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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


幻獣ライターの異界事件簿【ファイル1:蓬莱館事変】

ACT.0■PROLOGUE――変容――

「お力を、貸していただきたいのです」
 慌しい編集部が急にしんと静まり返ったほど、その女性は異質だった。
 居合わせた、外注ライターの『D』ことデューク、『G』ことファイゼ、『K』ことポールが固唾を呑んで見つめる。たった今まで容赦なく三下を怒鳴りつけていた麗香までが、はっとして視線を移した。
 その女性は、『浴衣』を着ていたのだ。
 ……それも、見覚えのあるデザインの。
 都内のあちらこちらで梅のつぼみがほころびはじめたとはいえ、長い冬は未だに東京を去っていない。経費節減遂行中のアトラス編集部は室温を低めに設定していたから、さぞ寒かろう。
 青ざめた唇をかみしめ、神秘的な白いおもてを伏せて彼女は言った。
「高峰さんにお伺いしましたら、草間興信所とこちらに相談すれば宜しかろうとのことでしたので。……また、皆さんをご招待いたしたく」
「……あなたは……!」
 彼女と面識があったことに気づいたデュークが顔色を変える。
「蓬莱どの! 蓬莱どのではありませんか。いったい、どうなさったのです」
「ええ。ごらんのとおりの有様で」
 蓬莱は、自分の頬にそっと手を当てる。
「年を……取っているのです。ここしばらく、温泉に入るたびに」
 異界『蓬莱』にいる限り、蓬莱は不老不死のはずである。しかし、少女にしか見えなかったはずの彼女は、今は、麗香と同じくらいの20代後半に見えた。
「温泉が『成長』を促しはじめたってことなのかしらね」
 さりげなく微妙な訂正をし、麗香は腕組みをする。
「高峰温泉に、異変が起こっている……。もちろん、取材はさせてもらうわ。力になれるかどうかは、集まったメンバー次第ね」

ACT.1■ペンは剣より強い……のか?

「おお、それは。編集長自らお出ましいただくとは心強い。ありがとうございます」
 早合点したデュークが、我がことのように礼をのべる。麗香は処置なしとばかりに首を横に振った。
「何いってるの。私は行かないわよ」
「それは当然なのです。女性は、少しなら若返るのは嬉しいと思うのですけれど、それが逆だと大変なのです」
 麗香のデスク脇に、いきなりマリオン・バーガンディが出現した。彼の能力には慣れっこの麗香は、さして驚いたふうでもなく、腕組みを崩さない。
「おかえりなさい、マリオン。どう、次回の『東京不思議甘味処探訪』の取材は順調?」
「蘭くんも一緒ですし、ばっちりなのです」
「ライターのおしごと、楽しいのー! いろんなお店に行けて、おはなしが聞けるの」
 藤井蘭も、マリオンとともに瞬間移動で登場という、珍しいあらわれかたである。マリオンと蘭は、アトラス増刊号で、オカルティックな現象の起きる甘味処を紹介するコラムを担当している。マリオンのユニークな視点と蘭の素朴なイラストが受け、隠れた人気シリーズとなっているのだ。
「それは良かったわ。じゃあ、目先を変えて、温泉記事も書いてみない?」
「わーい! 温泉なの! うれしいのー!」
 蘭は素直に喜んでいる。
 ときおり公園を訪ねて来てくれる蘭の、スケッチのモデルとしてポージング(グリフォンの姿で、である)を取ったことのあるファイゼは、小さな友人を心配そうに見た。
「ですが蘭どのにはまだ、危険なのでは……」
 しかし編集長は、ライター陣には容赦がなかった。
「――『G』」
「は。はいっ!」
「そう思うのなら、あなたも取材してきて」
「かしこまりました。お心のままに」
 麗香にそう言われては逆らえない。ファイゼは、うやうやしく片膝をついて頭を下げる。
 それを横目で見、さらに蓬莱に視線を走らせてから資料検索を始めたのは、宝剣束であった。
 目まぐるしく動く可憐な指が、キーワードを叩き出す。
 異形再生……不適正……そして。
「異界蓬莱に『癌化』が起きているのかもね。その線で調べてみるのはどう?」
 シャープにカットした髪を無造作にかきあげて、束は立ち上がる。
 束は、立場こそ学生アルバイトだが、その的確な仕事ぶりと強い責任感から、正社員たちの信頼も厚い。外注ライターの『D』『G』『K』にいたっては、麗香が席を外しているときなど、束に編集長代理としての決裁を仰ぐこともしばしばだ。
 そんな「影の編集長」の指示に、ファイゼはさっそくそばに行く。
「それでは、束どのの仮説に従って、調査を進めましょう」
「あのね、G」
「は」
「話しかけるとき、いちいち片膝つかなくていいから」
「しかし、淑女に礼を欠かすわけには」
「レディ扱いされるの、苦手なんだよね」
「そう……ですか」
 うなだれるファイゼに、シュライン・エマが苦笑する。
「騎士道精神の発揮はほどほどで構わないのよ、フモ夫さん」
 本日のアトラス編集部は、なかなかに逸材が揃っていた。
 彼らは全て、取材協力者でもあり、情報提供者でもあり、ときにはカメラマンにもライターにもなり得る、心強い人々である。
 草間興信所が関係していた別の案件について、たまたま報告と調整に来ていたシュラインもそうであったし、やはり別件で、海外サイトの記事資料の翻訳依頼を受けた嘉神しえるもいた。
 さらに、滅多に寄稿しないレアな「つくも神ライター」として、マニアな読者に熱狂的人気を誇る石神月弥(ライター名『MS』=Moonstone)も、増刊号の打ち合わせのために訪れている。
「俺も行きます! 任せてください。『物』の観点からばっちり調査します!」
「高峰温泉かぁ。懐かしいわね。う〜ん……今回は『幻獣WRは見た! 湯煙に隠された女神に引裂かれた恋人の怨念が呼ぶ数奇な運命。永遠に愛してるなんて嘘つくんじゃねーよ馬鹿野郎と響くは泥酔した家政婦か!?』ってトコ?」
 パソコンに向かいつつ、火サス風タイトルを、まるで息をするようにすらすら言うしえるに、シュラインも懐かしそうに目を細めた。
「あの時は弁天さんがさらわれて、公爵さんや蛇之助さんと一緒に助けに行ったのよね。私はフモ夫さんの盾を借りて」
「おおお覚えていてくださったんですか。ううう嬉しいですっ。やはり私とシュラインどのは運命的な絆で結ばれてるのかも」
「公爵さんからもらった宝石も、まだ持ってるわよ。〈闇のドラゴンの目〉」
「恐縮です。その節は皆さまに大変お世話になりました。月弥どのには古傷を治していただきましたし」
 一同が思い出話モードになりつつあるのを見て、ポールはふと肩を落とす。
「当時は私もフモ夫団長も、しえるさんたちにアイテムを貸し出しすることでしか、ご協力できなかったんですよね……。噂に聞く高峰温泉には、一度行ってみたいと思ってるんですが」
「こんどはポチさんもいっしょに行くの。フモ夫さんもデュークさんも。みんなで温泉なの!」
「蘭さんは何てお優しい」
 大きな瞳をまっすぐに向ける蘭に、ポールがふと涙ぐむ。その横顔をじっと……久しぶりに会った愛犬に対する衝動を抑えるよう見つめていたしえるは、パソコンから離れて、さっと右手を差し出した。
 ――どうやら、衝動の勝利らしい。
「ポチ!」
「はい?」
「お手っっ!!!!」
「はいっっ!!!!!!」
 本日の外見年齢15歳の月弥は、人間形でのケルベロスの「お手」を、しえるの隣でにこにこと眺めていたが、すぐにその上に自分の手をがしっと乗せる。
「ポチさんと一緒の調査って初めてですよね」
 さあ行くわよポチ! 是非行きましょうポチさん! 
 ――両脇をがっつりと、しえると月弥に固められて引きずられ、ライター『K』は、ある意味幸福な取材デビューを飾ることとなる。
 
 + +   + +

「毎度ありがとうございます。『月光茶房』です。ご注文の品をお届けに来ました」
 アトラス編集部に、穏やかな優しい声が響いた。神秘的な純白の大きな犬「吹雪」を連れ、もの慣れた様子で入ってきたのは郡司誠一郎である。彼は、ケータリングケースから特製手作りケーキをいくつも取り出して、麗香のデスクに並べていった。
 いざ出かけようとしていた外注スタッフたちの表情が、ふわりと漂う甘いにおいに緩む。麗香でさえ、ふと微笑んだほどだ。
「ご苦労さま。……あら、でも、私いつ、頼んだかしら?」
「私のおごりですよ。いつも仕事にお疲れの麗香どののために、ライター報酬の一部を還元しますっ!」
「そうなの? 悪いわね、『G』」
「はっはっは。どういたしまして」
 厳しい編集長のポイントを首尾良く稼ぐことができて、ファイゼは笑顔になる、が。それは一瞬のことであった。誠一郎は、続けて伝票を差し出し、こう言ったからである。
「それではフモ夫君、お支払いをお願いします。今日のケーキ代と、一週間前に弁財天宮にお届けした特注のDXプリンアラモード代を合計して、しめてこの金額で」
「ちょっと待ってください。このケーキは確かに私の注文ですが、なんですかDXプリンアラモードって」
「おや? 弁天様は『代金はフモ夫にツケておけ!』と仰ってましたよ? ……うん、間違いありません」
 黒いエプロンのポケットからメモ用紙を取り出して、誠一郎は確認する。
「ええっー? 私は弁天さまに貢ぐつもりはこれっっっぽっちもありませんが」
「行き違いは、弁天様とご相談のうえ、調整ください」
 言外に、理由はどうあれお支払いはきっちりお願いしますね、とシビアに念をおして、月光茶房のオーナー兼マスターはにっこりする。
「実は僕も、皆さんとは別口の情報を得まして。変質したという温泉に入りに行ったんですよ。そうですよね、蓬莱君」
「え、ええ……」
 微笑む誠一郎に、なぜか蓬莱は顔色を変えて目を逸らす。
「そんなに長くは入ってなかったので、僕自身には変化は生じてないですが、何か異質な感じはしました。ですので、弁天様にプリンを届けた際に申し上げたんです」

 ――弁財天と言えば、芸能と水の女神様、でしたよね? ならば、水の女神ともあろうお方が、水の異変を調べられないなどという事は、ありませんよね?

「目に浮かぶわね。弁天サマのことだから、そう言われたからには『わらわにまかせいっ! 高峰温泉の異変なぞ、ものの数秒で解決してくれる。アトラスの次の特集をわらわのスペシャル記事で埋め尽くしてくれよう、覆面ライター『B』としてな。行くぞえ、蛇之助!』とかなんとか叫んで飛び出して行ったんでしょう?」
 溜息混じりに呟くしえるに、誠一郎は大きく頷いた。
「一言一句揺るぎなく、そのとおりです」
「じゃあ、弁天さんと蛇之助さんは、もう蓬莱館にいるのね?」
 シュラインは、蓬莱に向かって問うた。蓬莱は、またもびくりとして顔を強ばらせる。
「……はい」
「……?」
 蓬莱の動揺に、シュラインは眉をひそめる。異界の核たる彼女自身の様子も、どこかおかしい。
(ごめんね。疑いたくはないんだけど……)
 しかし本来、百年周期で目覚める1ヶ月間以外は、ずっと眠りについてるはずの存在だ。それも含めて異変といえばそうなのだろうが……。
 会話による心音の変化。移動するさいのテンポ。蓬莱の発するあらゆる『音』が、ひとつの答と新たな謎を導こうとしている。
(このひとは本当に、蓬莱さん本人なのかしら。別人だとしたら、いったい……)

ACT.2■再び、高峰温泉へようこそ

「改めまして、蓬莱館においでくださり、ありがとうございます。お部屋割りはこのようにさせていただきました。後ほど、ご希望のデザインの浴衣をお届けいたしますね」
 富士の裾野の旅館には、結局、8名もの協力者が同行してくれた。マリオン、蘭、月弥、束、シュライン、しえる、誠一郎に加えて、合気道家兼死神という濃すぎる人生を背負った彼瀬蔵人を含めての人数である(弁天に呼び出された蔵人が、直接蓬莱館に向かったという情報は、本人から麗香へのメールで判明していた)。
 到着するやいなや、蓬莱は管理人の顔になり、一同に鍵を渡し、部屋に案内する。
 
☆★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★☆
  富   士  の   間 (3名様)

マリオン・バーガンディさま / 藤井蘭さま / 石神月弥さま  
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  若   水  の   間 (3名様)

郡司誠一郎さま / 彼瀬蔵人さま / デューク・アイゼンさま  
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  高   峰  の   間 (3名様)

シュライン・エマさま / 嘉神しえるさま / 宝剣束さま 
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  控  の   間 (従業員用大部屋※見えない従者たちと同室)

ファイゼ・モーリス / ポール・チェダーリヤ / 妙王蛇之助 
☆★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★☆

「蓬莱どの〜。私どもは大部屋ですかぁ? いえ、不満があるわけでは……ありません……が……」
 不満ありまくりな口調で、ファイゼがぼやく。
「団長。大部屋も楽しいですよ。エル・ヴァイセの騎士団寮なんか、もっと条件悪かったじゃないですか」
 初めて訪れた温泉旅館がもの珍しく、ポールは目を輝かせて建物内部を見回す。
「弁天さまの名前が見あたらないのです。『高峰の間』で、シュラインさんやしえるさんや束さんと同室ではないのですか?」
 配られた部屋割り表を見ながら、マリオンが首を傾げる。
「そういえば、弁天さまがいないのー! 弁天さまー?」
 先導する蓬莱を追い抜いて、広い廊下を蘭は走った。
 やがて、蘭の声を聞きつけた蛇之助が、廊下の曲がり角から現れる。しかし眷属のそばには、あるじである女神の姿は見あたらない。
「……これは、蘭さん。皆さんも……」
「蛇之助さんー。弁天さまはどこにいるの? 弁天さまだったら、なんでもしってるなの。たくさん聞きたいことがあるの」
「……それがですね……」
 蛇之助は浴衣に着替えるでもなく、いつもの白衣のままだった。ほっとしたような困惑したような、複雑な表情で一同を見る。
「何て顔してるのよ。弁天サマに何かあったの? まさか、また掠われたんじゃないでしょうね」
「しえるさん……。いえ、そういうわけでは……」
 ほとほと困り果てた風に、蛇之助は口ごもる。
「蛇之助さんからは、言いづらいでしょうね。弁天さんの居場所は、おそらく蓬莱さんが知ってるわ。そうでしょう?」
 蓬莱の真後ろに立ち、シュラインはその背に手を置いた。蓬莱があからさまに、ぎくりとして振り向く。
「蓬莱さん。……いえ、ここにいるのは蓬莱さんじゃないわね。蓬莱さんを模している、誰か」
「どういうこと? だって蓬莱って、普通の人間じゃないはずだけど。そんな存在に化けられるもの?」
 蓬莱のデータにひととおり目を通してきた束が、当然の疑問を放つ。
 誠一郎がおっとりと頷いた。
「蓬莱君を演じるのは難しいですよねぇ。神様でもない限り」
「ああっ、そういうこと! 私としたことが迂闊だったわ! 弁天サマに騙されるなんて!」
 前に回り込んだしえるは、蓬莱――に見える女性の肩を掴んで強く揺する。
「あなた弁天サマね? 何で蓬莱のリアルコスプレをしてるのよっ。 きりきり白状しなさい!」

 + +   + +

「いやまあ、事態は別に変わらぬのじゃ。高峰温泉が原因不明の変質をしたのも事実なら、蓬莱が少々成長してしもうたのも事実。それをこの誠一郎から聞いたのがきっかけで、わらわと蛇之助がここに出向いたこともな」
 中央ロビーのソファにどっかりと腰掛けて、弁天は足を組む。蓬莱の服装のままであるが、さすがに首から上の変装は解いていた。
「それにしたって。蓬莱さんのふりをしてアトラス編集部に取材依頼をするのはやりすぎじゃない?」
 苦笑するシュラインに、弁天はふくれっ面をしてみせる。
「わらわが加勢を求めて、誰も来てくれなかったら空しいではないか。信じてもらえぬ可能性だってある」
「そうねえ。前の弁天さん拉致事件だって、私、最初は狂言かと思ったもの」
「ほれみい」
「で、弁天様。本物の蓬莱君はどこに?」
 さりげなく問う誠一郎に、「優しい顔して突っ込みの鋭い御仁じゃのう」と渋い顔をする。
「蓬莱さんは、原因究明のために、単身で外へ調査に出かけられたのです。弁天さまに留守居をまかせて。彼女の場合は、ここを離れるだけでも老化が進み、ひと月以上経過すれば命が危ないのでお止めしたんですけれども」
 混乱させてしまって申し訳ありません、と、蛇之助は一同に紅茶を配って回る。
「事情はわかった。ともかく調査を進めないとね」
 紅茶をひとくち飲んだだけで、カップを蛇之助に戻し、束は立ち上がった。
「まずは聞き込みから始めよう。スタンダードに」
「御意、束どの」
「束どののご指示のままに」
「なんなりとお申しつけください」
「だからっ! DもGもKもっ。片膝つくのやめろって言って――ん?」
 足早にその場を去り、従者たちのいる『控の間』に行こうとした束は、ふと立ち止まった。地の底から響いてくるような声を聞きとがめたのである。

「………………だずげでぐだざい」

 露天風呂のある方向から聞こえてくるそれは、妙にくぐもった男の声だ。
「誰でしょうか?」
 マリオンは耳を澄ましてみる。たとえば血の池地獄をクロールで3往復したあと針の山を素足で駆けのぼりガマの油を3斗一気飲みしろ、と言われたら、タフな人外であろうとこんな呻きを上げるかもなのです、などと思いながら。
「あれは、死神の彼瀬さんね。私たちより先にここに来てるようだし」
 しえるが、声の主をあっさり特定した。
「様子を見に行ったほうがいいのかも知れないけど、あの人、天使にトラウマがあるから、私が近づくと地面にめり込んじゃって大変なのよね」
「ううむ。実は蔵人は、3日前から温泉に浸かりっぱなしでえらいことになっておるのじゃ。あやつは水に縁深い人外の身ゆえ、温泉の変質も強力に作用するらしくてのう。身体はむくむくと数十年分成長し、身長はとうに3mを超過、体重に至っては1トンを超えても針が止まる気配がない」
「お風呂に入るたびに成長するのでは、お風呂好きな人は大変なのです。温泉といえば温泉まんじゅうと温泉卵だと思うのですが、それを気軽に食べられないのはお気の毒なのです」
 マリオンがしみじみと言い、蛇之助は気の毒そうに目を伏せる。
「蔵人さんは、温泉でのんびりして、眷属生活の疲れを癒そうとなさったようです。それが、こんなことに……。弁天さま、助けてあげてくださいよ」
「とはいえ、あやつは今、入浴中であろう。わらわのような高貴な女神が、男湯を覗くわけにはいかぬでのう」
「覗きはともかく、私も、温泉に触れてみようとは思わないわ。気持ちのいいお湯なのに、残念だけどね」
 シュラインもまた、束とともに、『控の間』で聞き込みをするつもりのようだ。
「二手に分かれない? 聞き込み組と、温泉探索組に。どちらにせよ、あとで合流することにはなるけれど」
 
ACT.3■体当たり調査で行こう

 ☆聞き込んでみよう組【シュライン/しえる/束/誠一郎/デューク/蛇之助】

 蓬莱館の従者は無数にいるが、通常は、人の目には見えない。
 しかしシュラインの鋭敏な聴覚は、彼らの発する気配さえ「言葉」として受け止めることができる。万能通訳がいる限り、どんな対象であろうと聞き取り調査は可能であった。
「以前、弁天様がさらわれたときには、ここの女湯に、異界への道が通じていたそうですね」
 いつどこでどう調べたやら、誠一郎は事情通であった。隣には純白の犬神が、まるで全てを見通しているかのような聡明なまなざしで控えている。
「異界エル・ヴァイセから高峰温泉に幻獣サラマンダーが侵入したという記録を、Dが提供した資料として編集部の共有フォルダで見たんだけど、今回はそういう可能性はない?」
 束は、既存のデータをもとに仮説を立てることに長けている。さらにたたみ掛けるように、しえるが非常に具体的な質問を投げた。
「温泉に異変が起きた時期に、怪しいものを目撃したり気配を感じたりしなかった?」
 それらを、自分の質問や見解も交えて通訳し、シュラインは従者たちと時間をかけて応酬した。そのそばで、デュークと蛇之助が、真剣にメモを取る。
 しかし、聞き込みの成果ははかばかしくなかった。誰も異変を感じなかったし、怪しい来訪者もいなかったようなのだ。
『癌化』――再生が適正に行われず、本来再生しようとしていたものと異なるものになってしまった状態が、この異界にも発生していないか、束は懸念していた。その意図を受け、異界『蓬莱』を生み出した際の儀式で使用した品や各種什器についても確認してみたが、気になる変化はなかったと言う。
「こうなったら、温泉を調べてみるしかないわね。あまり気は進まないけど」
 一同の気持ちを代弁し、シュラインが呟いたとき。
 しばし考えを巡らしていたしえるが言った。
「ここみたいな不老不死とまではいかないにしても、普通、温泉って多かれ少なかれ若返り効果があるものよね。それが逆に作用してるってコトは……」
「逆の効能――若返らせるつもりが失敗――もしくは、反射?」
「そう。例えば、鏡とか。鏡って何でも逆になるじゃない? そういう変なアイテムが源泉のところに有るとかは考えられないかしら?」

 ☆温泉で身体を張ってみよう組【マリオン/蘭/月弥/蔵人/ファイゼ/ポール/弁天】

「ええい! わらわも聞き込み組に加わるというておるに! そう引っ張るな。手を離せ! 蘭! 月弥!」
「弁天さまは水のめがみさまなの。源泉をしらべれば、なにかわかるかもなの」
「そうですよ。そもそもここに来た段階で、源泉からの水の流れに異常なものは感じなかったんですか?」
「ん〜む。感じたような感じぬような」
 蘭と月弥の質問に曖昧な返事をし、弁天はあらぬ方向を見つめる。
 得心したマリオンがにこっとした。
「つまり、弁天さまはまだ、直接温泉に浸かって確かめてはいないのですね?」
「う、うむ」
「やっぱり、年を取ってしまうのが怖いのですね?」
「なななななにを言うマリオンや。めめめ女神たるわらわがそのようなものに左右されるわけがなかろうが。そそそそれに、女性というものは適度に年を重ねてこそ美しくなるのじゃ」
 蘭と月弥に手を引かれ、マリオンに背中を押されながら、弁天は往生際悪く抵抗を続けていた。
 そうこうするうちに、彼らは露天風呂(注:男湯)に到着した。
 まだ陽は高い。桁外れに広大な湯船の上には青空が広がっている。
 岩と木立に囲まれて、もうもうと湯気の立ち上る情景に、蘭は歓声を上げた。
「あったかそうなのー! 入ってみたいのー!」
「うわぁぁ〜! 蘭どのー! いきなり服脱いで飛び込むのは危ないですよ!」
 とてとてと無邪気に脱衣所を通過し、思い切りよく突入しようとする蘭を、慌ててファイゼが追いかける。
「待ってくださいっば。靴下はまとめておかないと。それに、着替えを準備してからじゃないと風邪引きますよ。弁天さまっ。蘭どののために男性用浴衣6番を用意してください」
 脱いだ衣類を、まるで保護者のように回収し、ファイゼは畳みはじめる。
「フモ夫はマメじゃのう。神経質すぎる殿方は早くハゲるぞえ」
「縁起でもないことを」
「ふうーむ。こうしてみた限りでは、異常な感じはせぬが……。蘭や、湯加減はどうじゃ?」
 着衣のまま湯船に近づき、弁天はそーっと片手だけをつけてみる。
「いいお湯なのー! 弁天さまもはやく入ってみるの」
「……せっかくの誘いじゃが、さすがにわらわも、いたいけなおぬしと混浴するのはちと良心がな。もう少し成長して超美形になったあかつきには考えぬでもないが」

 ――そう、言うや言わずのうちに。
 蘭の身長が、伸びた。
 少年のほっそりした四肢は、すこやかな青年のものになり、濡れた緑の髪も、水滴を滑らせながら肩に散る。

「成長したなのー♪」
「危険です蘭どのっー!!! 弁天さまから離れてくださいー! 貞操のピンチですっ!」
「どういう意味じゃああ〜〜〜!!!」
「弁天さまは、服を着たままなら平気なのです。これも調査の一環なのです。えいっ」
「こらあマリオン。わらわの背を押すな……ああああ」
 弁天は頭から温泉に突っ込んだ。ざっばーんと、派手な水しぶきが上がる。
「……マ〜リ〜オ〜ン〜! 服を脱いでおらぬわらわの入浴姿を見て、何が面白いのじゃ」
「弁天さまのヌードをこっそり覗く趣味はないのです。見るのなら、キッチリと許可を頂いてから見たいのです」
「なるほど。一理ありますね」
「フモ夫さんもいっしょに入ろうなのー」
「うわ蘭どの。その姿で抱きつかないでくださいっ! ちょっとマリオンどの、どうしてデジカメをこちらに向けて連写してるんですかぁぁ」

 ……一方。
 皆の大騒ぎをよそに、月弥は月弥で、お湯にちゃぷんと首まで浸かっていた。果たして妖怪も古びるものかどうか、我が身を呈して真相究明中である。
「うーん。俺はあんまり変わらないみたい」
 お湯を両手ですくい上げて、何度もこぼしてみる。その白い手には、まだ何の変化も起こらない。
「つくも神には効かないのかな……」
「いいえ、月弥さんは、なんだか一層、神秘度を増した気がしますよ。オーラが違うっていうか」
「そうかなぁ。自分じゃわからないや。やっぱり源泉を調べなくちゃかな」
 すぐそばの岩に着衣のまま腰掛けて右手をかざし、ポールは湯気の中を見やる。
「源泉が湧いているのは、蘭さんのいるあたりの――もっと奧のほうでしょうかね」

「あ。聞き込み組のみんなだ。おーい」
 しえるを先頭に、露天風呂にやってきたシュラインと束と誠一郎たちに、月弥は湯船の中から手を振る。
(そうだ)
 身を乗り出しながら、はたとひらめく。
 ポールに向き直り、月弥はじいいっと、その目を見すえた。
「あの……? 月弥さん?」
「……(見つめている)」
 まっすぐな気性の犬系幻獣には抗いがたい、『魅了』のオーラが満ちる。それは、次なる調査への布石であった。

 + +   + +

「あのー。べんでんざまー。ごのままじゃかえれないからなんとかじでくだざい」
 気の毒な蔵人は、肥大化したまま身動きが取れず、途方に暮れていた。
 蔵人のいるあたりはことのほか湯気が濃く、皆、自分の調査で手一杯なため、ずっと気づいてもらえなかったのである。
 弁天が温泉に入って(落とされて)しばらくしてからようやく、お湯の中になびいていた帯を引っぱって振り向かせることができたのだった。
「お? 何じゃ蔵人。そこにおったのか。全然っ、まるっきり、これっっぽっっちもわからんかったぞ。まだまだ小柄でスリムということじゃの」
「げんじつからめをそむげないでぐだざい」
「いつまでも浸かってないで、とっとと湯から上がらぬか。ほれ、大サービスで男性用浴衣1番か2番か3番か4番を……おうわぁ、どれも似合わぬのう」
「みんなぢいざいです」
「ええい、このプロトタイプの巨大浴衣でどうじゃ。あと、ほんのちょっぴりだったら、わらわのツケで温泉まんじゅうと温泉卵を食して良いぞ」
 少々罪悪感があったと見えて、弁天は蔵人のサイズに合う浴衣を持ってきた。さらに大盤振る舞いで、売店での買い食い許可までしたのだが、これについてはすぐに後悔することとなる。

 何しろ蔵人は、急なできごとの連続で情緒不安定になり、過食症気味になってしまっていたのだ。
 怪獣映画さながらの迫力で、食料を買って食べ続け、大きな体は巨大化の一途をたどるばかり。自重で床に蜘蛛の巣のようなひび割れを作り、天井に頭をぶつけてこすりながらそれでもなお、地響きを立てて弁天のあとにひたすらついてくる。
 真の恐怖は、彼が食費はおろか旅館の修理費までも弁天のツケにし、蓬莱が詳細ばっちりの請求書を送ってきてからになるのだが、それはまだ先の話である。

☆ポチに身体を張らせてみよう組【月弥&しえる+全メンバー】

「さてと。ねーえ、弁天サマ。自首するんなら今のうちよ?」
 聞き込み組を代表する形で、しえるは微笑む。弁天は眉を寄せた。
「何のことじゃ」
「以前ここにきたとき、変なアイテム落とさなかった? 鏡みたいな」
「記憶にないぞえ」
「……ふうん。その顔は、嘘ついてるふうには見えないわね。まあいいわ――ポチ」
「はいっ、しえるさん」
「潜水して、源泉付近を調べることってできる? そこに何かあったら拾ってきて欲しいの」
「それはまあ、できなくは、ないですが」
 少し戸惑っているポールに、月弥がおごそかに号令をかけた。
「ポチさん!」
「はい?」
「とってこーい!!!」
「はいっっっ!!! いますぐにっ!!!!」
 しっかり魅了しておいたおかげで、ケルベロスの条件反射は凄まじかった。
 一瞬後にポールは幻獣の姿と化し、湯の中に飛び込んだのである。

 ほどなく――
 一同が見守る中、ケルベロスは水面から顔を出した。
 みっつの頭のうち、真ん中の口に、小さな鏡をくわえて。

ACT.4■真相のようなもの

「つまり、以前、弁天さまが拉致されたとき、持ちこんでたコンパクトミラー『美容効果倍増:楊貴妃伝説〜試作品Ω〜』を湯船に落とした。今まではその蓋は閉じていたから問題なかったけれど、押し流されて源泉付近に移動した拍子に蓋が開いたと」
「ぞうでずね、つかねざんのまとめられたどおりでず」
「そして弁天様は、そのことはすっかりお忘れだったのですねぇ。マリオン君が証拠を押さえられたから良かったですが」
「過去へ行って原因を見れば一目瞭然なのです。弁天さまが鏡を落とすところを、デジカメにばっちり収めてきたのです」
「まったく人騒がせよね。ところでフモ夫さん、肝心の蓬莱さんはどこまで調査に行って、いつ帰ってくるのかしら?」
「それそれ。蓬莱どのはなんと、中国は山東省の北側にある『蓬莱市』に出向かれたとのことです。そもそも徐福が出航したのはこのリアル蓬莱であるそうで、原点を調べてみようということだったんでしょうね。先ほどメールを打ちましたので、もうすぐお戻りになりますが、こういう落ちに脱力していらっしゃいますよ」
「月弥くんの『とってこい』、かっこよかったの」
「あはは。ポチさんになら、やってもいいような気がして……」

 + +   + +

「あの、しえるさんっ。ポールさんの手っ手っ手を握っっつつ」
「あ、これ? 気にしない気にしない。『お手』だから」
「気の毒にのう、蛇之助。女ごころは気まぐれなもの。弁財天宮に帰ったあかつきには、ここ数十年における失恋ソングの定番、中島みゆきのメドレーをわらわの琵琶演奏とともに歌い上げてしんぜようぞ」

ACT.5■EPILOGUE――只今編集中――

 同行の8名から提出された文句なく面白い原稿と、幻獣ライターたちの、いまひとつ対象を消化し切れていない記事を見比べて、麗香はその日何度目かの溜息をついた。
 なお、覆面ライター『B』と『J』を名乗る人物から届いた売込み原稿は、速攻でシュレッダーに消えている。
 ちなみに今回の取材に関して、幻獣ライター陣が記した表題は以下のとおりであった。

 ◇蓬莱館事変:副題「変容の真実を求めて」
        ……Writing by 『D』

 ◇高峰温泉探訪:副題「楊貴妃伝説〜試作品Ω〜が構築した迷走異界」
        ……Writing by 『G』

 ◇変質した温泉の謎:副題「外注記者たちの大いなる挑戦! 湯煙にうごめく井の頭弁財天の陰謀と、DXプリンアラモードのツケの行方は……! ていうか弁財天宮はそんなに予算不足なんですか野外ステージの脇に野菜畑作りましょうか?」
        ……Writing by 『K』


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2163/藤井・蘭(ふじい・らん)/男/1/藤井家の居候】
【2269/石神・月弥(いしがみ・つきや)/無性/100/つくも神】
【2412/郡司・誠一郎(ぐんじ・せいいちろう)/男/43/喫茶店経営者】
【2617/嘉神・しえる(かがみ・しえる)/女/22/外国語教室講師】
【4164/マリオン・バーガンディ(まりおん・ばーがんでぃ/275/男/元キュレーター・研究者・研究所所長】
【4321/彼瀬・蔵人(かのせ・くろうど)/男/28/合気道家・死神】
【4878/宝剣・束(ほうけん・つかね)/女/20/大学生】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、神無月です。
この度は、幻獣ライター連中の初取材にご同行いただきまして、まことにありがとうございます。
頼りまくりの、足引っぱりまくり(主に弁天が)で申し訳なく。
実は、隠れた趣向といたしまして「PCさまもライター化!」という目論見がありました。皆さま、もともと有能な調査員であり記者でもありますので、今更なのですけどね。

□■シュライン・エマさま
ふふ。「蓬莱が怪しい」と思われるとは、さすがシュラインさま。弁天の変装を見抜かれた、というよりは、こう、私のシナリオパターンを読み切っていらっしゃるという感がひしひしと(降伏)。

□■藤井蘭さま
きゃー♪ 蘭さまが美青年に! うるわしい姿とアンバランスな幼い言動に萌(以下自粛)。取りあえず、弁天からは逃げて下さい。

□■石神月弥さま
ちょっとやりすぎなくらいに、月弥さまのライター設定を暴走捏造してしまいました。何か問題がございましたら、アトラス増刊号にてお詫びいたしますのでご一報を。

□■郡司誠一郎さま
初めまして! おっとり穏やかな風貌とざっくり鋭いツッコミ技をお持ちの誠一郎さまには、弁天も一目置いている様子。ツケは必ずお支払いいたしますので(フモ夫が)。

□■嘉神しえるさま
ポチを構ってくださってありがとうございます。久しぶりの「お手」は物議をかもしたようで、弁天が妙にうきうきしてますよ(笑)。お気をつけくださいまし。

□■マリオン・バーガンディさま
マリオンさまにかかっては、解けぬ謎はありませんね。過去の真実を激写できるその能力は、最強の記者といえましょう。なのに甘味処探訪ライターなのは私の趣味(以下略

□■彼瀬蔵人さま
ダイナミックなお体にぴったりの、スケールの大きなプレイングに大受けいたしました。蓬莱館での食事代と修理代が、果たしてどのくらいに達したのか、気になるところでございます。

□■宝剣束さま
初めまして(魅力的なBUに目を奪われました)! 騎士あがりの幻獣連中が、揃いも揃ってご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません。こき使って構いませんので、どうぞ今後ともよしなに。