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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「小噺・病」



 闇の中で彼女の声がこだまする。
「ムダなことするんだね」
 ムダなことなんて。
(無駄なんかじゃ……)
 だって、俺は。
「う……」
 異様なほどに身体が重い。
 浅葱漣は瞼を開けた。
(今の……夢か?)
 それはそうだろう。あのセリフを聞いたのは一ヶ月ほど前だ。
 漣は苦笑してから「ん?」と眉をひそめた。見覚えのない天井だ。
 不思議に思って視線を動かすと、びくっとして漣は硬直した。
「気がついた?」
 こちらを覗き込む顔に漣は声が出ない。
 どうして遠逆がいるのか。どうして!?
「なっ、ななな、何で!? というかここは何処だ!?」
 彼女と距離をとろうとするが、身体が動かない。力が入らないためだ。
 漣は狭い部屋の畳の上に敷かれている布団に寝かされていたらしい。
「ここはあたしの借りてるアパートの部屋」
「と、遠逆の……?」
「浅葱くん、あたしの目の前で倒れたんだよ? 覚えてない?」
 そう言われればそんな気がする。
 風邪で熱が出て朦朧とする中、食料を切らしていたので買い物に出掛けたのだ。少しでも動けるうちに買い物をしておかなければ後が大変だと思っての行動だったのだが……。
 商店街に着いたところまではおぼろげな記憶がある。そしてそこで日無子の幻を見た記憶も。
(そうか……てっきり幻だと思っていたが、あれは現実だったのか)
 あの幻と同じように彼女はからし色のジャージ姿だ。色気もなにもない。いつもつけているリボンもないことから、これが彼女の普段着のようだ。
「すまないな……迷惑かけて」
「気にしないで。風邪、でしょ? 一応それっぽいの色々買ってきたからちょっと待ってね」
 それっぽい、という怪しげな言葉が気になったが漣は何も言わないことにした。
 この前のこともあって、日無子と視線を合わせて喋るのは気恥ずかしいのだ。
「熱はさがってなさそうだね。顔赤いし」
 漣の顔を覗き込んだ彼女は漣とおでこをこつんと合わせる。
「体温計持ってないんだよ。我慢してね」
(う)
 心臓が大きく跳ねたのがわかる。
(そ、そうか。俺…………俺、やっぱり遠逆のこと……)
 こんな感情は知らない。漣は息苦しくて日無子から顔を逸らす。
 日無子は漣から離れて困ったような顔をした。
「さがってないみたいだね。熱冷ましのシートを貼り付けるんだっけ」
 すぐ傍に置いていたビニール袋から熱冷ましのシートを取り出して開封し、漣の額に貼り付ける。ひんやりとして気持ちよかった。
 安堵する漣はぼんやりとした瞳で部屋を観察した。
 本当に何もない部屋だ。あるのはテレビだけ。
(遠逆はこんなところで暮らしているのか……)
 生活するための空間ではない。寝るための、休憩をとるための部屋だ。
「お粥、作ってみたんだけど……食べられる?」
 日無子の言葉に「えっ」と驚いて漣は彼女を見遣った。料理ができないくせにどうやって作ったのだろうか?
 彼女の背後にある台所には、使われた鍋などがどちゃっと積み上げられており、漣に恐怖を感じさせる。
「食べられそうにないならいいけど。
 えっと、あとはなにをするんだっけか……。汗かいたら体を拭いて、それから水分補給。薬は必ず飲ませる、だったよね」
「い、いや……せっかくだし、食べる」
 日無子の手料理というのに興味があった。どんな味がするのかも。
 彼女は「ふーん」という声を出してお粥を皿に入れて戻ってくる。見た目は普通だ。
「教えられた通りにやってみたんだけど、味は保証できないな。あ、起きれる?」
 動けない漣は無言で起き上がろうとした。だがやはりダメだ。
 日無子が皿を畳の上に置き、漣を起こす。
「ええっと……上着がないと背中が寒いんだよね。あたしの服じゃサイズが合わないから……そうか、これでいいや」
 彼女はパッと顔を輝かせるとジャージの上を脱ぐ。その光景に漣は完全に石のようになってしまった。
 我に返った漣は恥じらって顔をそむける。
 胸元にきつくさらしを巻いただけの日無子の上半身が目に焼き付いてしまった。どうして彼女はこんなに無頓着なんだろうか! そしてなぜこんなに薄着なのか!
「い、いい! いらないから着てろっ」
「大きめだからこれしか浅葱くんには着せられないんだけど……。食べる間だけでいいからさ」
 にこにこと笑顔の日無子は漣の背中にジャージを着せる。彼女の優しさと無防備さがとても辛い。
「はい、あーん」
 お粥をすくったスプーンを漣に向けて差し出す日無子に彼は唖然とする。思わず彼女に視線を向けた。
「ひっ、一人で食べられる!」
「そう? でもせっかくだし。あむ」
 差し出したスプーンを自らの口に入れてお粥をもぐもぐと食べる日無子。
「んー。よくわかんないけど、大丈夫かな。死なないと思う。ほら、毒見はしたよ? 口開けて。あ、えっと、フーフーしないといけないのかな」
「いいっ! 自分でやるから!」
 慌てた漣の口に素早く二杯目のお粥がスプーンごと突っ込まれる。かなり乱暴だ。
(うっ……間接だぞ、これ)
 スプーンを引いた日無子を恨めしげに見遣る漣は軽くむせる。
 怒る漣が理解できないようで、日無子は怪訝そうにした。
「もしかして歯に当たった? うわっ」
 いきなり右腕をかくんと落とす日無子。痺れでもしたのか、彼女は右腕をゆっくり持ち上げた。
「だ、大丈夫か?」
「最近仕事が忙しいだけ。心配しないで。ほら、あーんして」
「だ、だから一人で食べるから」
「文句言ってると口移しで食べさせるよ」
 にこっとした可愛い笑顔と冷たい口調がまったく合っていない。漣は青くなっておとなしく口を開けた。
 ただ、目のやり場に困ってしまう。なんだか変だ。彼女はあまりに無知すぎる。
 漣に全部食べさせて日無子は苦笑した。
「変な看病でも許してね。なにせ看病なんてしたことなくて……ほら、あたしって記憶喪失だし」
「…………記憶喪失?」
 そういえば大晦日に「記憶が戻りますように」とか言っていたような気がする。冗談だと思っていたのだが。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「……聞いてない」
「一年くらい前に事故に遭って、それから前の記憶が一切ないんだ〜。まあ、記憶なんてどうでもいいんだけどね」
「どうでもいいって……」
「気にしない気にしない」
「気にするさ!」
 強く言い放った漣に日無子は驚いている。しん、と静まり返った部屋の中で先に口を開いたのは日無子だ。
 彼女は無表情で漣を見た。
「…………この前もそうだったけど、どうして気にするの?」
 戦いに関しては凄腕なのに。日無子の鈍感さに漣は目を伏せた。
「今一度、言う…………浅葱漣には」
 深く、息を吸って顔をあげる。
 心臓が強く激しく鳴っていた。壊れそうなくらいに。彼女の真っ直ぐな目が痛い。でも、逸らすわけにはいかない。
「遠さ……いや、日無子、君が必要なん……だっ!」
 恥ずかしい。途方もなく恥ずかしい。なんで自分はこんな気持ちでこんなことを言っているのかわからなくなる。
「……つ、つまり……だ。俺……は君の事が…………」
 息が詰まる。苦しい。
 噛み締めるように小さく囁く。
「……す、好き……だ」
 顔から火が出そうだ。漣は日無子をうかがう。
 彼女はショックを受けたような眼差しで漣を見遣っていた。
 告白したはいいが、彼女に否定されるのは嫌だ。
「そ、それだけだ! も、もう寝る……」
 横になって布団をかぶってしまう漣はどきどきと鳴る自分の鼓動を聞いて小さく唸った。
 とてもではないが眠れそうにない。こんなにうるさいのだから。
 布団越しに日無子の声が聞こえる。
「どうして?」
 その声には不快そうな響きが強く滲んでいた。
「あたしのどこに、好きになる要素があるの……? 意味、わかんない」
 そんなことを訊かないで欲しい。漣にだってわからないのだから。
 漣は恐怖を感じる。誰かを好きになることは、自分をこんなに脆くさせるとは知らなかったのだ。
 あと少しで自分は世を去るというのに。
(なんでこんなことしてるんだろう……)
 でも、彼女に知っていて欲しかったのだ。
 病人を追い出すようなことはしないと思うが、彼女に嫌われたのではないかと気が気ではなかった。
「……漣くん、眠る前に薬は飲まないと」
 冷ややかな彼女の声に、心臓に冷たいナイフでも当てられたような感触がする。
 恥ずかしさと恐怖のために無反応でいると、布団をはがされた。やはり彼女は乱暴者だ。
 驚く漣の上に彼女は跨り、漣の頭を挟むように両手をつく。
「薬だけは飲まないとダメだって聞いたよ? 治らないと辛いんでしょ、病気って」
 顔が近い。こんなに近いと彼女が怒っているのかどうなのかよくわからない。
 ぐっと起き上がった日無子は膝立ちのままで、風邪薬の箱を乱暴に開けた。
 眉を吊り上げた彼女の姿に漣は完全に硬直している。
 彼女は箱から薬を取り出して自分の口に放り込み、紙コップに入った水も口に含む。
 どうして彼女が飲んでるんだと呆然とする漣は、空になった紙コップと薬の箱を畳の上に投げる日無子の動作を目で追う。そして次の瞬間目を見開いていた。
 なんで。
 そう思った時はすでに、漣は薬と水を飲み干していた。
 ゆっくりと離れた日無子は自分の唇を手の甲で拭う。なんの感情もない眼で。
「あ……え……?」
 何が起こったか理解できなくて漣は彼女を見つめるだけ。
「ったく。さっさと飲めっての」
 文句を言いながら日無子は立ち上がり、漣に布団をかける。
 彼女は嘆息しながらスポーツ飲料水の大きなペットボトルを漣の枕もとにでん、と置いた。
「飲みたくなったら言って。治るまで付き添ってあげるし、いくらでもこの部屋使っていいから」
 ジャージの上着を着込み、呆然としている漣に彼女は「ん?」と不思議そうにする。
「どうかした?」
「な、んで……」
「…………」
 漣の言葉の意味を考えていた日無子は突然気づいたようににたり、と意地悪な笑みを浮かべた。
「せっかく告白されたんだから、もっと色気のあるキスすればよかった?」
「ばっ! な、なに……!」
 耳まで真っ赤になった漣に彼女はケラケラ笑う。
「いいよ。じゃあ、気持ちいいのしてあげる。だから」
 笑いを止めて屈んだ日無子は漣の頭の横に手をつく。
 まるで闇を映したような瞳がとても暗い。
「あたしを好きになるの、やめたほうがいい」
 その言葉に目を見開く漣は何かを言おうと口を開いたが――それは彼女に塞がれてしまった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5658/浅葱・漣(あさぎ・れん)/男/17/高校生・守護術師】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、浅葱様。ライターのともやいずみです。
 恋愛に完全に突入です。お言葉に甘えて色々させていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!