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<ホワイトデー・恋人達の物語2006>


月夜の葡萄園



◇★◇


 石畳の上に水を撒き、両脇に植えられている花々を見詰め、枯れてしまった葉を取り除く。
 綺麗に咲いた花の香りは甘く優しくて・・・笹貝 メグル(ささがい・めぐる)はうっとりと目を瞑りながら花の香りを楽しんだ。
 ザァっと、風が1陣吹き、メグルの淡い銀色の髪を撫ぜる。
 腰まで伸びた髪は、大きな弧を描いて風に踊り―――
 「メーグルー!!!」
 そんな爽やかな昼下がり、メグルの名前を呼ぶ間の抜けた声。
 メグルの脳裏に実の兄である、鷺染 詠二(さぎそめ・えいじ)の顔が浮かぶ。
 「お兄さん、何ですか〜?」
 「ちょっと。」
 なんだろうか・・・。小首を傾げながらも、メグルは立ち上がると屋敷の中へと入って行った。
 廊下を抜け、突き当りの部屋に入る。
 「何か困った事でも・・・」
 「メグルさぁ、葡萄園の小父様覚えてるか?」
 「・・・えぇ。覚えてますよ。綺麗な葡萄園の中に建っている小さな丸太小屋に住んでいる・・・」
 「その小父様がさ、今度レストランを開くそうなんだ。あの丸太小屋を改装して。」
 「そうなんですか?良いじゃないですか。葡萄園の奥には、確か小さな噴水なんかもありましたよね。花畑とか・・・」
 「そうそう。んで、ホワイトデーにってチケット貰ったんだよ。」
 詠二がそう言って、淡いピンク色の紙をペラリとメグルに差し出した。
 「特別御招待券・・・料理もタダなんですか・・・?」
 「あぁ。そうみたいだ。前に俺らに世話になったからってくれたんだけど・・・」
 「ホワイトデーは、予定が入ってますね、確か。」
 メグルはそう言うと、小さく溜息をついた。
 何でも屋をやっている詠二とメグルには、基本的に休みは無い。特に行事の時は・・・・・。
 「お断りするのも、アレですし・・・どうするんです?お兄さん?」
 「んー・・・しょうがないから、誰かにあげよう。」
 詠二はそう言うと、よいしょと勢いをつけて立ち上がった。
 「あげるって言ったって、誰にあげるんです・・・?」
 「さぁ。ま・・・誰か適当に声でもかけるよ。」
 「適当ってお兄さん・・・!!」
 「折角のホワイトデー、素敵な場所での夕食・・・最高じゃん!」
 詠二はそう言うと、ソファーの上からポンと飛び下り、パタパタと部屋を後にした。
 「最高じゃんって・・・!お兄さんっ!!いきなりそんなの手渡されても、迷惑じゃ・・・って、もういないんですよね・・・」
 はぁぁぁっと、盛大な溜息をつくと、メグルは天井を仰いだ。
 こうも無鉄砲な兄を持つと、とても苦労する・・・・・・・。


◆☆◆


 「とーおやっ!」
 町の雑踏を切り裂くようにして聞こえてきた声に、梶原 冬弥は振り返った。
 「詠二。久しぶりだな・・・どうした?」
 直ぐ後ろに立っていた馴染みの顔に、冬弥は驚きを露にした。
 腐れ縁と言ってしまえるほどに付き合いの年月だけが長い2人。とは言え、顔を合わす回数は年に数回ほどしかない。両者とも、仕事が仕事なだけに忙しくてゆっくり会っている暇がないと言うのが本音だ。
 「お前、今の時期って忙しいんじゃないのか?」
 何でも屋をやっている詠二にとって、各種の行事では目が回るほど忙しいのだと、以前メグルが零していたのを思い出す。取り分けクリスマス、バレンタインデー、ホワイトデーは特に忙しいのだとか・・・。まぁ、考えてみればそうなのだろうけれども。
 「うん、超忙しーっ!」
 そう言ってにこやかに微笑む詠二の笑顔からは微塵も忙しさが伝わって来ないから不思議だ。
 「・・・本当に忙しいのか?」
 「冬弥疑ってる・・・!?や、でも・・・本当、マジ忙しい。」
 「ま、前にメグルが言ってたからな。忙しいのは本当なんだろう?」
 「俺の言葉よりメグルの言葉を信じるなんてっ・・・!」
 酷いわっ!と言いつつ目尻を指の背で拭う詠二。あまりにも芝居がかったその動作に、冬弥が後頭部をスパーンと殴る。
 「いぃってっ!!ドバメっ!」
 「だぁらぁっ!!誰がドメスティックだっ!」
 どいつもこいつも、ドバメっと言えば済むと思いやがって・・・と、ぶちぶち文句を言う冬弥の目の前に、詠二が淡いピンク色の紙を2枚差し出した。ひらひらと左右に振り、にっこりと企み笑顔を向ける。
 「冬弥さぁ、ホワイトデー、葡萄園で過ごさない?
 「はぁ?」
 「ツテで貰った招待券があるんだけど、俺もメグルも忙しいから行けなくて。でも、折角貰ったのにさ、悪いじゃん?」
 「まぁ、そうだろうけど・・・」
 「だから、冬弥にやるよ。可愛い彼女でも誘って行って来いよ。」
 詠二の言葉に、冬弥の脳裏にある人物の顔が浮かんだ。
 「・・・そうだな・・・。ホワイトデーだしな・・・」
 そう言って詠二の手から招待券を受け取る冬弥。その顔を、詠二が意外そうな瞳で見詰める。
 「あれ?やけに素直じゃん。なんだよ、彼女・・・本当に出来たのかよ!?」
 「彼女じゃねーよ。」
 冬弥はそう呟くと、招待券をそっとポケットに入れた。


◇★◇


 携帯の液晶に映し出された人物の名前をしばし見詰め、桐生 暁は慌てて通話ボタンを押した。
 「えっ・・・!?冬弥ちゃん・・・!?」
 『あぁ。』
 「どうしたの・・・!?」
 冬弥が電話をくれるなんて、滅多に無い。アドレスを登録してから、冬弥から電話がかかってきた回数は数えるほどしかない。きっと、暁から冬弥にかける回数の方が数倍多いだろう。
 『なにか事件?』
 「や、そうじゃなく・・・」
 事件でもないのに電話をかけてくるなんて、ますます珍しい。・・・何かあったのだろうか?まさか、暁の声が聞きたいから電話した・・・なんて事は絶対にないだろう。
 『あのさ、お前・・・14日何か予定あるか?』
 「14日?別に何もないけど・・・。」
 14日と言えば、ホワイトデーだが・・・冬弥に限ってそんな事があるはず無いだろう。
 それならば、一体何が・・・?
 考え込む暁の耳に聞こえてきたのは、あまりにも意外過ぎる一言だった。
 『ダチにレストランの招待券貰ったんだけど、お前・・・一緒に行くか?』
 「え?・・・レストランの招待券・・・!?」
 『あぁ・・・』
 「うわ、珍しい・・・。」
 思わず零れた一言に、電話の向こうが沈黙する。
 なんだかその沈黙が酷く恥ずかしくて・・・
 「いやん、愛の告白?期待してますよん。」
 いたって軽い口調でそう言った。
 きっと受話器の向こうでは青筋を立てながら、今に怒鳴りつけ―――けれど、待てど暮らせどそんな声は聞こえて来なかった。代わりに、長い長い溜息が聞こえて来る・・・。
 「うわーん、冬弥ちゃんが冗談にノッてくれないっ!」
 『どうしろっつーんだよ・・・』
 再び甘い溜息。
 直ぐ耳元で聞こえて来るその声に、暁は思わず俯いた。
 ・・・そう言えば、バレンタインの日からほとんど会っていないような気がする。
 なんとなく・・・そう、なんとなく、暁の足が夢幻館から遠ざかってしまったのが原因だ。別に、普通の顔をして次の日に夢幻館の両開きの扉を開ければ良かったのに、何故だか恥ずかしくて・・・。結局、次の日にも行かず、その次の日も、その次の日も・・・。時間が経てば経つほど行き辛くなってしまったのだ。最後はそんな状況を見かねた神崎 魅琴が暁にわざわざ電話をして来たのだけれども・・・。
 どう言う顔をして行けば良いのか悩んだ暁とは違い、冬弥はいたって普通の顔で「久しぶりだな」と言っていたのがやけに悔しかったんだよな・・・。
 そう・・・別に、何でもない事。冬弥にしたって、俺にしたって、別に・・・深い意味は無いんだから。
 「ま、いーよ。冬弥ちゃんのお誘いだし、行ってあげても☆」
 『あー、ソーデスカー。それはそれは、ワザワザどーもアリガトウゴザイマス。』
 嫌味にしか聞こえない口調でそう言うと、冬弥が電話を切った。
 詳しくはメールで・・・。
 ・・・どうしてだろう。酷く、心がざわつく。
 言い知れぬ感情が、何であるのか、暁の経験上よく分かってはいたのだが・・・。
 自分だけの感情だから。だから・・・絶対に、言わない・・・。
 曖昧な関係を壊したくないのに、曖昧な関係を壊すべく突き進む感情が疎ましい。
 ギュっと唇を噛むと、暁は瞳を閉ざした―――――


◆☆◆


 まだ日が高いうちに、暁は葡萄園の中にあるレストランへと向かっていた。
 夢幻館が手配したと言う車は高級車で、品の良さそうな紳士風の運転手は無口だった。
 白い上品なカバーがかけられた後部座席。窓の外は、先ほどまではビルが立ち並んでいた。それなのに・・・今は見渡す限りの葡萄園。
 花がついている木があれば、葡萄が生っている木もある。緑色の葉っぱだけの木もあり―――あれ?それにしても、葡萄って今の時期だっけ・・・?
 ふと浮かんで来たそんな疑問に、暁は首を傾げた。
 葡萄と言えば、秋のイメージが強い。つまり、秋に出荷するためには夏から秋にかけて実が生るのが普通で・・・。
 ―――軽く頭を振る。
 別にそんな事はどうでも良い。現に今、目の前に葡萄が生っていて、花だって咲いていて・・・思えば、夢幻館に咲く花だって季節を違えて咲く花が多い。季節外れに咲く花々は、いつだって狂い咲いている。
 「桐生様、もうじき着きますが。」
 「え?・・・あ、えっと・・・。有難う・・・?」
 “桐生様”なんてあまりにも馴染みの無い呼ばれ方に、どう言ったら良いものかわからずに、とりあえず語尾が疑問系ながらもお礼を言っておく。
 運転手の言っていた通り、直ぐに目の前に小さな丸太小屋が出現し、車は滑らかな動きで小屋の直ぐ前で止まった。
 本当に、何の変哲も無い丸太小屋だった。
 小さな窓には薄いレースのカーテンがかけられており、中を窺い知る事は出来ない。
 運転手が慌てて外へと出て、扉を開けてくれる。それに対して軽くお礼を言った後で車外へと出て・・・風が、1陣吹いた。それはあまりにも強い風で―――目を瞑る。そうすると・・・強く香る、混じり合った花の香り。なんて甘くて良い香りなのだろうかと、暁は思った。
 目を開ければ何時の間にか小屋の扉が開け放たれており、普段とは少し違う、キチンとした格好をした冬弥がこちらに歩いて来た。
 「おう、来たのか。」
 「うん・・・。」
 「それでは梶原様、桐生様、私はこれで・・・」
 「あぁ、さんきゅ。またなんかあったら頼むから。」
 冬弥の言葉に、運転手が恭しく頭を下げてから車に戻り、車は音も無く丸太小屋から遠ざかって行ってしまった。
 「・・・ボス?」
 「俺が?」
 「なんか、威圧感があったからさぁ。」
 そんな暁の言葉に、冬弥が困ったように微笑んで・・・そっと、暁の腕を取った。
 「料理はまだだけど・・・ちょっと、見せたいモンがあって・・・。」
 「何?」
 「見れば分かるから。」
 それだけ言うと、冬弥は暁の腕を引いて歩き出した。
 葡萄園とは反対の方向―――丸太小屋の裏の方へと回る。緑色をした低い草を踏みしめながら歩き・・・ふと、急に花の香りが濃くなった。風に乗ってくる、混じり合った甘い花の香り・・・。
 小高い丘を登り、一面に広がる、色とりどりの花畑・・・・・・
 「うわ・・・すごっ・・・!」
 暁はそう呟くと、花畑に向かって走り出した。冬弥がそっと手を放し、ゆっくりとその後をついて行く。
 淡いピンク色の花を摘み、花の蜜を吸う。
 「ん、甘い・・・。」
 自然の甘さ。花独特の草っぽい、それでも甘い・・・透明な味・・・。
 「ほら〜!冬弥ちゃんも!」
 「・・・お前、野性味溢れてるな・・・。」
 「なんで花の蜜吸っただけで野生って言われなきゃなんないのっ!」
 そう言って、冬弥の口元に無理矢理花を持って行き・・・ふと、視界の端に小さな噴水が置かれているのが映った。
 レンガで囲まれた小さな噴水の中央には女神の姿をした石造が立っており、持っている水瓶の中からは止め処もなく透明な水が流れ落ちている。女神の首には、誰が作ったのか分からない花のネックレスがかけられており、そこだけがカラフルに色づいている。
 「冬弥ちゃん!噴水だよ噴水っ!」
 「見りゃ分かるって・・・」
 苦笑する冬弥の手を取り、噴水の中へと―――
 「うわ!馬鹿っ・・・!!」
 そんな冬弥の声を聞きながら草花が沢山ついた状態で噴水の中に入り、冬弥に水をかける。
 「つめった・・・」
 「あはは、本当、水冷たいね〜っ!」
 「お前・・・これからレストランで食事するっつーのに・・・。」
 苦悩する冬弥の横顔を見詰めながら、そう言えばそうだったと思い出し・・・「どうしよう」と呟くと、冬弥が「どうにでもなる」と、いたって簡単な言葉を返して来た。きっと、冬弥には何か考えがあるのだろう。
 しばらくバシャバシャと噴水で遊んだ後で、レンガで組まれた縁に腰を下ろした。
 水に浮かぶ花はしおしおになっており・・・それでも色褪せない鮮やかな色彩が、心に焼きつく。
 「花の浮かんだ噴水っていい感じかも!」
 「・・・そうか?」
 素っ気無い言葉に、唇を尖らせ―――そう言えば、久しぶりに冬弥とこんなにはしゃいだ気がする。
 久しぶりと言っても、何ヶ月も前と言うわけではないのだけれど・・・。前は、頻繁に夢幻館に行っていたから・・・そう、それこそ毎日通っていた。足が遠退いてしまったのは、暁の気持ちの問題だ・・・。
 「・・・あれ?冬弥ちゃん、もしかしてちょっと痩せた?」
 ふと見詰める先、 腰の辺りや、腕の辺りが以前見た時よりも一回り細くなったような気がして、暁はそう訊いた。
 苦々しい表情で冬弥が暁を見詰め「気のせいだろ?」とだけ言うと、視線を暁からそらす。
 ―――気のせい・・・?
 そんなはずはないと言おうとした暁だったが、見詰めるそこで、冬弥が少し寂しそうな顔をしていて・・・なんだか、訊いてはいけないような気がして、思わず口を閉ざした。そもそもが線が細い冬弥なだけに、心配になってくるけれど・・・きっと、“心配”なんて単語を出したところで「お前のが細いからな?」と返されるのがオチだろう。
 「それで、俺に見せたかったのって、花畑と噴水?」
 冬弥の心配をする代わりに、暁はそう口に出した。
 「や、違う。もう少し・・・待ってろ。」
 そう言って、落ちて来た前髪を掻き上げた。
 丘に広がる青い空に浮かぶ、真っ白な雲。雲は見る間に形を変え、右から左へと流れて行く。
 羽ばたかずとも舞う鳥。高く高く、遠く、小さく・・・・・・。
 ・・・夕日が地平に沈む。
 夕鳥が飛び立つ。葉の擦れる音が微かに響き、木々が揺れる。
 滲む、淡い淡い色―――オレンジなのか、黄色なのか、赤なのか、色はあまりにも混じり合い過ぎて、良く分からない。
 沈む太陽に背を向ければ、夜の足音が聞こえる。
 散りばめられた星は、まだ輝きを発していない。白い月は死んだようで・・・きっと、陽が完全に落ちきった後に息を吹き返すのだろう。自分よりも輝くものがいなくなり、世界を支配するだけの力を手に入れる、その時まで・・・。
 赤紫色に染まる雲の隣、淡いピンクに染まる雲。
 昼間は高く澄んだ青だけの空なのに、この時間になると様々な色が空を支配する。
 夕暮れが陰影をつけ始め、静寂の中に回想の世界を創り出す。
 赤い、空へ続く道・・・乱舞する、光と影と、音と色。
 風の香りが変わる。
 夜の気配が濃く漂い始める―――――
 「日が沈む最後の20分くらい、一番綺麗に見えるって事は・・・こんな綺麗なところで更にこんなん見れちゃって、俺達ラッキーじゃない?」
 「じゃねぇよ。」
 あっさりと否定され、暁は目を丸くした。
 「・・・最初から、コレを見せるために来たんだっつの。」
 怒っているような表情でそう言って・・・違う、きっと照れているのだろう。
 「ありがと。」
 暁はそう言うと、日が没するまでじっと空を見詰めていた。
 空のパレットが染められる。全ての色が混じりあい、溶け合い―――闇色に染まる。
 時折思い出したように点々と星が輝き、それ以外は月と闇の支配下に。
 「行くか。そろそろ料理も出来てるだろ。」
 冬弥がそう言って立ち上がり、暁もその後に続いた。
 冷たくなってしまった洋服が身体に纏わりつき、熱を奪う。ゆっくりと、少しずつ・・・冷えて行く体温が、どこか寂しい。


◇★◇


 「でさ、その時ダチが転んで・・・水撒いたばっかだったからドロドロになっちゃってさぁ〜。」
 右手にナイフ、左手にフォークを持ち、目の前のステーキを1口サイズに切る。
 先ほどから続く暁のマシンガントークに、冬弥が苦笑しながらも曖昧な頷きを返す。
 これだけずっとしゃべっていて疲れないのも凄いと思うが、何よりもこれだけ身振り手振りを交えての話しにも関わらず、暁は真っ白なテーブルクロスに小さなシミ1つも作る事無く綺麗に食べていた。
 「やっぱ、もっと考えながら行動しないと・・・って、冬弥ちゃん聞いてる!?」
 「え・・・あぁ、聞いてる。」
 どこかボウっとした様子の冬弥に、もしかして喋り過ぎたかな?と、反省の色を滲ませる。
 けれど、もしも暁が喋る事を止めてしまったならば・・・きっと、沈黙が場を支配する。何となく感じる気まずさは、暁の心だけに芽生えているものなのかも知れないけれど・・・なんだか、今日の冬弥は落ち着きすぎていて・・・。
 グサっと、切り分けたステーキをナイフに刺すと、おもむろに冬弥の目の前に差し出した。
 それを見て冬弥が不思議そうに首を傾げ・・
 「あーん。」
 にっこりと笑いながら、暁はそう言った。
 「・・・あのなぁ、暁・・・?」
 「あーん!」
 「だから・・・ちょっ・・・」
 ガタリと椅子を蹴って立ち上がると、驚いた表情をして固まる冬弥の口の中に無理矢理ステーキを押し込める。
 「・・・っ・・・!!!!」
 「美味し〜??」
 「〜〜〜あんなぁっ!!!俺とお前は食ってるモン一緒なのっ!お前のが美味きゃ俺のも美味いに決まってんだろっ!?」
 冬弥がそう怒鳴り・・・久しぶりの怒鳴り声に、思わず笑顔が零れる。
 「そーなんだー。」
 「・・・お前っ・・・喧嘩売ってるのか・・・?」
 「売ってないよ〜!冬弥ちゃん、勝手に買っちゃ駄目ジャン。」
 暁のそんな態度に冬弥が溜息をつき、苦々しい表情をし―――パンと手を合わせて「ご馳走様でした」と呟くと、暁は席を立った。そして、レストランのオーナーの男性に声をかけ、挑戦的な瞳を冬弥に向けた。
 「冬弥ちゃん!鬼ごっこ!」
 「はぁ?」
 「食後の後は運動でしょっ!ほら!冬弥ちゃんが鬼だよっ!!」
 「あんなぁ、食後直ぐに走ったりしたら・・・」
 冬弥の小言を聞く前に、暁は外に走り出していた。その背後に男性が「元気が良くて良いですねぇ」と優しく声をかけ、冬弥が「元気すぎて困ってるんですけどね」と大人な意見を述べる。
 ・・・冬弥の走ってくる気配がする。
 きっと、暁は冬弥に追いつかれてしまうだろう。いくら運動神経の良い暁と言えど、冬弥の歩幅とスピードからずっと逃げられると思っていない。だからこそ、本気で全力疾走なんてしていない。早く追いついて欲しいから・・・その気持ちは、表には出さないけれども・・・。
 走って―――冬弥の腕が、暁の腕を取る。
 その瞬間・・・止まって、振り返る。
 「幻想的じゃない?」
 「・・・追いかけっこがか?」
 「じゃなくて、葡萄園ってさー、なんか不思議な所だね。」
 「そうか?」
 「うん。・・・ね、ちょっと歩かない?」
 暁の言葉に、「今走ったばかりなのにか?」と冬弥が苦笑混じりに言い、「だからこそ、急に止まったら身体に悪いよ」と返す。それに対して「食後に走る方がどうかと思うけどな」と言われ・・・それには、何も返さなかった。
 葡萄園を進む。ずっと続く、甘い香り。
 月明かりなんて暗いと思っていた。都会のネオンは眩しすぎて、それに慣れてしまったから・・・月光なんて、淡すぎて・・・儚すぎて・・・。でも、今日の月はどこか力強い輝きを発していた。・・・月の明るさは、毎晩同じなのかも知れない。ただ、この場にはネオンの光は無い。一番強い光が月明かり・・・ただそれだけの事なのに・・・。
 葡萄園の中央、少し開けた場所で暁は足を止めた。
 背丈の低い草が地面に這い蹲るように生えている。その場所に、そっと腰を下ろした。
 オーナーから借りた服は、暁の身体には大きくて・・・袖を捲る。そして、勢い良くその場に寝転がる・・・。
 「ほらほら冬弥ちゃん、寝転がるとプラネタリウムみたいだよ〜!」
 「・・・お前は子供みたいだな。」
 苦笑しながらそう言って、冬弥が暁の隣に腰を下ろす。
 キラキラと、輝きを変えながら光る星。
 時折雲が遮るのか、星が消えたり現れたりする。
 「なんか、落っこって来ちゃいそうだね。」
 「流れ星か?」
 「んー・・・そうじゃなくて、なんつーの?こう・・・ぐしゃっと・・・」
 「おい、確実に何か潰れたよな・・・。」
 そんな冬弥の返しに、思わず笑い出し・・・複雑に絡まる気持ちの中で、鮮明に見える過去の友情。
 しばらくは他愛も無い話をしていた。
 それこそ、何を話したのか片っ端から忘れて行ってしまうほどに、本当に他愛もない話ばかりだった。
 夜空があまりにも綺麗過ぎて・・・その前では、全てが曖昧に霞んでしまう程に・・・。
 時間の感覚が無くなる。
 気づけば2人は無言になっていて・・・空が、段々と明るみ始めて来ていて・・・。
 「もしかして、徹夜したっぽい?」
 「みたいだな。」
 薄まる闇色を見詰めながら、暁がそう呟いた。
 それに冬弥が軽く苦笑しながら答え・・・じっと、暁を見詰めた。
 「・・・なに?」
 首を傾げる暁に、酷く優しい笑顔を浮かべる。冬弥のこんな表情は初めて見る。どこか儚い色を含んだ笑顔は、あまりにも優しすぎて・・・哀しみを含んでいるようにさえ思える。
 「俺さ、ずっとお前にバレンタインの時の事謝らなきゃと・・・」
 「いーって、そんなん。別にさ、あんなのどーって事ないっしょ?」
 それ以上その話をして欲しくなくて、暁はわざと冷たい言葉を選んだ。
 暁の中にいる“桐生 暁”なら絶対にそう言うと、確信があったから・・・。彼にとっては、あんな事はどうでもなくって、別に・・・気にするような事じゃなくって、むしろちょっとしたハプニングと言うか・・・。
 「俺・・・お前の事好きだ・・・。」
 「は?」
  “は?”と言うよりは“へ?”に近く、“へ?”と言うよりは“え?”に近い、いたって曖昧で間抜けな返事をしてしまい・・・
 「別に、だからどうっつーわけじゃなくて・・・。ただ、言いたかっただけ。」
 苦笑しながらそう言って、再びいつもの表情に戻る冬弥。
 混乱する暁の頭を優しく撫ぜ、小さな声で「悩むような事じゃないだろ?」と言って笑い・・・「返事とか、そう言うのはイラナイし、別に・・・ホント、だからどうって話じゃないんだからな?」その言葉を聞きながら、紡ぐべき言葉が見当たらなくて・・・。
 太陽が地平から顔を覗かせる。
 段々と薄れ行く星の輝きと、月の支配力。
 訪れる朝の気配を感じながら、そっと・・・瞳を閉ざした・・・。



              ≪ E N D ≫



 ━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
 ━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  4782/桐生 暁/男性/17歳/学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員


  NPC/梶原 冬弥


 ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
 ━┛━┛━┛━┛━┛━┛

 まずは・・・大変お待たせしてしまい、まことに申し訳ありませんでしたっ!
 この度は『月夜の葡萄園』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 冬弥と恋人未満から恋人と言う事で・・・最後、冬弥に告白させてみました。
 なんだかヘタレっぽい告白の仕方になってしまいましたが・・・・・・。
 綺麗な風景、変わる空の色、そして、暁様の雰囲気を壊さずに描けていればと思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。