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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


WD攻防戦2006
●対になる日、今年もまた
 3月14日――ホワイトデー。
 日本においては2月14日の聖バレンタインデーと対になって語られることが多いだろう。その由来については、キリスト教の司祭が殉教した1ヶ月後にその司祭に救われた男女が改めて永遠の愛を誓い合ったという話が……って、去年も触れたような気はするが、とりあえずそれはおいといて。
 ともあれ今年もまたホワイトデーがやってきて、それに備えるシュライン・エマの姿が見られる時期になったという訳だ。一部ではこれを見ないと年度が越せないなんて噂もあるが、真偽は不明である。

●失敗は後に残り
 この日、シュラインは草間興信所でいつものように書類の整理を行っていた。事務所の主である草間武彦はどこかに出かけて不在で、草間零がシュラインの作業の邪魔をしないように掃除をしていた。
 一見普段と変わりないように見えるシュラインだが、時折手を止めてはふうと溜息吐いたり、ぼんやりと宙を見ていたりすることに零は気付いていた。
「どうしたんですか?」
 気になった零がシュラインに声をかけた。
「……へ?」
 どうやら今の言葉もろくに耳に入っていなかったのか、少しテンポ遅れてシュラインからの返事があった。
「何だか疲れているように思えるんですけど……」
 心配そうに尋ねる零。
「う、ううん、大丈夫よ零ちゃん」
 とシュラインは笑って答えたが、零はそうかなあといった表情を浮かべつつ再び掃除に戻った。
(んー……後引いてるわねえ)
 などと思いながらふるふると頭を振るシュライン。原因は分かってる、先月のバレンタインデーだ。色々とあってタッチの差で遅れてしまったことが、不意に思い出されてはシュラインの覇気を奪うのである。
 結局草間の反応を見た後、シュラインはしょぼんとして自分の腕時計を外して渡して、事務所の時計を指差し遅れていることを伝えていた。それで草間も時計の遅れに気付いたのだが、ほんの少しの遅れなので特に気にしているようには見えなかった。……まあ、あくまでシュラインの目から見てだが、内心は知らないし、今回に関してはあまり知りたくはない。
「あ」
 その時、シュラインの脳裏に閃くものがあった。そして自らの腕時計を確認し、電話で時報を聞いてみた。
(……合ってる……)
 視線はそのまま事務所の時計へ。しかしそれもまた遅れは見られない。
「考え過ぎだったかしら……」
 そうつぶやいて電話を切るシュライン。こっちが遅れたから、向こうも時計を遅らせて渡してくるんじゃないかと一瞬思ったのだが、どうもそうではないようだ。
(今年はどんな手でくるのかしら、武彦さん)
 シュラインが思案する。去年のことがあるから、ホワイトデーに関する歴史や贈り物についての情報などをこの2、3日でばたばたっと調べていたのだ。
「……去年は風邪引いて心配したし、結局質屋さんで武彦さん何手に入れたかも分かんないままだし……」
 そして、そのまま去年の想い出に耽るシュラインであった。

●オレオレ詐欺にご注意を
 と――事務所の電話が突然鳴った。電話に出るシュライン。
「はい、草間興信所です」
「シュラインか? 俺だ」
 声で分かる、草間で間違いない。けれどシュラインは少し意地悪をしてみた。
「ねえ、零ちゃん。『オレ』って人知ってるー?」
 そう言ってから受話器を零の方へ向けるシュライン。
「いいえ知りませーん、聞いたこともないですよー」
 心得たもので、零も大きめの声で答えてくる。
「……だそうですけど?」
「お前らな……」
 受話器越しに草間の溜息が伝わってきた。
「草間だ、く・さ・ま。草間武彦だ」
「そうそう、ちゃんと名乗らないと」
 くすっと笑うシュライン。明らかに草間の声が不機嫌になっていた。
「用件だけ簡潔に言うぞ。俺が帰るまで事務所に居てくれ。いいな」
「それは構わないけど……武彦さん、いつ戻る予定?」
「分からん。じゃ、後で」
 そこで草間がぶつっと電話を切った。首を傾げシュラインは受話器を置いた。
「何て言われたんですか」
 零が用件を尋ねてくる。
「帰るまで居てくれって。でもいつ戻ってくるか分からないみたい」
「そうなんですか。何してるんでしょうね」
 零も首を傾げる。近頃草間1人で何やらやっている気配があるのだが……未だ不明だった。
「お茶にしましょ」
 ゆっくりと立ち上がり、台所へ向かうシュライン。ちょっと足取りがおぼつかないのは気のせいか。
(そういえば……)
 飲み物の準備をしながら、シュラインは先月のことを思い出していた。コーヒーが切れていたのが気になっていたのだが、知らぬ間に草間が飲んでしまっていたことが後に判明。仕掛けをしたりということではなく、単純になかっただけであったのだ。
「1回怪しむと、あれもこれも怪しく思えちゃうのよねえ……」
 はあと溜息を吐くシュライン。それが上手く働く時もあれば、裏目に出る時もあるから気を付けなければならないかなとふと思ったりした――。

●待ち人戻りし
 さて、書類整理続けながら草間の帰りを待つシュラインであったが、気付けばもうホワイトデーも終わりかけとなってしまっていた。時刻は午後11時50分を過ぎていた。
「遅いですね」
 心配そうな表情の零。もちろんシュラインも心配だ。まさか何かによくないことでも起こったのではないかと、こんな時間になってくるとついつい不安になってしまう訳で。
 けれどもその不安も、数分後に解消されることとなった。草間が綺麗にラッピングされてリボンまでついた大きな箱を抱えて戻ってきたのである。大きさからすると、巨大なくまのぬいぐるみが入っていても違和感なさそうだ。時刻は午後11時55分のことである。
「待たせて悪かった。2人へのホワイトデー、この中だ」
 そう言って零へ手渡す草間。零が受け取るが、重さはそうでもないように思われた。
「一緒に入っているんですか?」
 零が尋ねると草間は無言で頷いた。シュラインが箱に手をかける。
「開けましょ、零ちゃん。もうすぐホワイトデーも終わっちゃうわ」
「はい!」
 シュラインの促す言葉に、零が元気よく答えた。そして一緒に箱を開け始める2人。
 リボンを取り、ラッピングを外し、箱を開いた中にあったのは――。
「あれ?」
「え?」
 軽い驚きの声を上げる零とシュライン。そこには同じようにラッピングされてリボンのついた、一回り小さい箱が入っていたのである。
「……武彦さんのやりそうなことだわ。これも早く開けちゃいましょ」
「はい。きっとこの中ですよね」
 そんな会話を交わす2人。しかし零の予想は見事に裏切られることになる。何と中にもまた箱が入っていたのだ!
「次いくわよ、零ちゃん!」
「はいっ!」
 3つ目の箱に取りかかるシュラインと零。だがまたまた箱が。まるでマトリョーシカのように――。
 箱を開けては箱を出し、開けては出しを繰り返し、最後ようやく出てきたのはマシュマロやキャンディ、クッキーなどのホワイトデーご用達お菓子の詰め合わせであった。
「……武彦さん」
「何だ?」
 詰め合わせの袋を抱えているシュラインに、笑みを浮かべた草間が視線を向けた。
「これ、普通のお菓子よね? 去年みたく特殊なのじゃなくって」
「普通だぞ。店で売ってるのを俺が詰めたんだ」
 さらりと答える草間。すると零がシュラインの腕をくいくいと引っ張ってきた。
「あの、シュラインさん」
「ん?」
「……日付変わっちゃいました」
「えっ!」
 零の言葉に驚き、事務所の時計を見るシュライン。確かに午前0時を過ぎているではないか。
「…………」
 シュラインはそのまま草間の方へ振り返った。草間が苦笑いを浮かべている。
「しまったなあ。俺も贈るのが遅れたか……悪戯心持ったのが失敗だったな」
 と、うそぶく草間。その表情からして、意図的なのは明白であった。
「ま、これでおあいこだな」
 草間はそう言うと、シュラインの頭の上にぽむと手を置いた。
「だから気にすんな」
 優し気な表情を草間はシュラインに見せていた。
「……ん……」
 シュラインはこくんと頷くしか出来なかった。ひょっとしたら、この草間の気持ちが今年の贈り物のような気がしていた。
「違います、おあいこじゃないです」
 その時突然、零が異議を唱えた。草間とシュラインが零の方に振り向く。
「だって……私は遅れていませんよ?」
 その零の言葉に、草間がしまったといった表情を浮かべて目を逸らした。そうだそうだ、零はバレンタインデー当日に実はチョコレートを渡していたのである。
「零……今度春物の服買ってやるから、それで勘弁な」
「じゃ、一緒に行った方がいいかしらね。武彦さんの見立てじゃ心配だもの。ね、零ちゃん?」
 くすりとシュラインが笑った。

【了】