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月下の暗殺者
それは雲が少しある、きれいな月夜の出会い。
月は、満月だ。
暗い夜道、電灯はちかちかと所々にあるような、細い路地裏。その辺にゴミも山積みで置きっぱなし。完全な闇ではないが暗い。
凛と冷えた視線を相手に送る。
どこかのビルから飛び降りてきたのか、頭上から身軽に落ちてきて、そして閃いた刃。
つ、と先ほど掠めた刃先の冷たい感覚がまだある。
向けられたままの刃先、その先をデリク・オーロフは見据えた。
雲間からもれる月光で、それが男だとわかる。自分よりも若い青年だ。薄暗い中で金色の髪と派手な布で右目を隠しているのがわかる。
相手は最初の一閃をよけられたことに少し驚き、そしてどこか嬉しそうだった。
デリクは表情を崩さず、冷えた声で言葉を紡いだ。
誰に刃を向けているか、理解していますか?
いつもの調子とは違い、滑らかな発音の英語。
発せられたその言葉の意味をわかっているのかわかっていないのか、青年は口の端をにっと吊り上げて笑い、そして踏み込んでくる。
だん、と勢い良く一歩を踏み込み、そのまままっすぐ向かってくる刃先を冷静にデリクは見、紙一重で交わす。風を切る音が耳元で聞こえた。数本髪も持っていかれたかもしれない。
この目の前にいる人物はプロだ、と確信する。。
この速さ、大胆さは常人のものではない。
裏の世界に生きる、多くの場数を積んでいるであろうプロの暗殺屋。
きっと何故自分を狙っているのかとか、依頼人は誰かなど聞いても答えはしないだろう。気になりはするが、それよりも気を抜けば自分が負けるのは確実だ。無駄口を叩く暇は無いと思っていたほうが良さそうだった。
刃を向けてくる以上は、デリクにとって敵以外の何者でもない。
それにまだあちらは遊んでいるようで、表情にも動きにも余裕がある。今こうしてよけた後に追撃をしてこないのもその所為だろう。彼の、ばさばさの長い前髪の隙間から見える銀の瞳も笑っている。
デリクは自らも余裕のあるような表情を浮かべる。
これは牽制で威嚇だ。内心は物理攻撃を得手としているのがよくわかるこの相手に真っ向から立ち向かうという行動は避けたい。職業柄不利なのはイヤでもわかる。真っ当に戦えばあまりよろしくない結果が待っているだろう。
自分が勝てる、という思い込みはなく、無理せずに隙を作り逃げる方が良いと結論を出す。
そしてそれは決して相手に気取られないように実行しなければならない。
プロなのだから、頭も回るだろう、臨機応変に対応してきそうだ。
デリクは己の陰に潜む古の魔物を、喚起する。
ぞわりと、闇夜に薄い影がゆらりと動き、どの形に姿をとどめようか迷っているようであった。ようやく形を決めたのかデリクを守るようにとん、と軽やかに地に四足を下ろす魔物、その姿はデリクの二つ名と同じく猟犬。その漆黒は夜闇より、陰よりも濃く獰猛だ。
眼前の敵をその瞳に捕らえて敵意を露にする。
「あ、なんだそれ……そんなもん飼ってるつーのは話にゃ聞ーてねー。おにーさんフッツーの人間だろー」
何が起こったのか、とイマイチ理解出来ていないのか、青年は刀を掌の上で遊ばせながら楽しげに言う。警戒も何もない、ただ少しばかり違和感を感じているようだったがそれに本人は気がついてないようだった。そしてそれにデリクは気がついた。
まだ自分のことを、古の魔物を呼び出したところを見ておきながら普通の人間だと思いこんでいるようだ。
「でもまぁ、いーか。お前がおっもしれー獲物ってことにはかわりねー」
すちゃっともう一度切っ先をデリクの方に彼は向け、そして言葉を続ける。
「おにーさんがいるとさ、世界がへーわになんないんだってよ。俺はそんなんどーでもいいけどなぁ!」
彼が一足踏み込むよりも早く、古の魔物が動く。その口を大きく開け飛びかかり、それを彼は刀でもって受け止める。ぎしぎしと牙と刃がかち合って硬い音を立てていた。
「ソレを倒すのは無理ですヨ。形があるようでないモノ、ですからネ」
「おにーさん、高みの見物ってか? ははっ、いーね、倒し甲斐あるってもんだな! これは中ボスってことか!」
がっと彼は蹴りを古の魔の腹へと入れる。それは一番衝撃がくる場所に的確に入り彼らは互いに距離をとる。にらみ合いでどちらも動けない。
ある意味先に動いた方が負け、というような意地なのだろう。
「……あ、おにーさんの名前、なんだっけか。依頼人からちゃんと聞いたんだけど忘れた」
「名前ですカ……名乗るときは自分から、デショウ?」
デリクは情報を得るチャンスだとばかりに切り返す。こんな言い方に裏の世界の人物が引っかかるとは思えないのだが、もしかしてもしかすると彼ならば、となんとなく思った。
そして案の定。
「俺? 俺はレキハってーの。上の名前は空と海って書いてウツミ」
「空海レキハですカ……私の名前は、秘密デス。アナタが思い出してくだサイ」
「んなセコ! 卑怯だ!」
「何とでも言えばいいですヨ」
歳相応の表情というのだろうか、怒りというか憤りというか、表情をくるくると変える。非情である、私情を挟まないはずのプロがこうもまで感情を露にすることから、彼、レキハはまだまだ修行中の人間なのだと思った。そしてなんとなく、馬鹿っぽい印象を受ける。
頭で考えるよりも本能で動く、そうゆうタイプのなのだろう。
きっと頭に血が上ると周りが見えなくなる、そんな気もする。それならば隙を作ることも可能だ。
デリクは使役する古の魔物を数歩下がらせた。それは一度影と溶け込みまたもう一度、先ほどより大きな姿となって現れる。
そして現れたと同時にそのまま走り、レキハへと飛び掛る。先ほどと同じように刀を使って受け止めはしたが、その質量にレキハは負けて、そのまま背後にあったゴミの山の中へと倒れた。ゴミ山に埋もれ、レキハの姿は見えず、古の魔物の影だけが蠢く。
ずしゃっと軽いような重いような、そんな音が路地裏に響く。そして埃が舞う。
暫くの間、古の魔物はレキハを力強く押さえ込んでいた。それが十秒なのか五分なのか、時間ではよくわからない。けれどもどちらにとってもそれは長い、と感じる時間だタ。だが突然、レキハを抑えていたその姿がふっと突然消える。
それと同時にレキハはそのゴミの中から飛び起きるように立ち上がった。すぐにまた構えを取るが、だがしかし、辺りを見ても先ほどまでいたデリクの姿はもう無い。
路地裏に一人。
やられた、最初から殺される気も、戦う気など無かったのだとやっと気がつく。
「あンのヤロ……! 逃げやがって……」
あっけにとられて、そしてレキハはだん、とビルの壁を一発殴る。
その音が響いていた。
久し振りに全力疾走。
もう大丈夫だろう、と人通りの多い場所に出、そして息を整える。こんな場所で刀を振り回して追ってくるほどの愚行はいくらなんでもしないだろう。
どうなることかと最初は思った。言動から暗殺などのプロだと思ったが、比較的扱いやすい人物だったな、と思う。
暗殺する方、狙われる方の関係がなく出会っていたならきっと楽しく弄れる人物だっただろう。
今頃きっと悔しがっているはずだ。そんな姿を想像して少しばかりの笑み。
「それにしてモ……狙われるような事、何かしましたっケ」
心当たりがあるようでないようで、デリクは考える。
「それとも世の中が物騒になったダケですかネ、いやはや気をつけなくてハ」
まだ少し、心臓は早鐘を打っている。日常に一つの刺激だった。
「空海レキハ、か……まぁ、覚えておいてあげまショウ」
デリクは苦笑し、彼の姿、特徴をしっかりと覚えておく。
金の髪と右目をド派手な布で覆った銀の瞳の青年。きっと歳はまだ二十歳になっていないくらいだろう。
任務失敗の暗殺者。ターゲットは自分だが、今こうしてまだ生きている。
次に会うとしたら、また自分の命を狙ってくるのだろうか。
一応またこんなことがあったときのために対策も考えておかなければいけないなとデリクは心の端に止める。
再びレキハが現れて、命を狙われたなら。きっと彼は今回のことを踏まえて色々と対応してくるはずだ。そのもう一枚上手を行かなければ行かない。次はきっと、それは今回のように簡単ではないだろう。
もっと頭を働かせて、余裕を作って、見せて。
そのあるのかないのかわからない未来を頭の中で何度かシュミレーションしてみる。
「……オヤ、結構勝てるかもしれませんネ」
だけれどもそれは、今日の彼とであり、きっと未来の明日からのレキハはスキルを磨き、容赦を捨ててくるはずだ。
そんな気がする。
だがしかし、それはその時になってみないとわからない。
デリク・オーロフと、空海レキハ。
今の関係は暗殺をかわしたターゲットと、一度失敗の暗殺者。
デリクの一勝、という形だ。
次に出会う時、この関係がどうなっているのかは、まだ誰も知らない。
知るわけが、無い。
<END>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【3432/デリク・オーロフ/男性/31歳/魔術師】
【NPC/空海レキハ/男性/18歳/何でも屋】
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■ ライター通信 ■
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デリク・オーロフさま
いつもお世話になっております、志摩です。
無限関係性の一話目、最初に書かせていただきましたー!おおお、とうとう影にお住まいの魔物さんを書けた…!と一人興奮しておりました、楽しかったです、とっても…!デリクさまらしさを匂わせつつかけていればと思っております。
次にレキハと出あったときに今回の続きなのか、それとも他の形での出会いか、それはデリクさま次第でございます。
ではでは、またお会いできれば嬉しく思います!
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