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特攻姫〜特技見せ合いっこパーティ〜
葛織（くずおり）家は退魔の一族として有名である。
ただし、その退魔法は少々変わっていた。当主の一族は『剣舞』を舞い、魔を「寄せる」力に長ける。その周辺に退魔の能力者たちが集まり、「寄せられて」来た魔を祓うのだ。
現当主の娘であり、次代当主と目されている葛織紫鶴（しづる）は、あまりにも「魔寄せ」の力が強すぎた。そのため、生まれてまもなく薄く結界を張った別荘へと、文字通り閉じ込められて育てられている。
現在、彼女の傍にいるのは世話役の如月竜矢（きさらぎ・りゅうし）と、数人のメイドのみ――
あまりに暇をもてあます通称「姫」たる紫鶴に、竜矢は提案した。
――本来親戚以外を入れてはならないこの別荘地に他人を呼んで、特技を披露してもらおう、と……
紫鶴は大喜びでその提案を受け入れた。
現在十三歳の少女は、日々竜矢の呼んでくる新たな客を待ちわびる――
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
「特技ねえ……にしても」
フランシスは肩をひょいとすくめて、隣に立つ如月竜矢を見た。
「変わってるなああんたも。よりによって退魔の一族の姫に悪魔の俺を会わせるってかね？」
「悪魔にも色々あることを、うちの姫は了承してますからね」
ひょうひょうとした青年、如月竜矢は笑って答えてきた。
彼も長身だが、フランシスはさらに長身である。――ひょろひょろの長身。それに比例して長い手足に猫背気味の姿勢。髪は後退してきているのか単にデコが広いのか、年齢を含めていまいちよく分からない外見をしている。
フランシス。彼は――れっきとした悪魔だった。
ただし、そのまんまでは邪悪そうにはまったく見えない――単なる（色々面倒くさそうに生きている）おっさんに見える。
何しろ彼は、最後の審判に備えて修行するのがいやで脱Ｈｅｌｌしてきた変わり種悪魔なのだ。
そんな彼を今でも悪魔と呼んでいいのかどうかは不明だが。とりあえず彼は、何もかも面倒くさそうにしながら、唯一興味のある映画のために映画館を営んで日々をだらだらとすごしている。
そんな彼の映画館に行ったことがあるのが縁で、竜矢は彼を葛織家の別荘に呼んだのだった。
無駄に広い敷地を持つ別荘の門を眺めて、フランシスはいやそうに顔をしかめた。
「おいおいにいちゃん。……結界が張ってあんじゃないの」
「ええ、まあ。そうしないと姫に惹かれて魔が寄ってくる寄ってくる」
「俺入れないよ」
「そこんとこは大丈夫です」
竜矢はにこにこしながら、その手にぴっと針を取り出した。――手のひらほどの長さの針、８本ほど。
「あなたの体に結界を張ります。そうすれば入れますんで」
「いや、ちょっと、その針どう使うつもり――」
ぷすっ
「――針マッサージな気分かね」
痛くはなかった。フランシスはこきこき首をならして、「ついでにツボもさしてくれねえか」
「ああ、できますよ。やります？」
ぷすっ
「うーん。気分爽快。俺にしちゃ珍しい」
本当にツボを刺激してくれたらしい、何となくフランシスは元気になった。本当に珍しい。
「それにしても特攻姫ねえ。庭に零戦でも飾ってんのかしら。俺鬼畜米英の英のほうだから出会い頭に竹槍でブスリ、とかだったら困るんですけど」
「ははは。ご心配なく、竹槍ではなく剣でブスリ、です」
「まてまてまてまてっつの」
「冗談ですよ」
フランシスとしては本気で戦々恐々としながら、別荘敷地内へと足を踏み入れた。
庭園で行われているパーティには、どうやら紫鶴の親戚が来ているらしい。フランシスの姿にざわりと人々がざわめくが、竜矢が堂々と歩くために誰も口を出せないようだった。
「おい……いいのかにいちゃん。ヤツらの視線が痛いぜ」
「ご心配なく。本当は親戚しか別荘地には入れちゃいけませんけどね……俺が言いくるめまくってますから」
――この青年が本気になったら怖そうだ。フランシスは肩を縮めて後に続いた。
向こう側から――
「竜矢！」
嬉しそうに、ひとりの少女が駆けてくるのが、見えた。
長くストレートな――赤と白のまじった不思議な髪。
右目が青、左目が緑の綺麗なフェアリーアイズ。
（ちょっと俺にはまぶしいねえ）
フランシスはそんなことを思いながら、葛織紫鶴と対面した。
「姫。こちらがフランシスさんです」
「フランシス殿か。初めまして、私は葛織紫鶴」
片足を軽く後ろに引いて膝を折る西洋風の礼をして、紫鶴はきらきらとした目をフランシスに向けてきた。
「フランシス殿は――失礼だが、ひょっとして？」
小声で訊いてくる。
「よく分かるねえ」
「いや、竜矢がわざわざ結界を張っているから、ひょっとしてと思って」
「てこたぁ、他の連中にもバレてんのかね？」
フランシスはこちらをじっと見ている他の客たちを横目で見やる。
「分からないと思いますよ。俺の結界の気配が分かるのは姫だけです」
竜矢がそう言った。
「へええ。信頼関係ってやつかねえ」
「長い付き合いですから」
――この『姫』が生まれたときからずっと傍にいるという世話役。
そりゃあ信頼関係もあるだろう。
「しかし……あんたも本当に変わってるなあ。俺を嫌がらないわけかい」
十三歳にしては背が高い紫鶴を見下ろすと、紫鶴はにっこりと笑った。
「意思がある者は、魔だろうがそうでなかろうが、その意思によって違ってくるとある人に習った。魔だからといってそれだけで判断はしないことにしている」
「そうか。いい育ち方をしてんだねえ」
フランシスは紫鶴の赤と白の入り混じった髪をくしゃくしゃと撫でた。
紫鶴はくすぐったそうにそれを受けた。
そして、きらきら期待に輝く瞳をフランシスに向け、
「フランシス殿の特技はなんだろうか？ ぜひ知りたい――」
「特技って言われてもないよ、俺」
フランシスは肩をすくめた。
竜矢が口をはさんでくる。
「映画の話をすればいいじゃないですか。映画館の館長なんだから」
「映画！ 映画館の館長とはどんなものだろうか！？」
「映画の話は一方通行にしかなんないから絶対しない」
フランシスは首を振った。
「ホラ、そこは交流だからさ。和やかに歓談でいいんじゃね？ ハハハ……」
「そうか……それは残念だ」
紫鶴が肩を落とす。フランシスは少しだけ罪悪感を感じた。
（悪魔に罪悪感ねえ……まさか存在するとはね）
「……ま、何かの刺激にはなるだろ。礼儀正しい言葉遣いのできない大人見んのも、たまには、さ」
「私はフランシス殿が来てくれただけで嬉しい！」
紫鶴はにっこりと笑った。
竜矢がそっと耳打ちしてきた。
「まあ……まだ行動には走ってませんが、このように思ったらすぐ言動に出るタイプなもので、特攻姫というあだ名がひそかについてるんです」
「……へええ」
かわいいこった。フランシスは苦笑した。
紫鶴がうーんと悩むように首をひねる。
「困ったな……フランシス殿の前では剣舞が出来ない……」
「剣舞はやられると困るよ。俺絶対寄せられるよ」
「そうか……なら、やらないことにするか――」
少女はため息をついた。と、そのとき。
竜矢がメイドに呼ばれ、他の客のところへと向かった。
「ありゃあ、お嬢の親戚連中なんだろ？」
いつの間にか「お嬢」と呼びながら、フランシスは紫鶴に尋ねる。
「ああ……パーティと称して私の様子を見に来ている」
紫鶴が困ったように客たちを見た。
竜矢が――
紫鶴よりよほど困ったような顔をして、戻ってきた。
「姫。京神（けいしん）様が――」
「叔父殿がどうした？」
「剣舞をぜひ拝見したくてな」
横合いから、声。
フランシスは正直驚いた。
こうまで気配なく転移してくる人間が、そうそういるとは思わなかったのだ。
「次代当主殿の剣舞が久しぶりに見たいと思って来た。どうだ紫鶴、舞わぬか」
いつの間にか横にいた壮年の男が、一見尊大そうでありながら、その後ろに嫌味な気配が見え隠れする表情で告げる。
「剣舞……をか」
紫鶴が心底困ったようにつぶやいた。
「どうした？ まさか舞えぬようになったとは言わぬだろうな」
「まさか！ 叔父殿。しかし何も剣舞をこのような場で舞わぬでも――」
「ふん。今は昼の昼間だ。寄ってくるような魔はろくなもんではなかろうさ。私たち退魔の者がどうにでもしてやる。そうである以上、剣舞はもてなしにもなるのだ。知っておるだろうが――」
「叔父殿……」
紫鶴がつまっている理由を、フランシスは誰よりも知っていた。
フランシスは竜矢に、
「トイレどこよ？」
とさりげなく訊いた。
幸いなことに、京神という紫鶴の叔父とやらは、フランシスが悪魔であることを見抜けていないらしい。
「お手洗いでしたら今、ご案内しますよ」
そうして――
フランシスはうまく館の中へ案内され、庭園から逃れた。
「お嬢に、思い切り舞って見返してやれって言ってやってよ」
フランシスは竜矢にそう言った。
「そんで、剣舞が終わったら俺も一応呼んでやってくれ。トイレの中でひとりさびしく夜を過ごすのはちょっとごめんだからさ」
「分かりました」
竜矢は笑いながら、トイレの個室に入っていくフランシスをたしかめた後、庭園へと戻っていった。
フランシスは――
「剣舞の気配が強すぎるってことだしなあ」
どこからかとりだしたガムテープで、個室のドアを目張りした。
目張り、目張り、何重も目張り。
「五重くらいでいいかね」
そして閉じこもり。
それでもフランシスは想像してみる。
あの赤と白の長い髪を持ち、緑と青の瞳を持つ少女が舞っている姿を――
（……いけないねえ。想像するだけで寄せられちまいそうだ）
頭を振って想像を打ち消し、あとは得意のぼんやりで済ました。
どれくらいの時が経ったのかは、フランシス的にはどうでもいい。
コンコン、とドアがノックされて、
「終わりましたよ」
と竜矢の声がした。
半ば眠っていたフランシスは、その声にぼんやり声を返した。
「……んあ。そーか……終わったか映画……」
「いや映画じゃなく。剣舞」
「ケンブ？ そんな名前の新しい映画のフィルムなんか入れたっけかな……」
「フランシスさん。目を覚ましてください」
「アー……？ 俺なんでこんなとこにいんの……」
べりべりべり。
かなり苦労しながら目張りをはがし、目をこすりこすり個室から出てきても、フランシスはまだ寝ぼけていた。
「あー……あれかな、また館の客に退魔のヤツが来たから俺ってば逃げたのかしら。にしても厳重に閉じこもっちまったな……」
大きくあくびをするフランシスに、竜矢は静かに対応する。
「フランシスさん」
ぷすっ
針でどこかを刺されて、フランシスは一気に覚醒した。
「ちょいと今痛かったかもしんない、にいちゃん」
「適当に刺したもので」
「………」
「姫が待ってます。出てきてくれますか」
「あいあい。……トイレくさくなってねえか、俺」
「大丈夫でしょう、多分」
「多分て」
「あ、手は洗ってください」
「わぁってるよ」
竜矢につれられて、フランシスは庭園に戻ってきた。
「あの京神てやつにははち合わせしたくねえな」
「京神様なら大抵他の方としゃべっていらっしゃいます。大丈夫でしょう」
「……普通、お嬢が人に囲まれているべきじゃねえの？」
「………」
竜矢は視線を虚空にさまよわせて、言葉を選んだようだった。
そして、
「――姫が生まれたときに、閉じ込める、という意見は親戚一同満場一致でした」
「………」
「フランシス殿！」
嬉しそうに紫鶴が手を振っている。
その顔に、かげりは一切なかった。
「お嬢。剣舞はいやいや舞ったわけじゃないんだねえ」
ついついそう尋ねたフランシスに、
「理由はともあれ、剣舞を舞うこと自体は好きなんだ。これがただの舞ならどんなにか、と思う」
紫鶴は苦笑して、つぶやいた。
「……本当はフランシス殿に一番見てもらいたかった……」
「―――」
フランシスは、また紫鶴の髪をくしゃくしゃと撫でた。
紫鶴は嬉しそうだ。
――手を洗ってきてよかった、と思った。
「お嬢はお嬢だ。あんたに会えてよかったと思うよ」
フランシスはにぃっと笑う。
「私もフランシス殿が大好きだ！」
紫鶴はぴょいとフランシスに抱きついてきた。
竜矢の手による結界の影響でぴりぴりと肌に電気が走るような感覚がしたが、フランシスは振り払わなかった。
――振り払えなかった。
（……こんな無防備でいいのかねえ、退魔の家の次代当主が）
しかし。
閉じ込められているからこそ、無防備になるのだろう。
フランシスは、紫鶴をほとんど無視してパーティをしている親戚たちを見ながら思った。
（俺のほうが、よほどマシな大人に見える日が来るたぁね）
特技は見せてやれなかった。映画の話もしてやれなかった。
代わりに紫鶴がこのまま抱きついていたいというのなら、そうしてやろう――
フランシスはそう思い、紫鶴の背中を撫でた。
紫鶴が、くすぐったそうに笑った。
それはまるで、なついた主人の膝の上にいる猫のような――無防備なかわいらしさだった。
―Ｆｉｎ―
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【５５１５／フランシス・−／男性／８５歳／映画館”Ｃａｒｐｅ Ｄｉｅｍ”館長】
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■ ライター通信 ■
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フランシス様
こんにちは、笠城夢斗です。このたびはゲームノベルにご参加くださり、ありがとうございました！
プレイングがとても面白かったので、うまく利用できるよう頑張りました。いかがでしたでしょうか？フランシスさんを書かせていただくときはいつもとても楽しいですｖ
よろしければまた、お会いできる日を願って……
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