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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


思い出のお弁当



◇■◇


 何時もそこにあるものは、何時だって“ある”事が当たり前で。
 だから、無くなる事なんて考えてなくて
 無くして初めて気がつくんだ。
 大切なモノだって事に・・・・・・


 下校時刻間近の校内を見回っていた響 カスミの耳に、何処からかすすり泣く声が聞こえてきた。

  ひっく、えっく

 声は高く、少女のものだろうと容易に想像はついたが、肝心の少女の姿は何処にも見つからない。
 よって、カスミはそれ以上は何も考えない事にした。
 コレは幻聴だ。幻聴だったら幻聴だ!
 それにしても、今日の授業は大変だったわ〜・・・そうだ!今日の会議はどうしようかしら〜。
 必死に思考変更をしようと努力するものの、声は段々と近くなって来ている気がする。
 長い廊下の中央、そう、それは丁度カスミの背後から聞こえてくるような・・・。
 「カスミ・・・せんせぇ・・・」
 「ひっ!!!」
 窓に映るカスミの背後に、少女の姿が・・・!!!!
 遠くなりそうな意識を何とか繋ぎとめ、カスミは死ぬ思いで背後を振り返った。
 肩の下くらいまで伸びたストレートの黒い髪と、クルンとした大きな瞳。
 「深川さん??」
 「・・・はい・・・。」
 そこに居たのは、カスミが音楽の授業を受け持っている生徒のうちの1人、深川 理奈(ふかがわ・りな)だった。
 最近ご両親を事故で亡くしたため、今は学校の近くのマンションに弟と2人暮らしをしていると言う。
 すぐ近くに祖父母と叔父夫婦が暮らしている家があると言うのだが・・・。
 「どうしたの・・・?何かあったの・・・?」
 ポロポロと大粒の涙を指で拭いながら佇んでいる理奈の前にしゃがみ込むと、顔を覗き込んだ。
 「先生・・・私に・・・お料理、教えて・・・。」
 「え?」


 温かい紅茶を淹れ、理奈に渡すとカスミはソファーに腰を下ろした。
 今はかなり落ち着いているらしく、少々目が腫れている以外は普段と何も変わらない。
 「でも、お料理ねぇ・・・。」
 「はい。明日は弟の遠足で、お弁当を作ってあげたいんですけど・・・私、お料理が出来なくて。」
 膝の上に乗っけたマグカップを見詰めながらそう言うと、理奈はふっと息を吐き出した。
 「お母さんが亡くなる前に、色々と聞いておけば良かった。レシピを見て作る人じゃなかったから・・・。」
 市販の料理本を見て頑張ったりもしたのだが、どうにも上手く行かないらしい。
 だから、カスミにじかにお料理を教わりたいと言う事なのだが・・・生憎、今日は用事があった。
 近隣の中学校、高校の教師が集まっての会議なだけに、欠席するわけにもいかないし・・・かと言って、理奈をこのままにしておくのも忍びない。
 うーんと唸った後で、カスミはある事を思いついた。
 下校時刻間近なだけに、校内にどれほど人が残っているかは解らないが・・・


◆□◆


 「ここまで来れば大丈夫か・・・?」
 不城 鋼はそう言うと、深い溜息をついた。
 長い廊下の先を見詰めるが・・・誰の気配もしない。つまりは、完全に撒いたと言う事だ。
 体重を壁に預け、ズルズルと座り込み、再びの溜息。
 別に、いつも通りの事ではあるが、こうも“毎日”いつも通りだと疲れてくる。
 ファンクラブの連中を撒くのは、それなりに骨が折れる。
 邪険にする事も出来ないし、かと言って捕まったならばそれもまた面倒な事になってしまうし・・・。
 くしゃりと髪を散らした後で、鋼は立ち上がった。
 下校時刻間近の神聖都学園は、夕日に染められてオレンジ色に輝いていた。
 廊下の窓から斜めに差し込んでくる光は床を照らし、窓枠の部分だけがくっきりと黒い線を描いている。
 ボウっと床を見詰めながら歩いていた鋼の耳に、聞き覚えのある声が響き・・・それは本日鋼が逃げているファンクラブの中の1人の声だった。ヤバイ・・・!そう思った鋼は咄嗟に近くの扉を開け、中にスルリと入り込んだ。
 パタパタと廊下を走る音が響き・・・何とか撒いたらしい。
 ほっと一息ついたのも束の間
 「不城君・・・よね?」
 部屋の中から声が聞こえ、咄嗟にそちらを振り返った。
 廊下の外に気を取られていたため、部屋の中にまで気を張っていなかったのだ・・・。
 「・・・カスミ先生?」
 見慣れた音楽教師の目の前、座っているのは見慣れない少女だった。
 清楚な雰囲気の大人しそうな少女は、大きな瞳を更に大きく見開いて、誰?とでも言いたげに首を傾げている。
 「そうだわ、不城君。1つ訊きたい事があるんだけれど・・・」
 ツカツカと歩んで来たカスミが、鋼の肩をガシリと掴んだ。
 「貴方、お料理出来る?」
 「・・・は?」
 突拍子も無いカスミの言葉に、鋼が少々間の抜けた言葉を返し・・・カスミの肩越しに見える少女と何か関係があるのだろうかと、視線をそちらへと投げかけた。


 「料理ねえ。・・・しょうがねえな・・・」
 溜息交じりでそう言って、鋼は1つだけ頷いた。
 いつものカスミ先生の厄介事だ・・・まぁ、こちらもファンクラブ同様“いつもと同じ事”な分、別段驚く事は何もないが・・・。
 もしも驚くポイントがあるとすれば、どうしてこうも毎回厄介事に巻き込まれるのか、そこだろう。
 「手伝ってくれるの!?」
 「あぁ。事情も事情だし、料理は得意だし。」
 意外な表情で鋼を見詰めるのは、理奈だ。
 まさか男の子にお料理を教わる事になろうとはと言う、複雑な表情で俯いている。
 「・・・今は主夫の時代だし・・・ね?」
 何とか必死に慰めようとするカスミだったが・・・どうも裏目に出てしまっているような気がしてならない。
 「まぁ、ほら・・・特技って、誰にでもあるだろ?理奈に出来て俺に出来ない事だって、沢山あるはずだぜ?」
 あまりの理奈の落ち込みように、鋼もやんわりとフォローを入れる。
 「そうですよね・・・。でも、お料理出来ないのも、私の努力不足ですし・・・」
 ふわりと力のない笑顔を浮かべながら、口の中で“こうならないとお料理のお勉強したいとか、思わなかったのかな・・・”と呟くと、両手を膝の上で組んだ。
 「それで・・・1つ訊きたいんだけど。」
 「何ですか?」
 「今まで食事・・・どうしてたわけ?」
 鋼のそんな問いに、理奈がキョトンとした表情を浮かべ・・・直ぐに頬を赤くして俯いた。
 「えっと・・・料理・・・は、出来ないので・・・その・・・」
 しどろもどろになりながらの言葉に、鋼はいくつかのパターンを思い浮かべた。
 まぁ、無難な線ではお弁当を買って来るとか、どこかに食べに行くとか、何かを取るとか・・・
 「コンビにのおにぎりとか・・・」
 消え入りそうなほどに弱弱しい声でそう言うと、理奈が顔を真っ赤にして視線を明後日の方向へと飛ばす。
 穴があったなら入りたいと言うかのような表情。
 それにしても・・・コンビニのおにぎりとは・・・
 「栄養偏らねぇ?」
 「・・・そうかも知れません・・・」
 すみませんと、小さくなりながら謝る理奈に、別に謝るような事じゃないからと言って、顔を上げさせる。
 理由がどうであれ、今回が終わっても理奈と弟の生活は続く。今回だけと言わず、今後も料理が出来るように基本的な事を教えれば何とかなるだろうか・・・。流石に、毎日コンビニのおにぎりでは可哀想だ。
 「それで、弁当の中身はどうするんだ?材料を買わなくちゃなんないだろ?」
 「・・・えっと・・・。玉子焼きとウインナーは入れてあげたいんです。タコの・・・ウインナー・・・」
 懐かしむかのように、ふっと視線を和らげる理奈。
 きっと“思い出の品”なのだろう。
 「他は?何か入れたいものは?」
 「特にはないです・・・」
 「そっか。それじゃぁそっちは俺が考えても良いか?」
 お願いしますと、小さく呟いた理奈に向かって、ニカっと元気の良い笑顔を向ける。
 「んじゃぁ、まずは・・・」
 そう前置きをした後で、鋼はある提案を理奈に話した。
 理奈の目が驚きに見開き・・・少し考えた後で迷ったように頷き、小さく「それが一番良いかも知れませんね」と呟いた。
 感じる“厄介事”の延長線上の“厄介事”に、鋼は一抹の不安を感じるのだった・・・。


◇■◇ 


 理奈と由馬が住んでいるマンションからそれほど離れていない場所に、祖父母の家はあった。
 立派な庭構えをしており、グルリと家を囲んでいる塀は高い。
 暫く躊躇した後に、理奈は呼び鈴を押した。
 『・・・はい?』
 「あ、叔母様ですか・・・?えっと、理奈ですけれど・・・」
 『何か?』
 「おばあちゃんに訊きたい事があって来ました。」
 随分と他人行儀だなと思いつつ、鋼はそれほど気にはしていなかった。
 カチャンと門の鍵が開き、立派な扉を開けて中に入った時、理奈が小さな声で「お邪魔します」と言った・・・その時になって始めて鋼は理奈の悲しそうな表情に気付いたのだった。
 「いらっしゃい。」
 そんな声と共に、どこか冷たい雰囲気の女性が中から出て来た。
 年齢は30代後半くらい・・・ピタリとした白のスーツを着ており、キャリアウーマンと言った印象を受ける。
 「あら?隣の男の子はお友達かしら?」
 「はい・・・同じ学校で・・・」
 「へぇ。」
 それ以上は何の興味もないと言った様子で「おばあさんは2階にいらっしゃるから。五月蝿くしないで頂戴ね」と言うと、再び部屋の中へと戻って行った。どこか高圧的な態度と良い、小馬鹿にしたような視線と良い、刺々しい口調と良い・・・理奈はどうやら先ほどの女性には好かれていないようだった。
 最も、これだけ近くに居るのに一緒に住んでいない時点で、何となくの予感はしていたのだが・・・
 「なんか、悪いな。」
 「はい?」
 脇に置かれたスリッパを出していた理奈が、鋼の言葉に顔を上げる。
 謝られる理由が分からないといった表情に、どう言ったものかと言葉を探す・・・
 「ここに来て・・・嫌な思いさせちまったみたいで・・・」
 「いいえ。私は別に・・・」
 その言葉の後には恐らく“慣れていますから”と続くのだろう。
 「それよりも、こちらこそ・・・不快な思いをさせてしまってすみません。叔母様は、ああ言う人なんです。」
 元からそうだから、別段気にする事でもないと言う風に理奈が言って、鋼にスリッパを差し出した。一言だけ礼を言って、あまり使われていないと思われるスリッパに足を入れる。
 「おばあさんの部屋は2階なんです。」
 理奈はそう言うと、老人にはとても向かなさそうな急な階段を上り、鋼もその後に続いた。


 叔母がアレなのだから、お祖母さんとやらもどうなのだろうか・・・そんな鋼の考えは、直ぐに消し去った。
 柔らかい笑顔を浮かべる女性からは、何も嫌な雰囲気はしない。それどころか、どこか温かな印象さえ受ける。
 「理奈ちゃんに・・・そっちは、理奈ちゃんの彼氏さんですか?」
 「ち・・・違いますよ!こちらは不城 鋼さんと言って・・・私の高校の・・・お友達です。」
 「初めまして。」
 「鋼君・・・ね、初めまして、理奈の祖母です。」
 そう言って柔らかくお辞儀をする女性。
 若い頃はかなり美人だったのだろう。今もその面影の残る顔には、深い皺がいくつも刻まれている。
 「それで、理奈ちゃん・・・今日はどうしたんですか?」
 「あのね、お祖母ちゃん。明日、由馬の遠足があるの。それで・・・お弁当を作ってあげたいなって思って。でも、私・・・お料理出来ないし・・・それに、どうせなら、お母さんが作ってくれたお弁当を由馬に作ってあげたくって。」
 身内がいるから気が緩んだのだろうか?それとも、この女性の発する柔らかな雰囲気のせいだろうか?
 理奈が目に涙を溜め・・・パタリと足元に1雫落ちた。
 理奈の心の奥底、必死に封印してある柔らかい部分に触れてしまったような気がして、鋼は理奈の顔から視線をそらすと、女性に注いだ。
 「それで、もしレシピなんかあればと思って来たんですけれど。」
 ありますか?と、丁寧な言葉遣いで鋼は訊いた。
 「レシピ・・・ねぇ、レシピはこの中に入ってるよ。」
 ふわりと柔らかい笑顔を浮かべると、自分の頭を指差した。
 「もし宜しければ、教えていただけませんか?」
 喜んでと言うと、女性が奥から紙とペンを取り出してきて、繊細な字をその上に書きつけた。


◆□◆


 どう考えても、料理を1日でマスターするのは不可能。
 そう判断した鋼は、とりあえず料理の基礎を理奈に教えると、お祖母さんから貰ったレシピをテーブルの上に置いた。
 「それじゃぁ、理奈は玉子焼きとウインナーをマスターする事。」
 「はい!」
 それ以外のお弁当のおかずは、鋼が作る事にした。
 沢山の事をやらせて結局全てが中途半端に終わってしまうよりは、少ない事でも最後まできちんとやりきって欲しい。
 ウインナーの裾に切込みを入れ、火との格闘を続ける理奈を見詰めながら、鋼は心底そう思った。
 理奈の頑張りは凄まじいもので、諦めないと言う精神と、くじけないと言う気持ちは鋼も驚くほどのモノを持っていた。
 ただ・・・・・・
 「あつっ・・・きゃぁっ・・・!」
 ガシャンと音がして、ここのキッチンの持ち主である人物が遠くから心配そうな瞳で理奈と鋼を見比べている。
 弟を驚かせるために隠れて作りたいと言う理奈の気持ちを汲んで、ファンクラブの中でも特に料理好きで知られている先輩に場所を貸してもらった・・・までは良かったのだが・・・。
 「大丈夫か〜?」
 ペタンと床に座り込んだ理奈の足元には、フライパンが落ちており、その周りにはウインナーが転がっている。
 「あ・・・大丈夫です!」
 急いでウインナーを床から拾い上げようとして、その熱さに悲鳴を上げる。
 料理のセンスはいまいちと言った理奈の腕前。それは鋼も予想済みだったので、別段気に掛ける事は無かった。それどころか、鋼が予想していたよりも理奈は料理が出来た。包丁さばきも中々のものだったし、味付けにいたっても問題はない。これならお弁当のおかずを全て任せても大丈夫かも知れないと思い始めた時に、急遽浮上してきたのが理奈の超がつくくらいのドジさ加減だった。
 「フライパンの取っ手を手前に向けとくと、引っかかるから・・・気をつけろな?」
 「・・・はい・・・」
 しゅんとしながら理奈が頷き―――散らばったウインナーを菜箸で掴み、流しの中へと入れて行く。
 ・・・ここまで悲惨な不注意さ加減の子も珍しい・・・
 でもまぁ、注意していれば防げるものばかりなので、大丈夫か。
 鋼はそう思うと、今度は玉子焼きにチャレンジする理奈の手をじっと見詰めた。
 小刻みに震える手で卵をひっくり返し―――出来上がったものはスクランブルエッグと見まごうばかりのグッチャリとした物体だった。「あれ?おかしいなぁ・・・」そう言いながら理奈がレシピと睨めっこをし、再び卵を割ってチャレンジする。
 今度はスクランブルエッグにならないながらも、所々が焦げてしまっている。
 再チャレンジとばかりに、理奈が卵を割り、ボウルの中で溶くとフライパンに流し入れ―――
 段々と上手くなって行く理奈の腕前。
 この調子なら、きっと明日のお弁当は大丈夫だ。
 鋼はそう思うと、そっと微笑んだ・・・。


○おまけ○


 「・・・あのさぁ・・・」
 「何ですか・・・?!」
 「これだけ沢山玉子焼き作って・・・結局どうすんだコレ。」
 「えっと・・・えっと・・・」
 「・・・まさか生ごみで出すわけにもいかないし・・・」
 「そうだ!鋼さん・・・タッパーにつめてお弁当に食べません?」
 「玉子焼きだけか!?」
 「・・・お醤油もお付けしましょうか?」
 「そう言う意味じゃねぇって。」
 「でも・・・」
 「ったく、しょうがねぇなぁ・・・それだけあれば、昼だけじゃなく夜まで・・・」
 「あ!」
 「ヤメロよ?絶対ヤメロよ・・・!?」
 「そうじゃなくって、どうせならお弁当にしましょう!お重に詰めて・・・皆さんで、一緒に召し上がれば・・・」
 「玉子焼きだけか・・・?」
 「・・・そうですよね、玉子焼きだけこんなにあっても・・・」
 「や、良いんじゃねぇ?偶には賑やかに・・・な。」
 「・・・はいっ・・・!」



          ≪END≫



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  2239/不城 鋼/男性/17歳/元総番(現在普通の高校生)


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『思い出のお弁当』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、初めましてのご参加まことに有難う御座います。(ペコリ)
 理奈とのお弁当作りは大成功でした☆
 お手伝いくださってまことに有難う御座いました・・・!
 鋼様の、優しくもカッコ良い雰囲気をノベル内に活かせていればと思います。
 

  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。