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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「小噺・病」



 小雨降る中、橘穂乃香は屋敷に帰る途中だった。
 もうすぐ屋敷というところで、電柱に寄りかかっている少女を発見する。
(あれは……?)
 からし色のジャージの上下。赤茶色の髪の毛。便所サンダル。
 しーんと静まり返ってから、穂乃香はその人物の動向を目で追う。
(……具合でも悪いんでしょうか?)
 助けるべきかそわそわする穂乃香だったが、その人物が姿勢を正したのを見て仰天した。
 日無子だ。遠逆、日無子である。
 普段の凛々しい袴姿とは雲泥の差もあるジャージ姿だ!
(ひ、ひなちゃんがジャージを着てます……!)
 よくわからないショックを受けていると、手から傘が落ちた。
 その音に気付いて日無子がこちらを振り向く。
「あれ……? 穂乃香ちゃんどしたの?」
 いえ、それはこちらのセリフです。
 そう言いたい穂乃香だったが、妙な笑みを浮かべただけだ。
「傘落ちてるよ。拾わないと」
 日無子にそう言われてハッとした穂乃香は、そそくさと傘を拾った。
 本当に日無子本人だ。信じられない。
「…………ひなちゃんでもジャージを着られるんですね……」
「え? 仕事じゃない時は大抵これだけど」
「…………そうなんですか?」
「さすがに遠くのスーパーまで行く時は普通の服にするけど、近場ならこれで行くね」
 ああ、だからなのか。やたらとそのジャージに慣れているような動きなのは。
 似合ってはいるが、色がダサい。せめて黒とか紺とかにすればいいのにと思ってしまう。
「な、なんでその色なんですか……?」
「適当に選んだらこれだったんだよね」
 からからと笑う日無子は嘘はついていないはずだ。
 笑う日無子がゆっくり斜めになっていく。ごち、と電柱に頭をぶつけたところで止まった。
「ひ! ひなちゃんっ!?」
「うはは……なにやってんだあたし」
 電柱に手をついて姿勢を元に戻し、日無子は「うーん」と首を傾げる。
「さっきからこれなんだよね。あはははは」
「あ、あははって……! も、もしかして風邪ではないのですかっ?」
「風邪ぇ?」
 はて? と日無子は首をひねった。
 穂乃香は彼女の様子にハッとする。
 病気になりにくいと日無子は言っていた。もしや……。
「ひなちゃん……病気になったことないんですか……?」
「今の記憶にはなった憶えはないみたい。大丈夫大丈夫。風邪とかじゃないって」
「だっ、駄目ですわ! 風邪を侮ってはいけませんの! お風邪もこじれれば命にかかわりますのっ」
 一気に言う穂乃香を日無子はぽかんとした表情で見つめた。
 穂乃香が心配になるのも当然だ。
 日無子は元々体温が低いと言っていた。それなのに小雨とはいえ傘も差さずに歩き回るのはよくない。
「早く着替えてあたたかくして安静にしなくては、です!」
「……まあ、薄着だってのは自覚してるけど」
「薄着?」
 唖然としたまま呟いた日無子の呟きに穂乃香は反応する。
「この下、何も着てないからね。さらし巻いてるだけ」
「っ! そ、そんな薄着で出歩いてはいけませんのっ」
「ええ? だって袴着るのにいちいち脱ぐの面倒なんだも〜ん。それにこのジャージあったかいし」
 言われてみればダサい色のくせにやたらと日無子の体型に合っていた。どうやらこのジャージも特別製のようだ。
(面倒臭がりですね、ひなちゃんは本当に……)
 いや。違う。
 素早く戦闘服に着替えるためだろう、おそらくは。
 どこまでいっても日無子は退魔士なのだ。
「とにかく穂乃香の家がすぐ近くですから、来てくださいっ」
「いいよいいよ。すぐ治るから」
「喉は痛くないですか? 咳があれば咳止めのタイムのハーブティーを用意します。痛いならユーカリとペパーミントの精油を入れたビニールを使って呼吸されると楽になるのです」
「……へぇ。詳しいね、穂乃香ちゃん。ちっちゃいのにすごいな」
「ひどいですっ。穂乃香は10歳ですよ?」
「……まだ10歳だ。小学生じゃん」
 鼻で笑う日無子の手をぐいぐい引っ張る。
「頭痛は? ユーカリの精油は頭痛や発熱にも効果があるそうですわ」
「んー……そんなに大層なことじゃないから大丈夫だってばー」
 動こうとしない日無子。日無子の後ろに回って穂乃香は両手で彼女を押す。
 腰を押されて日無子はやれやれと嘆息した。
「ちょっと休めばよくなるんだってば。少し頭がぼや〜っとするだけなんだし」
 大げさだよ〜、と日無子はぼやく。
「そうやって放置してばかりだと、いつか痛い目にあいますっ。少し休んでください」
 やっと日無子がちょっとずつ歩き出した。穂乃香はさらに力を入れて押す。
「だからさぁ、普通の人より頑丈なんだってば。ちょっと熱が出ても休んでればすぐ下がるんだから」
「だったら休んでくださいっ」
「……強情だなあ」
 はあ、と嘆息した。
 穂乃香は後ろから日無子の横顔を見上げる。どことなく熱っぽい顔をしていた。
(頭がぼんやりするって……熱があるんじゃないですか)
 ということは風邪だ。ぜったいに。



 屋敷まで連れてくるが、日無子は入るのを渋る。
「お薬も準備しますから……っ、は、入ってください……!」
 どんなに押しても日無子は全く動かない。あと一歩で門に入る、というところで。
「薬を用意されるほど大げさなことじゃないんだけど……」
「じゃ、じゃあハーブティーだけでも……」
「そんな高貴そうな飲み物は好みじゃないなあ」
 ふふふと笑いながら言う日無子は、この状態を楽しんでいるようだ。
 穂乃香は疲れて両手を降ろした。
「はあ……はあ……。どうして中に入ってくれないんですか? ひなちゃんは風邪ですのに」
「広すぎると落ち着かないんだよ。あたし貧乏性だから」
 にやにや笑いながらのセリフに穂乃香はむぅ、と顔をしかめる。
「広いのは関係ないです。今はひなちゃんのことが心配ですの」
「落ち着かないとこで休めないってば」
「も〜! 意地を張るのはおやめになってくださいっ」
「え〜? どうしようかなあ〜?」
 なんて意地悪だ。
 見上げると日無子はにやついたままで腕組みしている。
 と、彼女は腕組みを解いた。
「でもま、ここにずっと居るわけにもいかないし。少し休んで穂乃香ちゃんが納得するなら安いもんか」
「え? じ、じゃあ……」
「薬はいらない。まあハーブティーだけもらうよ」
「はっ、はい!」

 格子の門をくぐり、屋敷の敷地に入る二人。
 穂乃香は日無子をちらちら見上げた。彼女は普段より少し歩く速度が遅いような気がする。
(ひなちゃん……無理してないといいのですけど。顔に出さないのでわからないですの……)
「しっかし広いなあ〜。ムダに広い」
「そ、そうですか?」
「こんなデカいとこ住んでんのか……ご家族は?」
「え、えと、執事とメイドと三人暮らしなのです」
 日無子は屋敷を眺めていた視線を穂乃香に向けた。
「そうなんだ。でもこんな広いとこに三人て……どういう生活なんだろ」
 両親の話題を避けたのかどうなのか、よくわからない。とにかく日無子は気付いたのにそれを口にはしなかった。
(気を遣ってくださったんでしょうか……?)
 そう思いつつ、穂乃香は微笑む。
「三人ですけど、とても楽しいですから」
「…………ん?」
 眉をひそめた日無子は屋敷を見遣った。
「……穂乃香ちゃんの屋敷って、なんかいるの?」
「え? なんか、って???」
「いや、変な気配が……。あ、妖怪か」
 ハッとして穂乃香は日無子に言う。
「あ、あの! 退治しないでくださいねっ!」
「………………」
 しばらく無言だった日無子がにたり、と笑みを浮かべた。穂乃香は青ざめる。
 日無子はきらきらと綺麗な笑顔を穂乃香に向けた。
「しないよ。しないしない」
「ひ、ひなちゃん……さっきの、あの、笑みは一体……」
 そして今のその胡散臭い笑顔は……?
「ん? なあに?」
「い……いえ……」
 こわい。笑顔が物凄くこわい。



 客間に案内すると、日無子は嘆息した。
「やっぱ広い……。ムダな空間だなぁ」
「そういえば、この間はちゃんとお風呂に入ったんですか?」
「この間?」
「雨の中で会った時に、約束しました」
「ああ……」
 日無子は思い出したようで苦笑した。
「入ったよ。一応、毎日風呂には入るようにしてるから」
「……本当ですか」
「近くの銭湯に行ってるってば」
 銭湯?
 穂乃香は目を点にする。
「ひ、ひなちゃん……お部屋にはお風呂はついていないんですの?」
「え? ついてるわけないじゃん。共同トイレだけはあるけどね」
 だからだ。
 だから日無子はジャージ姿でウロウロしているのだ!
(な、なるほど……。近場の銭湯へ行くならジャージのほうが簡単というのもあるんですね)
「で、でも女の子なんですから困りませんか? お風呂がないと」
「なんで?」
「なんでって……」
 幼い穂乃香とは違い、日無子は若いとはいえ女性だ。色々大変なのではなかろうかと思ったのだが。
「ああ! 銭湯で誰かに覗かれないかってこと!?」
「ええっ!? そ、そうじゃないんですけど……」
「最近はどこもかしこも覗かれるってテレビで放送してたけど、大変だよね。
 大丈夫。あたし視線とかにはすぐに気付くし、まあ見られたら……アハハ」
 なんだ今の笑いは。
「ひ、ひなちゃん……?」
「男に生まれたことを散々後悔させてやるからダイジョーブ」
 親指を立ててニッと笑う日無子がどんな行動に出るか恐ろしくて聞けない穂乃香であった。

 ハーブティーの入ったカップを持ち上げて、日無子は顔をしかめる。
「どうかしました?」
「……ハーブだからしょうがないんだけど、鼻にくるねニオイが」
「あ、に、苦手ですか?」
「鼻がちょっと刺激される程度ってだけだよ」
 あまり好んで飲んでいないような日無子はハーブティーを一気に飲み干した。
 穂乃香は唖然としてその様子を見つめる。
 味わって飲むとか、香りを楽しむとか……そういうのは一切なく。ただ……飲んだだけ。
「ぷはっ。ごちそうさま」
「…………ひなちゃん、いつもそういうふうに飲むんですか……?」
「へ? あれ? 一気飲みしちゃいけないものだっけ?」
「いえ……まあ好みもありますから」
 自分の分に口をつけつつ、穂乃香は小さく言った。
「今日くらいは……ゆっくり休んでくださいね。仕事とか、しちゃだめですよ」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0405/橘・穂乃香(たちばな・ほのか)/女/10/「常花の館」の主】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、橘様。ライターのともやいずみです。
 隠されていた日無子の日常を垣間見ることができました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!