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<東京怪談・PCゲームノベル>


魔女と姫君 第二話






 それから暫く経った後、カリーナの”予言”通り、ワールズエンド店内には見知った面々が揃っていた。
その中の一人、浅海紅珠は、棚の高い部分に飾られていた品物を蹴散らしながら飛び回るリックを見上げ、ぼそっと洩らした。
「うっはー、また派手にやったなあ、こりゃあ」
 やれやれ、と手を腰に当て、もう片方の手を額に掲げる。
紅珠はリックとは前回の訪問は初対面だったのだが、わざとこんな騒ぎを起こすような奴ではなかったと記憶している。
騒がしい性格ではあったようだが、ここまでいくと最早異常だ。
店の床には、リックが飛び回りながら蹴落とした品々が無残な姿になって転がっている。
 紅珠はハァ、とため息をつき、カウンターの隅で銀埜から介抱を受けているリネアに視線を移した。
元々の器が幸いして、被害者の一人にはならずに済んだようだが、
首筋に小さなガーゼを当てられている様は見ているだけでも痛々しい。
紅珠は一瞬だけ目を伏せたあと、キッと戸口付近に立つリース―…カリーナを睨みつけた。
元々赤みを帯びた目は、紅珠の怒りによって更に赤みを増している。
紅珠は丸めた拳をパァン、と音を立ててもう片方の掌で叩き、そのまま拳をポキポキ、といわせる。
「俺、ともだちが嫌な目に逢うの、すっげぇ腹立つんだよな。
だから今日はリースが泣いて頼んだって、勘弁してやんねーかんな!」
「…そう」
 カリーナに乗っ取られているリースは、くいっと口の端をあげていやらしい笑みを浮かべて見せた。
そしてくっくっ、と笑う。
「どう勘弁してもらえないのか楽しみだわ。そこのお嬢さん…デルフェスだっけ? 貴女も同じ気持ちなの?」
「……!」
 紅珠はハッともう一度カウンターの隅を見やった。
リネアを介抱しているのは銀埜だけではなかった。
裾の長い清楚なドレスを纏った鹿沼デルフェスもまた、心配そうな顔をしてリネアの様子を見ていた。
確か、デルフェスもリネアとは仲が良かった筈だ。一体彼女はどんな心境なのだろうか―…そう思って紅珠はデルフェスを見つめていたが、
デルフェスがふっと顔を上げて立ち上がったので、紅珠は思わず目を剥いた。
紅珠が―…否、その場にいる全員が見たこともないほど、デルフェスは真剣な目で突き刺すような視線をカリーナに向けていたのである。
「……わたくし、撤回させて頂きたい言葉がありますの」
「へえ?」
 デルフェスの発した言葉に、カリーナはわざとらしく眉を上げて首を傾ける。
「でもその前に、カリーナ様。貴女に抗議させて頂きますわ」
「何をするのか、それもまた楽しみではあるけれど。でもね、今回の主役は私じゃないのよ」
 カリーナの自信に満ちた言葉を受けて、紅珠は思わず眉を寄せる。
だがその言葉の真意を聞き返す前に、どたばたという騒々しい音が二階から響いてきた。
「お待たせお待たせっ。最近使ってなかったから、作業室の隅にほっぽってあったのよね」
「きちゃなくてくろうちたのでち。ちぇいりちぇいとん、あなどるべからじゅ、でちよ」
「ええ、ホントに。探すの手伝ってくれてありがとう、クラウレスさん。さっ、リック! 年貢の納め時よ!」
 店内のシリアスな空気をものともせず、二階から足音を荒げて店内に飛び込んできたのは、ルーリィと来訪者の一人である、クラウレスだった。
ルーリィは意気揚々と黒い鉄で出来た鳥かごを掲げ、天井を飛び回っているリックをぴっと指差す。
「ルーリィ! どこいってたんだよ?」
「あら紅珠さん、いらっしゃい。ごめんなさいね、何かバタバタしてて」
「ばたばたしてるとか、そういう次元じゃないと思うんだけど! とりあえず銀埜サンに一通り説明してもらったけどさ」
 紅珠は憤慨しつつ、呑気そうな顔を見せるルーリィに説明を求めた。
ルーリィは紅珠に気づくと手に持った鳥かごを掲げて見せ、
「じゃあ話は早いわ。とりあえずあのカリーナが何か企んでることは分かるんだけれど、今のところ実害はリックだけみたいだし。
だから、これ以上店に被害が出ないうちに、隔離しちゃおうかしらって」
「ちょのかごは、りっくしゃんがおいたをちたときに、ちゅかったものらちいのでち。
わたちはちょれをさがすおてつだいをちてたのでちよ」
 黒いマントが埃塗れになってしまったクラウレスは、普段と変わらない舌ったらずな調子でルーリィに続いて言った。
そしてやれやれ、と言いたげに肩をすくめると、自分のマントの埃を払うことに専念し始めた。
「でもさあ…実害はリックだけっていうけど、リネアだって噛まれちゃったんだろ?
なあ、痛かったよなあ」
 紅珠はあまり危機感の感じられない二人に口を尖らせつつ、カウンターの隅に避難しているリネアを見下ろす。
リネアは目をぱちくりさせたあと、なんでもない、というように手を振る。
「そんなことないよ。ちょっとチクッとしただけだし…それに、リックちゃんのせいじゃないし!
だからデルフェス姉さん、そんなに怖い顔しないで…ね?」
 リネアはそう言って、自分を守るように立つデルフェスを心配そうに見上げる。
デルフェスはその視線に気がつき、リネアににっこりと微笑んだ。
「そんな顔をなさらないで下さいまし。わたくし、怒っているわけではありませんわ」
「でも……」
「ほんの少し、カリーナ様に申し上げたいことがありますの。
ですからリネア様がお気に病むことはありませんわ」
 デルフェスはそう宥めるように言って、リネアの頭を優しく撫でた。
 そんな彼らを黙って見ていた銀埜は、す、と立ち上がると主人の元に寄り、その耳元に語りかける。
「ルーリィ。先日の私の件もありますし、早いところリックを何とかしたほうが―…」
「そ、そうね。被害者が出たら大変だし」
 主従二人はそう言って頷き合う。
先日のカリーナが起こした騒動では銀埜がその標的となったものの、
彼ら訪問者もまた、或る意味で言えば被害者となってしまっていたのだ。
カリーナの魔法は、空間干渉系。今はまだリックのみが術を受けている状態だが、
いつ他方に降りかかるか分からない。―…そして、それがどのように起こるかもわからないのだ。
「リックの魔力を取り戻すのはあとよね。よーし…」
 そう意気込むルーリィに気づき、傍にいたクラウレスが何やら嫌な予感を感じて眉をひそめた。
「…るーりぃしゃん。どうやってちゅかまえるちゅもちでちか…?」
「大丈夫、策は考えてあるから!」
 ルーリィはふふん、と胸を張り、いつの間に設置したのか、小さな菓子を入れた鳥かごをリックのほうに向かって掲げた。
「ほーらリック、あんたの好きなお菓子よ! 欲しいなら降りてらっしゃい、そうやって飛び回っててもあげないわよ!」
「……」
 何とも原始的な方法でリックの気を引こうとするルーリィに、一同からの涼やかな視線が集中する。
だがそんな一同の内心とは裏腹に、リックはかごの中身とそれを振る主人に気づいたようだった。
意識はなくとも本能で菓子を求めているのか、飛び回るのをやめて、ぱたぱたと羽を羽ばたかせてルーリィの元へやってくる。
「おおっ、さすが主人! こりゃうまいこといくんじゃねえ?」
 思わず興奮する紅珠。だがクラウレスは眉間の皺を和らげずに呟く。
「…なにかみおとしてるでち。こううまくいくはずが―…」
 そのとき、何やら軽いものが頭に乗る感覚がして、クラウレスはおっとよろめいた。
その正体を確かめるべく手を伸ばしてみると、生暖かい動物特有の感触がした。
今此処で自分の頭に乗る小さな動物というと、心当たりは一つしかなく。
「りっくしゃん、どうちまちたか? おかちはるーりぃしゃんでちよ」
 クラウレスはそう言って、ルーリィのほうを指差す。
その指差されたルーリィは、何故かあわあわと慌てて手を口に持っていったり、
鳥かごを抱えなおしたり、明らかに挙動不審な動きを見せていた。
クラウレスはそんなルーリィの行動にハテナマークを浮かべ、問いただそうとした瞬間、何やら首筋にチクっと刺さる感覚を覚えた。
「……」
 クラウレスは無言になって、ゆっくり視線を下に持っていく。
すると今まさに自分の首筋に噛み付いている黒コウモリ―…リックと目が合ってしまった。
目が合った瞬間、バサッとまたもや天井に向かって飛んでいくリック。
痛みはすぐに引いたものの、クラウレスは言葉に出来ない衝撃を感じて硬直していた。
 そんなクラウレスに、そろそろとルーリィが近づく。
そして意識の有無を確かめるため、クラウレスの目の前で手を振った。
「だ…だいじょ」
 ルーリィの言葉が終わらないうちに、クラウレスの叫びによってその台詞はかき消された。
「ぎゃ―――――!!! かまれた! かまれたでち! ”ばんぱいあ”になっちゃうでちよー!」
 クラウレスは叫びながら、その場にもんどりうつ。
ルーリィは慌てながらそんな彼を宥めようと声をかける。
「くっ、クラウレスさん落ち着いて! 大丈夫よ、リックは本物の吸血鬼じゃないし…!」
「…でもさあ。これって空間干渉の魔法かかってんだろ?
リックはバッチリ影響受けてるし、そのリックに噛まれたわけだから―…」
 片手を腰に当て、もう片手を顎に当てて、どこぞの名探偵のようなポーズで呟く紅珠。
クラウレスは首筋を押さえながら、キッと紅珠をにらみつけた。
「やっぱり…なるでちかっ!? なんでまたわたちでちか!?」
「ううーん……ま、なんていうか」
 紅珠はにへら、と笑い、ぽん、とクラウレスの頭に手を置いた。
そしてうんうん、と頷きながら言う。
「ちょっとの辛抱だ、持ち堪えろ。カリーナのほうは俺たちが何とかするからさっ」
「うう…ちんようちていいでちか。ていうかじかんがありまちぇん!」
 やる気を出してか、むん、と拳を握り締めていた紅珠は、クラウレスのわなわなとした呻きに、うん?と首を傾げる。
「なんで? まあそりゃ、さっさと解決しなきゃいけねーことは分かるけど」
「わたちにとっては、ちょれだけじゃないのでち! もとにもどることは、ちゃけなきゃいけまちぇん。
…こーなったらちゃいごのしゅだんでち!」
 クラウレスはそう叫び、懐に手を入れて何やら取り出そうとする。
だがそれを遮るかのように、玄関のドアがバタン、と大きな音を立てて開いた。
「…! えるもちゃん!」
 リネアが新たな来訪者の存在を認め名を呼ぶが、4,5歳の少年は全く耳に入っていない様子で、
とてとて、とたどたどしく歩いて店の中央までやってくる。
そしてハッと何かに気づき、クラウレスに視線を向けた。
「たいへんなの、きゅうけつきがふっかつしてしまったの。べるもんとけのなにかけて、しずめるなの!」
 えるもはそう言って、びしっとクラウレスに小さな指をつきつける。
ちなみにえるもの格好はというと、白いベレー帽に白いスモック、という教会の聖歌隊、
もしくはどこぞの品の良い幼稚園児、といういでたちだった。
そんな白尽くめのえるもと対峙した黒尽くめのクラウレスは、チッと舌打ちをし、懐から10センチ程度の棒のようなものを取り出した。
そしてえるもに対抗してか、それをえるもに突きつけて叫ぶ。
「やはりやってきたでちね、えくちょしすと! だがそうかんたんにやられるわたちではないでち!」
 ゴゴゴ、という文字を背負って対峙するお子様二人を見下ろして、紅珠は慄いて言った。
「すっげー…お遊戯の演劇みてぇ」
「もう既に始まっているようですね…」
 紅珠はいつの間にか背後に立っていた銀埜を振り向き、え? と眉を寄せる。
銀埜は、まだ分かりませんか? というように涼しい顔をして言った。
「だから、あれがカリーナの魔法なのですよ。またもやクラウレスさんとえるも君が干渉を受けてしまったようですね。
…つくづく、純粋というか何と言うか」
 銀埜はそう言って、ふぅ、と肩を落とした。
そして、まだ何か言いたげに自分を見上げている紅珠の視線に気づく。
「…何か? ここからがあなた方の出番なのですよ。早いところ、彼らを元に戻してあげて下さいね」
「…おー」
 紅珠は銀埜の言葉を受けて、心なしか力なさげに拳を上げた。
そしてもう一度黒と白の幼児を見る。
未だゴゴゴ、の文字を背負っている二人を眺めつつ、大丈夫かなあ…と不安になってしまった紅珠であった。






              ***






「ふふふ。いちゅもいちゅも、そうあわてるわたちじゃないでちよ!
さいしゅうへいき、かんみどちょくていきー!! なのでち」
 クラウレスはそう叫び、手に持っていたハート型でピンク色の棒を上に向けて掲げた。
クラウレスは呪いをかけられて現在の子供の姿になってしまった身分である。
故に闇の力を受けると元の大人の姿に戻ってしまう可能性があったため、嫌々ながらも
”魔女には魔女の力で対抗”、とそういうわけの最終兵器なのだった。
表面的にはノリノリで甘味度測定器を掲げているが、その内心はかなり”トホホ”状態である。
クラウレス自身、この測定器を使用すると何が起こるか予測はついている。
…だが、ついているからこそ嫌なのだ。だが好き嫌いを言っている場合でもない。
 クラウレスは半分自棄になって、ぽちっと手元のボタンを押した。
するとぴろぴろりん、という緊張感の欠片もない音が響き、測定器がピンクに染まる。
 そしてクラウレスの周りに集まってくる闇の気配。
闇のベールに包まれたクラウレスが、再度その身を現したとき、彼の体は黒紫で染まっていた。
 魔の影響が強すぎたのか、”通常の変身”ではあり得なかった黒衣の看護婦―…否、
看護婦騎士へと生まれ変わったクラウレスは、しゃきん、と巨大な注射器を脇に抱えてポーズを取った。
「ふっふ、かくごするでち! ていこうすれば、ぶすっといくでちよ!」
 黒衣で丈が短い看護婦のスカートから、艶かしい足がにゅっと生え、仁王立ちで踏ん反り返っている。
足元にはヒールの高い黒紫の編み上げブーツ。
言うまでもないが、看護婦騎士とは名乗っていても、どう見てもまともに看護が出来ないような格好である。
 そんなセクシー闇看護婦騎士に、巨大注射針を突きつけられた”エクソシスト”えるも。
だが怯むことなく、キッと吸血鬼ならぬ”闇看護婦騎士”クラウレスに視線を向けながら、服の中から何かのブツを取り出した。
「きゅうけつきはたいじするなの。これがえくそしすとの宿命なの!」
 そして服の中から取り出した数珠をじゃらん、と手首に巻き、同様に取り出した小型の木魚を突きつける。
そのままこほん、と咳払いをしたあと、ささっと床に正座をする。
闇の女装騎士と化したクラウレスが眉を寄せていると、えるもは落ち着き払って木魚をポクポク、と叩き出す。
「かけまくも、かしこき〜、いざなぎのおおかみ〜」
 白いスモッグを着ていても、そこは天弧の父と妖弧の母を持つ霊力の高い子狐えるも。
腰にちゃっかり大きな十字架ブーメランを備えながらも、唱える言葉は神道の祝詞である。
ポクポク、と叩く木魚の独特のリズムによって紡ぎ出される舌ったらずな祝詞。
見ると微笑ましい光景だが、闇の使いと化してしまったクラウレスには物の見事にクリーンヒットだったらしい。
「みそぎはらへたまひしときに〜なりませるはらへどのおおかみたち〜」
 そう祝詞が続いていくたびに、クラウレスは胸を押さえて呻く。
「もろもろの〜まがごと〜」
「うっ」
「つみけがれらむをば〜」
「はうっ」
「はらへたまひ、きよめたまへと〜」
「おうっ」
 一フレーズごとにビクン、と身を震わせるクラウレス。
えるもは表情を変えず、ぽくぽく、と続けていく。
「かしこみかしこみも、もうす〜」

ポクン。

 最後のフレーズを唱え終わり、えるもはパッと顔を上げて立ち上がる。
そしてぜいぜいと息も絶え絶えになりながら、それでも巨大注射器を支えに立っているクラウレスを見て、
祝詞では効き目がないと悟ったらしい。
「なかなかしぶといきゅうけつきなの。こうなったら、でんかのほうとうをだすしかないの!」
 えるもはそう言い放ち、そそくさと数珠と木魚セットを服の中に仕舞った。
だぶっとしたスモッグは、中が異次元空間にでもなっているのだろうか、そう思わずを得ない収納方法である。
 神道セットを仕舞ってすっきり身軽になったえるもは、今度は腰から十字架の形をしたブーメランを外して構えた。
それを見たクラウレスも、これはまずいと悟ったのか、気を取り戻して巨大注射器を構える。
「きゅうけつきはじゅうじかによわいなの! これでかくごするなの」
 えるもはそう叫び、えいやっ、と十字架ブーメランを勢い良く投げた。
ブーメランは店の棚のものを破壊しながらぐるぐると円を描いてえるもの手へと戻ってくる。
ちなみに標的だったクラウレスはというと、ブーメランが描いた円の内側にいたので、全く攻撃は当たっていない。
「…………。」
「…………。」
 お互いがお互いの目を見つめ、暫し気まずい空気が流れた。
だが数秒後、気を取り直して、クラウレスはしゃきん、と注射器を構えた。
その中にはどっぷりと、得たいの知れない緑色の液体が入っている。
 クラウレスは悪の女幹部よろしく邪悪な笑みを浮かべ、注射器の先端をえるものほうに向けた。
「ちょう! げきからげきにがあおじるなのでち! おいしゃにかわって、おくちゅりちゅうにゅうでちっ☆」
 邪悪な笑みを浮かべながらもそう可愛らしく言い放ち、えるもに向かって中の液体を勢い良く放つクラウレス。
幾度も乱射してくるそれを避けながら、えるもはばたばたと次の攻撃手段を探る。
「こうなったら、さいごのしゅだんなの!」
「ふふふ、ちょれはさっきもちゅかったでちよ、えるもしゃん!」
 びゅっ、びゅっと飛び交う超激辛激苦青汁。えるもを外れて飛んでいったそれの多くは、店の壁やじゅうたんを緑色に染めていく。
「それなら、さいごのさいごのしゅだんなの! まけてたまるかなのー」
 えるもはそう叫び、えいっと腰に下げていた武器第二段、トゲがたくさんついた鞭をクラウレスに向かってぶん投げる。
クラウレスはそれを寸前のところで返し、えるもの隙をねらって緑色の液体を発射させる。
液体はえるものスモッグにべったりとつき、それを見たえるもはあわてて立ち止まった。
「よごれちゃったなの。あとで叱られるなの!」
「ふっふ、まだまだよごちてやるでち! えるもしゃんをまみどりにそめてやるでちっ☆」
「うー、そうはいかないなの。えいっ、せいすいなのー」
 えるもはキッとクラウレスを睨みつけ、スモッグの中から取り出した綺麗な液体の入った瓶を構える。
そしてクラウレスに向かって投げつけるが、それは軌道をそれて店の棚にあたり、中の品物とぶつかって粉々に砕けた。
 それを見て、クラウレスはにやりと笑う。
「もうおわりでちか? あっけないでちね、えるもしゃん!」
「まだまだなの! えーい、むちでびしばしなの〜!」
 えるもはそう叫びながら、例のトゲトゲだらけの鞭を容赦なく振り回す。
えるもが鞭を振り回すたびに店内のものは破壊されてゆき、クラウレスが液体を発射するたび、
店内の至る所が緑色に染められていく。
 そして見る見るうちに、ワールズエンドは壊滅状態になっていったのだった―…。





              ***




「…………!!!」
 お子様二人によって次々と破壊されていく自分の城。
それをついに脳が見ることを拒否したのか、ルーリィはがくっとその場に倒れこむ。
「…ルーリィ!」
 銀埜は慌ててルーリィを抱き起こす。
だがルーリィは手をぷるぷると震わせながら、震える声でこう呟いた。
「……銀埜……あとは、たのんだわ…」
「かっ、かあさーん!」
 銀埜の腕の中でがくっと息絶えたルーリィに、リネアが叫ぶ。
だがその一瞬後、ルーリィはまたもや頭を起こし、ぷるぷる震えながら付け加える。
「……あの二人に…後片付け、くれぐれも…よろしく……がくっ」
「母さん! そんなの遺言にして逝かないでよーっ!」
 リネアがわっと叫ぶが、ルーリィを支えている銀埜は、寒々しい言葉でリネアに言った。
「リネア…自分の口で”がくっ”などと言う人間は、そう簡単には逝かないよ」
「………」
 リネアははた、と叫ぶのを止め、銀埜を見上げた。
そして暫し考えたあと、うん、と頷く。
「…それもそうだね」
「だろう。…まあ、ルーリィはただの現実逃避だからして―…お二方」
 銀埜はルーリィを抱えたまま、その場にいる二人の来訪者を見上げる。
紅珠はその視線を受けて、ぱしっと拳を叩いた。
「まかせとけって! 店が全壊する前に、何とかしてやるからさ。
あのカリーナとかいうのを止めりゃいいんだろ? なー、デルフェスもいるしさっ」
 紅珠に視線を向けられ、デルフェスは複雑な笑みを浮かべて、それでもかすかに頷いた。
そんなデルフェスを見て、銀埜は訝しげに呟く。
「デルフェスさん、貴方は確か―…」
「銀埜様。わたくしにも考えがありますの。
とりあえず今はわたくしたちに任せて、銀埜様はリネア様とルーリィ様を宜しくお願い致します」
 デルフェスはそう言って、くいっと横を向く。
するとカウンターから程近いところに、腕組みをしたリース―…否、カリーナが立っていた。
カリーナはデルフェスの視線を受けて、やれやれ、と肩をすくめる。
「全く、あの坊やたちにも困ったものね。まさか無差別攻撃に出るとは思わなかったわ」
「…そうさせせたのは貴方でしょう? 
…いいえ、初めに申し上げたとおり、わたくしカリーナ様が行うことを否定するつもりはありませんの。
ですが、今回は話が別。リネア様に危害が加えられたこと、わたくしは許すつもりはありませんわ」
 デルフェスは静かにそう告げて、すっと手を伸ばす。
カリーナは何か反論しようと口を開くが、それを言葉に出す前に、自らの異変に気づく。
「……! 換石の術ね…? あなた、そんなもん持ってたの」
 カリーナはチッと舌打ちをしたが、その場から動こうとしない。
カリーナの両足は今やダイヤモンドより硬い石となって、床に縛り付けられているのだ。
じわじわと少しずつ無機質な石へと変化していくカリーナの体。
それを行っている当人のデルフェスは、静かな面持ちで言葉を放つ。
「…ええ、わたくしミスリルゴーレムですから。このくらいのことはお手の物ですわ。
それよりカリーナ様。わたくし、リネア様が傷つけられたことに対して、容赦するつもりはありませんの。
反省して頂けないならば、このままリース様と共に石像の中に眠って頂きますわよ」
 そう諭すように言うデルフェスの言葉に、偽りは無かった。
それを悟っているのだろうカリーナは、眉を歪めて自分の頭の中で考えをめぐらせ始める。
だがそれを大人しく放っておく面々でもなく。
「ナイス、デルフェスっ。うーっし、追い討ちかけてやらぁ」
 紅珠はパチン、と指をはじき、デルフェスを明るい声をかけたあと、すぅっと息を吸い込んだ。
「紅珠さん、何を―…」
 心配そうに見上げる銀埜とリネアにぱちん、とウインクを投げ、キッと石へと変わりつつあるカリーナに向き直る。
そして吸い込んだ息を思い切り吐き出し、腹の底から響く声をカリーナへと投げつける。
「やーい、いきおくれおばさんっ。皺が目立つぞー!」
「………!」
 銀埜とリネア、そして言葉を投げつけられた当人のカリーナまでもが、がくっとずっこける。
…否、カリーナは足元を縛り付けられているため、ただずっこけるポーズをするだけだったが。
 だが紅珠は、気にすることなく芯の通った声で叫ぶ。
「このおばーん! 若作りー! どーせ本体は皺皺の婆ァなんだろっ。見え見えだぜー!」
「……! こっ、このクソガキっ…! あんた、私を誰だと…!」
「ただの被害妄想魔女だろ? 自分の妄想を他人に押し付けてんじゃねーよ、バーカ!
ヒス持ちおばさんなんか勝手に一人で妄想に浸ってろい! 他所サマに迷惑かけちゃいけませんって、小学校で習わなかったかよ!」
 その当の小学生である紅珠から様々な罵詈雑言―…可愛いものが多いが―…を投げつけられ、
カリーナは顔を歪めて額に幾つもの血管を浮かばせている。
「無礼も程ほどにしなさいよ、クソガキ…! あんたなんか、私の体が元に戻れば、一発で粉々にしてやるんだからね」
「へへんっ。今は出来ないくせにいきがンなよ、みっともないぞ!
それに借り物なら借り物らしく、大人しくしてろい! リースの体なんだからな、それは!」
 尚も変わらず、応酬を続ける紅珠とカリーナ。
カリーナは負けじと声を張り上げているが、どうしても紅珠の勢いに負けている。
換石の術を受けている最中とは言え、あんな12,3歳の小娘に負けるとは―…そう思ったカリーナは、
胸を押さえて体を折った。
「あんた…セイレーンの血を引いてるわね…!?」
 紅珠の言葉を受けるたび、カリーナは息が重くなっていくことに気づいた。
カリーナの指摘に、紅珠は胸を張って答える。
「あったりまえじゃん、今頃気づいたのかよ、魔女のおばさん!
俺、海の魔女だもんね。こんぐらい朝飯前だってーの!」
「……! あんたも魔女なの、そう…。ならあんたも一緒に術に引き込んでやればよかったわ!
何が海の魔女よ、どうせ化け物の一種じゃないの!」
「…カリーナ様、自らを貶める発言はそろそろ宜しいでしょうか」
 そのとき、今まで黙っていたデルフェスが、静かな声で言った。
カリーナがその声にハッと我に返ると、もう腰の辺りまで換石の術が伝わっている。
「わたくしが本気ということ、お分かりではないようでしたら―…本当に石に換えて差し上げますわよ。
わたくし、こうと決めたら容赦は致しませんの」
 お分かり? と言いたげに、デルフェスは換石のスピードをほんの少し速める。
腰から胸へと到達し、鎖骨まで無機質な石が届こうかと思われた瞬間、
石へと変わるスピードが突然止められた。
 紅珠はその異変に、思わずデルフェスのほうを振り向く。
するとデルフェスの腰に、いつの間にかリネアが抱きついていた。
「デルフェス姉さん…! もういいよ、私は大丈夫だったから!」
「リネア様…」
 デルフェスは術のスピードを止めたものの、未だ術自体を解いてはいない。
デルフェスは和らいだ声になり、腰に抱きつくリネアに言う。
「…これは必要な処置なのですわ、リネア様…」
「ううん、デルフェス姉さん、カリーナと仲良くしたかったんだよね。
じゃあそんなことしちゃだめだよ! 折角優しいデルフェス姉さんだったのに、無駄になっちゃうよ―…!」
「……!」
 リネアの真剣な言葉に、暫し目を大きくするデルフェス。
そして暫く見詰め合ったあと、デルフェスはほんの少し和らいだ笑みを見せた。
「…リネア様がそう仰るのならば」
 デルフェスは一言だけそう言ったあと、さっと手を振った。
すると淡い光と共に、カリーナの石に変わった部分が一瞬で元の肌色へと戻った。
思わずその場にがくっと膝を落とすカリーナ。
換石の術と、紅珠の呪歌代わりの悪口攻撃によって息を絶え絶えにしながら、目の前の彼らをキッと睨みつける。
「…術を解いたこと、後悔するわよ…」
 だがそんな言葉にひるむような紅珠ではなく。
ふふん、と胸を張って跪くカリーナに言ってのける。
「ンなこと言って、あんたホントは友達いないんじゃねーの?
本物のお姫様なら、誰かしら助けてくれるもんな。だから妄想にどっぷり浸っちゃったんだろ」
「……!」
 カリーナは更に鋭い視線で、紅珠を睨みあげる。
だが紅珠は、してやったり、という顔で続けた。今尚、声に魔力を練りこみながら。
「あんた、魔女は人間に退治されるものって思い込んでんだろ?
ンなことないもんね、いくら変な魔法がかかったって、ルーリィたちは孤立しねーもん!」
「…紅珠様」
 デルフェスは紅珠の肩にそっと手を置き、声をかける。
へ?と見上げた紅珠に、静かに首を振る。
「カリーナ様、紅珠様が仰ったことは本当ですか?」
 デルフェスは穏やかな声でそう言って、すっとドレスの裾を押さえて床に膝をつく。
カリーナと同じ目線になり、語りかけるように言う。
「…わたくし、先日は味方になると申しましたが、撤回致しますわ」
「……!」
 目を見張るカリーナ。だがそんなカリーナを宥めるようにデルフェスは続ける。
「もしもカリーナ様がずっとお一人で寂しいお気持ちでいらっしゃったならば。
わたくし、僭越ながらお友達にさせて頂きたいのですの。
味方としてではなく、お友達として、少しでもカリーナ様の心の傷を埋めて差し上げたいのです」
 デルフェスはそう言って、ゆっくりと手を差し出した。
カリーナはその細い手とデルフェスの和らいだ表情を何度か見比べ、逡巡するように視線を床に落とす。
暫くそうしたあと、カリーナはゆっくりと手を伸ばす。
一同がホッと見守ったのも一瞬のことで、次の瞬間には、カリーナの手によって、デルフェスの手は叩かれていた。
「……!」
「冗談。友達ですって? 笑わせるんじゃないわよ。
あなたも結局、魔女に加担する人間よ。そんないつ心変わりするか分からないもの、私が信用すると思う?」
「カリーナ様! 証拠が必要と仰るのならば、リース様の代わりにわたくしの体を寄り代にしても構わないと思ってますの。
それでも信じて下さらないのですか?」
 デルフェスは真剣な表情でカリーナに問いかけるが、カリーナはくす、と笑って首を振る。
「無理よ。あなたの体は、色々と都合が良さそうだけれど―…また邪魔されちゃ敵わないし。
…特に、あの小さなお嬢ちゃんを標的にする場合とか、ね」
「……!」
 カリーナの視線の先には、きょとん、とした顔のリネアがいる。
デルフェスはそれを確かめたあと、静かな怒りを湛えてカリーナに向き直る。
「それは―…賛同致しかねますわ」
「そうでしょ、そうだと思ったわ。…それにね、私元々人間も嫌いなの」
 カリーナはそう言って、くっくっ、と笑う。
「人間は嫌い、魔女を迫害するから。魔女も嫌い、人間に憎まれているから。
でももっと嫌いなのは、なんでもないような顔して寄り添う魔女と人間たちよ!
あんたたちなんか憎み合えばいい、どうせ一時の感情でしかないんだから」
 カリーナはその場にいる全員に向けてそう告げたあと、すっと目を閉じた。
そしてがくり、とその場に倒れこむ。
「…! カリーナ―…いえ、リース様!」
 デルフェスは慌てて抱き起こし、意識を確かめる。
ただ眠っているだけだと分かったあと、ホッと安堵の息をついた。
 そしてそんな二人を見下ろしながら、紅珠がぽつりと呟く。
「…あいつ、ホントにただの姫君妄想なのかな…」
「…紅珠さん?」
 銀埜が訝しげに首を傾けると、紅珠は、ああ、と頷いて続ける。
「だってさあ、ただのお姫様なら、さっきみたいな捨て台詞言わないよ。
何か裏があるんじゃないかなあ…」
 そう言って、考え込むように顎に手を当てる。
銀埜はそんな紅珠を見つめたあと、確かに、と頷いた。
「…詳しい事情を調べてみる必要がありそうですね」
 その銀埜の言葉に、紅珠は深く頷いたのだった。












 カリーナの意識が去り、昏睡状態に入ったリースをカウンターの隅に横たわらせ、
一同は壊滅状態に陥った店内の片付けに入っていた。
その原因となってしまったお子様二人も、しゅん、としながら片づけを手伝っている。
「…まったくもうちわけないでち」
「ごめんなさいなの。とってもよごしてしまったなの…」
「はっはっは、気にしないで! これぐらい…これぐらい…どってことないわよ…」
 すっかり元に戻り、事情を聞いてうなだれるお子様二人に、ルーリィは無い胸を張ってから元気を見せる。
だがその言葉も後に続くにつれて小さくなっていったのだが。
「あっ。リックちゃん、いたよ!」
 落ちてきた本を退けていたリネアが、はじけた声で皆に言う。
どれどれ、と近寄ってきた一同は、本に押しつぶされて、きゅう、と目を回しているリックを見た。
それを拾い上げた銀埜は、やれやれ、と肩をすくめる。
「…きっとクラウレスさんとえるも君の戦いによって、巻き添えを食ってしまったのでしょう。
今回はいいところ無しでしたね、こいつは」
 銀埜は呆れたように言って、目を回しているリックを懐に収める。
あとで治療しておきましょう、と言って片づけを再開しようとした。
だがその足は、続くえるもの言葉によって止められた。
「ぎんやちゃん、まだなの。まだなにかあるなの」
 えるもはそう言って、本の波の中から、4枚の紙を拾い上げる。
「ちょれ、このまえももらったのでち。なにかかいてあるでちが、まったくよめないのでち」
 クラウレスはその紙―…正確に言うと紙ではなく、羊皮紙だったのだが―…を覗きこんだ。
同じく覗き込んだ紅珠は、へぇ、と感心してか続ける。
「前回、こんなのもらってたんだ? なあこれ、何に使うのー?」
「さあ…まだ使用方法が分かっていませんの。ルーリィ様、如何したしましょう?」
 デルフェスにそう問いかけられ、ルーリィはふむ、と考え込む。
そして仕方ない、と苦笑して言った。
「じゃあ、まあ…お土産代わりに持っていってくれる? 皆さんに預かってもらったほうがいいと思うし」
「おっし、了解! ちゃんと仕舞っとこーっと」
 紅珠がそういうと、皆もそれぞれ羊皮紙を一枚ずつ取っていった。
その様子を眺めながら、銀埜がルーリィの耳元で囁く。
「…ルーリィ…」
「…分かってる。村に問い合わせてみるわ」
 カリーナが、一体何者なのか。
ルーリィは短くそう言って、いつになく真剣な表情を浮かべた。

 …まだまだ、厄介な宴は終わらない。







              続く。








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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【4984|クラウレス・フィアート|男性|102歳|「生業」奇術師 「本業」暗黒騎士】
【2181|鹿沼・デルフェス|女性|463歳|アンティークショップ・レンの店員】
【4958|浅海・紅珠|女性|12歳|小学生/海の魔女見習】
【4379|彼瀬・えるも|男性|1歳|飼い双尾の子弧】


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▼ ライター通信
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 大変お待たせしました、毎度ながら申し訳ありません…;
やっとお届けすることが出来ました、連作第二話で御座います。
皆様いつもお世話になっております!
今回も皆様のお力で何とか解決することが出来ました。
まだ問題は残っているようですが、残るお話で解決していけたらいいなあ、と。
今回も楽しく、また素晴らしいプレイングばかりをありがとうございました。
良ければまた次回も宜しくお願いします。

 それでは、またお会いできることを祈って!