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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


ひなまつりでGO!
●オープニング【0】
 3月2日夜11時過ぎ――あやかし荘の管理人室に、何やら煤けた箱を抱えたメイドさんがやってきた。あやかし荘に住んでいる幽霊な金髪メイドさん、フェイリー・オーストンである。
「あの。物置の1つを片付けていたら、このような物が出てきたのですけど……」
 フェイリーはそう言って、管理人である因幡恵美に箱を差し出した。
「ふむ、何ぢゃろうな。とりあえず開けてみるのぢゃ」
 そばに居た嬉璃に促され、恵美は慎重に箱を開けてみた。何せあやかし荘で見付かった箱、どんな物が入っているか分かったものではないからだ。
 だが、心配は全くの杞憂に終わった。何故なら箱に入っていたのはお雛様――すなわち女雛であったからだ。箱がしっかり守っていたからだろうか、年代物に見えるが全体的に綺麗なものだった。
「へえ、お雛様があったんだ」
 目を輝かせる恵美。女の子にとってひなまつりというのは、やはり特別なものであるらしい。
「同じような箱が、まだいっぱいありました」
 自分が見た物を報告するフェイリー。どうやら雛人形一式あるようだ。
 その時、嬉璃がピンと閃いて言った。
「よし、ならばひなまつりをするのぢゃ! 人手を集めて、今から大急ぎで出せば間に合うぢゃろ」
 嬉璃さん、本気ですか?
 確かに出すのは間に合うだろうし、楽しむ時間もあるだろう。
 けど、1つ忘れていませんか。迷信かもしれないけど、昔からよく言うではないですか。3月3日のうちに雛人形を仕舞わないと、婚期が遅れてしまうって……。
 かくして、24時間耐久と言ってもいいかもしれない、ひなまつりの1日が幕を開けようとしていた。

●3並び、雛人形並べ【1】
 3月3日午前3時。普通なら眠りの海を漂っている時間だが、今日のあやかし荘は違っていた。
「ほれほれ、きりきり運ぶのぢゃ、三下よ」
「うう……重いです……痛いです……眠いですよぉ……」
 嬉璃にぺちぺちと尻を叩かれながら、三下忠雄がひなまつり会場となった空き部屋へ箱を運んでくる。2日は早朝から取材に出てて、夜遅くようやく帰ってきて眠ろうとしていたのだが……そこを嬉璃に捕まって、準備に狩り出されたのだった。ちなみに三下、今日も取材のために朝6時には出てゆかなければならない。ああ、哀れなり。
 部屋の中ではすでに雛壇が組まれていた。これも物置にあったのだ。それは何と7段飾り、非常に本格的である。
 雛壇の前では4人の女性の姿があった。フェイリーが箱を開くそばにデジタルカメラを手にしたシュライン・エマが居り、その後ろでは柔らかい布を握った露樹八重が雛人形の顔の埃や汚れを払っている。そして雛人形を並べるべく恵美が奮闘している、という状況である。
「急いでごめんなさいね」
 フェイリーによって箱を開かれ、その顔を見せる雛人形たちにシュラインは優しく声をかけた。本来雛人形はこんなに慌てて出すものでもなく、大安や友引などよい日を選んで飾るのが一般的だ。シュラインがそう声をかけるのも、雛人形たちに申し訳ないという気持ちがあったからだろう。
 そんなシュラインはフェイリーが箱を開いたそばからデジタルカメラで写真を撮り、何やらメモを取っていた。不思議に思ったフェイリーがシュラインに尋ねた。
「先程から、どうして写真を撮っているんですか? それにメモも」
「こうしておくと、どこに何が入っていたとか、どうやって梱包されていたか分かるでしょう? 残しておけば、来年以降も役立つ訳だし」
 シュラインはそう答えて、空いた箱にメモを入れた。感心するフェイリー。理にかなった方法である。
「せっかく飾るんだから、きれぇきれぇにするでぇす♪」
 すっすっすっ、きゅっきゅっきゅっと、布で雛人形の顔の埃や汚れを丁寧に払う八重。10センチほどの背丈ゆえ、八重に似合っている作業かもしれない。また、そもそも箱のおかげでそう汚れてはいないので、作業としては時間もかからず簡単なものであった。
 が、そんな八重の手が不意に止まった。嬉璃と恵美の会話が聞こえてきたからだ。
「ほれ、5段目の左端が右近の橘ぢゃ。その反対、右端に左近の桜ぢゃ。恵美よ、逆に置いてどうするのぢゃ?」
「左が右で、右が左? どうしてなの?」
「誰からの視線か考えてみれば、それくらい分かることぢゃろ。急がぬと4日になって、婚期が遅れてしまうのぢゃぞ?」
「……う、それは困るかも……」
 どうやら雛人形の並べ方に右往左往する恵美に、嬉璃が指示を与えているらしい。ところがその会話を聞いた八重の目が、何故か遠くなってしまった。
「……910歳のあたしの婚期はいったいいくつなのでしょー……」
 ぽつりつぶやく八重。いやはやそれは謎だ。
「なんてひどいのでぇす……」
 よよよ、と泣き真似しながら八重が崩れ落ちる。しかし、急にがばっと上体を起こして八重は驚愕の表情を見せた。
「婚期が遅れすぎたらお嫁にいけない……ということはお婿に行けと!?」
 待て、ちょっと待て。それは論理が違ってないか?
「ううむ……たきしーどは着せ替えお人形さんの物を買いに行かなくては……」
 考え込む八重。いや、だからそれは考えが違う方へ行ってるから。それ以前に、八重に合いそうな服を探そうとすると、結構物を選ぶことになるのではなかろうか。
「は! そういう問題ではないのでぇす!」
 あ、ようやく八重が我に返った模様。そして汚れを払った雛人形を持ち上げ、とことこと嬉璃たちの方へ近付いていった。
「お内裏様お雛様ペアの次は、三人官女で次は五人ばやしでぇすよ♪」
 きちんと上の段から並べる順番を教えながら。

●いざ、ひなまつりを堪能せん【2】
 3月3日午後5時。朝に準備が終わった会場では、雛壇に綺麗に雛人形たちが鎮座していた。
「ほれどうぢゃ。慌ただしくも飾ってみれば、なかなかいいものぢゃろう」
 嬉璃が雛人形を眺めながら、恵美とフェイリーに言った。
「うん。仕丁なんていう3人の従者が居るなんて、飾らないと知らなかったかも……」
 恵美がこくんと頷いてつぶやいた。ちなみに仕丁とは、5段目の右近の橘と左近の桜に挟まれるように並んでいる従者たちのことだ。
左から順に泣き上戸、笑い上戸、怒り上戸と呼ぶらしい。
「こういう順番で並べるんですね。覚えておかないと」
 幽霊になってもさすがはメイドさん、来年以降のために記憶しておこうと試みる。まあ並べ終わった直後にシュラインが写真を撮っているので、いざとなればそれを見れば済む話でもあるのだが。
 さて、改めて一番上の段から見てみよう。
 1段目はもちろん夫婦雛。伝統的な並べ方にしたか左に女雛、右に男雛を置いている。関東だとこれが逆になったりするが、土地や習慣による違いである。
 2段目以降は三人官女、五人囃子、左大臣・右大臣と続き、先程から出てきている仕丁が橘と桜に挟まれているのが5段目。そして6段目には箪笥や長持ちなどのお道具が並び、一番下の7段目に牛車や駕篭などの乗り物が並べられるのである。
「こんばんは。白酒持ってきたわよ」
 そこに一旦家に戻って出直してきたシュラインが現れた。何しろ昨日、そろそろ帰ろうと思った時に連絡があり捕まって、そのまま徹夜するはめになったのだ。だから家に戻って休んできたのである。
 もちろん休むだけでなく、シュラインは白酒など色々と用意して戻ってきていた。
「白酒に菱餅にひなあられは基本よね。お腹空いてるだろうと思ったから、サンドイッチとはまぐりを蒸したのを持ってきたわ」
 持参した袋の中からあれこれとテーブルへ並べてゆくシュライン。その物音を聞いた八重が近付いてくる。
「ひなあられあるでぇすかぁ? 聞こえたでぇす、かくすとためにならないでぇすよ☆」
 とてとてずるずる。何か引きずるような音が聞こえている。見ると八重は少し大きくなり、何と十二単に身を包んでいたのである。ぱっと見て、生き雛人形に見えるのは内緒だ。
「箱を調べたら、こういうのがあったのでぇす。あたしにぴったりでぇす♪」
 にこにこ笑顔で喜ぶ八重。恐らくは女雛のための予備として用意されていた物であるのだろう。何のことはない、ぴったりと言っているけれども自分の方がサイズを合わせただけだ。
「あっ、菱形」
 恵美がサンドイッチを見て驚いた。そう、菱餅を模したか、菱サンドイッチだったのである。
「はまぐりを持ってくるとは、なかなか分かっておるのぢゃな」
 はまぐりをキャベツなどと酒で蒸した物を見て、嬉璃が感心したようにシュラインに言った。
 ひなまつりの時、はまぐりのお吸い物などを食べることがあるが、これははまぐりの貝殻が自らの片割れでなければ絶対に合わないことにちなんでいる。女性の貞節を教えているのだ。
「さ、食べましょう。この後また、今度は片付けが待っているんだし」
 シュラインが苦笑いを浮かべ、タイマーを午後9時にセットした。この辺りを片付けを始める目安にするようである。
「そうそう、知ってる? ネットで検索してみたら、金沢では3月3日から4月3日まで飾るらしいわよ。全国的にも珍しいけど」
「ふむ、新暦と旧暦でやっておるのぢゃろうな」
 シュラインの話を聞いて、嬉璃が言った。言われてみれば、そんな感じもしないでもない。桃の節句という割には、新暦だとまだ梅しか咲いていないのだから。

●ひなまつりは女の子の日ですから【3】
 3月3日午後9時過ぎ。それなりにひなまつりを楽しみ、タイマーが鳴ったのをきっかけに片付けに移行する一同。
 再びまた、雛人形たちは箱の中へと戻ってゆく。次に会えるのは来年のことだ。
「しまうときには防虫剤を忘れちゃだめなのでぇす」
 箱の間を歩きながら、八重が皆に忠告した。せっかくの綺麗な着物、虫に喰われては可哀想ではないか。
 と、急に八重の身体が持ち上げられた。持ち上げたのはフェイリーだ。
「はわわわっ! あたしはお雛様じゃないでぇすよ! 一緒に箱の中にしまうなんてしつれいなのでぇす!」
 じたばたじたばたじたばた。手足をばたつかせる八重だったが、フェイリーは申し訳なさそうにこう言った。
「すみません、これ……着替えてもらわないと」
「はうっ!? そうなのでぇす! これはあたしのではなかったのでぇす!」
 楽しんでいるうちにすっかり抜け落ちていたのだろう。八重が着ている十二単は箱に入っていたものです、念のため。
「ん……お勤めご苦労様でした」
 シュラインは箱に納められた雛人形に向かって一声かけた。そしてフェイリーが蓋を閉める。この光景が何度も繰り返されていた。
 やがて雛人形たちは元の箱へと全て戻り、雛壇も分解された。後は物置へ運ぶだけである。
 と、その時――。
「た……ただいま……です……」
 非常に疲れ切った様子の三下の声が、玄関の方から聞こえてきた。嬉璃が素早く動き、廊下に出て三下の前に立ち塞がった。
「三下、待つのぢゃ。いい所に戻ってきた、運ぶのを手伝うがいい」
「はっ!? え……ええええええええっ!?」
 哀れ三下、ようやくゆっくり休めるかと思ったのに、また嬉璃によって狩り出されてしまうのであった。合掌。
「みのしたしゃん、がんばるのでぇす♪」
 三下にエールを送る八重。そして残っていたひなあられを、おもむろに頬張った。りすみたく両頬が膨らんでいた。

【ひなまつりでGO! 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 1009 / 露樹・八重(つゆき・やえ)
          / 女 / 子供? / 時計屋主人兼マスコット 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全3場面で構成されています。今回は全ての方で同一の文章となっております。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・予告なく突発的に短時間公開しました今回のお話ですが、無事成立することが出来ました。ありがとうございます。高原にしては珍しいことをやったからでしょうか、今日は雪のひなまつりになっています、こちらでは。
・何はともあれ、今後も時折こういう突発的な予告なし短時間公開をするかと思いますので、気を付けて見ていただければと思います。
・シュライン・エマさん、順序が前後していますが101度目のご参加ありがとうございます。そうですか、金沢は3月3日から4月3日まで飾っているんですか。それは初耳でしたねえ。あと、はまぐり使った物も定番ですよね。昔からの物というのは、何かといわれがあるのですよね、ほんと。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。