本が大量にあると噂になってはいるが。
「大丈夫、大丈夫。帰り道ならちゃんと俺が案内してあげるよ。でもその前に、何かあったんだろ?」
「あ・・・そうです!そうなんですよ・・・!狛のシークレットブーツがなくなってしまって・・・」
「しーくれっとぶーつ・・・?」
首を傾げる少年。この世界にはその手のものはないのだろう。身長を高く見せる為のブーツのことだと説明すると彼は「なるほど」と頷いた。
「そんなにないと困るものなのかい?」
「困ります!ないとこんなに背が低いんですよ!?」
「別に女の子なんだからいいんじゃないかなあ?それぐらいで充分可愛いじゃん」
「か・・・かわ・・・っ」
ボディガードという役職柄、なかなか言われ慣れない単語に言葉を詰まらせる。
「か・・・可愛いだけではあの方をお護りできません」
「大切な人を護る為に必要なものなんだ?」
「ええ」
強く頷いてみせると、少年は優しく微笑んだ。
「そっか。ならちゃんと探さないとね」
その笑顔に・・・安心した。
どうやら信用できる人間のようだ。
「それで、君の名前は?」
「八重草狛子と申します」
「狛子さんね。俺、チェシャ猫」
「チャチ猫さん?」
「や、俺別に安っぽい男じゃないし。チェ・シャ・猫」
「シ・・・シャチ猫さん・・・ですか?」
「うーん・・・?俺は猫であってシャチではないんだけどなあ・・・」
「ええっと・・・」
今度こそ間違えないように言おうと口を開きかけたところで、肩を叩かれた。
「いーよ。シャチでもチャチでも狛子さんの好きに呼んで」
「はあ・・・」
結局本当の名前を理解できないまま、狛子は何となく頷いてしまっていた。
協力してくれるというチェシャ猫の言葉に、狛子は素直に甘えることにした。この世界のことは何もわからないのだ。本の中の住人に助けを求めた方が効率が良い。
彼の話ではブーツは盗まれたのだという。不思議の国の人々は珍しいもの好きで、たまに外の人間が迷い込んでくると持ち物を何か盗んでいくのだそうだ。
「でもシークレットブーツなんて誰が盗んだんでしょう・・・?持っていても特に意味はないような・・・」
「いーや。心当たりが一人いるんだな、これが」
「え?どなたですか?」
「あ・れ」
チェシャ猫が指差した先に視線を向ける。そこには今まさにブーツに足を突っ込もうとしている小柄な少年の姿があった。
「ああああっ!狛のブーツ!!」
「なっ!?」
少年が驚いたようにこちらを振り向く。
「やっぱ君か。三月ウサギ」
「ゲ。チェシャ猫・・・」
「狛のブーツ返してくださいっ」
三月ウサギは舌打ちするとブーツを抱え込み、こちらを睨みつけてきた。
「返さねーよ!オレの野望の為に、これは何としてでも返すわけにはいかねーんだっ」
「や・・・野望・・・ですか・・・?」
シークレットブーツを使う野望って・・・?
狛子が疑問符を浮かべていると、横でチェシャ猫がクスクスと笑う。
「まーた白うさぎ絡み?」
「な・・・何でわかった・・・・・・?」
「君ほどわかりやすい子はこの国にはいないよ」
「何だと!?」
狛子にはさっぱり話が見えない。
「あの・・・シャチ猫さん。野望って?」
「ああ。白うさぎって女の子がいるんだけどね。その子に・・・」
「毎日毎日会う度会う度、チビチビ言われんだよ・・・!このブーツを使って奴を見下ろしてやるんだ!」
「・・・へ・・・・・・」
野望というから世界征服だとかお金持ちになりたいだとか、そういったものを想像していたのだが。
思わずチェシャ猫を仰ぐ。
「ええっと・・・あれが・・・?」
「そ。野望」
「・・・」
女の子より小さいことを気にして?
彼女より背が高くなりたいからブーツを?
可愛い。動機が可愛過ぎる。
「な・・・何だよ・・・ニヤニヤして・・・」
「わかります。わかりますよ。男として認めて欲しいんですよね。複雑な男心ってやつですねっ」
「一人で納得してんなっ!」
「ふふふ」
「笑うなっ!」
先程までの怒りはどこへやら。
何だか応援してやりたい気持ちになってきた。
「そういうことなら少しの間、貸してあげてもいいです」
「へ・・・?」
「その代わり、思う存分堪能したらちゃんと返してくださいね」
狛子の反応が意外だったのか、三月ウサギは目を瞬かせる。何やら複雑な表情のまま、「お・・おう・・・」と相槌を打った。
「狛子さん、これで良かったの?」
「いいんですよ。だって男の子って身長のこと馬鹿にされると悔しいものでしょう?」
「まあ・・・そうだね」
離れて三月ウサギを見守りながら目を細めるチェシャ猫。彼にもそんな時期があったのだろう。
「あ。白うさぎが来たみたいだよ」
ショートカットの活発そうな少女が三月ウサギに駆け寄ってきた。会話に耳を澄ます。
「うっわ。どうしたの、あんた?」
「どうしたのって見ての通りだよ」
「何。帽子屋に変な薬でも飲まされた?」
「な・・・っちげーよ!!」
白うさぎはなかなか三月ウサギの意図を汲んでくれない。
彼は多分、ただ一言言って欲しいだけなのだ。
チビではなくて・・・・・・
「まあ、あんたもそれくらい身長あればなかなか格好良いんじゃない?」
「え・・・っ」
「で・も。小細工するなんて男らしくないって思うんだよね、あたし」
「う・・・」
一瞬輝いた表情が途端に暗くなる。
「用事はこれだけ?」
「う・・・まあ・・・」
「そ。じゃああたし、そろそろ行くよ。こんなことしてる暇なんてないんだから」
言うだけ言って白うさぎは去っていってしまった。
「あーらら」
肩を落とし、三月ウサギがこちらに戻ってくる。
「ま・・・また馬鹿にされた・・・」
「まあ、小細工とか大嫌いな子だからね」
「でも良かったじゃないですか。格好良いって言ってもらえて!」
狛子の言葉に三月ウサギは赤面して頷いた。
「う・・・それは・・・まあ・・・嬉しかった・・・けど」
「大丈夫ですよ。身長なんてこれからきっといくらでも伸びますって。そうすれば白うさぎさんも本当に格好良いって思ってくれますよ」
「そうかな・・・?」
「ええ。絶対です」
笑顔で頷いてみせると、三月ウサギははにかむように笑ってみせた。
「それじゃあ、ここでお別れだね、お嬢さん」
本の世界から出るには森の奥へずっと歩いていけばいいという。
チェシャ猫は途中で立ち止まり、狛子に一礼をした。
「えっと・・・シャチ猫さん」
「うーん・・・最後くらいちゃんと呼んで欲しいんだけどなあ」
「え?ええっと・・・チェシェ猫さんでしたっけ・・・?」
狛子が眉間に皺を寄せて考えこんでいると、彼は「ま。何でもいっか」と苦笑した。
「気をつけて帰るんだよ」
「はいっ。その・・・ありがとうございました。チェシャ猫さん」
チェシャ猫は一瞬目を見開き、柔らかく微笑むとこちらに向けて大きく手を振ってくれた。
めるへん堂で「不思議の国のアリス」の本を買った。
狛子が入りこんだあの本は売ってもらえなかったので、別の本ではあったが。
帰ったらあの人にも話してあげよう。
不思議の国で出会った、小さな男の子の物語を。
fin
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【5206/八重草・狛子(やえぐさ・こまこ)/女性/23/ボディーガード】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは。ライターのひろちです。
発注ありがとうございました。
今回も大幅に納品が遅れてしまい申し訳ありませんでした・・・
今回、盗まれたものがシークレットブーツ、しかも盗んだのが三月ウサギということで、これは丁度良いと身長のお話にしてみました。
私も背が低いので割とそれがコンプレックスだったりするんですよね(笑
楽しんで頂ければ幸いです。
ではでは、ありがとうございました!
また機会がありましたらよろしくお願いします。
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