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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「小噺・病」



 風邪がどうやら流行しているらしい。
 そのせいで、羽角悠宇のクラスもとうとう学級閉鎖だ。
(あーあ、なにしに学校来たのかわかんないな)
 自分の彼女を横目で見遣り、まあいいか、と思う。
 彼女を送り届けてから悠宇は自宅へと向かって歩き出した。
(普段から帰ってすぐに手を洗ってうがいをすれば、予防になるのになぁ)
 そうぼんやり思っていると、ふらふら歩くジャージ姿の若者がいるのに気付く。
(危ない足取りだな……よたよた? ふらふらとも言えるが……)
 妙な歩き方だ。
 自分の足もとを見ながら一歩ずつ歩いている。
 変な人がいるもんだと眺めていると、その人物が足を止めた。
「不思議だ……視界がぼやけているような気がするし、なんだかふわふわするぞ」
 …………。
(今の声、思いっきり聞き覚えがあるんですけども)
 でも、なんでジャージ? そんなバカな。
 紫色のジャージ上下に便所サンダル。見覚えのない格好だ。
 悠宇は確認するためにそそくさとその人物に近づいていく。
 やはりだ。
 端正な顔立ちをしている遠逆欠月であった。彼は顔をしかめ、首を傾げている。
「なんだろう……。妙な術でも仕掛けられたのかな。いや、そんな感じはしてなかったし。じゃあ呪い? いや、それも可能性は低い」
 ぶつぶつと呟いている欠月は歩き出した。
 それを眺めていた悠宇は物凄いショックを受けて呆然としている。
 悠宇の中の欠月のイメージは、いつも濃紫の制服姿であった。それがどうだ。
(そ、想像もしなかったな……あのカッコだけは)
 欠月は美形なので今時の若者の衣服は軽々と着こなせるだろう。それなのにどうしてと思うしかない。
(な、なんでよりにもよってジャージに便所サンダルなんだ……? なんで!?)
 おまえもっと似合うカッコあるだろ!?
 なんだか涙が出そうになる。
「あれー? 羽角くんだ」
 欠月の声にハッと我に返り、悠宇は手を挙げて挨拶する。
「オッス。珍しいな…………その……ジャージ姿のおまえに会うのは」
「え? あ、そっか。キミとはだいたい仕事着の時に会うもんねえ」
 ふふっと彼は軽く笑う。
「ボクはだいたいジャージ姿なんだよ。部屋の中では」
「えっ!? そうなのか?」
「なんで部屋でも仕事着を着なくちゃいけないんだよ。そんな気張ることするわけないでしょ」
「そ、そう言われるとそうだなぁ……」
 軍服のような制服のせいで、どうも欠月は衣服をきっちり着るイメージがついていたのだ。
 と、いうことは。
(欠月はこのカッコで部屋でだらだらしてるのか……)
 ダラダラしているかどうかは悠宇にはわからないが、この「のほほん」とした雰囲気からしてそうだと判断したのである。
「でもジャージ姿でこんなところにいるのはなんでなんだ?」
 仕事ではないだろうし。
 悠宇の疑問に欠月はにこにこしている。
「…………どうした? 言いたくないのか、もしかして」
「いや。帰る途中なんだよね」
「帰る? 帰るってどこへ? も、もう終わったのか、憑物封印!?」
 焦る悠宇に欠月は目を細めた。
「ジャージ姿で実家に帰るわけないでしょ。恐ろしいこと言うね、キミは」
「……それもそうだな」
 欠月の実家がどんな感じなのかはわからないが、仕事に対する徹底ぶりからしてかなり厳しいところなのだろう。
 そこにジャージ姿で帰宅すれば…………どうなるか想像するのは怖くてできない。
「じゃあ借りてる部屋に戻るのか。……まさかと思うけど、公園とかじゃないよな……?」
「…………」
 欠月はじっ、と悠宇を見てから悲しそうに目を伏せた。
「……悪い? 公園で寝るのって」
「えっ!? う、ウソだろ? 冗談だよな?」
「ダンボール集めて自分の小さな城作って住むのがいけない?」
「……っ」
 罪悪感を感じて悠宇は焦り、後頭部を掻く。
「わ、悪い。ホームレスに対して偏見とかはないから安心しろよ。それにおまえの仕事が大変なのも知ってるし」
「ホームレスじゃないよ、ボクは。なんでお給料貰ってるのにわざわざそんなことするの」
「…………」
 ん? として悠宇は欠月を見遣る。欠月は目を細めていた。
「今の、ウソ、なのか……?」
「ウソだよ」
 あっさりと欠月が頷く。
 悠宇はこめかみに青筋を立てた。ほんとに欠月はいい性格をしている。
「そ、そうだよな! ふふっ、そ、そうに決まってるよな」
「ちゃんとアパート借りてるよ。まあボロいし汚いし狭いからあまりいい環境とはいえないけどね」
「ど、どんなとこなんだそれは……」
 色々想像するがうまくいかない。
 欠月は軽く鼻をフンと鳴らし、歩き出す。
「じゃあね。まだ陽は高いからさっさと家に帰りなよ」
「そんなのわかってるさ!」
 ムッとしつつ言い返す悠宇だったが、のろのろ歩く欠月に不審そうな目を向けた。
「……なんかおまえ様子おかしくないか?」
「どこが?」
 自分の足もとを見ながら歩く欠月がちろ、と視線だけ悠宇に定める。
 そういえばさっき欠月を発見した時も彼の歩き方はおかしかった。
 ハッとする。
 悠宇の学校でも風邪が流行って学級閉鎖になった。今は風邪が猛威をふるっているのだ。
(そうか。まさかと思うが)
 でも欠月に限って風邪なんてひくだろうか?
 いや、でも。
(欠月だって人間なんだから)
 ひくだろう。きっと。
「おまえ、状態はどうなんだ?」
「なにって……頭が少しぼんやりするくらいだよ」
「少し?」
 欠月のことだ。隠すかもしれない。
「おまえ熱は? 熱があるんじゃないのかもしかして」
「……少しあるかもね。最近仕事忙しいから」
「! それだ! おまえ頑張り過ぎなんだよ! 抵抗力とか落ちてんじゃないのかっ?」
「はあ? さっきからなんの話してんの? 疲労してるって言いたいの?」
「疲労じゃない! おまえのは風邪だ!」
 しーん……。
 欠月は足を止めてくるりと振り向く。真っ直ぐ悠宇を見つめた。
「風邪? ボクが病気だと?」
「そうだよ!」
「ハッ。寝言は寝てる時に言うんだね」
 バカにしたように言う欠月に多少腹が立つが、きっと風邪だ。
 いやまあ。
(……ものすごく、不似合いというか……らしくねぇけどよ)
「とにかく風邪だ。熱があるんだよ、おまえ」
「その根拠は?」
「その妙な足取り。真っ直ぐ歩けないんだろ」
「……そうなのかな」
 欠月はそこで素直にふーん、と洩らす。
 悠宇は首を傾げた。
「ふーん、っておまえ知らないのか? 風邪くらいなったこと……」
 ああそうだ。
(欠月は記憶喪失だっけ)
 彼に病気の記憶がないならば、症状がわからないのも納得できる。
「そうか。これが病気か。へぇ……」
「納得してないで、とにかく体を温めてたくさん汗をかくんだな。そうすれば治るのが早くなる」
「へえ、詳しいね」
「……いや、俺はなったことないんだけどな」
 視線を逸らす悠宇である。
(バカは風邪をひかない、って言うかもしれねぇ)
 そう思っていたが欠月は別のことを言う。
「なったこともないくせに自信満々に言うんだね、キミ」
「いや、風邪をひきやすいんだよ俺の彼女。その聞きかじりっていうか」
「…………ひとの受け売りで……」
 呆れたような欠月は肩をすくめてみせる。
「なるほど。まあでもそこまでしなくても治るよ、ボクは」
「はあ?」
「じゃあね」
「じゃあねじゃないだろ! とにかく良くなるまでは付き添ってやる!」
 チョッカイ出してくるのは気に食わないが、ここはしょうがない。
 欠月は悠宇の言葉を無視してすたすたと歩き出した。だがやはり足取りが少し危うい。
 彼の腕を無理やり掴む。
「おまえの家、近いんだろ!」



 通りかかった八百屋でレモンをどっさり。スーパーで蜂蜜を一瓶。
 買い込んだ悠宇は欠月のアパートの部屋でホットレモネードを作る。
 部屋の隅で座り込み、窓の外を眺めている欠月をちらっと見遣ってから悠宇は小さく溜息を吐いた。
 欠月の部屋は本当にとんでもなく狭く、物がほとんどないのだ。
 嘘偽りなし、ということである。
 何度も「寝ろ!」と言っても欠月は言うことをきかず、壁に背中を預けて休んでいた。
(ほんっとに強情なんだからよ、こいつはっ)
 窓から外を見ている欠月は無表情だ。もしかして彼は一人でいる時はいつもこんな表情なのだろうか。
 悠宇は入れ物を探す。
「おい欠月、コップは?」
「コップ? ああ、紙コップならあるよ」
 紙コップ?
 悠宇が疑問符を浮かべていると彼は指差す。言われてみれば台所の流しの隅に紙コップの束が見える。
「おまえ……コップないのか?」
「汚れるからそっち使ってるだけだよ」
 どうやら食器を洗うのさえ面倒らしい、彼は。
 仕方なく紙コップに入れて悠宇は欠月のところに持ってくる。
「ほら。これ飲んで寝ろって」
「……キミって意外に面倒見がいいんだねぇ」
 感心したように欠月は紙コップを受け取った。悠宇は自分の分に少し口をつける。美味しかった。
(こいつ具合悪いだろうに……そんなに俺に弱みを見せるの嫌なのか……?)
 顔色の悪さからもそれはうかがえる。だが、欠月は態度に出さない。
「……俺が帰ったら寝ろよ。約束だ」
「わかったよ。しつこいね」
 欠月はレモネードに口をつける。
 狭い部屋。目につくものはテレビくらいだ。
(……こんな部屋で、よく耐えられるな欠月は)
 さみしく、ないのだろうか?
 黙って飲む欠月を見つめて、悠宇は複雑な気持ちになった。
 これほどまで欠月と生活環境が違うとは思わなかったのだ。
「お、おまえさ、テレビも観るんだな」
 慌てて静寂を払うように悠宇が喋り出す。
「観るよ。貴重な情報源だから」
「へぇ。やっぱ地道な退魔の仕事のためか?」
「……そうだね」
 ふ、と笑う欠月は首を傾げた。
「あとはレンタルビデオもよく観るね」
「えっ! おまえレンタルとか行くのか? 意外だな」
「行くよ。たまにだけど。でも店員さんはボクを変な目で見るんだよね。なんかしたのかな……」
 悠宇は心当たりがない。だが待て。
「おまえ、その格好で行くのか?」
「え? うーん、そうだね。こっちの格好だね」
「…………そりゃ、そういう目で見られるかもな」
 美形のくせにそんな格好をしていたらアンバランスで目立つ。
 悠宇はびし! と欠月を指差した。
「とにかくだ。今日はしっかり眠って汗をかけ。そしたら起きた時に楽になってるからな!」
「……彼女の受け売りのくせに」
「い、いいだろべつに!」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男/16/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、羽角様。ライターのともやいずみです。
 素直に言うことはきいていませんが親密度はあがっています。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!