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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「小噺・病」



 こほんこほんと咳をして、布団の中から障子を見遣る。
 こうして風邪をひくのは珍しいことじゃない。
(のど……かわいた……)
 いつものことだからと、家族は守永透子を残して出掛けていた。
 透子も、家に居られると息が詰まるので大丈夫と言ったのだ。
 だからだ。
 とても静かで……寂しい。
 家族は夕方にならないと帰ってこない。
(さみ……しい……)
 眉をさげて透子は布団に少しもぐった。
 じわ、と目頭に涙が浮かんだ。
 この前に会った時のことはとても恥ずかしくて、今でも思い出すと顔から火が出そうになるけど。
 それよりも。
 自分の告白が……彼に迷惑だったのかもしれないと思うと悲しくてたまらない。
 誰かを好きになるとこんなに弱くなるんだ。
(それでも……それでも、私……欠月さんのこと好きでいたい)
 想いが成就すればどれほど嬉しくて幸せかなんて、わかりきったことだ。
 だが成就しない……望みが叶わないとなればどれほど辛いか。
 想い続けることが自分への少しは慰めになるかもしれない。
 なんて後ろ向きな考え。自分はもっと前向きな性格じゃなかったのか?
(欠月さんに逢いたいな……)
 逢って、この間の返事は聞きたくない。でも姿は見たい。彼の声を聞きたい。
 どうして彼なんだろう。
 自分が好きになったのがどうして彼だったのか。
 あんなに意地悪で、女の子の肌を見てもなんとも思わないような人が。
 透子の理想としては……優しくて、穏やかで……互いを想い遣る恋愛をすることだった。自分の性格ではきっと真面目そうな相手を選ぶと。
 だが蓋を開けてみれば性格が悪く、美形だがとことん相手をからかうのが好きなひとだった。
 恋愛はうまくいかないとよく聞いている。
 同じひとを好きになったり、ろくでもない人を想ってしまったり。
(本当に……恋愛って、恋って……どうなるかわからない……)
 でももう取り返しがつかない。
 透子は欠月を好きになってしまった。こればかりは自分ではどうにもならない。
 告白を後悔していて、後悔していない。
 彼に知って欲しかった。同じ気持ちとは元々思ってなかった。けれどきっと好意はあるだろうと思っていたのだ。
 だって彼はやさしい。
 嫌いな相手を助けはしない。
 だから望みがあると勝手に思い込んでいた。現実は、彼の不愉快そうな声で。
 思い出すと透子は辛くて布団を強く握りしめた。
 好きになる人を選べればいいのに。
 ふいに聞こえた鈴の音に、透子は気づかなかった。
「透子さん、これ飲む?」
 布団越しに聞こえた声に透子がびくっと動きを止める。
(今の……?)
 不思議そうにして布団から顔を出すと、スポーツ飲料水の入ったペットボトルを片手に持っている欠月がいた。
「かづき……さん?」
「うん。喉渇いてない?」
 なんでこんなに都合よく。タイミング良く現れる?
 驚いている透子は起き上がった。
「なんでうちにいるの……?」
「失礼だね。キミが呼んだんでしょ?」
 呼んでない。はずだ。
 欠月はペットボトルを見てから首を傾げる。
「いらないならいいけど……それとも、口移しのほうがいい?」
 彼の発言に顔を赤くして透子はペットボトルを素早く受け取った。
「じ、冗談やめて」
「……いや。やってほしいならやってあげるよ」
 にやっと笑う欠月は布団の傍に座る。
 透子は眉根を寄せた。
「……そ、そうやってからかう……。欠月さんは誰にでもそういうこと言うんでしょう?」
「ちゃんと反応しれくれる人にしか言わないし……言うだけだから」
「?」
「大抵は今のキミみたいに慌てたり、冗談だと思うからね。ま、冗談と思ってくれなきゃ困るけど」
「やっぱり冗談なんじゃない……」
「キミが望むならしてあげると、さっき言ったよ」
 薄く笑ってそう言う欠月は「なんてね」と言う。やはり冗談だったようだ。
「透子さん、風邪?」
「え? うん。でも珍しいことじゃないの」
「……病人を放ってご家族はどこ行ったの?」
 心底不思議そうに欠月は言う。
 透子は自分の家族が好きではない。だから自然に言葉が濁った。
「え……っと、ちょっと出掛けてるの……。あ、でも私がこうして風邪をひいたりするのはしょっ中だから」
「…………それ、変じゃないの?」
 表情を消して欠月は目を細める。
「ふつうは……病人には付き添うものじゃないの? 違う?」
「で、でも……私がいいよって言ったから」
「どうして」
「…………一人のほうが、楽で」
 ほんとうは寂しかったけど。
 欠月はじっと透子を観察するように見ていたが、ふいににっこり微笑した。
「そう。じゃあボクもいないほうがいいかな」
「えっ!?」
「邪魔をするわけにはいかないから」
 立ち上がって背中を向けようとする欠月のズボンの端を透子は慌てて掴んだ。
「欠月さんは嫌じゃない!」
 欠月は動きを止めて透子を見下ろす。
 大きな声を出してしまったので、透子は咳き込んだ。
 す、と布団の横に座った欠月は透子をじっと見つめる。
「それは……この間言ってたことと関係ある?」
「え……?」
「ボクを好きだって、言ってた」
 ただ透子を見ているだけの欠月。だが透子は恥ずかしくて顔を赤くし、俯いた。
 手の中のペットボトルの液体が軽く震える。透子が震えているからだ。
「あ、あの……私の気持ちが迷惑でも、構わない……から」
「…………」
「でも、あの、欠月さんのことは好き……だから」
「……不思議なことを言うんだね」
 透子は欠月の声に顔をあげ、彼を見た。欠月は眉根を寄せて、どこか怒ったように透子を見つめている。
「ボクのどこが好きなの? ボクは、知ってると思うけど性格悪いし、優しくないんだけどな」
「それは……」
「女の子ってのは、優しい男が好きなんだって思ってたけど……違うのかな」
 なぜ。
 透子はそう思うしかない。
 欠月の瞳は感情が浮かんでいない。
 望みを断ち切るなら早くして欲しいのに……。
「す、好きになるひとは……選べないもの……」
「………………そうだね」
 暗い瞳を伏せる欠月は薄く笑う。
 透子もペットボトルに視線を落とした。
「あの……私、欠月さんにまた逢いたい……」
「…………いま会ってるじゃない」
「まだ、これからも、ずっと……」
 望みがないならいっそ、はっきりと。
 そう思いつつ、でもはっきり言って欲しくない。
 怖いくせに、先が知りたくて。
「……憑物封印が終わるまでなら、またどっかで会えるんじゃない?」
「それが終わっても、逢える?」
「……さあね。ボクは一介の退魔士だから」
 苦笑する欠月はにっこり微笑んだ。
「そうだ。せっかくだし、なにかして欲しいことあるかな? 病人ってのは色々大変だって聞いたことあるよ」
「……欠月さん、病気になったことないの?」
「うーん。まあ今持ってる記憶では、なってないね。飲み物のほかは何かいる? あ、でもボクは料理作れないんだよね? 他のことなら」
「そ、そんな気にしなくていいのに……。こ、こうして傍に居てくれるだけで……嬉しい」
「とは言っても、こうして横に座ってるだけじゃボクは単なる役立たずだと思うんだけど? まあ看病なんてしたことないからどうかなあ」
「お喋り、とか?」
「……喋ること、か。ボクは退魔士の仕事のことしかないから、あまり話せないよ?」
 それでもいい。欠月のことが知りたい。
 透子の目を見てから彼はやれやれと嘆息する。
「誰が聞いても面白いとは思えないボクの経験談……これが恋の力ってやつなのかなあ」
「なっ、そ、そんなんじゃ……」
 慌てる透子はペットボトルを開けて、ちびちび飲んだ。
 彼が傍に居るだけで嬉しいし、心臓が壊れそうなほど鳴っている。
 彼がその音に気づいてしまうのではないかと、不安になるほどに。
 額に冷たいものが触れて透子は身を引く。
 欠月が手で彼女の額に触れたのだ。
「それほど熱は高くないみたいだけど…………。そんなに冷たかった? ボクの手」
「えっ、あ、ち、違うの! お、驚いて、しまって……っ」
 顔が熱い。
(望みはあるのかしら……)
 まだ誰も彼の心を捕らえていないなら、望みはきっと。
「寝てなよ。眠るまでは傍に居てあげる」
「……欠月さんはどうしてここに来たの?」
「喉渇いたーってキミの声が聞こえたの。ほら、ボクは耳がいいから」
「……またそうやってからかう……」
「ふふっ。地獄耳なんだよね、実は」
 軽く笑う欠月に透子は素直に感動した。
 たったそれだけで彼はここに来てくれたのだ。
(わざわざ買ってきてくれたんだ……私のために)
 そこにどんな意味があるのか。彼に確かめるほどの勇気は今はない。
「横になったら? いなくなったりしないから。あ、でもキミの家族が戻ってきたらすぐに消えるけどね」
「え……どうして?」
「うーん。この間告白したんだから気づいても良さそうなもんだけど」
 欠月は横になる透子に意地悪く笑ってみせた。
「ボクは男で、キミは女の子だから」
「っ」
 そう言われればその通りである。
 一瞬で引きつった笑いを浮かべる透子に、彼は綺麗な笑顔で微笑んだ。
「大丈夫。病人を襲うほど節操なしじゃないから」
「なっ、ななな……! なんてこと言うの!」
「男はみなケダモノなんだよ。そこらへん、女の子ってのは警戒心なくて心配になる」
「か、欠月さんもケダモノなの……?」
 恐る恐る青ざめて尋ねると彼はちょっと考えるように透子を見てから愉快そうににやりと笑った。
「さあどうだろう……? ふふふ」
「そ、その笑いはなに……?」
「ふふふ。さあなんだろうね」
 とんでもなく不安になる欠月の笑い声に透子は心底疲れて瞼をゆっくり落としていく。
「……本当に、しばらく居てくれるのよね……? 本当に……」
「しつこいね」
「…………」
 次に目覚めた時、きっと欠月はいないだろう。それはわかる。
「私…………」
 うまく言葉が出なかった。もう眠りそうだ。
 だがその眠りに落ちるまでの微かな時間、欠月の小さな呟きが耳に入った。
「…………好きになる価値のない男だと思うんだけど、物好きだよねキミは」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5778/守永・透子(もりなが・とおこ)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、守永様。ライターのともやいずみです。
 よくわからない欠月の態度ですみません。でも少しずつ親密度はあがっています。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!