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<東京怪談ノベル(シングル)>


Hocuspocus


「ワークWorkワックワクぅー♪」
 女は、ブラッディ・ドッグは心から楽しそうにへらへらと笑いながら、夜の闇を歩く。
 月はない。全てが闇に消えて、気持ちがよかった。
「さてさてさってぇ、狂犬ちゃんの今日のお仕事はぁ?」
 しばらく歩くと、そこが見えた。闇の中でも、光に囲まれたその場所が。
 何かを隠しているのだろうか。随分と警備は重大だ。大きなライトが一つ、ブラッディを照らし出した。
 サングラスが、光をはじく。そして鳴り響く警告音。
「ギャハッ、イッツショータァイムっ♪」
 笑い声一つ、腕を振るった――。





* * *



「女の子をぉ助けてぇ? パパの望みはそれでちゅかぁ?」
「…あぁ」
 女のあまりにふざけた態度に、目の前の中年の男の顔が歪む。それを見て、ブラッディは小さく笑った。
「オーケーOK、マネィさえいっただければどんなことでもやりまちゅよぉ」
「…これがその子の写真だ」
 あくまでふざけ半分なブラッディに叫びたい衝動を抑えながら、震える手で男は一つ写真を手渡した。
「……」
 写真には、どこまでも幸せそうな女の子の笑顔が写っている。あぁ、とても幸せそうだ。こういうやつは、壊してやるのが一番なのだが…生憎と、目の前の男はその女の子を助けることを望んでいる。仕事である以上、それは出来そうにない。
 ブラッディはつまらなさそうに写真を指で弄りつつ男を見た。丁度その角度は彼女の瞳が紅く見える角度で、男は一瞬怯んでしまう。その様子に、ギャハッと笑い声が漏れた。
「ガールの居場所はぁ?」
「ここだ」
 次に男は、一つの地図と複数の写真を取り出した。写真には、山奥に建てられた何かの施設のようなものが写っていた。
「娘はそこにいる。やつら、こちらとの関係がうまくいかなくなったからと娘を…」
 男の言葉は途切れることなく続いているが、そんな舞台裏の背景などはブラッディにはどうでもよく。
「シャラーップ。おっさーん、一つっだけ聞かせてくれるぅ?」
「…な、なんだ?」
「女の子以外は、どうでもいい?」
 そう、聞いた。
 不意に戻った口調に、男は一つ唾を飲む。目の前の女から、抑えきれない殺意が溢れていたのだ。そんなものを見せ付けられては、男に出来る返事はただ一つ。
「あ、あぁ」
「オッケィコントラクトせいりっつぅ。よかったねぇパァパ♪」
 小さく頷いた男に、ブラッディは愉しげに笑った。





* * *



 そうして、場面は冒頭に戻る。
 地図のとおりに道があり、写真のように何か巨大な建造物がある。それが何なのかは分からない。というより、興味がないから知る必要がない。
 ブラッディを見つけたライトは彼女を赤々と映し出し、すぐに警備にたっていたものが駆けつける。
「貴様、そこで何をしている!」
「Oh〜…なぁんてベタベタべったりな三文台詞ぅ…でも俺ちゃん、そういうの嫌いじゃないなぁ。
 でんもぉ…スクリームのほうがもっと好きだぜぇ!」
 彼女の腕が振るわれる。煌く銀糸、ライトが空に舞う血をはっきりと映し出した。
 駆けつけた男は、一瞬にしてその四肢をばらばらにされて事切れた。それを見ながらブラッディはへらへら笑い、事切れた男の懐をまさぐり始めた。



 けたたましい警告音が、施設内へと響き渡った。それと同時に、今まで静まり返っていた施設が声を取り戻すように一気に騒がしくなっていく。
「ギャハッ、メニーメニーたっくさーん♪」
 聞こえてくる無数の足音が、ブラッディの心を躍らせる。昏い昏い期待が、胸を躍らせるのだ。
「いたぞ、あそこだ!」
 手には様々な銃が握られている。ここは日本であるはずなのに、ここはどこか別世界のような感じだ。
 問答無用の銃声。銃弾がブラッディの頬を掠めていく。
「ヒャッハーいいじゃんいいじゃん銃弾もぉ!」
 しかしその感覚ですら、ブラッディにはただ楽しみを助長させるだけのものでしかない。死と背中合わせのその感覚を楽しみながら、ブラッディは走り出す。
「狂犬ちゃんの今日のディナーはぁ!?」
 すれ違い様、銀糸が煌いた。同時に、数人の男たちがバラバラになっていく。
「たっくさんのピープルたちだぁ」
 べーっと、舌が伸びた。



「パパぁ…」
 その頃、施設の奥では、一人の少女がただ怯えながら震えていた。
 訳も分からないうちに連れ去られ、得体の知れない連中にどこかも分からないところに閉じ込められた。まだまだ小さな少女にとって、これ以上恐ろしいことはないだろう。
「……?」
 ふと、その少女が顔を上げた。先ほどまであった監視の目が、今は全くない。
 いや、よく見れば監視カメラが設置されているからそれは間違いなのだろうが、しかしそれでも先ほどまでとは明らかに何か雰囲気が違う。
 施設内の空気が、明らかに変わったのだ。
 一体何なのだろうかと、泣いていた顔を一度ぬぐって、少女は開きっぱなしになっているドアから外を覗き込んだ。
 白く長い廊下がただ続き、曲がり角になっている。その向こうから、小さく、しかしはっきりと何かの怒声が聞こえた。そしてその後に続く銃声。
「…な、何なの…?」
 しばらくその廊下を見続ける。すると、真っ白な曲がり角が、一瞬で赤く染まった。
 びしゃっと、まるでペンキをぶちまけたように一瞬で。何が起こったのか、少女にはさっぱりわからなかった。
 そして、怒声と銃声がやんだ。その向こうから、誰かが靴音が聞こえる。またあの男たちがきたと、少女は部屋の中へと戻っていく。

 ギィっと、ドアが開いた。広い部屋だったが、中には誰もいない。
 よく見れば、誰もいないわけでもなかった。その隅っこで、一人の少女が身体を震わせて縮こまっていた。
「ハァイGirl、君を助けにきたよぉん」
 背の高い女が、少女の顔を覗き込んでべぇっと舌を出した。
「お、お姉ちゃん誰…?」
 怯えたままの少女に、女は一つ笑う。
「俺ちゃん? 俺は君のファーザーに頼まれてやってきたスーパーマン…って俺男じゃねぇな、スーパーウーマンってやつぅ?
 ギャハハハハッ!」
「貴様っ!」
 笑うブラッディの後ろから、男が一人銃を構えつつ入ってきた。しかし男は、一瞬で細切れへと変わる。
 少女を、男の血が塗り上げた。突然のことに悲鳴すら上げることが出来ないその小さな身体を、ひょいっと抱えあげる。
「んじゃあさっさと逃げるのだぁ」
 そして、ブラッディはまた走り出した。

 まだまだ数に余裕があるのか、わらわらと施設の中から武器を持ったものたちが現れる。そしてそのたびに、ブラッディの腕が動き、そして後には肉片が残る。
 悉く殺していた。逃げることなど許さず、逆らうことなど許さず。ただただひたすらに、愉しみながら。
「たのちぃたのちぃ夜だからぁ、貴方と一緒に過ごしたイィ!」
 げらげら笑うその声は、さながら悪魔の呪文のごとく命を散らしていく。

 その光景に、少女はただ悲鳴をあげることも出来ずに言葉を失っていた。無理もない、まだ年端もいかぬ彼女にとって、その光景は地獄以外のなんでもなかった。
 自分は助けられている立場であるはずなのに、その光景から逃げ出したかった。
 幼い心は、その光景には耐え切れず。そのまま、気を失った。
「んんんー? …あー…これだからお子様はぁ…まっ、いいや」
 また男を一人くびり殺しながら、事も無げに呟いて。ブラッディはまた笑った。
「月のない夜だからぁ、闇を照らす光をください…なぁんて、俺ってばしじーん!
 それじゃぁでっかいスターマインお空へあげまっショゥ!」
 ブラッディは何かのスイッチを押した。同時にあがる轟音と炎。施設が、一瞬で炎に包まれた。
「お仕事終了ぉ♪」
 落ちている首を蹴り飛ばして、ブラッディは大きく笑い声を上げた。



 炎を背に、鼻歌交じりにブラッディは歩く。未だに少女が目を覚ます気配はない。
 そんなとき、不意にポケットの中の携帯が鳴った。
「ハァイ、お仕事募集チューの狂犬ちゃんでぇす♪」
 電話の向こうから聞こえてきた声が告げたのは、仕事の内容だった。
「マネーのほうはぁ?」
 確認を取り、しばらく何かを見て…ブラッディは笑った。
「OK成立ぅ。毎度ありぃ♪」
 そして、携帯がきられた。



「パパァ!」
「おぉ…!」
 少女が、ブラッディの元から駆け出して、父親の胸へと飛び込んだ。しばらく泣いていた少女は、そのまま顔を埋めながらブラッディのことをちらちらと見ていた。恐れを含んだ瞳で。
「娘に何があった」
「べっつにぃ? ただちーっとばかし目の前でキルっただっけぇ?」
「なっ…!?」
「いいじゃん娘ちゃんに傷一つないんだからぁ」
 悪びれもせずに答えつつ、ブラッディは手で何かを求めるような仕草をする。忌々しげな態度は隠そうともせずに、男はブラッディにアタッシュケースを手渡した。
「いまどきキャッシュですわよ奥様ぁ、律儀なことですわぁね…と、かっくにーん」
「これで仕事は終わりだ、さっさと消えてくれ」
「そいつぁできなぁい相談だぁねぇ?」
 返ってきた言葉に、男の動きが止まった。
「…なんだと?」
「こういうこっとぉ♪」
 シュルっと、何か糸のようなものが動く音。同時に、ゴロンと何かが転がった。
「…ぇ?」
 少女が、顔を上げた。そこには、首のなくなった父の姿。
「…ぱ、パパァ!?」
 派手に血を撒き散らして、父だったものが力なく倒れこむ。その光景に、ブラッディが派手に笑った。
 少女の顔を覗き込む。父の返り血を浴びた小さな顔は、恐怖に歪んでいた。
「わぁるいねぇ、さっき別件でユーたち殺してって仕事入ってさぁ?
 先払いだったしぃ、今まで雇い主だったからちょっと戸惑っちゃったんだけどぉ…ごめんなさぁい。なんつってなぁギャハハハハッ!」
 と。不意に、笑い声が止まった。
「さぁて? Hey Girl? これからはちょっとしたお楽しみターイム♪
 天国と地獄にイかしてやるぜぇ?」
 その言葉が、自分に向けられているものだと知って。少女は悲鳴を上げるのも忘れて一目散に駆け出した。
「ぃあっ!」
 しかし。その長い髪を、ブラッディがしっかりと掴んでいた。
「逃げられない逃がさない、どうにもうこうにもとまらないいぃぃ!
 ギャハハハッ、さー目一杯精一杯ハッスルハッスルゥ!」
 恐怖に歪んだ顔が、またブラッディの笑い声を誘った。





 翌日。とある製薬会社の施設破壊と、とある貿易会社の社長及びその令嬢の殺害が大々的に新聞の一面を飾った。
 その犯人たるブラッディは、朝になれば活動を停止する。
 随分と潤った己の懐に満足して、そして昨日の少女の悲鳴を思い出す。
「スクリームスクリーム…ギャハッ」
 愉しげにまた笑って。狂犬は一度眠りにつくのだった。愉しい愉しい悲鳴を思い出しながら、そして次に聞く悲鳴に期待を膨らませながら。





<END>