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Dead Or Alive !?
人というのは死を宣告されたら、普通はどんな反応をするのだろう。
絶望し泣き喚くのだろうか。
だが、自分はもう本当なら死んでいる身。
だから、それ程驚くことはなかった。ただ静かに事実を確認する。
「私は、死ぬのですね?」
口に出した瞬間、体が少し軽くなるような感覚を覚える。
もしかしたら、この時をずっと待っていたのかもしれない。
【私が私である限り〜静修院・樟葉〜】
突然現れた鎌形深紅と紺乃綺音という名の少年達。
「生命の調律師」である彼らの話によると、「死亡予定リスト」とやらに静修院樟葉の名が誤って載ってしまったのだという。そのリストに名を記された人間は確実に死ぬことになるのだそうだ。
――これがきっと運命だったのですね
それならばもう受け入れるのみだ。
本来ならば死んでいる身。今更死ぬことなど怖くはない。
樟葉は懐から小刀を取出した。護身用に所持していたものだ。
「おい・・・っあんた・・・!!」
刃を手首にあて、少し引いた所で綺音に腕を捕まれた。小刀も取り上げられる。
「何やってんだよ・・・!」
「だって私は死ぬのでしょう?」
「だからそれを俺達が・・・」
「私は・・・人ではありません」
静かに告げると、綺音は目を瞬かせた。深紅の方も驚いたように目を見開いている。
「私は本来ならもう死んでいる身なのです。一時の気の迷いで妖魔合身し、今まで生活してきましたが・・・。こんな私に護る価値などありますか?」
「・・・」
綺音が大きな溜息をついた。小刀を持ち直す。殺してくれる気になったのだろう。
だが、彼は小刀を地面に叩きつけると、樟葉の頭を軽くはたいただけだった。
「え・・・?」
「ばーか」
「ば・・・ばか・・・?」
何が何だかわからなくてきょとんとしていると、深紅が樟葉の顔を覗き込み優しく微笑む。
「あのね、樟葉さん。僕達は樟葉さんを護りにきたんだ。人とか人じゃないとか関係ないよ」
「だいたいあんた、ちゃんとそこにいてちゃんと話してんじゃん。だったら生きてるってことだろ?自分から死ぬなんて馬鹿なことすんじゃねーよ。そういう奴が一番嫌いなんだ、俺」
「・・・」
二人の言葉は真っ直ぐに樟葉の胸の奥まで響いた。
人とか人じゃないとか関係なく?
ちゃんと生きてるから?
「・・・護って・・・いただけるのですか・・・?」
「もちろん!」
「こっちのミスなんだから、当然だよな」
――どうしよう
嬉しい。
「・・・・・・ありがとう・・・」
素直にそう思った。
二人に樟葉の死因を訊いてみると、「退魔師による退魔浄化」だと答えが返ってきた。
「やはり、そうですか」
「やっぱり?」
「だって私、こんな体ですから」
苦笑してみせると深紅が複雑そうに顔を歪める。
「あ・・・あのさ、樟葉さん。ちゃんと僕達が護るからね!」
精一杯励ましてくれているつもりなのだろう。「ええ」と頷き、微笑んだ。
と―――
「っ」
背後から殺気を感じた。樟葉と綺音、ほぼ同時に振り返る。動いたのは綺音の方が早かった。こちらに向けて走ってくる長身の男の足を払い転ばせると、鳩尾に肘を叩き込む。
流れるような早業だった。
「綺音、素ばやーい!」
「お前が鈍いんだよ、あほ。今さっき護るって言ってたのは誰だ?」
「う・・・」
気絶した男はごく普通の格好で、特に怪しい所はなかった。
ただ、一つを除いては。
「こいつ、確実にあんたを狙ってたよな?」
「・・・そのようでしたね」
「心当たりは?」
「・・・・・・ありません。退魔師であることは間違いないと思いますが」
嘘をついた。
心当たりならある。
男の服の間から僅かに覗いているのは、間違いなく静修院家の家紋。
――・・・やはりあなた方が私を殺すのですね
驚きはしなかった。
ただ少し、胸の奥が痛んだだけで。
意味もなく歩き回るのもなんなので、樟葉達は公園で少し休むことにした。深紅が何か飲み物を買ってくるとその場を去り、樟葉は綺音と二人ベンチに腰掛ける。
「・・・あんたさ」
ふと綺音が口を開いた。
「化け物になってまで生きてること、後悔してるのか?」
「・・・何故そんなことを訊くのですか?」
「いや・・・さ。実は俺もあんたと似たようなもんなんだよな」
「え?」
似たようなもの・・・?
「俺、元は普通の人間だったんだ。それが深紅のミスで、あいつの式神が体の中に宿っちまってさ。半分人間、半分化け物みたいな微妙な状態になってるってわけ」
「そう・・・だったのですか・・・」
綺音の顔を仰ぐ。彼は無表情に空を見つめていた。
「辛いこと・・・沢山あったでしょう・・・?」
「家族とか友達は捨てたよ。俺は行方不明ってことになってるんじゃねーかな。普通に暮らしていく自信なんてなかったんだよな」
「・・・」
「でもさ、深紅を恨んでるとか後悔だとかそういうのはないんだ。俺は変わらずここにいて、俺として生きてる。なら、いーじゃんってさ」
物凄く・・・楽観的な考え方だ。
それでも何だか「いいな」と思った。
私は変わらずここにいて、私として生きてる。
だから
「あんたは、生きたい?」
「私は・・・・・・」
「・・・・・・おい」
声に
はっとして顔を上げた。綺音の体が強張る気配がする。
目の前に立つ、和服姿の若い男―――
樟葉は静かに呟いた。
「・・・静修院家の者ですね・・・?」
ジュースを持った深紅がこちらに駆け寄ってくる。すぐに状況を飲み込んだようで、男の方を警戒した様子で見た。
「・・・どういうことだよ、樟葉?」
「私の命を狙っていたのは・・・静修院家の者達なのです」
「え・・・?どうしてそんなこと・・・君の血縁だろ・・・?」
深紅の問いに樟葉は一度息をつく。
「静修院家は鎌倉に代々続く由緒正しい退魔師の一族です。その本家から妖魔を出すなど許されぬこと。汚点を消しに来るのは当然のことでしょう?」
「そんな・・・」
樟葉はゆっくりと立ち上がり、真っ直ぐに男を見つめた。
「これはもう仕方のないこと・・・。どうぞ、私を浄化してください」
「樟葉さんっ!?」
男が少しずつ間合いを詰めてきた。深紅が落ち着かない様子で樟葉、男、そして綺音の顔を見る。
男がこちらに手を伸ばしてくる前に、綺音が動いた。樟葉を庇うようにして立つ。
「おいあんた、こいつのことは良く知ってるんだろ?同じ血が流れてるっていうのに、こいつを殺すのかよ?」
「その女は本家最大の汚点だ。消すのは当然のことだろ?」
「そういうことじゃねーだろ!!」
綺音は怒鳴ると樟葉の方を振り返る。
「おい樟葉。本当のこと言えよ。あんた、死にたくねーんだろ?」
「私・・・」
「自分の気持ちを、ちゃんと伝えろ」
自分の・・・気持ち。
先程の綺音の言葉を思い出していた。
私は変わらずここにいて、私として生きてる。
だから、まだ
どうか、このまま
このまま
「・・・・・・生きたい・・・」
ゆっくりと言葉を吐き出した。
「生きたい・・・です。まだここに・・・皆と一緒にいたい・・・・・・いたいです・・・」
それがきっと、素直な気持ち。
大切な人達と
どうか、どうか、どうか
樟葉の頬を一粒の涙が伝う。
「・・・・・・」
静かに・・・男が目を閉じた。
何かを考えているような長い間の後、また静かに目を開ける。
「・・・・・・わかった。本家にはそう伝えておこう」
「・・・え・・・」
「俺はフェミニストでね。泣いてる女をいじめるのは趣味じゃない。また出直すさ」
軽い調子で言い放ち、男は背を向ける。
しばし、きょとんとその背中を見送っていた樟葉だったが、やがて深く頭を下げた。「・・・・・・ありがとうございます」
ありがとう。
私に時間をくれて。
まだ生きていたい。
ここにいたい。
ねえ
私、まだ生きていていい?
ここにいていい?
「・・・いいんだよ。生きててさ」
綺音から発せられた肯定の言葉。
「・・・・・・はい・・・っ」
その言葉に・・・大きく頷いた。
嬉しい。
私は、生きてていいんだ。
夕焼けが綺麗だった。
こんなに綺麗な夕焼けを見るのは久しぶりだ。
「それじゃあ、僕達はもう行かないと」
「お二人とも、本当にありがとうございました。私・・・もう少し頑張ってみます。家の人達も・・・もしかしたら認めてくれるかもしれないから・・・」
希望の光が少しだけ見えたから。
樟葉は去り際に、綺音の腕を引っ張り彼の耳元に囁いた。
「あの・・・綺音さん。一度ご家族にお会いしてみてはどうでしょう?」
「え?」
「きっとちゃんと受け入れてくれますよ」
「そうかあ?」
顔をしかめる綺音に笑顔で言う。
今、彼に伝えたいこと。
「ええ。だって綺音さんは変わらずここにいて、綺音さんとして生きてるんですもの」
「っ」
綺音は一瞬驚いたように目を見開き、おかしそうに笑った。
「それ、俺の台詞なんだけど?」
死ぬのなんて怖くはなかった。
それでも死にたくないと思った。
生きていてもいいのなら
ここにいてもいいのなら
生きよう
私が私である限り
fin
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【6040/静修院・樟葉(せいしゅういん・くずは)/女性/19/妖魔(上級妖魔合身)】
NPC
【鎌形深紅(かまがたしんく)/男性/18/生命の調律師】
【紺乃綺音(こんのきお)/男性/16/生命の調律師・助手】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、ライターのひろちです。
お届けするのがかなり遅くなってしまい、本当に申し訳ありませんでした・・・!!
樟葉さんは綺音と似たような境遇に立たされていたので、彼との絡みを多めに書かせて頂きました。
自分から命を絶とうとした方は実は初めてで、いつもとは違った雰囲気の作品になったかな・・・と思います。生きることに希望を持てるラストになっていれば良いのですが・・・。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
本当にありがとうございました!
また機会がありましたらよろしくお願いします。
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