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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


逃げ出した天児


 「御免下さい。草間探偵はいらっしゃいますか?」
 興信所の扉をノックするのは、その場に似つかわしくない和装の男。
 対応した零もそのアンバランスな外見に一瞬、目をみはる。
 男は二人に、幽艶堂という人形屋で着付師をしている翡翠というものです、と名乗り、丁寧にお辞儀をする。
「こちらは、オカルトがらみの件も扱ってくださる所と聞き及んでいるのですが…」
 だからそれは何処から流れた情報だ!と毎度の事ながら本当に呆れてしまう草間は、やぶさかではないが、ああ、と一言。
「で?用件は?」
「天児(あまがつ)を探して欲しいのです」
「あまがつ?」
 草間にとっては耳慣れない言葉。
 人かペットか。
 しかしオカルト絡みと言っているのだから、まぁ何かしら厄介なものなのだろう。
「ひな祭りで這子(ほうこ)と共に祀る予定だったのですが…どうやら空の天児ではなく、既に肩代わりして役目を終えたものが混じっていたようで…」
「ちょっと待ってくれ、その「あまがつ」ってのはいったい何なんだ?」
 そもそも草間にはその天児というものが何なのかすらわからない。
 依頼人は、うっかりしていたとばかりに草間に説明した。
「天児とは子供に降りかかる災いや穢れを肩代わりする人形の事。這子もそれと同様のものです」


  興信所に天児探しの依頼がまい込んでいるその頃。
 街中を雛人形のような顔をした小さな案山子のようなものが飛び跳ね回っているという騒ぎが起きていた。

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■集合

 「あぁ、そういえば雛祭りの起源てそうだったわね」
 手をぽむっと拍手打ち、納得した様子でそう呟くシュライン・エマ。
「日本人形と一口にっても扱われ方、作り方次第で玩具から信仰の対象にまで分化します。雛人形も立ち雛、天児、這子などは子供に降りかかる災厄を肩代わりする為に用意されたのが始まり…俗に言うヒトガタというものです」
 端の方で気だるげに背伸びをする守崎・北斗(もりさき・ほくと)は、翡翠の説明を聞き、要は壊さないように捕まえればいいわけだ。と、のたまう。
「壊さずに捕獲か…結構ややこしいな…なら何かを囮にして誘き寄せるとか…立った形の雛人形…別に対になってるモノが有るとかそう言うことはないんだな?」
 口元に手を沿え、思案する守崎・啓斗(もりさき・けいと)に、翡翠は風習で天児を女雛、這子を男雛に見立てて祭ることはあっても対になるものはないという。
「ふむ…一先ず状況を整理するとして、人形を保管していた場所と、逃げ出したのに気づいてからどのぐらい時間が経っているのか。あと人形の強度について聞きたいわ」
「年に数体作るか作らないかの天児ですので、工房の私の部屋の桐箪笥に封印してありました。私の部屋に入れてあるモノは空の器だけなのですが…髪付師見習いが客に託されたものを入れたようで…」
 幽艶堂の髪付師見習いの娘が応対した客の品物は必ずと言っていいほど曰く付きで、しかも本人はそれに気づかないのだから始末が悪い。
 今回も客から受け取った天児を翡翠の部屋に持って行った後、そのことを告げておくのを失念していたらしいのだ。
 事情を知らされていない翡翠が、別件で必要となった天児を取り出そうとした際に、突如動き出し工房の外へ跳んでいったという。
「――時間的には、あれが逃亡して四時間ほどになります。都内に入ったあたりまでは何とか追えたのですが…あまりの気配の多さに見失ってしまいまして…」
「気配?」
 まさか他にもいるのかと、草間は眉を寄せる。
 翡翠は彼の心中を察したのだろう。気配と言っても人形の気配ではなく、もっと他の雑念や怨念など、異様なまでに渦巻いているこの大都会の特異性の為だと説明した。
「気配が探れず途方にくれていた折に、噂で耳にしていたこちらの門戸を叩いた…というわけです。人形の強度については…そうですね、固まった紙粘土を少し強くしたぐらいです。乾燥にも湿気にも弱いので管理が甘いとすぐカビが生えたりひびが入ってしまいます」
 それでも京焼きなどの素焼きの陶器に比べれば強度はあるが、地面…この街中のアスファルトの上に落としたり、勢い余って倒れたりすれば、恐らく顔が欠けてしまう。
「本来ならば壊さないよう巧く捕まえていただきたいのですが、中身を祓う力を持った方がいらっしゃるのでしたら、器を破壊しても構いません。どうかお願い致します」
 破壊を推奨する訳ではないが、人目につく上に何時誰が捕獲して弄くってしまうやも知れないと思うと気が気でない。
 下手に欠損すればその時一番近くにいる者に中の災厄、もしくは中にいる悪霊等にとり憑かれてしまう危険性がある。
「…そうね、その場で壊すのは最終手段として…出来る限り無傷で捕獲する方向で行きましょ。まずは、雫ちゃんのサイトに書き込みがあるかもしれないからちょっと調べてみましょう」
「あ、なる。それで現在位置がわかるかもしれないってことか」
 シュラインのモバイルを横から北斗が覗き込み、一緒になって掲示板を見ている。
「…中に封じ込められている穢れとやらがどんなものなのか聞きたかったんだが…」
 突発的なことで依頼人である翡翠が持つ情報も限られているのは啓斗にとっての誤算。
 中に封じ込められているものが、祓われたのではなくて移し変えられただけなら、その思いに関連した場所を張っていれば自然と出くわす可能性があったかもしれない。
 探す上でのヒントになるだろうと思っていたのだが、当てが外れてしまったのは仕方がないこと。
 ところが、次なる手をと思案している彼に翡翠は言った。
「…子供にとり憑くのが好きな小鬼や悪霊、中身はその殆どが妖物です。精神的にも付け込み易い子供を狙う悪霊からその身を守る為の形代…本来は持ち主が負うはずだった怪我などを肩代わりする為のものですが、昨今では怪我よりも妖物から守られるケースが増えております」
 天児が勝手に動いたという事は、怪我などを肩代わりしたのではなく、妖物から持ち主を守ったということ。
 そして内側の封印に欠損箇所があったのか、はたまた請け負った妖物の力があまりにも大きかった為に許容量を超えてしまったか。
「徘徊しているという事は、自らを封じている器を破壊し、また誰か別の人間にとり憑こうと画策しているのだと思います」
「なるほど…そうなればやはり人の多いところに出てくる可能性が高いということか…」
 その時、あった!とシュラインが声を上げ、二人を手招きした。
「ほら見て、やっぱりあった」
 シュラインが示した書き込みには、『東急渋谷駅前で人形が飛び跳ねてる!』とか『宮下公園方面にコケシが飛んでる』などと書き込まれていた。
「この書き込みが一番新しいの。今から3分前」
「公園の方向に進んでるとなるとやべーんじゃねぇの?街中もそうだけど姿を隠せる場所が多すぎるぞ」
「でも…中に詰まってるのは子供に降りかかるはずだった災厄や、とり憑こうとしていた悪霊とかなんだろう?だったら、天児の目的地は公園じゃない筈だ」
 ネットの血地図を確認してみると、進んでいると思われる方向の近くに児童会館があった。
「そうか!子供なら不用意に拾い上げたりしてしまうから!」
「急ごう」
「先に行って、すぐ追いつくから。準備しておくものがあるの」
 シュラインと翡翠をおいて、啓斗、北斗、草間の三人は足早に興信所を出て児童会館方面に走っていった。

■捕獲作戦開始

  天児らしき物体が飛び跳ね回っているという書き込み後、リアルタイムで書き込まれる証言をチェックしながら、現在位置を大まかに特定し、ようやく書き込まれた情報に近い場所までやって来た一行は周囲を見回す。
「……騒ぎになっているような場所は見当たらないな」
 周囲を見回しながら草間が呟く。
「もしかしたら、公園に入ってしまったのかも…」
「書き込みのほうは?」
 天児を探しつつ、シュラインにモバイルのチェックを促す北斗。
「えっと…公園の入口付近よ!今何故か止まってるみたい」
 子供を探しているのだろうか。
 何にせよ、その場に止まっているというなら早く追いつかなくては。
 啓斗と北斗が駆け出そうとしたその時、シュラインが何故か待ったをかけた。
「二人とも、これ持ってって!」
「…霧吹き?」
「これ中身何?」
 突然渡されたものは何の変哲もない只の霧吹き。しかも百均の値札が残ったまま。
 いぶかしむ二人にシュラインは答える。
「御神酒よ、中身が不浄のものなら御神酒とか嫌がると思ってね。位置確認次第逃走方向の地面にシューッと噴き掛けて、その方向を嫌がって避けるようであればある程度誘導可能だと思うの」
「なるほど…それで罠でも仕掛けて捕獲しようってことか」
 ポンッと手をつき、感心する草間。
 隣にいた翡翠は草間にも御神酒入りの霧吹きを手渡す。
「罠はこちらで仕掛けますので、誘導宜しくお願いします」
 翡翠の手にはやや厚めの一メートル四方のスポンジ。
 天児の構造を利用して、このスポンジマットに突き刺さって身動きが出来ないようにしてしまえばいいのではと、シュラインが提案したものだ。
 罠を宮下公園端、児童会館目前のところに設置するので、そこまで天児を誘導してくれと三人に指示した。
「了解、んじゃ行くわ」
「まず俺たちで追い詰めて行くんで、フォロー宜しく」
 そう草間に告げると、二人は風を切るように公園へ走る。
「じゃあ、後は頼んだぞシュライン!」
 別方向から公園に向かう草間は振り向き様にそう叫んでいった。
「さぁ、準備の方始めましょう」


  一方、公園の入口付近で何かを探すようにきょろきょろしていた天児は、自分の求める何かを見つけたようで急にピタリと動きを止め、次の瞬間勢いよく跳ね進んだ。

 かつんかつんかつんかつんッ

………

 舗装された部分をカツンカツンと進んでいく。
 当然公園内を散策している人間はそれをみて驚き指をさす。
 がつがつと足元が地面に接触しても、脆いのは頭だけで体は木偶。
 木が磨り減っても頭はなんともない。
 勿論大まかな術が施されているのは胴体部分なのだが、要はあやはり頭部なのである。
 天児の目指している方向の先には案の定児童会館がある。

………!

 天児は急に立ち止まり、ゆっくりと方向転換した。
 視線の先に…果たして視線と呼んでいいのか定かではないが、頭に描かれた顔が向けられた方向には、幼い子供連れの親子がいるではないか。
 児童会館にむけて爆走する必要がなくなった、天児はそう思ったのだろう。
 その親子めがけて跳ね進もうとしたその瞬間、シューッと目の前の道に霧状の何かが吹きつけられた。

………!?

 人形だからして当然表情が変わるわけではないが、如何いうわけかそれ以上先に進めないことに驚いている様子だ。
 じりじりと湿らされた地面を見ながら後ずさりしている。
 地面を湿らせているこの霧状のモノは自分にとって害であると、本能で察したのだろうか。
 天児はくるりと振り返り、吹き付けてきた方向を見やった。

「そっから先へ進ませねーよ」
 まず天児を発見したのは北斗だった。
 北斗が手にしている霧吹きを見て、地面を見やり、状況を把握しているように見えた。
「直接かけられたくなかったら大人しく捕まれ」
 霧吹きを構えた北斗に対し、間合いをとりながら後ずさりしていく天児。
 そして踵をかえし逃走した。
 逃走する際も進行方向の調整の為に、北斗はシューッと地面に御神酒を吹き付ける。
「兄貴?そっち行った!宜しく」
『了解、次のポイントまで先回りしてくれ』
 携帯で連絡をいれ、北斗は啓斗が誘導してくる次の場所へ先回りした。

 かつんかつんかつん ガッガッガッ

 途中途中で三回ほど同じ場所で跳ね、そして先に進むという奇行を繰り返す天児。
 どうやら中身が悔しがっているらしい。
 そんな地団駄踏んでいる天児をよそに、待ち構えていた啓斗が天児の進路にシュッと御神酒を吹き付ける。

……!!

 同じ顔がまた出てきて天児はそっちにも驚いている様子だ。
 啓斗と北斗は二卵性の双子なので顔形は似ているが身長等差があったりよく見れば異なる部分があったりする。
 しかし天児にとって二人の見分けなどつく筈もない。
 完全に混乱しているのだろう、首が固定されているので体ごと反転させ、周囲を見回している。
 その間にも啓斗は天児を誘導すべき方向以外の地面に、御神酒を撒き散らす。

…!?………!!

 まるでしめたッとばかりに御神酒が降りかかっていない方向へカツンカツンと飛び跳ねていく天児を見て、ポツリと啓斗は呟く。
「……本当に災厄とか悪霊とかなんだろうか……単純すぎるな」
 そして溜息つきつつ、天児が道を逸れないよう後を追っては御神酒を地面に噴き掛けて、北斗が待つポイントまで誘導していった。


  その頃、児童会館前でトラップを仕掛け、啓斗達からの連絡を待ちながらシュラインは財布の中身を見て深々と溜息をついていた。
「…やっぱり普通のスポンジじゃないから高くついたわね…」
 必要経費として落とせるだろうが、それにしても些か切ない気分になる。
「普通のスポンジではないのですか?確かに質感も少々異なりますが…」
「それ、海綿っていって、スポンジの原形素材なの。きめが粗いから刺さりやすいと思ってね」
 トールペイントなどで使用されるスポンジの原形・海綿はこれがまた結構いい値段のするもので、子供の拳大のもので400円近くするものなのだ。
「普通のスポンジだったら、確かにサイズとか色々あるし便利なんだけど弾力性が高いから刺さらずに跳ね飛ばしてしまう可能性が高いから」
 どの程度の勢いで突っ込んでくるか予想できない為、もしバウンドしてその後地面に叩きつけられようものなら、トラップを用意してまで無傷でおさえようとした意味がなくなってしまう。
 必要経費とはいえこれだけ大きな海綿を用意するとなると、かなりな御値段になっていまい、その値段で他に何が出来たかと考えてしまうあたりが哀しい。
「………あの、これを言うと余計に落ち込んでしまわれると思いますが…海綿でなくても吸水スポンジでも刺さりやすかったのでは、と…」
「……あ…」
 因みに、フラワーアレンジメントでお馴染みのよく使われているタイプの吸水スポンジは、ブロック状のもので200円前後だったりするので割とお買い得。
 ずんっっ…と見えない何かが圧し掛かったかのように、シュラインは項垂れる。
「あ、その、すみません。お願いした反面、細々口を出すのは如何なものかと思いまして…必要経費ですからキチンとお支払いしますのでご安心を」
「―――そう言っていただけると少し気が楽になるわ…」
「こっちは巻き終えたぞ…って、どうした?」
 トラップ周辺の天児が通る道だけを残し、広範囲で御神酒を撒いてきた草間が様子を伺った。
「いえ、何でもないのよ。些細なことだから、捕獲には支障ないから安心して武彦さん」
「?ああ」
 そんなやり取りの最中、シュラインに北斗から連絡が入る。
『こっちの誘導は完了。あとは兄貴が最終的にそこまで追い込むんで、トラップ宜しく!』
「わかったわ、こっちも準備万端よ」
 念のためすぐそっちに向かうと言って、北斗は電話を切った。
 物陰に隠れつつ、小声で啓斗と連絡を取るシュライン。
「そっちはどう?」
『大丈夫、あと3分ぐらいでそっちに着くと思う。そっちの準備は?』
「できてるわ、万が一にもトラップを避けられないように武彦さんが周囲に御神酒を巻いておいたし」
『了解』
 通話を終了し、成功してくれることを祈って物陰で息を殺していると、ガツンガツンと一定のリズムで棒を突いている様な音が聞こえてきた。
 気づかれないようにトラップの様子を窺いながら、カウントダウンスタート。

がつんがつんがつんがつん がつん

 児童会館を目前に一瞬立ち止まり、トラップに気づかれたかと、一瞬ドキリとしたが、天児は勢いつけて児童会館の窓にぶち当たって飛び込もうとしたのだろう。
 2、3メートル手前で高々とジャンプしたのだ。
 ところが。

めきっ

……!!!……!?…??…!!!

 散々ガツガツと地面に接してきた足元が勢いつけて飛び上がろうとした瞬間に、とうとうめきりと音をたてて軸が歪んだ。
 当然、もう飛び上がってしまったのでやり直しは出来ない。
 初めから飛距離は足りなかっただろうが、更に足りない事になってしまい、見事にトラップの海綿に突き刺さった。
「やった!」
「運もこちらに味方したようで、よう御座いました」
「成功したようだな」
 後を追っていた啓斗もそこでホッとし、肩の力を抜いた。
 深々と軸が海綿に突き刺さり、しかもきめの粗さゆえ突き刺さった瞬間に体が斜めに傾いてしまった天児は、自分の力ではどうにも体勢が立て直せない。
 もがくようにぐるぐると体をまわすも、抜ける気配はない。
「さて、とりあえず毛糸の帽子しかなかったから持ってきたけど、これで包んでおさえればいいかしら?」
「いえ、それには及びません。再封印する為にこちらで用意してきましたので」
 にっこりと微笑むその瞳は紫電に輝き、シュラインは一瞬たじろいだ。
「さぁ、悪戯の時間は終わりですよ。帰りましょうね」
 もがく天児に、翡翠は自分の髪を結う為に使っていた組紐を解き、それで天児を巻き上げる。
 すると今まで散々もがいていた天児の動きがぴたりと止まったではないか。
「なんだそれ…」
 啓斗の問いに翡翠は、自分の髪を編んだものだと言った。

■終幕

  興信所に戻った面々は、テーブルの上に置かれた天児を囲みつつ、シュラインが振舞ったお茶を口にしていた。
「しっかし…使用済みのが紛れてたなんて…もうちょっと備品チェックとかしたほうがいいと思うぜ?」
 溜息混じりに北斗が翡翠に言うと、面目ないと苦笑する。
 そしてテーブルに置かれた天児を手に取り、北斗はポツリと呟いた。
「…天児つーか…こういうのって姿そっくりだと効果上がったりすんのかねー…物とかじゃなくてもさ…例えば双子とか…」
「対で守り人形を作る時もありますが…対で存在する場合、下手をすると『道』を作りかねないので滅多なことではしませんよ。たとえ双子であっても、同じものではなく個々の為に一体一体作ります」
 全く同じものは二つとない、翡翠はそう告げる。
「…まぁ、ただ逃げ出したかっただけなら…遠巻きに様子を見守りつつ、ある程度好きにさせてやりたかったというのが本音だがな」
 お茶を頂きながら啓斗も呟く。
「持ち主が幼くして亡くなって…大事にしていた人形に宿ることは稀にありますから、そういう時は存分に遊んであげますよ」
 だが今回の天児は抱き人形の類とは違う為、中身が安全なものであることはない。
 それぞれ思うところもあるのだろう。それが翡翠にも伝わっていた。
「何はともあれ、バタバタと走り回る一日だったけどこれで依頼は完了ね、ひな祭り前のひと騒動って感じかしら」
 微苦笑しつつ、そう言うシュラインに、翡翠はにっこりと微笑む。
「この度は本当に有難う御座いました。必要経費込みで依頼料をお支払いしますので…宜しければ明日、皆さん工房へいらっしゃいませんか?」
「工房へ?」
「はい、今若衆仲間が指揮を執ってひな祭りの準備をしておりますので」
 ひな祭りと言っても、女の子の節句という形式だけではなく慰労会の意味合いも含めているので、男性であっても構わないという。
「こういう催し物は賑やかな方がよいと思いますので、是非お越し下さい」
「…そうね、たまにはいいかもね」
「…工房か…今回の天児の件もあるし、少し興味があるな」
 少し思う所があるのだろう、啓斗は工房のひな祭りに興味を示した。
「おもしろそーじゃん?」

「それでは、明日…幽艶堂にてお待ちしております」
 封印した天児を抱え、翡翠は興信所を後にした。


―了―
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0554 / 守崎・啓斗 / 男性 / 17歳 / 高校生(忍)】
【0568 / 守崎・北斗 / 男性 / 17歳 / 高校生(忍)】


【NPC / 3322 / 翡翠 / 男性 / ??? / 着付師】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、鴉です。
【逃げ出した天児】に参加下さいまして有難う御座います。
啓斗君と北斗君の読みは外れてしまいましたが、もう一つの追い込み係として活躍していただきました。
終幕後、話は界鏡現象〜異界〜【ひな祭りと天児】へ続きます。
納品はもう少し先になりますので、今しばらくお待ちくださいませ。

ともあれ、このノベルに際し何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せいただけますと幸いです。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。