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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


+三下、編集長の座を狙う!?+



■■■■



「うっく……ひぅ、っく」


 その日、残業で遅くなってしまった三下は一人とぼとぼと岐路に着く。
 昼間編集長である麗香から提出したもの全て没を食らったのがよっぽどショックだったらしい。彼の歩いた後にはてんてんと涙が零れた後が残っていた。


「ひっく……ぅっく僕だって必死に頑張っているのに……」
『そうだよねぇ。君だって皆みたいに頑張ってる……いや、周りの人より努力家だね』
「う、っく……分かってくれます?」
『うんうん、分かるよ。僕も生きてる頃はそんな感じだったから』
「そうですか、貴方も生きてる頃は……――――って、はぃい?」
『と、言うわけで』


 三下は真横を向く。
 其処にいたのは一人の男性。彼はにこやかな笑顔を向けると三下の方に手を伸ばした。


『ちょっとだけ身体貸してくんない?』



■■■■



 ガタガタガタガタ!!
 かりかりかりかり!!


 次の日、アトラス編集部にはちょっとした異変が起きていた。
 なんと三下が朝からばりばりと仕事をこなし、ノーミスで全ての原稿を提出したのだ。おかげで麗香にも本日はまだ一回も没を食らっていないという優等生っぷり。電話にもてきぱきと対応し、デフォルメとなりつつあった泣き顔も本日は一回も拝めていない。
 この異変には流石に周りの皆も違和感を覚える。


「はい、編集長! 先ほど頼まれていたレポート全て出来上がりました!」
「え、もう?」
「はい、チェックの方を宜しくお願い致しますっ」


 にこにこと三下が麗香に書類を渡す。
 麗香はそれに目を通してふぅ……とため息を吐いた。いつも通り没を言うのだろうと待ち構えていた編集部のメンバー。だが、彼女が言ったのは全く逆の台詞だった。


「全部OKよ」
「編集長! 本当にそれOKなんですか!?」
「そうですよ、相手は三下君なんですよ!?」
「記事は面白いし、ちゃんと裏付けも出来てる。……正直、没にするには惜しい原稿だわ」


 麗香の言葉に皆してそんなことがありえるなんて! と編集部内がざわめき始める。


「そうね、さんした君にしては良く出来すぎてる。彼の身に何かあったのかもしれないわね。さんした君ー! ちょっと来なさい!」
「あ、はい。なんでしょう?」
「単刀直入に聞くわ。貴方、一体何があったの?」
「何がって……僕自身には何も起こってません。そうですね、起こったとしたら……彼、でしょうか?」
「……彼?」
『うあぁああんん! 編集長ー!』


 三下の胸ポケットの中から出てきたのはなんと携帯ストラップについている小さな熊。それはじたじたとポケットから這い出してきて……落ちた。


『うひゃぁああああ!?』
「駄目だよ、三下君。君は今携帯ストラップの熊なんだからね。無くしたりしたら大変なことになっちゃう」
『う、ぅうう、すみません……』
「と、言うわけでこちらが貴方方の言う『三下』君です。僕は今彼の身体を一時的に借りているだけの幽霊、とでも言いましょうか」


 三下はチェーンでかろうじて床に落ちなくて済んだ熊を胸ポケットに大事に戻す。しくしくと泣き声が響く。麗香を含むその場にいた面々は目を丸くした。
 今までの状況を見ていると、どう考えても熊が本物の三下で、目の前にいるのは別人だと考えた方があっさり納得がいく。そうすればオール満点評価の原稿類も頷けるというものだ。


『ひっくひっく、へんしゅうちょうぉおおおお……』
「と、取りあえず身体は返してもらえるのよね? そんな三下でも一応うちの大事な社員だから」
「あ、大丈夫です。目的を果たしたら元々僕は出て行くつもりでしたから」
「目的?」
「はい、実は僕昔別の編集部に所属していた頃があったんですよ。仕事もばりばりこなして頑張って、でも運悪く交通事故で死んじゃって……でも僕には夢があったんです」
「夢、ねぇ……」


 彼はぐっと拳を作って胸元まで持ち上げる。そしてきっぱりはっきりと言った。


「はい、僕は編集長になるのが夢だったんです!!」
「却下ー!! 没よ没ー!!」


 本日初めて轟く『没』という麗香の声に何故か皆は拍手を送った。



■■■■



「……なるほど、それで三下……じゃなくて、三下の身体を乗っ取った幽霊が編集長になるのが夢と……。それならさ、一日編集長でもやらせてみればいいじゃないか」
「嫌よ! 幾ら中身は違うとはいえ相手はさんしたくんなのよ!?」
「そんなこと言われてもなぁ……。ぶっちゃけ一日でも、編集長やらせればそれで満足するんでない?」
「い、や、よ!」


 偶然用事があって編集部に来た門屋将太郎(かどやしょうたろう)に対して麗香はぎゃんぎゃん喚きたてる。
 訊ねてきた彼は何か騒ぎが起こっていたので一体何事だと話を聞いてみれば、幽霊が三下の身体を乗っ取ったという話を聞かされたわけである。他の面々も先ほどから困った顔で二人を見遣る。
 三下の身体を乗っ取った幽霊はデスクに戻り、残った仕事を仕上げているのでこの二人の会話は聞いていない。はらはらと皆が見守る仲、門屋は一度頭を掻いた。


「しゃーねーな。ちょいと三下と話があるから、隣の部屋借りるよ」
「何をする気?」
「説得。ようは相手が編集長にならなきゃいいんだろ」
「そうね、普通に仕事するだけならさんした君より手際良いもの」
「酷いこと言うねぇ。さーって三下。ちょっとこっちに来いや」
「はい、なんでしょう?」


 てこてことやってくる三下。
 彼は手に仕事の書類らしきものを握っていた。其れを麗香に渡すと、チェックをお願いしますねと微笑みかける。敵だと判断した彼女はむっと眉を寄せた。門屋は三下を呼び出して隣の部屋に入る。麗香は渡された原稿に目を通し、その完璧さに今度は深いため息を吐いた。


 隣の部屋に移動した三下はきょろきょろと辺りを見渡す。
 それから目の前にいる門屋に向かって「何の用事でしょう?」と笑いかけた。


 門屋はゆるりと眼鏡に手をかけ、ゆっくり外す。
 それからひゅ……っと表情を変え、幽霊に向かって手を突き出した。壁にドンッと相手の身体を押し付け、ぎろりと睨む。先程までの温厚さは何処にもない。あるのは冷淡な表情、それから異常なまでの圧迫感。


 何かが彼の中で変化している。
 だが、その『何か』の正体が分からない幽霊は瞬きを繰り返して相手を見つめた。


「お前、……泣き虫な三下の身体使って、無理矢理夢を叶えようとするんじゃねぇよ」
「……無理やりじゃないですよ。ちゃんと三下君には許可を頂いてますから」
「それでもな、碇編集長が困っているだろ。アトラスの女帝を怒らせると、後が怖いぜ?」
「そんなの知りません。僕はただ、編集長になってみたいだけなんですから」
「馬鹿か、お前」


 先程よりも強い眼光。
 迫ってくるイメージはまるで強い嵐。胸に入ったままの本物の三下もまた、そんな彼の気配に気圧された。ポケットの中で蹲り、関わりたくないと震える。


「編集長なんざそんなぽんぽんなれるもんじゃねーよ。あの碇編集長だってな、下積み時代があったんだ。誰だってそうだろうが」
「それでも僕はもうその下積みすら出来ないんですよ?」


 押されないように彼もまた反論する。
 だが、門屋は其れを気にも掛けない。もう一度威嚇するように壁を叩く。大きな音が部屋の中で震えて消えた。


「三下はな、毎日毎日碇編集長の下で頑張ってんだよ。それがぽんっと出てきたお前に分かるか? ……確かにお前は優秀だろうよ。仕事も出来るんだろうよ。でもな、三下の方は生きてんだ。これから先があんだよ」
「……っ」
「言っちゃ悪いが言っておく。お前はもう、『先がない』んだよっ! こんなところでうだうだと漂ってねえでさっさと昇天でもして、次の人生でも歩んだ方が得策だろうが!」
「……っ、そんなこと、わか……分かって」
「分かってねえからこんなところにいんだろうが」


 ふんっと嘲笑う。
 三下の方は唇を噛み締め、相手の言葉に悔しそうにする。ポケットの中の熊三下はひょっこりと顔を出した。それからぽんぽんっと胸を叩いて宥めるような行動を起こす。門屋は壁から手を離し、若干距離を取る。圧迫が消えて緊張が解けたのか、三下は顔に手を当て、髪の毛をぐしゃりと握り潰した。


『えと、僕も、門屋さんの言うとおりだと思います。僕の身体を使って編集長になったとしても、それはあなたじゃないと……思いますし』
「…………」
『下積みすら出来ないのは苦痛かもしれませんけど……その、あの』
「……大丈夫。分かってるよ」


 ふぅっと息を吐き、天井を見上げる。
 ぼんやりと虚ろな瞳が四角く区切られた板を見遣った。


「貴方方の言うとおりですよ。最初から分かっていたはずなんです。こんなことしても意味はないなんて……でも、どうして諦め切れるでしょうか。編集長になることが夢だったのは本当ですが、それより何よりも僕は…………働いていたかった。……ただ、好きな仕事を……続けたかっただけ、なんです」


 閉ざされた夢。
 閉ざされた生。


 やっと望んでいた職に就けたというのに、それを奪われてしまったことを信じたくなかった。


『幽霊君……』
「さてっと、そろそろこの身体を君に返してあげなきゃね」
「それは別に急がなくたって良いんじゃないか?」
「へ?」
「編集長はその座を狙わなきゃ別にいいって言ってたからな。まあ、つまりあれだ。『仕事をするだけなら』許されるってことだな。なー、三下」
『そ、そうですよ。一日だけなら僕もこのままで大丈夫ですから!』
「――――と、言うわけだ。久しぶりに下積みでも体験していけ」


 門屋は相手の肩を叩いてやる。
 三下は丸めていた目を更に丸めた。それから「は、ははは……」と乾いた笑いを零す。それからポケットの中の熊三下の頭を撫でた。門屋は身体を翻し、扉の方へと歩いていく。それから外していた眼鏡をつけると、ドアノブを回した。


「お待たせ。さあ三下、真面目に働けよ」


 その表情は先程までの硬さはない。
 戻ってきた三下と門屋を麗香が見遣る。「編集長の座は要りませんからもう少しだけ働かせて下さい」と彼が言うと、彼女は少し困った顔をした。でも三下本人も許可をしたと伝えると、「仕方ないわね」と笑いかけた。


『でもこの身体ってちょっと不自由……』
「まあ、しばらく我慢しろ」
「でも、仕事だけなら本当にさんした君より優秀だから有り難いわよねー」
『うわぁあああああんんん!!』
「頑張れ」


 門屋は眼鏡の位置を調節するように指を引っ掛ける。
 一度瞼を落として、深くため息を吐いた。自分の中で何かが変わる。何かが、何かが。


 心 の 中 が 。


「ま、一件落着だから良いよな」


 そうして持ち上げた唇は誰も知らない。



……Fin





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1522 / 門屋・将太郎 (かどや・しょうたろう) / 男 / 28歳 / 臨床心理士】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、発注有難う御座いましたv
 今回はカネダ様の方の人格にて脅すというプレイングでしたのでこんな風にさせて頂きました。何か可笑しいところが御座いましたらお申し付け頂けますよう御願い致します!