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<東京怪談・PCゲームノベル>


とまるべき宿をば月にあくがれて


 腹の虫が不服を申し立てている。
 北斗は不平不満を訴え続けているひもじい腹を抱え、なんともやるせない気持ちで帰路に着いていた。
 請け負った依頼は、内容的にはさほど難しいものではなかった。が、今日はいつもよりも少しばかり体力の消費が多めだったのかもしれない。体力の消費は空腹へと直結する。つまり、
「……食い物……食い物……くーいーもーんー……」
 独りごちて足を止め、北斗はうつろな眼差しで小さくかぶりを振ったのだった。

 思えば、今日の夕食当番は自分であったような気がしなくもない。――が、携帯電話が示す時刻を見る限り、これから帰宅を済ませ、夕食の支度にとりかかるには、さすがにもう遅い時間であるだろう。時刻は20時半をまわっていた。
 かといって、同居している双子の兄が当番を代わってくれているとも思えない。(空腹を覚えたら自分で弁当を見繕うだろう。あるいはもしかしたら空腹すら感じることもなく、何事かに集中している可能性も少なくない)
 絶望にも近いため息をひとつ漏らし、道路を挟んだ向こう側で光るコンビニの灯りに目を向ける。
 ――ひとまず、おにぎり一個ぐらいでも口にしよう。
 そう考えて、ひとりうなずく。
 おにぎりならば一つぐらい腹にいれたところで夕飯を食うに何ら支障はない。
 横断歩道の前に立って信号が変わるのを待つ。――そこで、北斗は不意に眉根を寄せた。
 いつもならばひっきりなしに走っている車の数が、今は全くのゼロなのだ。
 閑散とした道路の両端を見やり、それから、北斗はさらに気がついた。
 姿が見せていないのは、なにも車だけに限らないのだ。見れば人足も見当たらず、それどころか、コンビニの中にも店員らしい人影さえも見当たらない。
 信号がチカチカと点滅を始めたのを確かめて歩みを進め、横断歩道の真ん中に着いたところで足を止める。
 視線を右へと移す。――車はおろか、人の影さえも映らない。
 視線を左へと移す。
 ――――そこで、北斗は数度ばかり目をしばたかせることになった。
 
 そこにあったのは見慣れた道路ではなく、雑然と広がる大路であったのだ。
 一見、時代劇やら何やらで目にするようなそれに似ているような気がしなくもない。いや、むしろ、それはもっと旧い時代の――例えば京都や鎌倉が都と呼ばれていた頃は、こうであったのかもしれないと思わせるような見目をしている。
 信号はおろか、横断歩道の白と黒も無い。車のライトもなければ街灯の明かりも無くなっている。
 しかし、それよりもなによりも。
「ああ……コンビニがなくなってるよ」
 ぼそりと呟いた言葉は大路を過ぎる夜風によって掻き消された。
 北斗にとっては、今、眼前に広がっている怪異よりもなによりも、いかに空腹を紛らわせるのかが重要なポイントであったのだ。

 大路は、見れば道幅四十メートルほどといったところであろうか。車の軌跡がないのはむろんの事、舗装などまるでなされていない大路である。あちこちに石の突起があるのが見え、ところどころひょろりと伸びた草が風にそよいでいる。
 北斗は空腹を訴え続けている腹を抱えて歩き出した。
 幾分か離れた場所に、ちろちろと揺れる灯のようなものが見えているのだ。灯はちろちろと動きながら一軒の鄙びた棟の中に入って行き、あるいは出てきて闇の内へと消え入っていく。
 大路の路脇に点在する茅葺屋根やら瓦屋根やらを横目に送りつつ歩き進むと、大路はやがて大きな辻へと繋がった。それは全部で四つの大路が繋がった四つ辻だった。見れば、辻の傍らに先ほど見えていた棟があるのが分かった。
 半ば半壊しているとも言える見目をした棟は、およそ人が住めるようなものではないように思える。が、その中からは確かに何者かの話し声や笑い声が聞こえているし、おそらくは建て付けが悪いのだろう。灯が数筋漏れて、闇をぼうやりと照らしているのだ。
 今、自分が置かれている怪異を思えば、この棟の中には人間とは異なる者達がいるのかもしれない。――が、北斗はわずかな躊躇も見せずに引き戸に手をかけた。

 開かれた棟の中には鳥山石燕の絵図がそのまま動いているような風景が広がっていた。
 青行灯、河童、百目――猫頭の女や鳥頭の女もいる。そういった者達が並べられた四つのテーブルを囲み、引き戸を開け入って来た北斗を真っ直ぐに見つめている。
 北斗は、しかし、やはり躊躇ひとつ見せずにその中に歩み入り、テーブルに置かれた茶菓子や肴に目を向けた。
「栗饅頭ぅぅ。あ、なんだよ、つまみもあるじゃん。徳利に湯呑……」
 自分に寄せられている魑魅共の視線などお構いなしに、北斗はじゅるりと口の端を拭った。
「ってことは、え、ここって食べ物屋? だよな?」
 目を輝かせながら周りの魑魅に問い掛ける。と、一番間近にいた河童がニマリと頬を緩ませてうなずいた。
「なんでぇ、腹ぁ減ってやがんのかィ」
「ああ、そうなんだよ。もう腹減って腹減って……俺もう倒れる寸前」
 弱々しくそう返すのと同時に、腹の虫が一斉に不服を申し立てて騒ぎ出した。その見事なまでの合唱に、棟の中にいた魑魅共が一斉に明るい笑い声をあげる。
「なんでェ、兄ちゃん。あんた面白いなァ! まあ、こっち来て座んなよ」
 自分の横の椅子を叩きながら河童が笑う。北斗はへろへろとその椅子に辿りつき、へろへろと座ってテーブルの上に突っ伏した。
「食い物はなんでもイケるかい?」
「一通り」
 返すと、河童は「あいよ」と述べて、棟の奥に向かい片手を挙げた。
「大将、こちらさんに飯ぃ出してやってくんな」
「飯ぃ……」
 河童につられ、北斗もまた棟の奥に目を向けた。
 ――――と、北斗の視界に入ったのは、
「あ、れえ? 侘助じゃん」
「おや、これは、北斗クン」
 そこには、侘助の顔があったのだ。

 出されたのは焼き魚をメインにした、ちょっとした定食だった。それを見事に完食して、ようやく、北斗は人心地つけたのだ。
「っぁー、ごちでーす」
 丁寧に手を合わせ、すっかり空になった碗を拝む。
「お口に合いましたか?」
 湯呑を差し伸べながら微笑む侘助に、北斗はゆるゆるとうなずいて茶を口にした。
「侘助って飯も作れんだね。……そういやあ、この前、兄貴が作ったケーキに栗入れたらって提案したのも侘助だったんだってな」
「え? ああ、あのパウンドケーキですね。あれも北斗クンがほとんど召し上がったんでしたっけか」
「和洋折衷っての? 面白いよな。ケーキに甘露煮って意外だったけど美味かったし。ああいうのってコーヒーにも合うし、茶にも合うよな」
「意外性っていうのは楽しいもんですからねぇ」
 言いつつ、侘助は茶請けとなる栗饅頭を差し出した。
「チーズケーキに緑茶っていう組み合わせも、案外とイケますしね」
「ああ、うん、分かる分かる。ほら、冷やして食うもんをさ、わざと温かいままで食うと、これが結構美味かったりすんじゃん」
 栗饅頭の甘さは、少し渋めに淹れられた茶の風味と相まって口中に広がる。
 幸福そうな笑みを満面にたたえながらそれを楽しむ北斗の言葉に、侘助はうんうんとうなずきながら茶のお替りを用意した。
「例えば?」
「例えば麦茶とかさ。ヤカンで沸かして、冷やしたのを冷蔵庫にしまうじゃん。あれをさあ、沸かしたのをそのまま飲むのも好きなんだよなあ、俺」
「ああ、分かりますよ。紙パックのやつだといまいちですがね。きちんと麦で淹れたやつは美味いですね」
 同意を見せる侘助に、北斗もまた軽いうなずきを見せる。
「だよなあ。それがさあ、こう、分かってくんねえ奴もいるんだよ。なんつうの? 世の中こうでなくちゃいけないみたいな、頭の固ぇ奴もいるんだよ」
 言いつつ、北斗は小難しげな表情を作って顔に浮かべた。
「ハハ、その表情、よく似てらっしゃる」
 和服の袖に両腕を突っ込んだ構えで侘助が笑う。北斗も笑った。
「侘助って、見た目固そうだけど、なんつうか、話してみると案外ユルいよな」
「ユルいですか? ハハ、まあ、そうですねえ」
「ああ、ユルいっつっても、悪い意味じゃなくてな。うん、話してると気持ちが楽でいいよ」
「それは何よりです。俺も、北斗クンとお話させていただくのは好きですよ」
 
 棟――否、侘助が店主を務めている茶屋(あるいは酒場なのかもしれないが)の中には、あいかわらず魑魅共が交わす噺声やら唄声やらが響く。
 妖怪とはいえ、ここに集う彼らは、そのどれもが気の善い面々ばかりなのだろう。
 北斗は店の中を一望した後に無造作に髪を掻き混ぜ、緩やかな笑みを浮かべた。

「さってと、そんじゃあそろそろ帰るかな。今日の夕飯当番、俺なんだよ」
「今から支度を?」
 やんわりとした所作で首を傾げている侘助に、北斗は軽くかぶりを振った。
「コンビニでなんか買って帰るよ。ここに来る途中でコンビニあったし。……そういえば、ここにはいつの間にか入って来てたんだけど、帰るときもちゃんと帰れるもんなの?」
 湯呑に残った茶を一息に飲み干しつつ訊ねた北斗に、侘助はやんわりとした笑みを浮かべてうなずいた。
「ここにいらっしゃるまでに歩いていらした大路がございますでしょう。あれを、今度は逆方向に歩いて行けば、やがて橋が見えてきます。その橋を渡れば、現世の方へと戻れますよ」
「橋? っつうか、ここってやっぱり現世じゃないんだな。まあいいけど」
「おや。怖いとかそういうのはないんですか?」
 眼鏡の奥の双眸を緩やかに細め、侘助が問う。が、北斗はゆるゆるとかぶりを振った。
「え? だってさ、侘助も出入ってんじゃん。それにさ、ここの連中、みんなイイ奴ばっかりみたいだし」
 返し、店の中の魑魅共に視線を向ける。
 魑魅共は北斗の言葉を知ってか知らずか、向けられた視線を受けて淀みない笑みを返してよこす。
 北斗は片手を持ち上げてひらひらと揺り動かし、カタリと椅子を鳴らして席を立った。
「ごっそさん。ええと、御代は?」
 真っ直ぐに詫助を見据える。
 侘助は北斗の言葉を、わずかばかり驚いたような面持ちで聞いていた。が、
「いや、御代は結構ですよ。……その代わりっていっちゃあなんですが、またお暇なときにでも遊びにいらしてください。今度はお兄さん共々」
 ふわりと笑ってそううなずいた。
 北斗もまた笑みを浮かべ、うなずく。
「また飯食わしてくれんならな」

 侘助が見せる穏やかな笑みと魑魅共に見送られ、北斗は鄙びた店を後にした。
 薄闇が現れ、街灯も何も無い大路が姿を現す。
 見上げれば、月も星もない、漆黒のただ一色きりで塗りこめられた暗い天が広がっている。
 腹の虫は不服を申し立てるのを止めている。
 北斗は小さな息をひとつ吐いて、先ほど自分が歩いて来た大路を逆方向に歩み出した。
 



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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【0568 / 守崎・北斗 / 男性 / 17歳 / 高校生(忍)】

NPC:侘助

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          ライター通信          
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いつもお世話様です。

考えてみれば、北斗様が四つ辻においでになられたのは、これが初めてのことなんですよね。
これまで侘助との絡みが何度かありましたので、なんだか四つ辻の常連さんであるような錯覚すら覚えておりました(笑)。

今回はちょっとした会話と食事のみとなりましたが、四つ辻はわりと広く対応できる設定となっておりますので、機会がありましたら、また違った面をお楽しみいただければと思います。

このノベルが少しでもお楽しみいただけていますように。
そして、願わくば、またご縁をいただけますようにと祈りつつ。