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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「小噺・病」



「…………」
 ドアの前でちょっと驚いたような欠月が無言でいた。
 菊坂静を眺め、それから半眼で苦笑する。
「だ、大丈夫? 静君」
 こほっ、と小さく咳をする静はマスクをしており、少しだけ頬を赤らめて欠月に笑いかけた。
「だ、大丈夫です」
「…………」
 欠月は再び無言になると、「はは」と軽く乾いた笑いを洩らす。
 静としては悔しくてたまらない。
 せっかく欠月がここに来てくれたというのに、よりによって自分は風邪をひいているなんて!
「それより欠月さん、なにか用ですか?」
「……いや、この間の獏の後遺症がないかなって様子見に来たんだけど……」
「! わざわざですか? ありがとうございます」
 深々と頭をさげる静はまた咳をする。
 欠月は心配そうに見てきた。
「大丈夫じゃないように見えるんだけど…………もしかして、風邪ってやつなの? 最近流行ってるらしいけど」
「風邪ですけど、大丈夫です」
 にっこりと笑う静に、彼は「フーン」と呟く。
「そんなにボクが邪魔なら別にいいけど」
「じゃ、邪魔ってわけじゃないんです! ただ、風邪をうつしたくないだけで……っ」
 慌てて口を滑らせる静はハッとして欠月を見遣った。
 欠月はケラケラと笑う。
「風邪? ボクにうつしたくない? アハハ!」
「な、なんで笑うんですか……?」
「だっておかしいよ! ボクは病気にかかりにくい体質なのに!」
 ケタケタと笑って膝まで叩く欠月に、静は少し腹が立つ。こんなに笑わなくてもいいのに、と。
 本当になにをするにしても容赦をしない人だなと静は思った。
「アハハハハ!」
「も、もういいです……僕が悪かったのでそんなに大声で笑わないでください」
 近所の目もあるので止めに入る静。その言葉に欠月はあっさりと笑うのをやめた。
「ごめんごめん。部屋の中にいるわけじゃないのにこんなに笑っちゃダメだった」
「とにかく、万一ということがあります。うつしたらいけないのですみませんが……」
「なるほどねー。でも静くん、足もとが少しふらついてない?」
「いいんです。これくらい大丈……」
 かくんと膝が落ちる。
 わっ、と思う静の腕を掴んでその場に膝をつくのを防いだのは欠月だ。
「ほらみなよ」
「い、いいんです!」
 静は欠月の手を振り払ってドアを閉めた。
 ドアの内側に背中を預け、静は大きく息を吐き出す。
(もしも移って、それでお仕事でケガなんてしたら……もしもの事があるよりいい……!)
 その場にうずくまって顔を歪めた。
 本当は欠月に居てほしくてたまらないのに。
「ねえねえ静君、ドアを壊されたくなかったら開けてくれる?」
 物騒な声がドアの向こうから聞こえた。
 一瞬で青くなった静は「へ?」と一言洩らす。
「そっちにいきなり移動したら、口から静君の心臓が飛び出しちゃうほど驚くかもしれないからね。弱ってる時に驚かせるのはよくないって聞いたよ」
「だ、ダメです! うつるかもしれないって言ってるじゃ……げほっ」
 激しく咳き込む静。
 ドアの外がしん、と静まり返った。
(…………もしかして、帰ってくれたのかな……)
 そっとドアを開けてみると、そこには誰も居ない。
 どうやら欠月は帰ったようだ。
 安堵と落胆が入り混じって複雑な気持ちになる。
 もっとしつこく言ってほしかったような気もするし、あっさり帰ってくれて嬉しい。
 ドアを閉めた静は眠ることにした。



 追い返されてしまった欠月はじ、と静のマンションを見上げる。
 感情の浮かばない顔で歩き出した欠月は目を細めた。
「お困りかな?」
「…………ほんとに神出鬼没だな」
 ぼそっと呟いた欠月はしばらく思案すると尋ねる。
「風邪をひいた時って、どうするのが普通なの?」
「おや? 教えて欲しいの?」
「…………そうだよ」
 冷たい声で言う欠月に、相手は薄く笑みを浮かべた――。



(……ん)
 瞼を開けてみると、窓の外は夕陽色に染まっていた。
 もうそんな時間なのだ。
(あつ……。汗でべとべとだ……)
 起き上がるがぐらっとする。目まいだ。
 喉が渇いた。ひりひりする。
「静君、水ならここにあるよ」
 聞こえた声に静は動きを止めた。
 水の入ったコップを掲げてベッドの側にイスを置いてそこに座っているのは……欠月だ。
「かっ、欠月さん!?」
 なんでここに居るの!?
 仰天する静を見つめたまま欠月はコップを差し出してきた。
 受け取った静はハッとして慌てて言う。
「ダメですよ!」
「なにが?」
「風邪がうつるかもしれないって言ったじゃないですか!」
「そうだね」
「そ、そうだねじゃないですよ! 隣の部屋が空いてますからそっちで……」
「ヤだ」
 きっぱり言い放って欠月は立ち上がった。
「病気の人間には一応付き添うのが普通なんでしょ?」
「え……で、でも」
「いいんだよ。ボクがやりたいからそうしてるだけ」
 くるっときびすを返し、欠月はそのまま部屋を出ていってしまう。

 水を飲み干した静はコップを置きに台所に行くと、ぐつぐつと煮える鍋を眺めている欠月の姿に驚いてコップを落としそうになってしまった。
「かっ……! なにして……!」
「お粥とやらを作ってるんだけど」
 ひょい、と鍋を持ち上げた欠月は軽く首を傾げる。鍋を持つ右手が突然震え、彼は鍋を落としてしまった。
 あ、と静が思った瞬間、欠月は素早く左手で鍋を掴む。床に落ちる直前で、だ。
「危なかった……」
 ふー、と息を吐く欠月に駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか!? どこか火傷とかないですか?」
「大丈夫だってば」
 今の光景を見て恐ろしくなった静は鍋を取り上げる。
「いいです! 僕がやりますからっ」
 大声を出したせいでぐらり、と目まいが。
「いや、ボクがやるよ」
「いいです! いいですから!」
「……あー、そう。まあやり慣れてないからいいんだけど」
 それを聞いて静は心底安心した。
(欠月さんの行動で熱が余計にあがりそうだ……)
「右手、大丈夫ですか?」
「え? まあね。…………仕事で使いすぎなのかな……」
 ぼそぼそ言う欠月。
 結局静はお粥を自分で作ったのである。
 お粥を口に運ぶ静は欠月にじっと見られていて落ち着かない。
「あ、あの……?」
「次はどうすればいいのかな。汗はかいてる?」
「へ?」
「汗をかいてたら体を拭けって教わったんだよね。どう?」
 どう、と言われても。
 困惑する静に欠月はにっこり微笑んだ。
「静君が辛そうなら、ボクが拭いてあげるよ」
「っ!」
 思わず口に含んだお粥を吹き出しそうになった。静は手で口をおさえ、吹き出すのを堪える。
 飲み込んでから静は口を開いた。
「な、なにを言うんですか!?」
「え? だってそうするんでしょ?」
 悪意のない純真な眼でそう言われて静は顔をしかめ、青くなる。
「いえ……あの、確かにそうしますけど……。僕は大丈夫ですからそこまで気にしないでください」
「遠慮しなくていいよ。相手が女の子なら興奮して大変かもしれないけど、キミは男だし」
「…………そういう問題じゃないです」
 今のはもしかして安心させるためにわざと言ったのだろうかと静は不安になった。
「大丈夫。ボクは男には興味ないよ?」
「いえ……ですからそういう問題でもなく…………」
 しかしなぜ自分はそこまで欠月に拭いてもらうのを拒むのだろう?
 不思議になって静は欠月を見る。
 その理由にすぐ気づいた。
(……そうか、今の発言、だ)
 自分の体を見てきっとからかうことを言うに違いない。欠月に悪意はなくてもきっと言うだろう。
 なにをされるかわかったものではなかった。
「気にしないでください。大丈夫ですから」
「えー? そんなに嫌なの? ボクは男色じゃないって言ってるじゃないか」
「…………えーっと」
「静君の体を見てもなにもしないってば」
「…………」
 しーん。
 欠月の真剣な眼差しがとんでもなくウソ臭くみえてしまう。
 静は青くなって顔を俯かせた。
「結構ですから…………はい。自分でやります」
 妙な笑顔でいる静に、欠月は不思議そうだ。
「静君?」
「それくらいできますから」
「…………そう。困ったな。他はなにかあったかな」
 まだなにかやる気なんだろうか。
 ああ、お願いです。欠月さんが変なこと言い出しませんように……!
 そう願う静は黙々とお粥を口に運んだ。
 欠月は気付いたようににっこり笑った。
「氷枕だ! 熱、あるんでしょ?」
「え……はい」
 まともなことを言われて静はあっさり熱があることを認めてしまう。
「よーし。じゃあ氷枕をどんどん作ろうじゃないか!」
 どんどん?
 欠月のセリフに静は真っ青になり、ぶんぶんと首を左右に振ったのであった。



 夜中。
 静の状態はさらに悪くなっていた。
 高熱のためにベッドの上で汗をかき、悪夢にうなされていたのである。
 ハッとして瞼を開けた静は両手で顔を覆った。
(どうしてこんな時にあんな夢……こ……わい……怖いよ……)
 涙が出てきそうになる。
 それに喉が痛くて声が出せない。
(…………)
 欠月はもう寝ただろうか。それとも帰ってしまった?
 そう思って両手を降ろして視線を動かすと、夕方に見た時と同じ状態で座っている欠月が居た。
 彼は窓のほうをじっと見つめている。無表情なので、人間大の人形にも見えた。
 欠月は静の視線に気づき、こちらを向く。
「どうしたの? ヤな夢でもみた?」
 薄く微笑する欠月に、静は震えた。
 激しく上下に動かして頷く静の頭を、欠月は優しく撫でる。その手の重みに、これは夢ではないと実感させられた。
「まさかと思うけどまたボクの夢じゃないだろうね? そんなに熱烈に想われてもボクは困るよ」
 からかうような口調の欠月に、静は小さく笑う。
 欠月が死んでしまう夢をみたなんて、言えなかった。
「大丈夫。ボクはここに居るから」
 その言葉に安心して、静は横になる。それでもちらちらと欠月がいることを確かめるように見てしまう。
 欠月は苦笑した。
「いきなり消えたりしないってば。も〜、心配性だなあ」
 静は頷いて目を閉じる。そのままスー、と眠りについてしまった。その際に目尻から涙が一筋流れる。
 欠月は静が眠りについたのを確認するとまた窓の外に視線を遣った。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、菊坂様。ライターのともやいずみです。
 お言葉に甘えて怖い思いをしていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です。