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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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■止まらぬ音■
血と肉片を浴びてその中で硬く軽い音は響いていたのだという。
少女が大切にしていたオルゴール。
それは一家殺害の悲劇の後に、少女だった塊に守られるようにしてあった。
巻いたゼンマイが粘ついた血と皮膚だろうか薄いものを噛んで動きを止めて、美しい装飾が惨たらしい現場に不釣合いだった、その品。
「それが鳴る」
煙管を机の端で打ち、蓮は細い息を紡ぎ出した。
視線は他の品々に埋もれるような位置に置かれたオルゴール。
一見、小奇麗な宝石箱にでも見えるそれがオルゴールだと誰にでも解るのは、それこそ蓮の言う通りに『鳴る』からだ。いや、鳴り続けているから、と言うべきか。
埋もれ姿は隠れがちでありながら音だけが奇妙な軽やかさでもって店内を巡る。
独特の、どこかぎこちなく硬い、そのくせ高く涼しげな音色。
「誰かに譲るとなると音は止む。けれど受け取って暫くすると誰も触れていない筈が延々と、途切れる事無く音楽を流す。そうするとじきに気味悪がって誰かに譲る、となるとまた音を止める」
だから今も鳴り続けてるんだがね、と蓮が苦笑したのにも訳があるのだ。
立ち上がり蓮はそのオルゴールへ腕を伸ばす。不自然にその肩が揺れたと思えば戻って来た彼女の手は、赤く、滴る血をオルゴールへと。
「肝の据わった奴が手放さなかった時もあるらしい。だがどうなったかといえば、これさ」
ひらひらとその傷ついた手を振ってみせる。
オルゴールはもう一方の手の上で今も歌い続け、けれど見れば蓮の血は滴るはしから薄くなり消えていく。水面に落ちた油のように撓んだかと思えば、薄く薄く、消える。
「日増しに傷は酷くなり、ついに置いた覚えの無い包丁が手首を切り落としかけたところで此処に来た。だがあたしとしても流石にずっと持っている訳にもいかないだろう?」
だから、と蓮は紅も鮮やかな唇を吊り上げて意味深に微笑んだ。
「このオルゴールを止めちゃあくれないかね」
あたしの手が落ちて無くなる前にさ。
オルゴールの音色は雑然とした店内で、どこか寂しげに壁を叩いている。
** *** *
店主である蓮の手を離れ、これもあるいはいわくのある品であるや知れぬ重厚な卓の上に置かれたオルゴール。
彼女が手早く傷の手当てをする間に眺めたそれは一見ごく普通の、なんら奇妙な点の無い品だった。
「俺に止めろと言うのならば、協力は惜しまないが」
しかし責任は持てない、と付け加えて笑った久我高季の内心――どういった物か判っていて入手したのならば自分でどうにかしたらどうか、という――を知る筈もないものの蓮は苦笑いして頷き返す。
「構わないさ。最初の『おとなしさ』に騙されたこっちのミスだ。手を貸してくれれば有り難い」
「いいだろう」
現在の『持ち主』となる蓮と、高季が短く言葉を交わす間に店内に居たもう一人の男であるところの加藤忍が足音も立てずオルゴールが謳う卓へと近付いていた。彼の稼業を知れば頷ける静かさだが、会話していた二人は驚く様子もなく彼の瞳が件の品を見遣るのを視界に入れる。
「あんたも手伝ってくれるって?」
「ええ。このままでは少女もオルゴールも、あまりに不憫ですし」
穏やかに、優しげな眼差しで卓の上を見たままゆるやかにそう語る忍。
「確かに、放っておく訳にも行かない」
高季も話しながら、その左右異なる色彩の瞳を眇めればそれはオルゴールに溶ける何かを見透かすようだ。
実際、彼はオルゴールに対して霊視を試みるつもりでいた。
「少女の生前から何か……変わった事があったという話は?」
「もう一人、手伝いが調べてくれちゃあいるが、今のところ聞かないね」
「事件の後に調整はされたのか」
「されてますね。隅まで綺麗なものですよ」
部品のどれもこれも、と蓮に変わって忍が高季の続けた問いには答える。
口内で僅かに声を篭らせて頷いてから、こころもち目元に力を入れてオルゴールを高季が向ける異彩の瞳。
(何を宿している)
ただただ音を奏でるばかりのその小箱。
何を、その内に潜ませているのかと。
蓮曰くの『もう一人の手伝い』である槻島綾がレンに戻ったのは、扉を押し開けたのは高季がひとしきり霊視を終えた頃だ。
店内には蓮の常と変わらぬ姿と二人の男――久我高季と加藤忍。
三人を素早く見回して店主の手に包帯が巻かれているのを確かめ、男達が向かう卓の上に座すオルゴールを見て取ると協力者だと判断する。
綾は資料漁りはどちらかと言えば慣れている方だ。
図書館や新聞社、雑誌社とくにアトラス、それらをぐるりと回って控えてきた情報のメモを広げる手付きも丁寧に。
蓮の話を聞いてまず可能な限りの情報をと巡った結果のそれら。
「アトラスでも、少し調べた事はあるみたいです。ただ当時の持ち主が拒んだ為に結局記事にするか判断し損ねた、と」
それぞれが手早く名乗りあい、綾も卓の傍に立つ。
メモと、新聞の記事のコビー等をオルゴールの隣に広げつつ思い出すのはアトラスの碇麗香編集長。記事にし損ねたままネタが一つ潰れるのね、と笑っていた。
「事件性と比較して、記事が小さくはないか」
「大きな事件が同時期にあった為ですね」
「犯人はまだ捕まっていないんですか」
「……ええ」
綾の声に、忍は瞼を伏せる。
捕まってはいないのだろうか。
もしも、今もその犯人がのうのうと暮らしているのだというのならば。
(見過ごせる訳があるものか)
自分は裏街道を歩く者。盗賊だ。その培った人脈と経験、知識、そういったものを使えば探し出す事も不可能ではない。だが忍が犯人を裁くつもりはない。殺す事も簡単だ。けれど、けれどひそやかな裁きを与えて安楽に逝かせてなんとする。
犯人が自由の身であるならば、自分は罪を明らかにする道筋を公職の者達に細く示してやるだけだ。
(裏で静かに殺しゃしねぇ)
忍が考える、その間にも綾の言葉は続く。
「鳴り続け、持ち主が怪我をするようになってから何度かは供養にも出されています。けれど効果は無し。オルゴールそのものは珍しいものでもないですよ。曲もよく選ばれるものではありませんが歌劇の一つですから」
「いわく、と言うべきものは無い訳だな」
「ええ。僕の見落としがない限り」
「信用しよう」
「ありがとうございます」
実際、と付け加える高季の視界の端ではオルゴールの角にそっと触れてみる忍の姿。
止める必要も危険性も無い。音が微かに詰まり再び流れた事だけが、あるいは。
「そのオルゴールには何も宿ってはいない」
「空、という事ですか」
「ああ。血を欲してまで歌い続ける程だ。理由の一つも知る事が出来ればと思ったが」
高季がオルゴールを見る。
促されたかの如くに綾もまたオルゴールを見る。
忍が指先で、造形を確かめるようにオルゴールの装飾を辿っている姿が二人の見る先に。
「宝物だったそうです」
静かな店内の、何故だか時計の針の音さえ失せてただオルゴールだけが謳う。
蓮は普段の居場所で普段の通りに煙管を、いつの間にか摘んでいる。
「抱えて隠すようにして、刃を背中から受けたのだろうとありました」
普段と同じに見せかける落ち着いた声で綾が話すのは、少女とオルゴールの話。
眼鏡を外して目元を揉み解しそれに隠して鼻奥を刺激する衝動を誤魔化した、記事を見つけたその時を思い出しながら綾は語る。
「オルゴールは少女の血や肉片、皮膚の端が絡んでいたそうです」
けれど遺品としてそれらを洗い流し、供養し、親族が他の品々と共に保管してからオルゴールは歌い続けるようになった。その親族に疑わしい点が無い事も、確認は出来ている。
途切れなく歌うようになったのは、少女が居なくなってから。
「では、やはりこのオルゴールが求めているのは少女……なんでしょうね」
「死んだ主を求めて歌う、か」
慈しむ風にであるのか、宥める意図を思わせる手付きを止めて忍が言葉を挟む。
健気な事だが、と忍に続いて高季が言うのはオルゴールに今は宿っていない、けれどいつか宿るだろう気配の事。
「今は主を探す為に傷を負わせていても、じきに味を覚えてしまえば善からぬものが宿りかねないぞ」
「空、と仰いましたけど誰かの『思い』のようなものもありませんでしたか?」
高季が霊視を行った事は傍目に解る筈もなかったが、此処に居る者達はその手の事柄にいささかの関わりがあるのだろう。何故解る、と問い質される事は無かった。
綾の言葉に瞳だけを一度彼へと流して高季は答える。
「オルゴール自身とも言える感情はある。自我を持つに至ってはいないから『空』だと言ったまでだ」
「少女を偲んでの哀しみの唄ですか」
店内の、抑えたトーンの会話以外には唯一つの音であるオルゴール。
それぞれが言葉をつと切ってからも止まらぬその音は硬い無機物によるものでありながら、胸に響くと思わせた。
「――こうしましょう」
落ちた沈黙を拾い上げて消したのは忍だ。
オルゴールの蓋を閉める。やはり止まらぬままのそれを持ち上げ、煙管から立ち昇る紫煙越しに三人を見守っていた蓮に差し出すと、彼女が受け取るのを確かめてから再度手を伸ばす。
「止めるには、少女の血肉か少女自身、そして人に譲る時。ならば一度私に譲って下さい」
貴方が傷つく必要は無い。
付け加えた言葉は蓮と、あるいはオルゴールにもだろうか。
「確かに一度止めた方が動き易い」
「時間の経過で傷も酷くなるのであれば、そうですね。今から動くなら……」
傷を負うにしても蓮より新しい持ち主になる者の方が軽い筈。
そうして音も止めて解決を、という忍の考えは高季と綾にも共通して在ったものだ。
自然と同意の声を洩らすのを蓮は曖昧な笑みを刷いて見ると、受け取ったばかりにオルゴールを忍へと差し出した。
「紳士ばかりだね。じゃあ――これはお譲りしようか」
「ええ。譲って頂きます」
蓋を落とせば小箱に過ぎない。
蓮から忍の手へと改めて渡されたその歌う箱は、二人の会話に続くようにしてかちりと小さな擦過音を立てて音楽を、止めた。
** *** *
会いたい。
それだけを望んでいるようなものだ。
意志は未だ持たないオルゴールが、朧な感情の渦を育み其処で持ち主だった少女を求めている。
ならばまず会わせてやろうではないかと、それが三人の一致した意見だった。
綾の車を走らせて、その家に辿り着く。
人が暮らさなくなれば荒れるのも早い。踏み込んだ廊下が軋むように感じられ、歩く動作も伸長になる。木板ではないのに、家中が暗く軋んで不安定な、そんな。
けれど漂う暗さはそればかりのせいではない。なにがしかの気配を思っているのか、高季だけでなく忍もまた何かを探るようにして周囲を窺っているし、綾は視線を伏せがちだ。
「少女も、家族も、ここに残ってはいないな」
「そうですか」
「……迷っていなければ、いいですね」
向かう先は二階。少女の部屋だったとされる、彼女の殺された場所。
歩きながら高季が屋内を霊視していく。雑多な、事と関係の無い輩も多少はあったが厄介なものはおらず、高季の左目の、その意味するところに怯えては散っていく。無論、高季と同行している二人には見えるものではない。あえて報告することもないので結局は三人ともに口数も少なく階段に足をかけた。
有り得ぬ話ではないと予想はしていた。
忍が階段の半ばで低く言う間にオルゴールはきりきりと小さな音を立てたかと思えば音楽を、その歌を再び溢れさせる。
き、き、き、と混ざる不自然な音。
「正解らしい」
「奥の角です」
綾が階段を昇りきったところで声をかけて自ら向かう。
さして広くもない一軒家。大人の足なら何度か動かせばすぐに角の扉に辿り着く。
続いた忍と二人、扉に手をかけたところで二階の気配を視ていた高季へ確かめるように視線を投げた。廊下の中程で足を止め、周囲を悠然と見回す様子の高季が最後に角部屋へ顔を向けた。
「間違いない」
「では」
開くのは久しぶりだと教える扉の軋み。
ごく僅かな、忍のような職のものでもなければ気付かない程度の小さな抵抗を蝶番から起こして開く、その向こう。
音が歪んで消える。
「オルゴールが」
「……ええ。ですがこれは」
部屋に入った二人がそれを訝しむ間もなく、オルゴールが今度は気泡の潰れる音を二度三度。
見遣るその小箱の中の、シリンダーに、そのピンに、ほのかに粘ついた赤いもの。
「少女は居ないが、思念、というべきか」
扉を塞ぐように立つ二人の背後を通って高季も室内に踏み入った。
異彩の双眸を眇めて見出したのは埃で色を変えた床の窓近く。
高季の視線の先を辿り、あ、と綾が瞳を閃かせる。窓近く、そこを中心に広がっていた少女の死。
オルゴールを持った忍が一歩出る。また一歩。
「床からも、血が――まるで」
呼び合っているみたいですね、と綾がそれを指して言う。
確かにそうだと思わせる様だった。
泡を小さく潰しながら床からも染み出る赤。小さな塊。
手の上にあるオルゴールからも同じ色の同じものが顔を覗かせる。
溢れた赤が小箱の堰を越えて一息に忍の手にかかり――それよりも先に消えて行く。溢れては薄く消えて行く際限の無い血の奔流。
明確な感情が残っていた訳でもない室内の、少女の思念。
意志を持つには至らずとも持ち主を求め続ける、オルゴール。
溢れる赤は当時の彩色を施すつもりであるかのように床から広がり飛び散った跡さえも再現し。
そしてそれは、最後にばしゃりと大きく飛沫を窓に走らせて終わった。
それぞれの沈黙の中、描かれる血肉の様を見ていた三人が唇を開いたのは飛沫の音の更に一呼吸置いた後だ。オルゴールもまた沈黙したことを確かめて、それから。
此処で終わりではない、どうするかと、話している間に部屋の赤は再び消える。
惜しむように小箱の中から歌が、小さく鳴った。
** *** *
「それで、オルゴールは消えたんだね」
「ああ。あのままでは同じ事の繰り返しだからな」
アンティークショップ・レン。
気紛れに覗いただけのこの店で関わったオルゴールの話を済ませに久我高季は訪れている。
いつぞやと変わらぬ店内のいつぞやと変わらぬ店主。オルゴールの音だけが無い。
「壊したようなものだしな、代価が必要ならば払うつもりではいるが?」
「いらないよ。幾らだったかなんてあたしも覚えちゃいないんだ。そっちこそ解決料なり取らないのかい?」
「頼み事を聞いただけだ」
親切な事だ、と愉しそうに笑う蓮に少し唇を動かして応えてやる。
身の内を透したあのオルゴールを微かに思い出しながら。
「ずっと此処に置いておく訳にもいかない」
高季の言葉に二人もまた同意する。
それでは救われないとそれぞれがオルゴールと少女について話すのを聞きながら、けれど高季が話すのにはまた異なる理由があった。
美しい音だ。
確かに美しい音を織る品だ。
けれど今沈黙しているのは少女の思念、居た場所にいるからに過ぎない。
引き離せばまた繰り返すだろうし、かといって置いておけば意志に足りない半端な情動を育む品に善からぬ輩が憑きかねない。
「オルゴールをこっちへ」
「どうぞ」
結局は、遺す訳にはいかないのだろう。
壊す事になっても、と考えながらも高季はまず浄化を試みる。
呪詛の類のような穢れとは違う、ただ一途と言うべきオルゴールの感情と少女のそれを思う思念の残滓。それを一度己の内に招き寄せる。そうして浄めていく。
それはひどく、簡単な作業だった。
再度沸き起こる赤い彩色。それが早送りのように広がり細かく散って消えていく。
二人の感嘆の声を聞きながら、高季は手元を見る。そこにあるオルゴール。
「眠るといい」
存外と優しげな声になったものだと、瞬間に自ら思った。
部屋の赤が無くなり溢れる赤が無くなりそして。
瞼を伏せる忍。小さくオルゴールの曲を呟く綾。
そして今手の中に休ませている高季と。
三人が見守る中でその小箱は、かちりと最後の曲を奏でてそして止まる。
消えた赤を追うようにはらはらと細かな粒になり、高季の手を越えて床に滴り積もり。
「今は自分を抱き締めて死んだ少女と共に在るだろう」
瞼裏に甦らせた記憶を瞳に映して言葉を落とす。
煙管を手に静かに見つめてくる蓮に「では」と意を告げて立ち上がり背を向ける。
「ありがとう。助かったよ」
あたしも、オルゴールもね。
店主の声を受けながら扉を潜る。
黄昏は遠い鮮やかな陽光が、扉を境に満ちていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2226/槻島綾/男性/27/エッセイスト】
【3880/久我高季/男性/63/医師】
【5745/加藤忍/男性/25/泥棒】
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■ ライター通信 ■
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御参加ありがとうございます。ライター珠洲です。
それぞれに止めてどうするか、という部分が異なっていたので折角ですからその部分を(つまり終わり方ですが)別々にさせて頂きました。口調や感情の描写が異なっていなければいいのですけれど。
どなたも面倒見がいいなぁ優しいなぁとプレイング拝見しつつ思っておりました。
・久我高季 様
初めまして。ご指摘に「まさにその通りです」と頭を下げる他無いライターです。
最終的には休ませてあげて終わり、という流れにさせて頂きましたが如何でしょうか。無理に解決出来る能力だと思うのですが、そうでなく願いを叶える方向なのが嬉しかったです。
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