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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


二つ星の裂ける夜

 空が、馬鹿みたいに黒く透き通ってると思った。
 例えばいつも見ている青空があそこに変化しているんだ、なんて思えばなんだかそっちに行ってしまいたいほどに、単純に綺麗でけれどやっぱ奈落のようにも見えて怖い。

「…やべ…掠ったな…―――」
 非常階段を上る速さは正直自信があったのに、結局肩に掠った鉛球が白い礼服を鮮血に染め痛みを俺の脳内に訴えかけさせる。
 痛い。いや、正直外の階段を選んだ俺自身の不注意だ、ここは笑ってやり過ごすしかない。寧ろ今しがた盗んだ宝石に血なんてついたら困るな。
 まるで道化のように真っ暗な階段を空に向かって上る俺はさながら悪魔か。昼間の青空がやけに恋しくなりなってきて俺自身可笑しくなる。
(これじゃあ仇もとれないな)
 白い礼服は人の目を引くから、そんな単純な理由だけで良かっただろうかなんて考える暇が無い程度には色だけに引き付けられ、鉛玉で狙ってくる組織は少しばかりアホらしい。とりあえずそれだけには感謝しながら低レベルなんてセコイ宝石屋なんかじゃない、博物館に展示された…ああ、なんだっけ。

 どうでも良い。手元にはどうせ置かないから。
 そう、俺は―――



 その日、怪盗Featheryが某有名博物館の博覧会に出没するという招待状が届いた。
 某博物館、そう言われたのは怪盗自身がそう予告状に記したからであり、つまりはそこまで辿り着けるものなら。という挑戦と取られる事となる。
「逃げていったのはこっち…だな。 皆さん、もう少し近辺を探索してみてください」
 背の高い闇夜に溶ける漆黒の髪を時折止みそうになる風に揺らせながら工藤・光太郎(くどう・こうたろう)は博物館から盗まれた宝石を取り戻す為、怪盗Featheryを追ってきた警官と共に周囲を見回す。

 探偵、などという響きはどうにも自分にはまだまだだと、そう苦笑しながらそれでも警察の要望もありこの事件に参加した工藤は見事某博物館と記された場所を言い当て、怪盗との対峙に成功した。
 ただ、本当に僅差。展示物であり予告の品であったルビーはその怪盗の手に渡ってしまったが。
(とにかく、ここに逃げ込んだのは確かだ…)
 白い礼服のような衣装。あれは青空に浮かぶ雲のように掴める存在にはとても見えないが、それでも鮮明に浮かぶ色はいつか捕まえられると心に誓わせる。
 見回す辺りは漆黒の闇。廃ビルの並ぶ既に機能しなくなった商店街や雑居ビルの残骸。
 もし、この中であの白を見つけるとすればそれはきっと。

「工藤君、銃声が!」
 工藤と共に居る刑事の一人が静寂と自分達の声のみであったこの場を切り裂く音に声を上げる。
「つっ…!?」
 瞬時、反応を示す工藤の探偵としての目。
 近くにあるのはこの闇夜でも一層高く、そして月の光に美しく映えたビル。その非常階段を上る工藤だったが反対側、商店街の方からの銃声により意識が飛ぶようにしてその青い瞳を見開く。
(上か!?)
 居る。上に。追っていた人物であり怪盗が。
 けれどこのまま会えば彼は警官に引き取られるか、或いは下手をすれば狙撃犯に殺される可能性も否めない。
 脳が機敏に、弾むようにして動く、これからどうすればいいかはじき出して上を見れば案の定あの白い礼服は鉛球に抗う事を躊躇うかのようにして屋上の一番高い所へと追い詰められていく。
(いや…―――)
 多分、自らそう行動しているのだろうと推測してビルの階段を上る足を速めた。
「刑事さん、あちらです! 商店街の方に狙撃犯が!」
 払えるものは払っておかなければならない。警察部隊はとりあえず害が無いと言えばそうだろうが狙撃犯は違う。怪盗の命まで取られてしまっては元も子もないのだから、工藤は苦虫を噛み潰したように眉を顰め、自らの後を追ってくる刑事に指示を出す。
「怪盗の方は…」
 自分よりきっと幾つも年上であろう刑事は暫し迷った後。
「俺に任せて下さい。 それより銃を持った犯人の方が危ない…」
 怪盗を追うべきか、民間人を狙う可能性のある狙撃犯を追うべきか。そんな簡単な答えはあっさりと商店街の影に隠れるようにうずくまる人物の光―――ライフルに反射した月光によって決定される。
「じゃあ、そっちは任せたよ!」
「―――…はい」
 捕まえられるのか、そう聞かれればイエス。けれどノーだ。
 博物館で見た白い礼服は何も服だけの存在ではなく、近づいたからこそ分かる相手の正体にして見知った顔。それを思えば探偵として捕らえるべきか逃がすべきかと葛藤が心中を駆け巡る。

 こんな事なら刑事一人くらい連れてくればと思うも、鉄の無機質な音が一層心を虚しくさせ、一人で会う事を躊躇う。
 けれど足は確実に屋上に向かい、階段を抜け形だけ残った扉を押し開け今まで上っていた場所からでも見える金網の床を踏みつけた。
「なんで俺なんか庇ったんだ?」
 金網のぎしりという不愉快な音と共に、工藤の今しがたの行動すら不愉快だと言いたげな声がこの場の一番高い場所の影に身を潜めた白い礼服に闇にはまだ溶けきれない茶の髪を揺らす青年の口から発せられる。
 狙撃してきた犯人は刑事が追っていった。だからもう狙撃手を引きつける事も無いと踏んだのだろう、顔はまだ見えないが。それでも。
「それはこっちの台詞だ…」
 声で、そして博物館で素顔を見た事でわかる、この怪盗が友人である黒羽・陽月(くろば・ひづき)である事が。
「馬鹿野郎…お前、さっきわざわざ引きつけただろ…」
「引きつけた?」
「ああ、狙撃手だよ。 お前の肩に掠ってる銃弾の主だ」
 工藤に引きつけた事を気取られた事も、弾が掠った事も何もかも気に入らない、そんな表情で顔を顰め影から出てきたのは矢張り黒羽であり溶け込んでいたと思われた闇から漂う血の香りは紛れも無く彼自身が流した物だと皮肉にも白い礼服の傷とまだ乾かぬ鮮血が証明していた。
「お見通し…って事か」
 顰め面を左右に振り、整ってはいるが歪んだ笑みを黒羽は工藤に向ける。
 怪盗と探偵、この図式を見ればこうして憎み皮肉を笑うそんな場面がお似合いだ。まるでそう言うかのような彼の表情は、けれど。

「理由があるんだろ? お前はただの犯罪者じゃない…」
 工藤のそれは、まるで自分は無実だと言う犯罪者のようだった。
 いかにも女性が好みそうな整った容姿で疑問をぶつける対象に向け、白い礼服とは違う、正反対の黒い学生服が黒羽に近寄っていく。
「は…只の犯罪者だよ」
 近寄る事を避けるようにして放たれた言葉に工藤の足は止まる。金網の忌々しい音と共に。
「違う…。 さっきのあいつらは何だ? 何でそこまでして…」
 どこにそんな根拠があるのか、工藤は探偵らしからぬ否定を口にすると更には黒羽の中にはまだ何かあるのではないかと疑問を投げる。
「さぁ?」
 もう何も言わせないとばかりに黒羽は肩を竦める。友人という位置に居るだけでここまで犯罪者を庇える工藤が何故か羨ましくて、怖かった。
「簡単に考えて俺が盗んだコレを横取りしたかった、ってだけじゃないの? それに何かあるとしてもそれを探り当てるのが探偵の仕事ってヤツじゃ?」
 嘲笑するようにして竦めた肩を落ち着かせ苦笑した。工藤と同じではないがそれでも白に映えるすっきりとした顔立ちは表情一つで相手の心をどんな風にも変えられる。
 けれど、今どれだけ自分の顔が醜く歪んでいるのかと思うとそれが少しだけ心に棘を刺す。
「わかった」
「何が?」
 間髪入れずに黒羽の視線が闇夜を射抜く。
 探偵の『わかった』は何かを理解したという意味。それだけで少し心臓が、銃弾の掠った肩が血を流すようにして揺れる。
 そういえば手当てのしていないこの傷は後々残ってしまうかもしれないと、心の隅で自嘲しながら。
「今はまだ何もわからなくても…お前自身の謎も俺が解き明かしてやる―――俺は探偵…なんだろ?」
 確かに黒羽から見れば彼、工藤は探偵だ。だから彼は『自分の探偵という使命』を『わかった』のだ。
「そうかよ…」
 言う事はそれしかない、工藤が探偵として解き明かすと決めた事ならば。ただ。
「俺は探偵なんて嫌いだ」
 吐き捨てるようにそう呟いてまっすぐに闇に溶け込んだ、黒服の探偵を見据える。
 本来ならば違う色も帯びている二つの双眸は同じ夜色の青、敵意と友情、白と黒。帯びている空気以外、さながら探偵は黒羽で怪盗が工藤のような、それ程までに溶け込んだ黒。
(俺は…)


 ―――暗いってのに工藤が明るく見えた。
 いや、工藤は元から明るい。俺なんか足元にも及ばない程に明るくて、今は正反対だけど。
 色の白と黒、けど性格の白と黒は正反対で結局白はあいつ、黒は俺。
 黒は良い色だ、なんとなくそう思ってる。けれど性格の黒はどうしょうもない、ただの闇でしかない。光に脅えてただ物影に隠れているだけの黒。
 だから怖い、追ってくる光が。

 ―――そう、俺は。


「中途半端な優しさなんかいらないんだよ…温情ばっかかけられても困るだけなんだ」
 二組の瞳の内、一組の青に闇が迫った。
 黒羽の瞳と声に影が灯り、どんどん心に侵食していく。これ以上闇に染まれば夜の空の一部になってしまいそうな程に、それ程までに心の内を語る言葉。
「黒羽…―――」
 親鳥に突き放された小鳥のように、悲しげに手を伸ばしてくる工藤。けれど捕まってしまえばそれは怪盗と探偵のそれに変わってしまう事くらい承知であり、黒羽はその手を大きくかわすと屋上の隅、これ以上行けば落ちてしまうのではないかという所まで駆けてゆく。
 刹那、まるで大切な何かを失うきがするような、そんな気に駆られる工藤の心。

「工藤」
 来るな、そう言いたげに強くしっかりとした口調で黒羽から言葉が紡がれる。
「いつか…お前の謎も解き明かしてやるからな…」
 沈んでなどいない。ただ決心を固くもう一度呟いた工藤は次に、黒羽の鮮やかに空へと飛び立っていく姿を見てその目を、口をしっかりと絞めた。
 常人ではまず飛び降りないビルから飛び降りる黒羽の身体はそのまま降下すると思いきや、背中に隠した白い羽のような物体で空へと舞い上がっていく。
 それは、さながら星のようで。

「俺は欲しいから盗むだけさ。 だからアンタに捕まるわけにはいかなくてね」
 挑戦的な言葉と決して明るいとは言えない、けれど骨のある獲物を見つけた飢える獣のような笑みを残して黒羽は夜空の闇に吸い込まれていった。
 次第に視界から小さくなる工藤光太郎。今という時に警察からをも欲されるという、名探偵を残して。

+

 風が俺の身体を大きく空へ持ち上げる。
 下から見てればあんなに綺麗だった星空に月だったってのに、どうしてだろう今の俺の目の前は暗い。
 光を背にして空に居るから当たり前か。なんて、思ってるのも可笑しいか。
 まだ、それでもまだ工藤の顔は見えてて、あいつの顔が悲しげに歪んでるのが辛い。
 いや、こうなるしか道がなかったとずっと言い聞かせている俺自身がいる。
「しょうがない、なんてもっと大人の言い分だよな」
 汚い大人の言い分だと笑ってもこの声は工藤には聞こえない。この距離なら、多分。
 けれどなんでだろうな、少しでも声を聞いて悲しい顔より俺を追う探偵の顔でいてもらいたい。

 盗みは立派な犯罪です。なぁんて。
 今時ならコンビニにでも張ってあるダッサイ言葉。けれど俺がその盗みをする怪盗だから、俺はこの道を選んだから。
 だから、ここに居る。

 そ、俺は犯罪者なんだよメータンテイさん。
 テレビで義賊だ犯罪者だか騒いでるけど弁解もできない、戻れない犯罪者のレッテル。
「星、見えないな」
 下はコンクリートと廃墟だから当たり前か、そう思ってずっと下を見ていれば案の定まだ工藤の白い顔っぽいのが見えてなんだか笑えた。

 空、馬鹿みたいに綺麗だったのにな。
 今は俺が空に居るから全然綺麗なんて思えない。
 元々そんなのんびりしたもんじゃなかったし、まーいーか。

 背中から出した秘密兵器、とまではいかないけど空中逃避用の翼が白くて、もしかしたら下から見える俺は星みたいに見えるんじゃないかってぼんやりと考えて止めた。
 空がたとえ綺麗でも、星や月がどれだけ輝いていても犯罪者の白はきっと肩に残る血の跡のように暗い。

 ―――そ、俺は、黒羽陽月。星じゃない、ましてや名探偵さんの言うようないい奴でもない。
 ―――ただの…犯罪者だ。


END