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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「小噺・病」



 異常な身体の重さに黒崎狼は青ざめていた。いや、驚きだけのせいではない。
 原因はわかっている。
(熱もあるみたいだ……ダルいし、悪寒がする……)
 ごろり、と寝返りをうつ。
 今日は狼の居候している骨董の店は定休日で閉まっている。そしてその主人は出掛けていた。つまり、今この家には狼一人きりなのである。
 畳の上でごろごろと左へ、右へと繰り返して転がる狼はむくりと起き上がる。
(もしかして……風邪か?)
 いや、可能性はそれが一番高い。
 かなり幼い頃になったきりだったので、狼はあまり自信がないのだ。
(…………やっぱり風邪だよなぁ)
 たぶん。
 むぅ、と狼は眉間に皺を寄せる。そして手を額においた。
(問題はこの頭痛だ……ガンガンと気持ち悪い痛みが……)
 ぬぐぐぐぐ。
 立ち上がって家の中を歩き回る。一応店なので、薬は常備しているはず。
「見つけた」
 薬箱を発見した狼は頭痛薬をごそごそと探した。
 だが、腹痛などの薬があっても肝心な風邪と頭痛の薬がない。
「な、なんでないんだ〜」
 がっくりする狼は痛みに小さくうめく。
「うぅ。さっきよりヒドくなってる……」
 よろめきながら居間に戻り、畳の上にまた寝転がった。
 風邪だというならば他人にうつすわけにはいかない。
(うぅー。でも薬はいるよなぁ)
 うつすということもあるが……この弱った姿を見られたくないのである。
 転がったはいいが狼は痛みを堪えてうなり続けた。
 痛みでイライラするし、また悪化したような気がする。
(薬……とにかく薬がいる……。この頭痛だけでもどうにかしねぇと)
 痛みをどうにかしたい。
 よろめきながら起き上がるとズキーン! と頭に痛みがきてすぐにうずくまった。
(うああぁ! く、くるぞこれはっ!)
 のたうち回る狼は結局ずりずりと這いずって進んだ。



 塀に手をつきながらゆっくり歩く狼は薬局を目指していた。
 いつもはそう遠く感じないのに、やけに距離を感じる。
 こんなに遠かったのかと狼は意識さえも遠くなりかけた。
 慎重に歩かないと振動で頭に響くのだ。
(もうやだ……動きたくねぇ)
 だが行かねばこの痛みは良くならないだろう。

 薬局まであと少しだ。
(も、もうすこ……)
 まるで水を求める砂漠の旅人である。
 狼は薄れゆく視界の中、喜びに笑みを浮かべた。と、そこまでは良かったのだ。
「っ!!」
 びくっとして動きを止める。
 薬局の前に突っ立っている私服姿の少年の横顔は見覚えがあった。
(か、かかか欠月っ!)
 なんでよりによってこんなところに! ていうか!
(会いたくない時に限って、一番会いたくないヤツに会うなんて俺ってすごい運悪い〜っ!)
 思わずその場に崩れ落ちたくなった。
 この間会った時に欠月に言われた言葉が頭の中をぐるぐる回る。
「怠惰な生活だね」
 ――――と。
(ぎゃああああ! ヤだ! すごく会いたくねえッ! なに言われるかわかんねぇよ!)
 人様の家に世話になっておきながら風邪を引くなんて、と言いそうだ。
 ゆっくりゆっくり方向転換し、狼はすぐに逃げようとする。
 一歩踏み出して、その足の衝撃が頭にダイレクトに響いた。
「ぴっ」
 顔と同時に身体のあちこちが引きつる。
 どうしてこんな時に限って!
(なんだこれは。罰か? 罰なのか?)
 何に対しての罰なのかは狼にもわからない。とにかく早く逃げなければ!
(動け……! 動くんだ俺の体よ! 動けえぇぇ!)
 念じてみる。とりあえず物凄く念じてみた。
 ついでに祈る。祈る対象はないが、とりあえず祈ってみた。
 しかしなんということだ。
 こういう時に限って幸運は働かないのである。
「……さっきから百面相して…………まあ見てる分は面白いからいいんだけどさあ」
「か、かづ……き……」
 振り向くのが恐ろしい。
 ぎぎぎ、と音がしそうな振り向き方をした狼は呆れたような顔をしている欠月に引きつった笑みをみせる。
「……顔、青いよ? いや、赤いのかな?」
「か、関係ねーよ」
 視線を逸らして言う狼。
 無言で見てくる欠月の視線が痛い。
(うぅぅー! 早く帰ってくれ!)
 そわそわする狼はがんがんする頭痛に目まいが起きそうだった。
 倒れてたまるか、欠月の目の前で。
 という気持ちから踏ん張っているだけなのである。
「…………あのさ」
「な、んだよ」
 ああ、声が上ずった。
 狼は一気に汗が吹き出す。
(ひぃぃぃ! 頼む! 頼むからさっさと帰ってくれ!)
 その願いもむなしく欠月は上から下まで狼を観察してから目を細めた。
「なんか変なんだけど……。大丈夫?」
「だ、だいじょ……」
 あ。やばい。
 そう思った時には意識は暗闇の中だった。



 ふ、と目を覚ました狼は小さく唸る。
 痛い……まだ痛い。
(痛ぇ……薬……)
 ぼやけた視界の中で、目の前に置かれた盆に乗る、水の入ったコップと薬が見える。
 ん? としてパチリと目を覚ます狼は自分を覗き込んでいる欠月にぎょっとして目を見開いた。
「な、なななっ! お、おまっ!?」
「……無理するから気絶なんてするんだよ。バカだね」
「は?」
「ボクの目の前で気絶したの、憶えてないの?」
 気絶?
 狼は瞬きし、そういえば途中で視界が真っ暗になったなと思い至る。あれは気絶したせいだったらしい。
「……で、でもなんでおまえがここに?」
「せっかくここまで運んであげたのにそれはないんじゃない?」
「運んだ……? 欠月が?」
「そうだよ。感謝したまえ」
 偉そうに笑って言う欠月に狼はムカ、と腹が立つ。
 欠月は狼の鼻をいきなり摘んだ。
「な、なに……っ?」
「…………」
 ばたばたと暴れる狼の口に向けて、薬を落とし、そのまま水の入ったコップまで傾けてくる。
 そんな飲み方をしたら絶対にむせる!
 必死に抵抗する狼。それに気づいたのか、欠月は一旦手を止める。
(そうそう。そうだ! それでいいんだよ欠月!)
 頷く狼を眺め、欠月は摘んでいるほうの手にぐっと力を入れた。
 何が起こるのかと構える狼の鼻を引っ張って頭を起こす欠月。とんでもない乱暴ぶりだ!
「いひゃひゃ……!」
「我慢我慢。ほら、お水」
 コップをぐっと口に向けて傾けた。なんとかむせなかったが、苦しい。
 鼻を摘まれているのでうまく抵抗もできない。
 水と薬を飲み込んで、狼の鼻はやっと解放された。
(いってー!)
 鼻をおさえる狼。絶対に赤くなっているに違いない。
「薬は飲ませた。次はなんだっけ。お粥? いや、これかな。体、拭くよ」
 唐突の欠月のセリフに狼は目を丸くする。
「お、おまえ……なに言ってんの?」
「汗をかいたら拭かなきゃいけないんでしょ? 任せて。隅から隅までキミが嫌がるところも全部拭いてあげようじゃないか」
 薄く笑いながら言わないで欲しい……。
「冗談じゃねーよ! ヤだよ!」
 トラウマになるよ!
 必死に言う狼に欠月は嘆息する。
「しょうがないなあ。そうだね。キミもお年頃だもんね。一人前に恥ずかしがるのかぁ」
「おまえはどうしてひとの嫌がることをしたがるんだっ、ごほっ、ごほっ」
 むせた。
 咳をする狼は転がっている薬の箱を見て「あ」と思う。
(風邪薬だ……。もしかして、欠月が……?)
 自分は買った記憶はない。
 だとすれば買った人物は一人しかいないだろう。同居人はまだ帰った様子はないし。
「お粥食べる?」
 欠月の声にハッとして狼は彼のほうを見遣った。
「ああそうだ。布団は適当なの引っ張ってきたんだけど、それで良かった?」
「は?」
 そういえば自分は布団で寝ている。自分のだが、なぜ居間に?
 ここまで欠月が運んだのだろう、おそらく。
(な、なんだよ……)
 優しくされると困る。
「あ、ああ。これでいいけど」
「そう。お粥食べる?」
「…………オカユ?」
 不慣れな単語をまた聞いた。
「え? おまえ作ったの? 料理できんの?」
「今から作る。それと、料理はしたことないよ」
 しーん、と静まり返る。
 狼は熱だけのせいではない寒気に震えた。
「し、したことないなら……無理してやらなくていいぞ」
 命が危険だ。
 いや。
(意外に料理が上手いかもしれない。欠月は器用そうだし)
「作り方、知らないだろ?」
「…………いや、知り合いがちょうどいたから、教えてもらった」
 むすっとする欠月。
「教えられた通りに作ればできるとは思うけど、味は保証できないな」
「いや! やっぱいいよ! うん、やっぱいい!」
 怖い怖い。
 狼の激しい拒絶に欠月は目を丸くし、にやぁ、と笑う。
「そう。そんなに嫌なの」
「だ、だって怖いじゃないか! おまえ、そういうタイプじゃないしっ!」
「そうやって嫌がられるとますます看病したくなるなあ」
 ふふふと笑う欠月に青ざめ、狼は布団を頭からかぶった。
(どうしよう……熱いやら寒いやらでなんか気持ち悪くなってきた……)
「ねえねえ」
「ひえええ! 布団を引っ張るな!」
「とりあえずキミの希望はわかったから、熱冷ましのシートくらいは貼り付けなよ」
「え……?」
 欠月はぐいっと布団を引っ張る。必死に布団を掴んでいた狼が一緒に動くはめになった。
「ほら、オデコ出して」
 狼の長めの前髪をすっとあげる欠月。その手の冷たさに狼はびくっと反応した。
 欠月は一瞬表情を消すが、すぐに微笑む。
「まあおとなしく寝てるのが一番って聞いたからね。そうしてなよ」
 熱冷ましのシートを額に貼り付けると欠月は布団を元に戻した。
 しばらくして狼は布団からそっと顔を出す。もう欠月はいないのではないかと思ったのだが、彼は居た。それに安堵する。
 欠月は窓から外をじっと見つめていた。感情のない瞳で。
(欠月……?)
 不安になってしまう、そんな顔をしているのでは。
「……そんなにじっと見られると、照れるな」
 狼のほうを見もしないで欠月はそう言った。全く照れていないのになにを言うのだろうか。
 頭は痛いし、体はダルいしでいいことはない。
(……けど、案外いいやつなのかもな。看病しなくていいって言ったらほんとにしないし)
「とりあえず必ず薬は飲ませろと教えられてたから飲ませたけど、キミが嫌がるからボクは帰るよ」
「えっ!? も、もう?」
「…………帰って欲しくないの?」
 白い目で見てくる欠月は「へぇ」と呟く。
 狼は青くなって布団の中にごそごそと潜っていったのである――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1614/黒崎・狼(くろさき・らん)/男/16/流浪の少年(『逸品堂』の居候)】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、黒崎様。ライターのともやいずみです。
 嫌がる黒崎様をいじって遊ぶ欠月でした。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!