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<東京怪談・PCゲームノベル>


紅葉落つ庭にて



 はらりと開いたのは813項。



 赤い色が落ちていく。
 ひらひら、はらはら、緩やかに曲を描きながら。
 ゆっくりと落ちてくる紅葉を芳賀 百合子は静かに両手で受け止めた。
 綺麗な赤だな、と思う。
 一瞬の眩しさに瞳を閉じ、次に瞳を開けるとそこは山の中。
 空気は冷たく、少し肌寒い。この感じは、朝のようだ。まわりはうっすらと明るくなり始めた頃。
 さっきまで銀屋にいたはずなのに、どうしてこんなところに、と思う。
 山は、山は百合子にとって怖い場所だ。
 実家を思い出し、胸が締め付けられる。
 でもこの場所は、優しくて穏やかな感じがし、嫌いではない。
「ここ、私来た事ある?」
 百合子は周りを見回す。この赤い、紅葉の色はみた記憶がある。
 そう、藍ノ介を連れ戻すために来た場所の雰囲気と似ている感じがする。
 そういえば手にとってぱらっとめくった本も、どことなく見覚えがあった。
「私、吸い込まれちゃったのか……? うーん……まぁ、大丈夫だよね」
 と、日本家屋が目に入る。あそこは、なんとなく覚えがある。
「あ、誰かいるかな? やっぱり……山の中で一人は怖いよ」
 恐る恐る、でも早足で百合子はその家の前、玄関の前に立つ。
 戸は開いていて、入って良さそうなのだけれども、迷ってしまう。
「か、勝手に入っちゃ駄目だよね……うーん……」
 暫し、その奥を見る。確かにここはこの前に訪れた場所だ。
 百合子は扉の開いた玄関前でぐるぐると円を書きながら歩く。
 そして決意。
「うん、お家の周りを歩いてみよう。誰かいるかもしれない」
 百合子はてくてくと家の壁に沿って歩いていく。家の裏側は、広い広い縁側。
「あ」
「お、百合子、なんでここに……」
「オツムのアレな藍ノ介さん!」
「…………オツムがアレはつけなくていい……」
 縁側で一人くつろいで寝そべっていた藍ノ介は身を起こしながら言った。表情は笑っているのだけれども少し困ったような、そんな感じだ。
 百合子は彼の元に歩み寄るとこんにちは、とペコリと頭を下げた。
「もしかして店にあった本、開いてしまったのか」
「うん、開いちゃったけど……あれって……」
「ああ、この前わしが取り込まれた本だな」
「え、じゃあ、えっと、私も取り込まれちゃった!?」
 きゃーと、両頬を両手で挟み百合子は慌てる。けれどもおちつけ、と藍ノ介は笑う。笑ってる場合じゃないよ、と百合子は頬を膨らまして藍ノ介に言った。
「今あの本はな、わしのことを主人としてある。だから大丈夫なのだ、ここはわしの思い出を形にしただけだ。そうだな……時々過去のわしなんかが歩いておるがな」
「う、ということは……藍ノ介さんは藍ノ介さんで、他のみんなは……」
「過去の、わしの記憶の中のままだな。まぁ、本に触ったならここに呼ばれているだろうから他のもいるかもしれんなぁ……ああ、戻りたいと思えば、元の世界だ。あとは、わしが制約を色々とかけておってな、万が一命の危険の場合にも強制的に本の外に出される」
「……なんだかちょっと難しいこといってて、藍ノ介さんじゃないみたい」
 百合子はちょっとばかり、いつもとのギャップを感じる。
 案外にしっかりしてるのかな、と思いつつもそんなことはない、信じられないとこっそり否定をする。もちろん心の中で。
「難しくはないと思うが……そうだな、暇ならぐるぐる歩きまわってみるといい」
「ぐるぐる? お散歩ってこと?」
「うむ、危険はないと思うしな……」
 案内がほしいならしてやるぞ、と藍ノ介が言う。百合子はちょっと考えてそして首をふるふると横にふった。
「大丈夫! 私しっかりしてるから。それに迷子になったら、本の外出たいって思うし!」
「そうか、走ってこけたりするなよ」
「そんなことないよー、もう心配性だね」
 大丈夫、と百合子は言ってたかたかと走り始める。その背を藍ノ介は見守ってただただ笑っていた。



 ゆっくりと落ちる紅葉の赤を見ながら、百合子は歩く。
 ここがどこかわかり、そして危険もないのだと思うと怖さも無くなった。
「紅葉の赤って綺麗だけど……赤色はあの人を思い出す……名前はえーと……」
 ぎおう、偽皇だったかなと首を傾げながら記憶を引き出す。
 とても近い空気を、あの時感じた。
 自分とは切っても切り離せないものがあるような感覚。
 赤い髪と金色の瞳。片目は、傷を負って見えていなかった。
「もう少しお話してみたかったなぁ……お嫁さんいるの、とか…………絶対居なさそー」
 百合子は想像してみて、そしてふふっと笑いを漏らす。ありえないことを想像してしまった。どう考えても、ありえないありえない。
「藍ノ介さん達には仇だけど、なんでかな……私はそんなに嫌いじゃない」
 自分は当事者とは違う。けれども何があったのかは知ってる。それは、とても哀しい事で、藍ノ介達が仇とするのもわかる。わかるけれども、嫌いにはなれない。
 出会えたらいいな、と思う。危険かもしれないけど、本当の意味で危険じゃないと思う。
 片目がなかったのは何でだろう。きっと見えている方と同じで綺麗だったんだろう。勿体無い。
 もし出会えたら、どうしよう、
「……こっそり跡をつけて、どんな生活してるのか観察してみようかな。うん、探偵ストーカーごっこみたいで楽しそう! みつかっちゃったらダッシュで逃げ……られるかなぁ……」
 一人でぶつぶつと楽しく考えながら百合子は歩く。なんとなく足は、一つの方向に向いていた。
 川のせせらぐ音が聞こえてくる。
 最初に出会ったあの場所。
 こそっと茂みから様子を見る。いるか、いないか、どっちだろうとドキドキとしながら。
 あの河原、きっといるとしたらあの大きな石の上だろう。
「あ、いたー!」
 石の上でごろっと寝転んで、寝ているのか起きているのかまではわからない。それでも変わらずいてくれたことがなんだか嬉しい。
 しばらく遠くから見守っていたのだけれども、微動だにしない様子にやきもきし始める。
「寝てるのかな……動かないし……まさか死んでたりしないよね……」
 それはない、と思いつつも、考えが浮かんでしまってからは不安になる。
 気になって気になって、しょうがない。
 木々の茂みに隠れていたものの、百合子は意を決して立ち上がる。ゆっくり、音を立てないように近づいていく。足下は河原で歩きにくいけれども慎重に一歩ずつ。
「う……流石にこの意思には登れない……あ、でもあっちの小さい石から登れば……」
 きょろきょろと見回すと、足場になりそうな手ごろな石。
 百合子はそちらにまわってよいしょと登る。足場に手ごろな石の上登ると丁度、すぐそこに彼の、偽皇の頭があってびっくりするが、すぐにそれも慣れる。偽皇のいる石に頬杖をついてじーっと眺めてみる。
「寝てるんだ……ふーん」
 ちょっと髪に触ってみたりしても起きない。よっぽど深く眠っているのだなー、と百合子は思い、ちょっと悪戯をしてみたくなる。
「……端っこの方だったらいいよね」
 赤い髪の一房をみつ編みにして遊ぶ。起きたときの反応が楽しみ、と思いつつ上機嫌。その作業に熱中してしまう。にこにこと満面の笑顔で編み編みと彼の髪を弄っていく。
「…………なーに、してんの?」
「うん、みつ編みして……」
 突然かけられた声。
 ぱちっと開いた瞳と真っ向からぶつかる。百合子は動く事も出来ないまま、固まった。
「楽しい……?」
「う、うん」
「そうか」
 じっと、見上げられて百合子はどうしよう、と思う。目を覚ますなんて思っていなかった。しばらくの沈黙。それを先に破ったのは偽皇の方だ。
「……もう、やらないのか? やらないなら、上がって来いよ」
「変な事しない?」
 百合子の手が止まっているのを感じて偽皇は身を起こす。今度は百合子が見下ろされる形だ。変な事って何だ、と笑い返されて、なんとなく拒絶できなくて、言われるまま百合子はその、彼の定位置の石の上に上がる。ぺたりと座り込んでなんだか少し、ドキドキする。
「元気、だった?」
「あー、元気といえば、そうなんだろうな……」
 じっと、まっすぐに見詰められて何を話そう、と百合子は思う。
「そうだ、なんで片目見えないの?」
「右目? これは……昔なくした、だからない」
「私が聞いてるのはその理由なんだけど……まぁいっか」
 きっと答えてはくれないだろう、そんな気がする。
「ね、いつもここにいるの?」
「……今はいるだけ。そろそろここも飽きたからなぁ……」
 偽皇は遠い場所を見るような視線を、百合子を通り越して送る。それが少し、気に触る。目の前にいるのに見ていない。それはとても居心地が悪い。
「百合子は気に入りなんだが……一緒に、来るか?」
「え?」
「もっと水の綺麗なところに行く。百合子も、来い」
 どうやら好かれているらしい、それはわかる。けれども、その願いを聞く事は百合子にはできない。ここは創られた世界で、百合子のいるべき現実の世界とは、違う。
「ごめんなさい、それは無理……」
「そうか、でも連れてく」
 すくっと彼は立ち上がって、そしてわけがわからないままの、まだ何を言われたのか処理し切れていない百合子を、抱えあげる。
「え、きゃー!!」
「百合子は、お姫様みたいに大事にしてやる」
 不意打ちで、抱えあげられて今の状態は所謂お姫様抱っこ。百合子は驚きと照れで、かぁっと頬を染める。
「照れて……かわいい」
 くくっと喉の奥から笑うような声が降ってきて、百合子は俯く。
 からかわれているんだろうか、どうしたらいいのか、思考がまとまらない。
 偽皇は百合子を抱上げたまま石の上から降り、歩き始める。それは川下の方角。
 ばしゃばしゃと、川の中を歩いているらしく水音が聞こえる。
「おーろして!」
「ん、嫌」
 ぽかぽかと百合子が叩く手もくすぐったいというくらいにしか感じないのだろう。まったく動じる事がない。
 百合子はこのまま連れて行かれたらどうなるんだろう、と思う。
 このまま、この本の世界にい続けることになるの?
 それは、もちろん出来ない。
「…………ごめんね」
 百合子は、見上げて、そして呟く。
 なんで、と不思議そうに、今まで見た事ない笑みで言われ、胸が痛む。
 一緒に行けなくて、ごめんね。
 心の中で百合子は呟く。
 そして思う。
 元の世界に、戻りたい。
 白い光が、眼前に見えたような気がした。



 ふわ、と持ち上げられている感覚がなくなって、畳の感触を感じた。
「おかえりなさい」
「あ……ええと、ただいま」
 瞳を開ける前に声が聞こえて百合子は安堵しながら目を開けた。
 和室で本を読んでいたらしい奈津ノ介は、一瞬驚いていたがすぐに笑んでくれる。本をぱたりと閉じて傍らにおいていた。
「本の中に入ってしまってたようですね。何かありました?」
「藍ノ介さんに会ったよ、あとは……内緒」
 百合子は曖昧に言葉を濁しながら言う。
 言わなくていい、これは自分の心の中にしまっておいて、良い。
 何があったのか、と奈津ノ介は聞かない。
「百合子さんにとって楽しかったのなら、それでいいです」
「うん、楽しかったよ、藍ノ介さんは?」
 百合子は奈津ノ介に笑み返して言う。
「まだ本の中ですね、当分出てこないでしょう。なので、隠しておいた上生菓子、お出ししますね」
「本当? 嬉しいっ」
 すぐにお茶を淹れて持ってきますね、と告げられ百合子はそれを楽しみにする。
 奈津ノ介が茶を淹れて帰ってくるまでの間、百合子は本の中であったことを思い出す。
 赤い髪のあの人。自分に優しいと思うあの人。
 いつか現実で、この世界で会う事があるのかな。
 その時は、どんな話をしよう。



<END>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【5976/芳賀・百合子/女性/15歳/中学生兼神事の巫女】

【NPC/藍ノ介/男性/897歳/雑貨屋居候】
【NPC/偽皇/男性/813歳/享楽者】
【NPC/奈津ノ介/男性/332歳/雑貨屋店主】

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■         ライター通信          ■
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 芳賀・百合子さま

 こんにちは、ライターの志摩です。いつもお世話になっておりますー!
 今回は、前回の記憶連鎖で使った本の中に入っていただきました。書いていただいた項数813は8→話をする人:偽皇、1→最初に到着した場所:朝の山の中、3→話の内容:みつ編みでした。内容みつ編みってなんですか!って感じですが、これは私の好きな動作を入れたものでした。
 プレイングでも偽皇の名前があり、ちょ、これ運命ですよ百合子さま!と非情にテンション高く書かせていただきました…そして姫抱っこ…!むしろときめいていたのは私の方ですありがとうございました…!!
 ではまたご縁があってお会いできれば嬉しいです!