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<東京怪談・PCゲームノベル>


商物「過現未」

「ちーす」
相も変わらず薄暗い、店の扉を遠慮なく開けて、藍原和馬は奥へ向かって挨拶の声を投げた。
 路地の奥、そうと目的を定めねば見つからぬような場所に店を構える陰陽堂……駄菓子から調度から、無節操に商うこの店は珍奇な品の取り扱いの方がその筋で有名所である。
 しかし、和馬は一度、陰陽堂で寝間着を求めたっきり、後はぶりきのおもちゃや砂糖菓子、ワンコインで済む子供向けのお土産の類を求めるばかりながら見事、常連への昇格を果たしていた。
 それというのも、店主が必ずと言っていい程来客に出す、茶や菓子の類が美味なせいである。
「おや、いらっしゃいまし、藍原様」
いつものように長く寝そべったまま客を迎えた店主が、よいせと身を起こして火鉢にかけた薬缶に手を伸ばすに、和馬はひょいひょいと陳列台の間を縫うようにして帳場の端に腰掛けた。
「いやぁ、春めいてきたとはいえ寒いね外は」
「それは尚更、ぬくいもんが恋しいでしょ」
店主が言ってくいと、杯を傾ける仕草をしてみせるのに、うんうん、と和馬は深く頷く。
「だよなぁ、やっぱ花の季節は日本酒だよな。桜にゃちょっと早いから、今なら梅かな。紅梅より白梅のが香りがあっていいよなぁ……って酒じゃないのかよ」
話題を振られたからには酒が出る物と思って期待した和馬だが、前に据えられたのは茶菓子を沿えた玉露である。
「当たり前でしょ、あたしゃこれでも勤務中ですよ」
無精髭に着流しのまま再び帳場に寝転ぶ店主ほど、勤務、という勤勉な表現が似合わない人間は居ない。
「そんなら期待させんなよな……」
ぶつぶつと言いながらも、しっかりと和菓子は頂く和馬である……白餡で練られた梅の形を黒文字で二つに割れば、中に詰まるのは梅の香漂う赤い餡で、春の訪れを感じさせて何やら目出度い。
 口に入れればほろほろと零れるように甘さを広げる味わいに、この和菓子も持ち帰り出来んもんかなと考えてふと、和馬は周囲を見回した。
「今日はちっこい子供達が居ないのな」
いつもならば、和馬と一緒にお茶を頂くのが常で、口数少なく遊んでいる子供達の姿に和むものなのだが。
「あぁ、あの子等は売りに出てまして」
「…………………………………売り?!」
たっぷり三十秒、色々な業種を表も裏も、体験している和馬が子供=売りという図式を脳裏に置くと、人に言えないあれやこれやに繋がるらしい。
「あんな……ッ、あんな可愛い子供を売るなんて親の風上にも置けねぇ……ッ」
くぅっ、と堪え切れぬ涙をほろほろと零し、しなを作る和馬に店主がちょいちょいと手先の動きで止める。
「ちょいとお待ちなさいな、人聞きの悪い。あんなでっかい子供が居るように見えますかい」
「そっちかよ!」
ビシリ!とツッコミを入れて気が済んだか、和馬はずず、と音を立ててお茶を啜った。
「で、売りってのはどういう意味で」
長く生きるだけ、審美眼と共に人を見る目も長けている和馬である……裏の商売に従事する者独特の空気を気付かぬ筈はなく、店主にそういった後ろ暗さは感じない。
 最も和馬でも見抜けない、得体の知れなさはぷんぷんしているのだが。
「あの子等は占いが得意でしてね。それを請われてちょっと外へ」
あっさりと真実を答えて、店主は煙草盆を手元に引き寄せた。
「未成年の就労は、労働基準法に抵触しないか?」
図式としては、ダメ親父を養う健気な兄妹、である。
「何、お代に子等に一つずつ、揃いの品でも買い与えてやって頂くに難はない訳で」
まさしく子供の駄賃の域に一安心し、和馬がお茶の最後の一口を飲み干した所で、店の扉が微かな軋みを上げて開いた。
 己が来店中に他の客の姿を見た事すらない為、和馬はその音に非常に驚き、びくりと肩を揺らす。
「おや、お帰り。コシカタ、ユクスエ」
迎える店主の声に扉を開いた少年と少女……黒と白の衣服を違えた兄妹は小さく頷き、そして和馬に軽く会釈して、小脇に抱えた紙袋を帳場の上に置いた。
 書店のロゴを印刷されたそれは薄さからしても書籍だと知れる。
「お客様から」
「頂きました」
一つの台詞を仲良く分け合う子等、暗い店内にまた無彩色で揃えた衣服は華やぎに欠けるが、子供というものは存在するだけで場を和ませるな、と妙にほのぼのとして、和馬は湯呑みを盆の上に戻した。
「ご馳走さん」
頂きます、は言わなくても子供の目があるとなれば別。
 礼儀は大人が身を質して教えてこそ価値のあるものだと、古き良き考えを持ち続けたままで居る和馬は迷いのない実践でそれを示し、さて、と膝を打った。
「お茶も頂いたし、そろそろ失礼するわ」
 人、それを食い逃げと言う。
 然れども何も購入せずに食うだけ食って逃げても、店主に不快な様子はなく咎める事もしない……またのご来店を、と口上して見送る店主に悪びれず、今日は収穫なく店をでようとした和馬だが、それを諫めるかのように突如、大音量のベルの音が鳴り響いた。
 ぎょっと身を竦めた和馬だが、台場の端に腰掛けて手に入れたばかりの……写真集と思しき装丁のそれを開く、コシカタとユクスエに動じた様子はなく、一定の間隔で鳴り響く、心臓に悪い音に覚える懐かしさに首を傾げれば、立ち上がった店主が台場の奥に姿を消す。
 リン、と軽い鈴の音にベルは止んで、続く会話の声に、成る程黒電話だったかと和馬は納得に手を打った。
 長く生きるに、時代の変遷を目の当たりにして来た和馬だが、ここ100年ばかりの加速度的な文明の成長には時折、踏鞴を踏むように惑う事がある。
「藍原様?」
「大丈夫?」
胸に手を置いたまま、初めて電話を見た時使った時の驚きを蘇らせていると、その沈黙を気遣ってか、いつの間にか傍に寄っていた子等が和馬の手にその小さな手を沿えた。
「あぁ、うん。俺も年かねぇ」
思えば陰陽堂に出入りするようになって以来、挨拶以外では初めて交わした会話だな、といっそ感心したくなる位に踏み込まぬ距離を持続した、コシカタとユクスエを見て和馬は目元を緩ませた。
 何とはなし、顔見知りの猫が初めて触れてくれたような、そんな和馬の感慨を打ち消したのは、背後からかけられた聞き慣れぬ声だ。
「おや、コシカタ、ユクスエ。藍原様を困らせるんじゃないよ」
「……誰?!」
和馬が驚愕の声を上げて見上げる……其処には藍の和装を着こなした、一人の麗人の姿があった。
「何を今更。陰と陽と、その間に構える故に陰陽堂と、そう冠しましたるこの店の主でさぁ」
言うが和馬が知るのは無精髭を浮かせて商売やる気があるのかないのか……物ぐさを体現したような男であって、匂い立つような色香を持つ女性ではない。
 ぶんぶんぶんぶん、と否定に首を横にふり、ぎこちなさにそのような玩具のような動きの和馬に女は……信じがたい事だが確かに店主の顔立ちの名残を見出せる表情で、笑ってちょいと髪に挿した簪を直した。
「あたしも買い手がつきましてね、店を閉めてちと出掛けにゃなりません」
何処に、誰に、と問いをかけたくとも口は酸欠の金魚の如くぱくぱくと動くだけで、声にはならない。
「普通はご来店頂かにゃならんのですが。馴染みのご隠居がどうしてもと仰るのでまぁ」
言いながら店主、を自称する女性は草履に足を通した。
「時に藍原様、お茶だけを飲みに来られるくらいだ、他に急ぎの用も御座いませんでしょう? あたしが店を閉めてる間に子供達と遊んでやってて下さいましな」
 動揺から醒めやらめまま、和馬は両の手をコシカタとユクスエに引かれて立ち上がる。
「夕を過ぎてから朝までの間に、店に送り届けてやって下さればよろしゅうございますので」
そのまま店の外へ、手を引かれ背を押されるようにして連れ出される和馬に抵抗の余地はなく、店主は真鍮のドアノブの下の鍵穴に見た目にも大きな鍵を差し入れて施錠した。
「コシカタ、ユクスエ。いい子にしておいで」
そうして子供達の頭を軽く撫でて、足取りもしとやかに歩み去る……店主の姿が路地の向こうに姿を消してからゆうに十分、和馬は思考と行動を凍結させてあんぐりと口を開けたまま、その場に立ち尽くしていた。


 不思議の品を商う陰陽堂。
 その名に恥じぬ店の主が最も不思議なのではないかという、まことしやかな噂の真実を目の当たりにした衝撃を後に引きながら、和馬がコシカタとユクスエを伴って訪れたのは馴染みのおもちゃ屋である。
 子供のお守り、となるとどうしても最も身近な少年が喜ぶ行動様式を参考にしてしまうもので、電動の玩具の他にファンシーグッズも取り揃えた……特に熊の関連商品を豊富に取り扱ったその店に幾度急場の難を救われたか知れず、自然と足がそちらに向いた、のだが。
「なーぁ、いい加減どれにするか決めようよー……」
店の一画に設けられた自販機コーナー、子供の長い買い物に付き合ってられない世のお父さんの為と思しき、喫煙所も兼ねた其処で和馬はソファに懐いていた。
 衰えを知らないビデオゲームの山。
 コレクション魂を刺激して今をときめくカードゲーム。
 ディテールに凝って侮れないフィギュア。
 その他にも王道のレゴブロックやぬいぐるみ、愛らしい仮装衣装、狭いながらも絵本のコーナーがあるなど子供の遍くニーズに応えんとせん、という店側の気概も、しかし興味を示さない子供達にとっては何の意味も為さない。
「遠慮しなくていいんだぞ? おじ……おにーさんだって大人なんだからそれなりに小金持ちなんだし」
とはいえ、昨今の玩具を甘く見てはいけない。
 上を見れば限りのない高価な玩具も多いのが実情、その最たるはゲーム業界であろう。
 実の所、入って直ぐの場所に大きく取られているゲームコーナーを素通りされて、財布の中身との兼ね合いに一安心していたのもまた事実だ。
 ソフトだけでも痛いのにハードまで求められたら果たして幾つバイトを増やさなければならないか知れない……和馬とて、ネットゲームのハードユーザー故、子供がゲームに興じるのをそう大きな顔で窘められず、欲しいと請われれば買わない訳には行かない。
 そんな難儀なゲーマーの心情を汲んだ訳でもないだろうが、ゲーム関連に一瞥する事もないコシカタとユクスエだったが、それ以外にも全く興味を示さないのは困ったものである。
 和馬がこれぞと思って示した品にも僅かに首を傾げるのが引き出せる反応のせいぜい、知人の少年が見れば躍り出しそうな、特設クマグッズコーナーを前にしても表情は淡白なままだ。
「テレビとかで面白そうな番組とかないか? それのおもちゃとかあるだろう……そうだ、ヒーロー! 今戦隊物とかってやってるのか?」
手がかりを得ようと話題を振る和馬だが、コシカタとユクスエは互いに顔を見合わせると、全く同時に首を横に振った。
「テレビはあるのですが」
「私達は見たりしません」
手がかりナッシング、と本気で頭を抱える和馬。なければないでいい筈なのだが、何故か意地になっている。
 その時、ふと店主の言葉が脳裏を過ぎった。
 占いを請われ。代価に揃いの品を与える。解決の、糸口得たりとすっきりした笑顔で和馬はがばりと姿勢を正した。
「そーだ、俺を占ってみてくれよ。したら何でも欲しいモン強請れるだろ?」
子等の反応の無さが遠慮から来るものでないのは見れば解る。が、占いを求めた上での代価なら何某か選ばずにいられないだろうという……苦肉の策だ。
 が。
「和馬様がお求めになっているのは」
「過去でも未来でもないでしょう?」
あっさりと断られてマジで凹む。
 そんな大人の心情を汲んでか、コシカタとユクスエはその小さな手で和馬の頭を撫でた。
「和馬様は、現在が一番満たされていらっしゃいますでしょう」
「過去も未来も必要とされていない方も稀にですが居られます」
抑揚に乏しい声は、慰めに似た言葉に合わせて、整髪料で固めた和馬の髪を幾度も梳く。
「コシカタも」
「ユクスエも」
自らの名を呼んだ後の、声は唱和する。
「貴方が既に持つ答えを与える事は出来ません」
断言的な物言いに、唱える異論を和馬は持たずに口を噤んだ。
 過去より強く未来より確かに、守りたい存在を定めてしまっている、今現在の自分をこそ見透かされた気がして、コシカタの金と、ユクスエの銀の瞳を交互に眺める。
「……参りました!」
椅子に座った体勢に床に手を突くのは難しく、和馬は膝に両手を置くと年端も行かない子供達に向けて大きく頭を下げた。
「じゃ、さ。店の前に出てたたい焼き屋台。ミニたい焼きセットいっこずつ買ってこうか。店主さんにもお土産に」
あんことカスタードとチョコの、定番と人気の中身を詰めた小さなたい焼きをセット価格にした、お得感の漂うそれを提案して、双子はようやく了承の意を込めて大きく頷いてくれた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1533/藍原・和馬/男性/920歳/フリーター(何でも屋)】

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■         ライター通信          ■
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いつもお世話になっております、闇に蠢く駄文書き、北斗玻璃に御座います。
え〜……残念ながらフラグが立たずに、占示自体が下せぬ結果に終わってしまいました事、先ずお詫び申し上げます。
えぇ、融通が効かないのです北斗のシナリオは! 言う事を聞け〜ぃと動かそうとしたのですが、己がNPCながら子供相手に強きに出れないそんなへたれたへっぽこライターをお許し下さいませ。和馬氏の現在に焦点をあてたが苦肉の策、店主に女装(違)させたりとサービス精神ばかりは旺盛な段を汲んで頂けましたら真に幸いで御座います。
それではまた、時が遇う事を祈りつつ。